25 父王の目論見
父は、クラウディアそのものではなく、クラウディアの魔力を証明することによって起こる事態を期待していたのだ。
(今回の本題は、六年前に正妃イルメラが、私の魔力鑑定で行った不正を暴くこと。――そして、それによるイルメラの追放ね)
クラウディアが王城を追放されたのは、産まれた直後の魔力鑑定で、『魔力無し』の結論が下されたからだ。
その首謀者はイルメラだが、当時の父王は見逃した。恐らくそのときの彼にとって、これは些末なことだったからだろう。
けれど、現在の父王フォルクハルトは、正妃イルメラが疎ましいのだ。
(けれどイルメラは、いわく大国の王族であり、お父さまとは政略結婚。王室から追い出すには、イルメラの故国側が、『離縁されるのはこちらに非がある』と思うような事情がなければならない)
でなければ、離縁を理由に戦争沙汰だ。
あの残虐そうな父王としても、面倒な戦は避けたいのだろう。
(だから私に目を付けたのね。魔力というものは、私と契約したノアのような例外を除けば、生まれてから死ぬまで一定のまま。いまの私に魔力があれば、出生直後の鑑定は偽造されていたことになるもの)
今日ここで会った異母兄姉たちは、みんな優秀な魔力持ちだ。
同じ父を持つクラウディアに、一切の魔力が無いことは考えにくい。父王には、そういった目算もあったように見えた。
(ずっと私を放置していた正妃が、いまになって私を殺しに来たのも、お父さまの『正妃を追い出す』という目的に気付いたからではないかしら。最初はただ、私の存在が不快だからと行ったことが、六年経って自身の進退に関わってきているのだもの)
ただの離縁であるならまだしも、魔力鑑定の偽造が証明されれば、イルメラは罪人の扱いだ。
故国に戻されたとしても、良くて幽閉、最悪の場合は死罪が課せられる可能性もある。
(私の存在は、イルメラの悪事の証拠そのもの。彼女は一刻も早く私を殺して、身の安泰を計りたいでしょうね)
ノアの手を引き、芝生の上をとことこ歩きながら考える。
(イルメラにとっての好機は、私がこの城にいるあいだ。何が何でも殺しに来るでしょうし、同時に……)
思い浮かべたのは、父王フォルクハルトが去る際の背中だ。
(お父さまにとってもこれは好機。私を城に留めて置けば、私を殺そうと焦ったイルメラが、ボロを出すかもしれないものね)
思った通り、まったくクラウディアを娘だと思っていない。
「ふふ。ふふふふ」
「姫さま?」
「たのしくなってきちゃった。ここまできたら、もういいかしら?」
クラウディアたちが立ったのは、中庭から少し離れた場所にあるなだらかな丘だ。
辺りは一面緑の芝生で、冬の始まりの空が青々としている。その中ほどで向かい合って、内緒話を始めた。
「あのね、ノア」
クラウディアの考えをノアに話すと、ノアは思いっきり顔を顰めた。
「――というわけなの。もちろん、はずれているかもしれないけれど」
「……今後どのように動くのか、カールハインツを交えて話しましょう」
「それもひつようだけれど、まずはノアの服だわ。まっていてね。まほうで今、きれいにしてあげる」
「いえ」
「!」
クラウディアが手を伸ばそうとする前に、ノアは自分で手を翳した。
かと思えば、ほわりと柔らかな光が生まれる。浄化の魔法が湧き出して、エミリアにぶつけられた泥の汚れを包み込んだ。
かと思えば、光はすぐに消えてしまう。
そのあとは、泥の痕跡など跡形もなく、元通り綺麗になっていた。
そしてノアは、クラウディアの目をじっと見るのだ。
「このくらい、とうに自分で出来ます」
「……」
その表情は、やっぱり年相応に拗ねている。
耐えきれなくなり、くすくすと肩を震わせると、ノアはますます苦い顔になった。
「……あなたにとっての俺は、子供にしか見えないかもしれませんが」
「わたしだってこどもよ?」
「本当のあなたは違うでしょう」
クラウディアは、ふっと微笑んだ。
すぐには何も答えないまま、心の中で魔法を詠唱する。
一面に広大な結界を張ったことに、どうやらノアも気が付いたようだ。クラウディアはその隙に、もうひとつ新しい魔法を唱えた。
それは、この丘の景色を塗り潰す魔法だ。
「……!」
芝生に覆われていた丘の上は、ノアが瞬きをした瞬間に、色とりどりの花々で埋め尽くされた。
「せーのっ、ごろーん!」
「!」
ノアの手を掴み、引っ張って、魔法で作った花畑の中に引き倒す。
ふたりでころんと転がれば、甘やかな花の香りがした。
クラウディアとノアは、ふたりで寝転ぶ姿勢のまま、花の中で向かい合う。
正面から見たノアは、体は大人しく横たわりつつも、その表情にしっかりと抗議の色を浮かべていた。
「姫さま……。また、魔力の無駄遣いを」
「おはな、とってもきれいでしょう?」
花の種類は決めなかったから、さまざまに咲き乱れているのだった。
赤やピンク、淡い水色、夕焼けのような紫に、太陽の光で染めたような黄色。ノアの真っ黒な髪や瞳には、鮮やかな色がよく似合う。
クラウディアは、大満足でノアへと手を伸ばした。
「……さっきのは、わざと当たろうとおもったの」
触れたのはノアの腹部辺り、先ほどまで汚れていて、いまはすっかり綺麗になった部位だ。
「だから、わたしをまもらなくてもよかったのに」
「分かっています。……でも、我慢できなかった」
「そもそも、どうしてまほうを使ってとめなかったの? あの程度をよける方法なんて、もういっぱいおしえたでしょう」
そう尋ねると、ノアは不服そうにこう言った。
「理由を聞きたいのは、俺の方です」
「……ノア」
「どうして先ほどの鑑定からずっと、あのようなことをなさるのですか? だから、魔法は使いたくなかったんです。あなたは、国王陛下の関心を、わざわざ俺に集めようと誘導している」
黒曜石の色を持つ瞳が、真っ直ぐにクラウディアを見据える。
「……まるで、俺の存在が、王女であるあなたよりも重要であるかと思わせるように」
「……」
やはり、ノアは最初から気が付いていたのだろう。