第24話 焼き討ちですわ!
前話あらすじ:山鳥のピヨちゃんを身代わりに実家から脱出することに成功したレークシア。しかしアリスさんの魔の手により絶頂しながら墜落してしまう。深夜、性の快楽に目覚めオ○ニーに夢中になっていた私は背後から近づいてくる黒ずくめの男に気づかなかった。私はその男に毒薬を飲まされ……目が覚めると、体が縮んでしまっていた!(嘘)
最初は侍女のスカーレット視点で回想、その後レークシア視点で前話の続きです。
「やった♪ やった♪ レークシア様に認められたっ♪」
夜も遅い時間に私スカーレットは歌うように呟く。
フェブルス邸にあるメイド用の一人部屋なので普段は抑えている感情をだしても問題ないのだ。
「ふふ、レークシア様に抱きしめていただいて頭も撫でてくれるなんて……しばらく髪を洗うのは控えようかしら?」
ベッドにゴロゴロと転がりながらそんなことを思う。
あんな風に抱きしめられて頭を撫でてもらうなんていつ以来だろう。
もしかしたら初めてかもしれない。
両親にされた記憶だってないのだから。
本当はずっと求めていたけど厳格な両親なので我慢してきた。
甘えたい心を押し殺して……。
だからあの瞬間は嬉しさでいっぱいだった。
突然泣きだしてしまって嫌われないか不安だっただけに一段とホッとした。
自分でもなぜ涙がでてきたのかわからなかったから余計にだ。
なぜ泣いてしまったのか今ならわかる。
きっとがんばり過ぎたのだろう。
両親に褒めてもらいたくていつも完璧を求めていた。
そうすれば認めてもらえると思って。
だけどお父様もお母様もできて当たり前という態度しかしない。
そんななか龍神であるレークシア様が現れてチャンスだと思った。
この御方に認めてもらえればきっと両親も褒めてくれると……。
結果は散々だった。
レークシア様に選ばれたのはコレットだった。
なぜ私ではなく彼女が?
飛び立つレークシア様を見ながら嫌な感情が心を支配した。
感情を抑えるのは得意なので傍から見たらいつもと変わらない私がいただろう。
そんな私を見て周りは言いたい放題だ。
表立って言ってはこなかったが……選ばれなかったのは事実なので言い返せない。
そうして仕事に打ち込んでいると両親に呼び出された。
あんなに怒られたのは後にも先にもないだろう。
叱られたことがないのが自慢だったがそれもなくなってしまった。
両親への想いも、自分を培ってきた自信も。
全てに疲れ果て逃げるように仕事に勤しんでいると屋敷の庭から大きな音が響いた。
敵襲かとすぐに辺境伯様が大剣を手に号令をかける。
私も戦闘員の一員なのでみんなと音のした方へと続いて行った……そして。
──そこには龍神様がいた。
白銀に煌めく鱗。
長くしなやかな尻尾。
強靭な爪。
凛々しい角とお顔。
この世全ての美と強さを象徴したような存在だ。
あまりの神々しさに目を奪われ、同時に思った。
この御方の側にいたい。
両親のためではない。
自分のためでもない。
まっさらな願いが私の心に広がったのだ。
「……いい匂いだったなあ」
抱きしめられたときの感触を思い出す。
怜悧で神秘的な印象に似て、湖の湖畔にいるような匂いがした。
淡く光る銀灰色の長髪と、黒い独特の服装も相まってまるで夜空を照らす月のような香りだ。
普段お世話していてもなぜか気づかなかったから私だけが知っている香りかも……。
コレットは知っているのかしら?
彼女はいつもおどおどしているけどお茶の美味しさは邸でも一番だ。
それは私も、あのセバス様も認めている。
……まったく、休暇中でも龍神様がお越しになったのだから真っ先に駆けつけるのが専属侍女でしょうに。
私だったらいの一番に駆けつけますわ。
そう思って布団をかぶったそのとき──屋敷に尋常でない魔力がほとばしった。
「この魔力は……レークシア様!?」
「レークシア様ーーー!!!!!」
ガバッとベッドから降りると廊下からアリス様の声が響いてきた。
どうやら私はいの一番には駆けつけられないらしい。
◇◇◇◇
「ちょっと待つっすー!!!」
──ガツッ!
