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7 優秀な従僕

***




 ノアと手を繋いだクラウディアは、にこにこしながら伯父のことを見上げていた。

 つい先ほど、こちらを見て「クラウディア」と呼んだ伯父は、自分の口を慌てて塞いでいる。脂汗が滲み、目が動揺に泳いでいて、混乱しきっているようだ。


(いい顔。……だけど、まだ足りないわ)


 続いてクラウディアは、伯父の数メートルほど前に立つ魔術師たちを眺めた。

 どれもみんな、それなりに腕が立つ者ばかりのようだ。しかし、クラウディアが注目するのは、銀髪をひとつ結びにした赤い目の人物だ。


(あれが、筆頭魔術師のカールハインツ?)


 あの男と伯父の会話は、塔の外から魔法で聞いていた。

 

(見栄えのする男だし、魔力量もなかなかね。でも……)


 クラウディアがにこりと微笑みかければ、銀髪の男は僅かに目をみはった。

 それを見て、伯父が引き攣った声を上げる。


「あ……にっ、偽物、いいや侵入者だ!! 王女の塔に、侵入者が入ってきたぞ!!」

「あら?」

「おい!! なんのためお前たちに金を払ったと思っているんだ、早くあのガキ共を排除しろ!!」


 伯父に急かされたローブの男は、雇われの魔術師だろう。

 クラウディアたちを見る彼の目に、子供相手の油断はない。何故ならば彼は、ノアが他の魔術師を倒し、結界を破ったところを目の当たりにしている。


 伯父に雇われた魔術師は、警戒心を滲ませながら詠唱を始めた。


「――『雷鳴よ来たれ。混沌を打ち砕き、空を裂きて……』」

「ノア。出来る?」

「ああ」


 事も無げに答えたノアは、氷の剣を右手へと出現させた。

 つい先ほど、クラウディアが彼に教えたばかりの魔法だ。それを簡単に馴染ませたノアは、魔術師の方へと真っ直ぐに駆け出す。


「『刹那より出でしその力にて、我の敵を……』」

「遅い」


 一気に距離を詰めたノアに、魔術師が顔を歪めて言い放った。


「っ、『打ち払え』!!」

「――……」


 雷鳴が、魔術師の手のひらから生まれ爆ぜる。

 襲い来る白の雷光を、ノアはその剣で薙ぎ払った。顔色も変えず、しなやかな手足をばねにして、身を低くしながら追撃をかわす。


 そして、何かを詠唱したようだ。


「『――』」

「うわっ!?」


 氷の波のようなものが、魔術師の方に襲い掛かる。レオノーラの悲鳴がして、伯父が彼女を抱きしめた。

 けれどもいまのクラウディアは、そんなことを気に留めることもない。


(……氷魔法)


 遠くなっていくノアの背を、じいっと見つめる。


(それだけじゃなく、身体強化も使っているの? あの子自身の魔力でなく、私の魔力を吸い上げながら?)


 他人の魔力と自分の魔力を混ぜ合わせるのは、案外難しいことなのだ。

 それなのにノアは事も無く、それどころか当然のように使いこなしている。


(思った以上……いいえ、想像していなかったくらいの才能だわ)


 胸の中に、わくわくとした感情が芽生え始めていた。


(高火力、高純度、高精度……! 粗削りだけど、いずれ私の弟子たちすら及ばなくなりそうなほどの一級品!)


 すべての雷撃を交わしたノアが、床を蹴って飛躍する。

 そうして剣を振りかぶると、魔術師に向けて一直線に叩き込んだ。


「ぐ……っ!!」


 短い悲鳴を上げ、黒いローブの魔術師が倒れ込む。

 気を失った彼に縋り付き、伯父が全力で揺さぶった。


「おい! 冗談じゃないぞ、起きろ!! お前たちにいくら払ったと思って……の、残りの魔術師は何をしている!?」

「そんなもの、全員ノアがやっつけちゃったわ」


 くすくすと楽しく笑いながら、クラウディアは伯父に教えてあげる。

 すると、伯父は憎々し気な表情でカールハインツに声を荒げた。


「筆頭魔術師!! お前は何をしている、早く王女を守……っ、うわあ!」


 ごおっと熱風が沸き上がり、床が炎に染められる。

 その根源であるカールハインツは、小さな溜め息をひとつ零し、静かなまなざしでこちらを見た。


(目つきだけの冷静さに、惑わされないわよ)


 だって、カールハインツの持つ瞳は、苛烈な魔力の持ち主であることを表す赤色だ。


「ノア」

「いい。分かる」


 ノアが氷の剣を消し、右手のひらをカールハインツへと向ける。


(随分と、頼もしいこと)


