212 最初の
(ここに感じる仄かな熱は、ノアの魔力だと思っていた)
目覚めたときと、先ほど微量な魔力を取り戻したとき。
そのどちらも感じた温かさの正体に、クラウディアは気が付く。
(だけど、違うわ。……これは、私とノアの魔力が混ざったもの……)
自分の温度を、自分自身では感じ取れないように。
クラウディアにとって当たり前のものは、そこにあることを汲み取れない。そのため、ノアだけの魔力だと錯覚してしまったのだ。
(――ああ、なるほど)
クラウディアは、六歳だった子供の頃に、ノアと結んだ契約の性質を思い出す。
(あの子のところに、私の魔力を置いてきたからだわ。すっかり混ざって、こんな温かさに変わったのね)
くすくすと笑うクラウディアを、ジークハルトが不思議そうに見詰めていた。
「どうした? クラウディア」
「……恐らくは、私の記憶に鍵が掛けられていたのだと気が付いたの」
「鍵……」
「私が忘れていたことを思い出したり、知らなかったことを知ってゆくにつれて、元の世界でも何かが起きているのかもしれないわ――たとえば、私に連動して父さまやノアが、少しずつ記憶を取り戻しているのかも」
ジークハルトにしてみれば、まったく関係のない話だろう。それでも彼は真摯な表情で、クラウディアに答えてくれる。
「それは、君の母君の魔法か?」
「きっとね。私を守るため、仕掛けてくれたのだわ」
クラウディアは、暖炉で燃え盛る炎を眺めながらこう続けた。
「レオンハルトを陰で操る、筆頭魔術師という存在から」
「――!」
ジークハルトが息を呑み、言葉を選びながら口を開く。
「……やはり君も、そう考えるか?」
「私の居た元の世界では、レオンハルトでなくあなたが駒だったわ。ジークハルト」
「……そいつは、また……」
僅かに引き攣った笑みを浮かべ、ジークハルトが額を押さえる。
「レミルシア国は、あの筆頭魔術師に利用されたということか。下手をすれば、俺の父……レオンハルトにとっての叔父も」
「あなたとレオンハルト、それぞれのお父さまであるご兄弟は、とても仲が悪かったそうね。その苛烈なまでの歪み合いも、仕組まれたものなのかもしれないわ」
「くそ……っ」
ジークハルトにしては粗暴な舌打ちが、彼の心情を思わせた。
「どうしてわざわざ、この国の王族を利用することに執着するんだ……!!」
その言葉に、クラウディアはそっと目を伏せる。
「執着では、ないのでしょう」
「……?」
クラウディアの中で、ひとつの推測が育っていた。
「きっと、それしか選べなかったのではないかしら」
「……クラウディア?」
「レミルシア国の王族は、とても強い力を持つ傾向にある。その理由は何故だと思う?」
幼子でも知っていることを問い掛けるクラウディアに、ジークハルトが目を細めた。
「……魔術師の持つ力、すなわち魔力には、血筋が大きく影響するからだろ? 僕たちレミルシアの王族は、初代国王ライナルトの血を引いている」
「――ライナルト」
クラウディアにとっては、懐かしい名前だ。
「五百年前に生きた魔女、アーデルハイトの最初の弟子。人を惹き付ける、太陽のような眩しい統率力と、とても強い魔法の力……そして、黒曜石の色をした瞳を持っていた」
瞳の色は、魔力の性質を表す。
吸い込まれるような漆黒の瞳は、闇魔法を象徴するものだ。
「どちらかというと、ライナルトはノアよりも、あなたの方に似ているわ」
「……まさか」
「あの子はきっと、シーウェルのように待っていた。私がまた、この世界に生まれ変わってくることを」
八歳のころ、クラウディアはかつての弟子に再会した。
五百年の時を、必死に生きて待ち続け、アーデルハイトに再び出会おうとしたシーウェルだ。
彼はルイスと名前を変え、一国の王子として潜り込み、生まれ変わったクラウディアを探し続けていたのである。
「けれども何らかの理由によって、あの子が直接動くことは出来ないのだわ。だからあの子は、自分の血を引く子供たちを支配することによって、手足のように動かしている」
「……レオンハルトの、筆頭魔術師を名乗る男は……」
何処かさびしい気持ちになって、クラウディアはぽつりと呟いた。
「ライナルト。――私の弟子、あなたたちの先祖であるレミルシア初代国王が、正体なのだと仮定するわ」
「…………っ」
今はまだ、推測の域を出ない想像だ。
けれどもクラウディアは、それが事実と遠くないのではないかという感覚を、何処となく肌で感じていた。
(とはいえ、まだ嫌な予感がする。だってライナルトが相手なら、レオンハルトは……)
その瞬間、ぴりっと張り詰めた魔力を感じる。
「クラウディア、下がっていてくれ」
「いいえ。平気よ、ジークハルト」
彼がすぐさま辿り着くことは、分かっていた。
雲の中で聞く雷鳴のような、ばちばちと弾ける音がする。人影が現れたと思った直後、クラウディアは強く肩を掴まれ、引き寄せられた。
「……アーデルハイト……!!」
「ふふ。もう来たの? レオンハルト」
殺気に近い冷たさを纏い、レオンハルトがクラウディアを睨む。
X(Twitter)で次回更新日や、作品の短編小説、小ネタをツイートしています。
https://twitter.com/ameame_honey
よろしければ、ブックマークへの追加、ページ下部の広告の下にある★クリックなどで応援いただけましたら、とても励みになります!