切羽詰まったような声が響く。
その瞬間私の首を絞めていた男に衝撃が襲い、その手が解かれた。
「ぐっ……」
「げほっ、ごほっ! おえっ」
痛い。
痛くて熱い。
痛くて熱いはずなのにその感覚すらなくなっていく。
ベッドから転げ落ち口に入れられた液体を吐き出す。
少し飲み込んでしまったのか口だけでなく喉と胃が焼けるように痛い。
いや、痛いどころの話ではない。
液体が触れた部分の感覚はなくなっていて、その周囲を熱した鉄ごてを押し当てたかのような痛みが襲ってきているのだ。
「どうしよう……やっちゃった」
こちらを伺うような視線を感じる。
視界の端にはベッドに倒れている男とそれをやった男がいる。
なにが目的なのかわからないし、誰なのかもわからない。
だけど明らかに私を狙っている。
心臓が大きな音をたてて動き、空気を吸うたび喉が痛み意識が乱れる。
逃げたり応戦したりするべきなのだろうが力が抜けそのまま床にうずくまってしまう。
……前にもこんな感覚を味わったような気がする。
この酷く心地よい感覚を。
四肢から指先に至るまで、体の全てがぼーっとしてくる。
あんなに痛くて熱かったものもジンジンと心地よいものに変わっていく。
あぁ、そうだ。
死に近づいていく感覚だ。
前世で死ぬとき、自殺したときに感じた気持ちよさ。
それをいま感じているんだ。
「ふふ」
口から息のような笑いが漏れる。
だっておかしいでしょ。
死を二度も経験するなんて普通ありえないんだから。
笑いをきっかけにどんどんと可笑しくなり、クツクツと笑みがこぼれる。
「え、笑ってる?」
男が困惑した声を上げる。
あー、おもしろい。
人間とは不思議なものだ。
こんな状況でも笑うと気分が高揚してくるんだから。
『ぎゃー! 姐さん助けてー! お嬢のうんこが羽にー!!』
『あたい達のビューティフルウイングがー!!』
……いいところなのにやかましい鳥の声が頭に響いた。
ふふ、でもそうだ。
死の気持ちよさに浸っている場合じゃない。
あの子のためにも、私のためにも、まだ死ねない。
体中に魔力を巡らせ集中する。
使う魔法は……いや、今まで使っていた魔法を解こう。
私は頭の中で呟いた。
『──精神魔法、解除』
──ゴアッ!!!!
「うおわっ!?」
濃密な魔力が吹き荒れ男が壁に叩きつけられる。
荒々しい魔力に家具は震え、窓ガラスは甲高い音を鳴らして床へと散らばった。
「アハハハハ!!!! 最ッ高の気分だ! やっぱり魔力は万能だッ!」
ゆっくりと空中に浮かび上がり狂った笑い声をあげる。
精神の均衡を保っていた魔法が解除され気分がハイになっているのだ。
今ならなんだってできる。
とりあえず──。
『再生』
思考で言葉を紡ぐ。
すると体が知らせていた痛みは消え去り、無くなっていた感覚も戻ってきた。
喉元に手をやり空気を吐き出す。
イメージを膨らませることなく発動したせいか魔力がゴリッと減ってしまった。
まあすぐに龍脈から補充されるので問題ない。魔法使い放題だ。アハハハハ!
「バ、バケモノ……」
狂ったように笑っていると小さく震える声を耳がとらえた。
見ると気絶していた男が目覚め、ベッドの上で恐怖の眼差しを浮かべていた。
「だから止めたでしょ! こいつヤバいって!!」
もう一人の男が壁際で尻もちをついたまま叫ぶ。
視線を向け目が合うと「ヒィッ」と小さな悲鳴をあげた。
あ、いつの間にか目隠しが解けてたわ。
蛇目のイッちゃってる奴にニコられたらそりゃ怖いね。
「レークシア様ッ!!!」
「アリスさん! かわいいパジャマですね!」
「え!? ありがとうございますわ……じゃなくて!」
アリスさんがドタドタと入ってきたので開口一番セクハラをキメる。
ハイになってるせいだと正当化するが、酒のせいにするアル中と変わらない。
意識がしっかりしているうちに魔法をかけなおそう。
床に降り立ち自身の精神がハイやローになりすぎないよう精神均衡化の魔法をかける。
これがなかったらたぶん躁鬱病になっていたと思う。魔法すごい。
「一体何事だ!?」
「お父様遅いですわ!」
これまたかわいいパジャマ姿で辺境伯がやってきた。
後ろにいるセバスはきっちり執事服を着ているので浮いている。辺境伯が。
あ、スカーレットさんはシンプルなネグリジェだ。
屋敷が騒がしくなってきたが私の心は落ち着いてきた。
アリスさんたちも辛そうなので威圧を込めた魔力を引っ込めよう……って待て逃がすか!