 事前に教えた呪文のひとつが、氷魔法でちょうどよかった。

 クラウディアはそんなことを思いながら、かりそめの従者と手を繋ぐ。その瞬間、両者がそれぞれに詠唱した。


「『灼熱よ、食らいつくせ』」

「――――『凍結』!」


 勝敗など、目で見て確かめるまでもない。

 炎を出現させていたものの、カールハインツは本気でなかった。その証拠に、ノアが放った氷魔法の一撃で、炎はあっけなく飲まれてゆく。


「きゃあああっ!」


 レオノーラの大きな悲鳴と共に、じゅうっと蒸気の飛沫が上がった。

 燃え滾る炎が氷を焼き、けれども結局は掻き消える。ばきばきと氷が軋みながら、床に敷かれた炎の海を潰し進めた。


 賓客室は、透明な氷に覆われる。

 クラウディアはノアから手を離すと、こつりと靴音を鳴らし、カールハインツの前に歩み出た。


「――王女クラウディアは、このわたし」


 最初から分かっていたであろう魔術師に、にっこりと最上級の笑みを向ける。


「ご用はなあに? おきゃくさま」

「……」


 カールハインツは目を伏せると、氷の上に膝をつき、跪いた。

 そうして深々と頭を下げ、こう述べる。


「大変なご無礼を働きましたこと、お許しください。……クラウディア、姫殿下」

「な……っ、ち、違う! 何を言うんだ、そのガキはクラウディアなどでは……!!」


 なおも言い募ろうとする伯父に、クラウディアはゆっくりと視線を向ける。


「おじさまは、そう思いたいわよね」

「……っ!?」

「だって、おじさまは知っているんだもの。ほんものの『クラウディア』が、生きてここにいるのは変だなあっていうこと」

「そ、それは……!!」


 ごくりと喉の鳴る音がする。


 ゆっくりと顔を上げたカールハインツが、ひどく冷めた目で伯父を見た。

 その表情を見れば、カールハインツの想像していることなど明白だ。


「ね、おじさま。普通、魔法をつかえない六歳のこどもが、塔のてっぺんから落とされたら死んじゃうものねえ?」

「やめ……、なっ、なにを言っているんだ! 俺は、俺はそんなつもりじゃ……」

「聞こえないわ」


 理解できないという顔をした伯父に、クラウディアは静かな目を向けた。


「――『ごめんなさい』が、聞こえてこないと言ったの」

「ひ……っ!!」


 引き攣った声が、娘の前で情けなく漏らされる。

 けれども親の矜持など、クラウディアにとってはどうでも良いことだ。


「悪いことをしたら、ごめんなさいしないと。おじさまは大人なんだから、ちゃんと教わっているはずよ?」

「ごっ、ごめ、ご……」

「そうそう、おじさま良い子! ……ちゃんとゆるしてあげるから、クラウディアのことも『ごめんなさい』したら許してね?」


 ミルクティー色の髪をさらりと耳に掛け、クラウディアは微笑む。


「おじさまを、塔から落としてごめんなさいって。……ちゃんとできるように、いまから練習しなくっちゃ」

「……っ!!」


 伯父の顔が、絶望の色に染め上げられた。

 床にへなへなと座り込んだ伯父は、逃れられないことを悟ったようだ。クラウディアはカールハインツを見上げると、彼に告げる。


「おきゃくさま。おとうさまからのお金の行先は、全部おじさまに聞いてくださる?」

「仰せの通りに。相応の罰が下されるよう、手配いたしましょう」

「よかったわ。おじさまの家にあるものだけじゃなく、愛人の家にあるものも全部調べてね」


 その言葉に、レオノーラが愕然として父を見る。


「あ、愛人……!? お父さま、一体どういうことなの!?」

「違う! 違うんだ、レオノーラ!! ああ、どうか父をそんな目で見ないでくれ……!!」


 ぎゃあぎゃあと喚き始めたレオノーラの声がうるさくて、クラウディアは両手で耳を塞いだ。


(培ってきた財産の剥奪。信頼の失墜。家族からも愛人からも見捨てられて、娘の軽蔑と妻からの罵倒を浴びながら、失意の中での投獄……。正直なところ、私を侮辱しておいてこのくらいでは温いけれど、まあいいわ)


 何しろ今回は、面白いものを見せてもらった。


「ノア」


 魔術師たちが、伯父を拘束しようと動き始める。

 そんなざわめきの中、部屋の隅で自分の手のひらを見つめていた従僕に、クラウディアはとことこと歩み寄った。


「怪我はない?」

「ああ」

「そう。いいこね」

「言われた通りに動いただけだ。なんてことはない」


 とはいっても、ノアがやったのは並大抵のことではない。

 本人もそれは分かっているのだろう。黒色の瞳でクラウディアを見下ろすと、ノアはふっと暗い笑みを浮かべ、言い放つ。


「――あんたの魔力があれば、なんでも出来そうだ」

「ふふ」


 ぞくぞくするような嬉しさに、クラウディアも笑った。

 これは思いのほか、面白いものを見つけてしまったかもしれない。そんなことを考えていると、後ろから声を掛けられる。


「失礼」

「……」


 カールハインツを振り返り、クラウディアはしばらく沈黙した。


(どうしようかしら)

「姫殿下?」


 正直なところ、困ったことになったかもしれない。


(……この男の相手をするのは、すっごく面倒くさそうだわ……)


 そう思い、迷わずノアを見上げる。

 そして、ぎゅうっとノアにしがみついた。





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