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虐げられた追放王女は、転生した伝説の魔女でした ~迎えに来られても困ります。従僕とのお昼寝を邪魔しないでください~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第5部4章〜

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210 恩義


 光の加減によってどんな色にも見える瞳が、僅かに揺らぐ。


「目覚めたら、すべてが解決していたと。――そんな状況を本当に喜ばれるお方であれば、世界のために死をお選びになるはずもない」

「……それは」

「自らを狙っている相手が、どのような者か。ジークハルトがどのような事情を抱えているのか、それを知ろうとなさるはずです。その上で、選択をされる」


 クラウディアは、何度もノアに告げてきた。


「姫殿下は、ご自身のやりたいことしかなさいません」

「――――……」


 クラウディアが何を望むのか、ノアは誰よりも知っている。


「……この子の魔力を返しては、駄目」


 ドロテアの呟いたその声は、先ほどよりも弱々しい。


「アーデルハイトと同じ形にしては、奪われる。……眠り続けるよりも、殺されてしまうよりも、もっと非道な……」

「ドロテアさま」


 座り込んでいるドロテアの前に、ノアはゆっくりと跪いた。


「同じ形には、なりません」

「…………?」

「あのお方にいただいた魔力は、俺の中に混ざって溶けています」


 淑女への礼をするときと同様、自らの手を左胸に置いた。


「俺と姫殿下は、眷属契約によって結ばれて、魔力を共有する状況にありました。……俺の中にあるこの力は、紛れもなく姫殿下ご自身の魔力でありながら、アーデルハイトさまとは同じではない」

「――あ!」


 ドロテアが、はっとしたように目を見開いた。


「そのご様子ですと、俺の推測は的外れなものではなさそうで、安堵いたしました」

「だけど……それで、上手くいくかどうかは、分からないわ」

「俺はこのお方の従僕です。姫殿下の願いを叶えるために、生きている」

「……」

「ですから、何があっても成功させます」


 ノアが僅かに込めた殺気を、ドロテアは察知しただろう。彼女は僅かに目を見張るが、迷わずに告げる。


「すべては、姫殿下のために」

「………………」


 ドロテアは、やがて小さな息を吐き出す。


「……そう」


 その上で、クラウディアによく似た微笑みを浮かべた。


「もう、私が守る必要はないのね」

「……ドロテアさま」


 何処か寂しさを帯びたような、それでいて清々しくも感じられる、そんな言葉が紡がれる。


「ごめんね、レオンハルト。私の見た数多くの未来において、あなたはいつだって最大の脅威だったわ」

(俺が、姫殿下に出会わなかった未来……)


 そんなものは考えたくもない。しかしドロテアにとってみれば、何度も目の当たりにした光景なのだ。


「だからこそ、あなたには、クラウディアと過ごしてほしかった。あなた自身の未来のためにも」

「……」

「もちろん、クラウディアにもよ? 私の企みの所為で、フォルクハルトとも引き離して、あんな塔で過ごさせてしまうことになるのだから……」


 クラウディアが虐げられて育つことも、ドロテアは感知していたのだろう。

 しかし、恐らくは他に有効な手段もなく、その劣悪さを選ばざるを得なかった。


「レミルシア国が侵攻してきているのでしょう? ……次にこの子を産むときは、幸せにすると、決めていたのに」


 ドロテアが、クラウディアの頭をやさしく撫でる。


「結局は、最後まで守り切ってあげられなかった」

「…………」


 極力口を噤んでいたが、結局は耐えかねてノアは言った。


「――長い年数を掛けた準備により、この国はレミルシア迎撃の態勢が整い、諸外国に大勢の協力者がいます」

「!」


 ドロテアが、クラウディアによく似た双眸を瞬かせる。


「あなたが数々の策略と魔法を巡らせたことで、姫殿下はここまで敵に奪われることなく、こうして穏やかに眠っていらっしゃる。正直なところ、もう少し安全な方法があったのではないかという憤りは、抱えておりますが……」


 棺の中で眠るクラウディアを見詰めながら、ノアは立ち上がった。


「あなたさまのお力添えがあったからこそ、俺は姫殿下にこうして出会うことが出来ました。――そのご恩は、このお方を未来永劫守り通すことによって、必ずや」

「…………」


 ゆっくりと瞬きをしたドロテアが、微笑みを作る。


「ありがとう。レオンハルト」

「俺はノアです。姫殿下の『安息』として、ここにある」

「……そう。ノア」


 ドロテアはもう一度、眠ったクラウディアの頭を撫でた。


「ねんねの時間は、そろそろおしまい。愛しいアーデルハイト……クラウディア、良い子ね」


 クラウディアも、ノアに度々『良い子』と言った。


「良い子、良い子。……さよならね」


 そして、名残惜しそうな手が離れる。


「フォルクハルトに、お礼を伝えてくれるかしら? それから、『ごめんなさい』も」

「承りました」

「カールハインツには、『ちゃんと毎日暖かくして眠ってね』と」


 立ち上がったドロテアは、やはりクラウディアによく似た微笑みで、こう続けた。


「あなたのクラウディアを、守ってあげて」

「――――――……」


 硝子の割れるような音が、真っ黒な空間に高く響いた。

 次の瞬間、ノアは先ほどまでと変わらない聖堂で、棺の傍に立っている。クラウディアと世界を遮断するように存在していた結界は、跡形もなく消えていた。


「……ドロテアさまの、お命じになるままに」


 ノアは改めて、その棺へと跪く。そして、横たわったクラウディアの頬に手を伸ばした。


「…………」


 指先が、クラウディアに触れる。

 氷のような冷たさに、ノアはゆっくりと瞑目した。


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