「『止まれ!』」
「な……!?」
ふー危ない危ない。
魔法が間に合ってよかった。
走るポーズのまま固まった男を見やる。
逃げようとしたので精神魔法をかけて動けなくしたのだ。
これでもう自分の意思では動けない……はず。
精神魔法の効果に疑念を抱きながらもう一人の壁際の男にも目を向ける。
うん、完全に降参してるね。きれいな万歳だ。
絶対に敵対しませんよという意味なのか、素顔を晒して首をブンブン振りながら両手をあげている。
私は警戒したままアリスさんたちに話しかけた。
「侵入者の二人です。劇薬を飲まされましたがもう問題ありません。どうしますか?」
「ぶっ殺しますわ」
ぶっ!?
思わぬ返しに発言者であるアリスさんを見る。
あ、ガチだあの目。完全に殺す目をしてる。
いいのパパん!?
「気持ちはわかるがどこの手の者か調べなくては。半殺しにしよう」
いいんだ。
それでいいんだ。
いやよくないでしょ。
そうしたい気持ちは私にもあるけどそれ拷問だよね。
「ちょあの俺なんでも喋ります! ベラベラ喋るんで拷問はやめてください!」
「黙りなさい! レークシア様に手を出しておいて生きて帰れるとでも!」
「いやでも俺この人のこと助けましたよ! ねえ!」
そう言いながら縋るように私を見てくる。
たしかにこの男は私を助けたけども。
「なぜ助けたのですか? 仲間でしょう?」
「だってあんたありえないでしょ。その魔力」
理解できないというような目で地面の方へと視線を向けた。
つられて見ると……ああ、そういうことか。
「見えるんですか? この魔力」
龍脈と繋がっている魔力線を浮かべる。
おびただしい魔力が流れるそれを前に男の顔が強張った。
「あんた、何者っすか?」
「……龍」
男の問いに短く答える。
「はは……じゃあこの国の神話は正しいってことっすか」
納得や諦観、自嘲や悲哀といった複雑な感情が垣間見える。
けれどすぐにケロッとし、どこにでもいるような青年の顔に戻った。
「答えろ、お前たちは教会の手の者か?」
「そうっす。カストロ司祭の指示でこのお嬢ちゃんに毒を盛りに来ました」
辺境伯の質問にあっけらかんと答える。
カストロ司祭って誰やと思ったがあれか、前に一度私の部屋を覗きにきた人か。
「嘘を言っている可能性もあります。慎重に行動すべきかと」
「わかっている。わかってはいるが……」
できる執事であるセバスが釘を刺すように進言する。
辺境伯は苦虫を噛み潰したような表情だ。
たしかアリスさんのお母さん、つまり辺境伯の妻であるユーノさんに毒を盛った疑惑があるのがカストロ司祭だ。
……ここは私が一肌脱ぐか。
「『真実を述べよ。私と夫人に毒を盛るよう指示したのは誰だ』」
「──カストロ司祭」
非常口ポーズの男に魔力を馴染ませ口を割らせる。
精神魔法の効果なので嘘ではないはずだ。
そう思い私は辺境伯にむかって頷いた。
「おのれ……龍神様だけでなくユーノにまで手を出しおってッ! 討ち入りだッ!!」
え!? いきなりそうなるの!?
いいのアリスさん!?
「許せません……お母様だけでなくレークシア様にまで手を出すなんてッ! 焼き討ちですわ!!!」
このお嬢様おっかないんだけど!
そうツッコミながら助けを求める視線をセバスにむける。
うん、完全に諦めてるね。
スカーレットさんもなんか反応してくれ!
「……ぽ」
なんでぽって赤くなるの?
意味がわかんないんだけど!?
「憤堕羅刃を持ってこい!!! 一発で教会をぶっ壊してくれる!!!!」
怒涛の展開に呆然と立ち尽くす。
するとすぐに数人がバカでかい大剣を運んできた。
あー、前に私を殺そうとした大剣ですね。これが憤堕羅刃ですかそうですか。
大剣を肩にうさぎパジャマの辺境伯が颯爽とテラスから飛び降りた。
数秒後、おかしな奇声とともに爆音が鳴り響いたのは言うまでもない。
「ヤベー奴しかいない」
青年の呟きに私は激しく同意した。
半年以上放置してしまい申し訳ありません。
「書きたい欲求」と「今なら書けそう」が合わなくなり遅くなってしまいました。
超スローペースの不定期更新ですが、今年もよろしくお願いいたします。




