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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
~第1部~

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26 可愛い従者に見せたいもの


 ノアが不機嫌そうにしていたのは、そのことが理由で間違いない。それは分かっていたけれど、敢えて弁解もしなかった。


「じまんのノアを、おとうさまに見せてあげたいでしょう」

「……姫さま」

「だってね、ノア」


 クラウディアは微笑んで、この可愛らしい従僕に告げる。


「――おまえには、たくさんの『可能性』があるのだもの」

「……っ」


 それはもう、素晴らしい未来を選ぶことが出来るのだ。


 たくさんの魔力を持っている。それを制御し、応用し、短期間で使いこなすような天賦の才もある。


 大国の王族という血筋であり、頭脳はいたって明晰だ。しなやかな四肢はよく動き、これからどんどん成長して、背も高く体格のいい美丈夫となるのだろう。


「おまえのちからは、すべての人にみとめられるべきだわ。最低でも、この国でいちばんの王さまくらいには」

「……っ、俺は」

「もしかしたら、ヴィルにいさまや、エルにいさまにも、ほしがられるかも」


 そう告げると、ノアがぐっと眉根を寄せる。


(追放された王女の従僕であるよりも。――本当は、お父さまやお兄さまたちの従者になった方が、お前には沢山の未来が訪れるわ)


 言葉に出さなかったその思いを、ノアは感じ取ったのだろうか。


「冗談じゃあない」


 ノアは静かに上半身を起こして、寝転んだままのクラウディアを見下ろした。


 その瞳には、憤りの感情が燻っている。

 クラウディアが仰向けに寝返りを打ち、見上げてみると、空よりもよっぽどノアの瞳が眩しかった。


「言ったでしょう。俺はあなたの犬で良いと」

「……ええ。聞いたわ」


 微笑みながら、ゆっくりと頷く。

 ノアは、怒りを帯びた真摯な表情で、クラウディアに真っ直ぐ告げるのだ。


「俺は、あなたに救われた」

「――――……」


 ざあっと吹き抜けた晩秋の風が、季節外れの花々を揺らした。


「叔父の元から逃げ出し、無我夢中で転移した先のあの森で、あのまま野垂れ死ぬんだと思っていました。……ひどく惨めで、すべて奪われたんだと悔しくて、けれどもなにも出来ないんだと分かり切っていた」


 出会ったときのノアを思い出す。

 幼いながらに魔法へ抗い、地面に這いつくばりながらもクラウディアを睨んだ少年が、心の中でどんなことを考えていたのかに耳を傾けた。


「あなたを裏切って転移してからも、あとはこのまま死んでも構わないと思っていました。なのにあなたは、もう一度俺を助けてくれたばかりか、妹を弔ってくれた。……『よく頑張った』と、俺にそう言って下さったでしょう」


 クラウディアは微笑んだまま、もう一度頷く。


「――俺はあのとき、『まだ生きていたい』と、生まれて初めてそう思った」


 ほんの一か月前のことだから、もちろんはっきりと覚えている。


 あの時のノアは、泣きそうな顔をしていた。

 けれどもそれを必死に堪え、クラウディアに忠誠を誓ったのだ。いまのノアは、あのときよりももっと切実なまなざしでこう告げてくる。


「だから、あなたの犬でいい。……他の生き方はいらない」


 その言葉こそ、本当に健気な忠犬のようだ。


(ノアはいつだって、真っ直ぐね)


 素直でない振る舞いで強がったり、大人びた背伸びをしてみせたりすることはあっても、すべてはクラウディアに頼られたいが故だ。


 守ろうとしてくれているのが、よく分かる。

 だからこそクラウディアは、はっきりと告げることにした。


「それはね、ノア」


 そっと小さな手を伸ばし、やさしくノアの頬に触れる。


「おまえがまだ、ほかの生きかたを知らないからだわ」

「……っ」


 そう告げると、ノアがぐっと顔を歪めた。


「違う。……俺は、あんたのことが……!」

「わたしが?」

「……!」


 聞き返すと、ノアが強く拳を握り込んだのが伝わってくる。

 ノアはそのまま深く俯くと、拳をほどいた手で目元を覆い、独白のような声をぽつりと零した。


「…………心配、なんです」

「しんぱい?」


 これはまた、新鮮な言葉を向けられたものだ。


 前世アーデルハイトのころはもちろん、追放された王女だったクラウディアにとっても、誰かから心配された経験はほとんど無い。


 けれどもこの一か月を振り返れば、ノアがクラウディアを庇おうとしてくれたのは、確かに『心配』とも呼べそうなのだった。


「……前世のあなたは死んでいます」

「そうね。もしいきていたら、518さいのおばあちゃんだわ、ふふ!」

「命を落とした理由は、自害だと言われている」


 懐かしい過去をノアに話されて、クラウディアは微笑みに目を細める。


「その理由は後世に残っていません。遺言のたぐいは、あなたの弟子たちによって秘匿されている」

「かわいい。わたしにひみつで、いっしょうけんめいしらべたのね?」

「何故死んだのかと、そんなことを聞くつもりは俺には無いです。ただ、最強の魔女でありながら突如自死を選んだアーデルハイトの危うさは、いまのあなたにも引き継がれている」

(……本当に、真摯な目で私を案じるものだわ)


 クラウディアはそうっと起き上がって、花畑の中に座り込んだ。

 花びらが絡まっていたのか、ノアはクラウディアの髪へと触れながら、言葉を続ける。


「……どうしてわざわざ、お父上を挑発するような言動を取るのですか」

「そのほうが、おもしろそうだったからよ」

「本当に? ――父君の不興を買った上で、その関心を俺に移し、あなたから俺を取り上げさせるおつもりだったのでは?」

「ふふ」


 短い期間で、随分とクラウディアのことを理解してくれている。


 ノアの言ってみせた通りだった。

 クラウディアはこの、優秀で、可能性の塊のような従僕に、クラウディアの傍にいる以外の未来を見付けてあげたい。


(だって、こんなに良い子なんだもの)


 心から、そう思う。


(広い世界を知って、色んな人に出会って。――そうして開ける膨大な未来が、あなたの行く手には存在している)


 そのことを口にしないまま、クラウディアはノアの左胸に触れた。


「!」


 途端に強い風が吹いて、ノアが反射的に目を瞑る。


 そうして彼が目を開くと、クラウディアは十六歳ほどの姿に、ノアは十九歳くらいの外見に変わっていた。


「……姫さま……」


 大人の姿になったノアの、呆れたようなその声音に、同じく大人の姿になったクラウディアは心から笑う。




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