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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部5章〜

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220 生きるよすが


 黒百合の上に、ぱたたっと赤い血が落ちてゆく。

 その血は金色の光を帯びて、ノアの手にした短剣の刃を輝かせた。


(呪いの術式の構成は、分かっている)


 つい先ほど、ノアをわざわざ苦しませることで、欲しい情報はすべて得た。

 眷属契約によって、クラウディアとノアの魔力は繋がっている。クラウディアが理解した魔法のことを、ノアだってよく分かっているはずだ。


(十年前……あのときの私では、ノアの呪いを断ち切れなかったからこそ、こうして眷属の契約を結ぶことになったわ)


 目覚めたばかりのクラウディアでは、そうすることが限界だった。

 けれどもそれも、ライナルトの呪いを利用した母が目論んだことだったのだ。

 ノアを目の前にすればそうするはずだと、母にそう信じられていたからこそ、こうしてノアとの契約を結んで今に至る。


(ライナルト。あなたがノアを苦しめた呪いが、あなたの計画を阻んでいるわよ)


 その皮肉さに微笑んで、クラウディアはジークハルトに告げる。


「怖くても、暴れちゃ駄目」

「……っ」


 左胸から短剣を引き抜いたノアが、その剣の形を変化させる。

 金色に輝く血を纏い、真っ直ぐに伸びた長剣の切先が、ジークハルトへと向けられた。


「レオンハルト……!!」

「――――……」


 ジークハルトの激昂が、クラウディアの制御を振り解いた。


 彼らの剣同士が、再び剣戟の音を散らす。

 剣と魔法の絡み合うそれは、荒々しい音を立てながらも、まるで一種の舞踏のようだ。ノアの剣先には迷いがなく、すべての動きを計算しつくし、淀みない流れでジークハルトを追い詰めてゆく。


 一方で対峙するジークハルトには、一切の余裕も見えなかった。

 深い怒りをぶつけているかのような、力任せの剣術だ。子供の頃、ノアと彼が戦った姿を見たときは、もっと洗練されていたはずだった。


(ライナルトに与えられたはずの力が、却ってジークハルトを阻んでいる)


 もちろん、ジークハルトが弱い訳ではない。

 その一撃は力強く、まさに猛攻といった様子で、刃はノアの体を抉り斬ろうとする。しかしそれを回避するノアの動きは、ジークハルトの苛烈さすらも利用していた。


 ジークハルトが振り下ろした剣を、ノアは刃で受け止める。ジークハルトはそれを押し返そうとするが、ノアは素早く刃の角度を変えた。そのまま二振りの剣が交差し、互いを弾いて、次の一撃を繰り広げる。

 重心を僅かにずらしたノアが、肩口を狙うジークハルトの剣を受け流した。


「……っ!」


 ジークハルトの眼前に、再びノアの剣が迫る。

 それを躱したジークハルトが、自身の剣をノアの首筋に突き立てようとした。それを一閃で弾いたノアが、後ろに跳んで間合いを取る。


「……俺は、彼女を手に入れる」


 自身へ言い聞かせるかのように、ジークハルトの低い声が響いた。


「ずっと、そのために準備を重ねてきたんだ」

「――言っただろう」


 剣を上段に構えたノアが、目を眇める。


「このお方を手に入れるなどという考えは、すぐに捨てろ」

「黙れ。黙れ、黙れ……っ!!」


 ジークハルトが激昂しながら、ノアへと一気に間合いを詰めた。

 剣先に迸る黒い光は、暴走寸前の闇魔法だ。呪いの崩壊寸前にも似た不安定さが、触れたものすべてを害するような禍々しさを伴って、ノアの方へと襲い来る。


「姫さまは……」


 けれどもノアは冷静に、はっきりとジークハルトに告げた。


「俺の主君は、俺のものだ」

「……僕が、お前でさえあれば……!!」


 短く息を吐いたノアが、ジークハルトの剣を避ける。

 かと思えば、ノアは手にした剣ではなく、拳をジークハルトの鳩尾へと叩き込んだ。


「っ、く……!!」

「――――……」


 口元を押さえたジークハルトが、聖堂の床に膝をつく。剣先を床へと向けたノアが、ジークハルトに問い掛けた。


「その状態で、よく生きていたな」


 先ほどとは正反対の光景だ。ノアの血を纏わせた剣は、依然として金色の輝きを帯び続けている。


「……ライナルトの呪いが、お前の体を脆くしたのか?」

「…………」


 ジークハルトは浅い呼吸を繰り返し、視線を落とす。


「三年間に及ぶ大喪の儀で、お前はライナルトに何かされているらしい。……たとえば、ゆくゆくはお前の体を乗っ取るような、そんな魔法式を仕込まれている」

(――――……)


 クラウディアも、おおむね同じ想像だ。

 おおよそ八年前、見合いのためにと称して訪れた国で、クラウディアは前世の弟子と再会した。その弟子は、いつかクラウディアの魂を入れ込むための器として、何人もの少女たちを眠らせていたのである。


(シーウェルが用意した私の『器』も、呪いの魔法道具によって作られた魔法によるもの。その呪いを与えたのも、間違いなくライナルトだもの)


 それと同じ思考に基づくことを、自らの子孫に行っている。

 クラウディアの知るライナルトからは、あまり想像のできない行いだ。けれど五百年が経った今、誰がどんな風に変わっているかすら、断言できないことも知っていた。


「……くそ……」


 ジークハルトは何度も荒い呼吸を継ぎ、聖堂の床へと額を擦り付ける。

 ノアはそれを見下ろして、冷静な表情でこう続けた。


「俺が施されたのと変わらない、奴隷の契約も同然だ。……逃げたら死ぬ、だからこそお前は」


 ジークハルトの首元に、黒い靄が浮かび上がっている。


「姫さまを、生きる理由のよすがとして、執着しているふりをしているだけだ」


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