210 恩義
光の加減によってどんな色にも見える瞳が、僅かに揺らぐ。
「目覚めたら、すべてが解決していたと。――そんな状況を本当に喜ばれるお方であれば、世界のために死をお選びになるはずもない」
「……それは」
「自らを狙っている相手が、どのような者か。ジークハルトがどのような事情を抱えているのか、それを知ろうとなさるはずです。その上で、選択をされる」
クラウディアは、何度もノアに告げてきた。
「姫殿下は、ご自身のやりたいことしかなさいません」
「――――……」
クラウディアが何を望むのか、ノアは誰よりも知っている。
「……この子の魔力を返しては、駄目」
ドロテアの呟いたその声は、先ほどよりも弱々しい。
「アーデルハイトと同じ形にしては、奪われる。……眠り続けるよりも、殺されてしまうよりも、もっと非道な……」
「ドロテアさま」
座り込んでいるドロテアの前に、ノアはゆっくりと跪いた。
「同じ形には、なりません」
「…………?」
「あのお方にいただいた魔力は、俺の中に混ざって溶けています」
淑女への礼をするときと同様、自らの手を左胸に置いた。
「俺と姫殿下は、眷属契約によって結ばれて、魔力を共有する状況にありました。……俺の中にあるこの力は、紛れもなく姫殿下ご自身の魔力でありながら、アーデルハイトさまとは同じではない」
「――あ!」
ドロテアが、はっとしたように目を見開いた。
「そのご様子ですと、俺の推測は的外れなものではなさそうで、安堵いたしました」
「だけど……それで、上手くいくかどうかは、分からないわ」
「俺はこのお方の従僕です。姫殿下の願いを叶えるために、生きている」
「……」
「ですから、何があっても成功させます」
ノアが僅かに込めた殺気を、ドロテアは察知しただろう。彼女は僅かに目を見張るが、迷わずに告げる。
「すべては、姫殿下のために」
「………………」
ドロテアは、やがて小さな息を吐き出す。
「……そう」
その上で、クラウディアによく似た微笑みを浮かべた。
「もう、私が守る必要はないのね」
「……ドロテアさま」
何処か寂しさを帯びたような、それでいて清々しくも感じられる、そんな言葉が紡がれる。
「ごめんね、レオンハルト。私の見た数多くの未来において、あなたはいつだって最大の脅威だったわ」
(俺が、姫殿下に出会わなかった未来……)
そんなものは考えたくもない。しかしドロテアにとってみれば、何度も目の当たりにした光景なのだ。
「だからこそ、あなたには、クラウディアと過ごしてほしかった。あなた自身の未来のためにも」
「……」
「もちろん、クラウディアにもよ? 私の企みの所為で、フォルクハルトとも引き離して、あんな塔で過ごさせてしまうことになるのだから……」
クラウディアが虐げられて育つことも、ドロテアは感知していたのだろう。
しかし、恐らくは他に有効な手段もなく、その劣悪さを選ばざるを得なかった。
「レミルシア国が侵攻してきているのでしょう? ……次にこの子を産むときは、幸せにすると、決めていたのに」
ドロテアが、クラウディアの頭をやさしく撫でる。
「結局は、最後まで守り切ってあげられなかった」
「…………」
極力口を噤んでいたが、結局は耐えかねてノアは言った。
「――長い年数を掛けた準備により、この国はレミルシア迎撃の態勢が整い、諸外国に大勢の協力者がいます」
「!」
ドロテアが、クラウディアによく似た双眸を瞬かせる。
「あなたが数々の策略と魔法を巡らせたことで、姫殿下はここまで敵に奪われることなく、こうして穏やかに眠っていらっしゃる。正直なところ、もう少し安全な方法があったのではないかという憤りは、抱えておりますが……」
棺の中で眠るクラウディアを見詰めながら、ノアは立ち上がった。
「あなたさまのお力添えがあったからこそ、俺は姫殿下にこうして出会うことが出来ました。――そのご恩は、このお方を未来永劫守り通すことによって、必ずや」
「…………」
ゆっくりと瞬きをしたドロテアが、微笑みを作る。
「ありがとう。レオンハルト」
「俺はノアです。姫殿下の『安息』として、ここにある」
「……そう。ノア」
ドロテアはもう一度、眠ったクラウディアの頭を撫でた。
「ねんねの時間は、そろそろおしまい。愛しいアーデルハイト……クラウディア、良い子ね」
クラウディアも、ノアに度々『良い子』と言った。
「良い子、良い子。……さよならね」
そして、名残惜しそうな手が離れる。
「フォルクハルトに、お礼を伝えてくれるかしら? それから、『ごめんなさい』も」
「承りました」
「カールハインツには、『ちゃんと毎日暖かくして眠ってね』と」
立ち上がったドロテアは、やはりクラウディアによく似た微笑みで、こう続けた。
「あなたのクラウディアを、守ってあげて」
「――――――……」
硝子の割れるような音が、真っ黒な空間に高く響いた。
次の瞬間、ノアは先ほどまでと変わらない聖堂で、棺の傍に立っている。クラウディアと世界を遮断するように存在していた結界は、跡形もなく消えていた。
「……ドロテアさまの、お命じになるままに」
ノアは改めて、その棺へと跪く。そして、横たわったクラウディアの頬に手を伸ばした。
「…………」
指先が、クラウディアに触れる。
氷のような冷たさに、ノアはゆっくりと瞑目した。
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