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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
~第1部~

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31 魔術師の忠誠

 実の娘が微笑んでも、フォルクハルトはその表情を変えない。


「邪魔だ、クラウディア。どこから入り込んだ? あちらに行っていろ」

「やっ! クラウディア、カールハインツがほしいもん!」


 クラウディアはつんとくちびるを尖らせ、跪いているカールハインツを振り返る。


「ね? カールハインツ」

「姫殿下……。なりません、どうぞお部屋にお戻り下さい」


 クラウディアを制止する声に、どうしても焦りが滲んでしまう。

 ただの少女でないことは分かっているが、それでも六歳の子供だ。どれほど強い魔力を持っていようと、フォルクハルトの怒りを買えばただでは済まない。


 そしてフォルクハルトは、自分にとって有害だと判断すれば、実の娘であろうと排除するだろう。

 想像の通り、フォルクハルトは瞳孔の開いた冷たいまなざしのまま、クラウディアの前へと歩み出る。


「陛下、何卒。姫殿下はまだお小さく、遊んでいらっしゃるおつもりなのです」

「黙れ。いまお前に発言を許した覚えはないぞ、カールハインツ」


 向けられた威圧感は、本気の殺気だった。

 本能からの警告が、この状況は危険だと告げている。カールハインツは無表情のまま、クラウディアを守るための計算を巡らせた。


(陛下がこのまま、クラウディア姫殿下に危害を加えるようであれば。……たとえ、陛下への叛逆と言われようとも……)

「ふん」


 フォルクハルトが、整った顔に歪んだ笑みを貼り付ける。


「見ろ、クラウディア。忠実だったはずの私の臣下が、すっかりお前に取られてしまったようだな?」

「えへへ! カールハインツね、クラウディアのことだいすきなの!」

「ああ、そのようだ。……だが」


 フォルクハルトが、クラウディアの顔を片手で掴む。


「躾がなっていないな、我が娘よ。お前には、人のものを取るなという最低限の教育が、為されてこなかったらしい」

「陛下!」

「どれ。たまには父らしく、娘に指導してみせようか?」

「――!」


 フォルクハルトが、魔法を詠唱する気配を見せた。


 カールハインツは顔を上げ、それに対抗しうる呪文を探す。ほんの一瞬の時間だが、数秒ほどに長くも思えた。


(ここで処刑されても構うものか。……どれほど力を付けたところで、守りたい者が生きているうちでなければ意味がない)


 恩人の消息を見失って以来、ずっとそのことを後悔してきた。


 カールハインツにとって、彼女がクラウディアの母だと気付いた瞬間は、彼女の死が決定付けられた瞬間でもあるのだ。


(俺は今度こそ、守らなければ――……)


 その一心で動こうとした、その瞬間だった。


「……んしょ!」

「姫殿下……っ」


 フォルクハルトに顔を掴まれたクラウディアが、小さな手をまっすぐ前へと伸ばす。

 かと思えば、その両手はフォルクハルトの顔を包んだ。


 そして、ぎゅむ! と頰を押さえるのだ。


「――――……は?」


 完全に虚をつかれたフォルクハルトが、素っ頓狂な声をあげた。


 それを見ていたカールハインツも、思わずぽかんとして固まる。

 クラウディアは、冷徹な父の顔をぐにぐにと揉みながら、至って無邪気に笑うのだ。


「おとーさま、にらめっこじょうずー!」

「…………」


 明るい声が、謁見の間へと響き渡る。


「クラウディアと遊んでくれるの? だからおてて、クラウディアのお顔をぎゅってしてる? クラウディアのほっぺ、ぷくぷくでしょー!」

「…………」

「あ。でもクラウディア、おとーさまとあそべるのがうれしくて、にこにこしちゃったから……」


 クラウディアは真剣な顔をしたあと、力の抜けたフォルクハルトの手から逃れ、カールハインツを見上げた。


「カールハインツ。クラウディア、まけちゃった?」

「……姫殿下……」


 カールハインツが答えに窮した、その直後。


「……ふっ、く。……はは、はははははっ!!」

「陛下……?」


 フォルクハルトが、声を上げて笑い始めた。


「ははっ! ふ、この私の顔を……。無遠慮に触れ、ましてや好き勝手に弄り回したのは、お前が初めてだ。クラウディア」

「あ! おとーさまも、わらってる!」

「本当に、一切の恐れを知らぬらしい。……まったく、こうなれば私も馬鹿らしくなってくる」


 その言いように、カールハインツは息を呑む。


(お怒りでない、だと? ……平素であれば、あの状況で姫殿下にお咎めがないなど考えられない。だが、いまの陛下は正真正銘、楽しんでいらっしゃるように見える……)


 そしてクラウディアは、花の綻ぶような笑顔を浮かべるのだ。


「おとーさま! おとーさま、わらったから、クラウディアのかち?」

「何を言う。先に笑ったのはお前だぞ? クラウディア」

「あ! そーだった!」


 小さな手がぱっと口を塞いだ。

 するとフォルクハルトは、まさしく幼子に言い聞かせるための、穏やかな声で説明する。


「こういうのはな。引き分け、というのだ」

「ひきわけ!」

「お前も私も負けであり、お前も私も勝ちとなる」


 クラウディアはふんふんと頷いたあと、にこっと微笑んだ。


「クラウディア、おとーさまとおそろい?」

「そうだな。……カールハインツ」

「……は。陛下」


 カールハインツは改めて、フォルクハルトに礼の形を取った。


「いま言った通りだ、馬鹿馬鹿しくなった。お前の報告に『手落ち』があったこと、ひとまずは見逃してやろう」

(……陛下に状況を伏せたのは、手落ちではなくれっきとした背信行為だ。それを分かっていらしても、なお……)


 いまのフォルクハルトは、心の底から機嫌が良さそうに見える。


(駄目だ。陛下はこう仰るが、この状況に甘んじるべきではないだろう。俺は、責任を取らなければ……)

「カールハインツ!」

「!」


 クラウディアの小さな手が、カールハインツの服を引く。


「ほらはやく、ねんねしましょ! ノアがいないの。だれかがお歌をうたってくれないと、クラウディアねむれない」

「……」

「はやく」


 そう言って、もう一度強く引っ張られた。


「……!」


 その力強さに、ふと昔のことを思い出す。


『――起きて! ねえ君、起きて、しっかりして!』


 雪の夜、死の眠りから揺り起こしてくれたあの少女は、いまのクラウディアのように真っ直ぐカールハインツを見据えていた。


(……いまの行動は、クラウディア姫殿下にとっても賭けであったはずだ。陛下の不興を買えば、この先に姫殿下の安寧な暮らしが脅かされ、最悪の場合は殺されていたことをご理解なさっているだろう)


 どれほどクラウディアに魔力があろうと、魔法の扱いが優秀であろうと、難局であることに変わりはない。


 にもかかわらず、クラウディアはカールハインツのために動いたのだ。


(……俺の恩義を、彼女を守ることではなくて、子守りで返すことになるとはな)


 思いもよらない運命を見付け、知らずのうち笑みが溢れてしまう。


「――あなたさまの仰せのままに。姫殿下」


 そしてカールハインツは、クラウディアに深く頭を下げた。





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