5 おそうじの計画
「掃除?」
怪訝そうな顔をしたノアに、クラウディアは頷く。
説明を要求する目を向けられて、どこから話したものかと目を瞑った。
「『クラウディア』はね。生まれてすぐ、正妃に城を追い出されたの」
ノアの座った寝台に、クラウディアも腰掛ける。
「わたしを産んだおかあさまは、歌姫だったわ。魔力をあんまり持っていなくて、身寄りのないひと。おとうさまは、おかあさまを王城に招いてわたしを産ませ、妾妃にしようとした」
「……珍しくもない話だな」
「そうね。おかあさまがわたしを産んですぐに死んだのも、よくあるおはなし」
ふわあとひとつあくびをし、小さな手で目を擦りながら、クラウディアは続けた。
「正妃はね、おとうさまが貴族の妾を作ることには反対しなかった。でも、孤児育ちのおかあさまは許せなかったみたい。だから、あかちゃんだったわたしを魔力鑑定するとき、宝玉をにせものにすりかえたの」
ころんと寝台に転がって、ノアを見上げる。
ちょうどあのときもこんな風に、さほど柔らかくない揺り籠の中で、正妃の赤く塗りたくられた口元を見上げていたはずだ。
『――この赤子には欠けているわ。王室にふさわしい血筋も、魔力も!! ご覧なさい、鑑定の宝玉が反応すらしないじゃない!!』
生まれたばかりのクラウディアを、正妃は大声で罵った。
「おとうさまは、おかあさまを気に入ってはいたけれど、産まれたこどもにはぜーんぜん興味がなかったのね。ろくに調べもしないまま、わたしを辺境の塔に追いやったわ」
「……」
「与えられた侍女は、正妃の息がかかった五人。泣くと叩かれたり、ご飯をもらえなかったり、見るのが面倒だと閉じ込められたり……」
他にもいろいろな仕打ちを受けた。思い出すとむかむかするので、いまは考えないことにする。
ノアは眉根を寄せて、仰向けに寝転がるクラウディアを見下ろした。
「あんたが、その仕打ちを黙って受け入れるような人間には見えないが」
「『アーデルハイト』の記憶がなかったの。でも、わたしはずうっと意識の奥底にいて、『クラウディア』をずっと見ていた」
もっとも、下手に目覚めていなくて良かったかもしれない。
赤ん坊の体では、いま以上に魔力が使いこなせず、どうにもできなかったはずだ。意識はあるけど反撃はできないという、生殺しの日々を送る羽目になっていただろう。
「……あんたの目」
「!」
ノアの手が、クラウディアの頰に添えられる。
それから彼は、瞳を無遠慮に覗き込んできた。
「光の加減や角度によって、まったく違う色に見える。……これは、アーデルハイトの持っていたっていうあの瞳か」
魔力の性質は、瞳の色に現れると言われている。
苛烈な魔力の持ち主は赤色。静かに冴えた魔力の持ち主は水色。ノアの持つ黒い瞳は、暗い暗い闇魔法の性質なのだろう。
そしてクラウディアの持つ瞳は、すべての魔法の性質を併せ持つことの証明だ。
「もちろん、魔法による細工なんかじゃないわよ」
そう言うと、ノアは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「……この国の王家とやらは、本物の節穴だな」
「ふふ」
もっとも、クラウディアは瞼が開く前に追放され、生まれ育った塔に軟禁されている。
乳母でさえクラウディアの目を見もせず、侍女たちから顔を覗き込まれたこともない。伸ばされっぱなしだった前髪は、時折姿を見せる伯父からも目元を隠していた。
「……後見人のおじさまは、おかあさまの兄を名乗るひとなの」
「ふうん」
「あなたに会う前、そのひとに塔の窓から落とされちゃった。わたしを殺せば、同じ髪色をしている自分のむすめを、王女クラウディアとして育てられるってかんがえたみたい」
「……」
ノアの黒い瞳が、じとりと半分に細められる。
「そいつ、馬鹿なんだな」
「ねえ? ……でも、案外うまくいくかもしれないのよね。侍女を全員やめさせれば、本当のクラウディアを知るひとはいないもの。おとうさまも正妃も、わたしを追い出してから一度もあっていないから……ふわあ」
本格的な眠気に襲われて、もぞもぞと上掛けを手繰り寄せる。
「あした、初めて、お城から視察の人が来ることになっているの。……おじさまは、そこで自分のむすめを出すつもり……」
「つまり『掃除』というのは、視察とやらが来る前に、伯父連中を追い出すってことか」
「…………」
「おい?」
「ふふっ」
おかしくて笑っただけなのに、ノアがぞっとしたような表情をする。
「あなたがお手伝いしてくれるなら、ほんとうによかった」
「……どういう意味だ」
「だって、あなたにお掃除をしてもらえれば、やりすぎないで済むでしょう? 何しろ今のわたしは、じょうずに加減ができないから」
ノアを見上げ、とろりと微笑みを浮かべる。
「――殺しちゃうと、いけないものね」
「…………」
ノアは一瞬眉根を寄せたが、すぐに短く息を吐き出してこう言った。
「同感だな。……復讐は、死に逃げられたんじゃ意味がない」
「んん……」
返事をしてあげたかったのだけれど、眠気が勝ってどうしようもない。掻き寄せた上掛けをぎゅうっと抱きしめ、クラウディアは枕に頭を乗せる。
「じゃあ、明日……むにゃ……」
「……待て。まさかあんた、こっちで寝る気か!?」
「そっち……使っても……」
「あっちの寝台は、あんたが魔法で出した服やアクセサリーで埋め尽くされて…………おい!」
なんにも聞こえないふりをして、クラウディアはノアにくっついた。
「……命令。わたしをここで、寝かせなさい…………」
「………………」
何しろ明日は大忙しだ。
いまのうちにたくさん寝て、英気を養っておかねばならない。