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21 敵だらけの楽しいお茶会


「ノアは、あっちでまってて」


 クラウディアを背に庇おうとしたノアは、物言いたげにこちらを振り返る。

 聞き分けなさいと視線で促せば、ノアは渋々頷いた。


「……分かりました。姫さま」


 子供たちの護衛や従者は、庭を囲む生け垣の前に並んでいる。そんな大人たちの中に、九歳のノアが混ざることは、子供たちに奇異なものとして映ったかもしれない。


 そのうちに、ひとりの少年が近付いてきて、クラウディアを睨むように言い放った。


「おい、そこの魔力無し」


 その少年は、毛先の跳ねた金色の髪に、ガーネットのように赤い瞳を持っている。

 年齢はおおよそ十歳ほどで、大勢の目を惹くであろう容姿だ。幼いながらも整った顔立ちをしており、その吊り目は、意志の強そうな形をしている。


「お前、本当は俺たちの妹なんかじゃないんだろ」

「いもーと?」


 きょとんと首を傾げてみせたが、本当はその魔力の質から、尋ねるまでもなく分かっていた。


(これが、兄王子のひとりね)


 クラウディアは、カールハインツの説明を思い出す。


『クラウディア姫殿下のご兄弟は、兄君がおふたり、姉君がおひとりです』

『すくないのね。なまえと、魔力のとくちょうは?』

『一番上の兄君は、御年十歳のヴィルヘルム王太子殿下であらせられます。大変活発な性格をなさっておいでで、魔力の制御はまだ荒いものの、将来は一騎当千のお力を持つお方に成長なさるかと』


 つまりはこちらの金髪の少年が、次期国王となるヴィルヘルムなのだろう。


「この王家の人間が、魔力を欠片も持っていないなんて有り得ない。そんな弱い人間が王女だって? 笑わせる!」

「……」

「父上が仰るから、こうして茶会に参加してやってるんだ。そうでなきゃ、誰が好き好んで話し掛けるものか」

「…………」

「大体こうなったら、お前の父親が誰かなんて分かりもしな――……なんだよ、さっきから、俺の顔をじっと見て!!」


 クラウディアは、小さな指でヴィルヘルムを指さすと、とびきり可愛らしく微笑んだ。


「――ヴィルにーさま?」

「!?」


 目を丸くしたヴィルヘルムが、咄嗟に一歩後ずさる。

 だが、その耳は確かに赤く染まっていた。


「……っ、兄さまって呼ぶなよ、お前なんかが!」

「おにーさま、だもん」


 無邪気なふりを続けながら、クラウディアはとことことヴィルヘルムに近付く。


「クラウディアの、いちばんうえのヴィルにーさま。いちばんつよーい、おにーさまでしょ?」

「ち……ちが」

「……ちがう?」


 今度はしゅんとしょげた顔をして、クラウディアは肩を落とす。


「ヴィルにーさまは、つよいんじゃないの?」

「……強いさ! 当たり前だろ、俺はこの国の王太子だぞ!」

「でも、よわいクラウディアのこと、まもってくれないんでしょう?」

「……!!」


 瞳を潤ませたクラウディアは、心底悲しい顔をしながら、じっとヴィルヘルムの目を見つめた。


「ヴィルにーさまは、クラウディアがきらいだから、ちいさいクラウディアをいじめる……?」

「そ、れは……」


 ヴィルヘルムの表情が、ぐらぐらと葛藤に揺らぎ始めた。


(異分子を排除しようとするのは、正義感の強さの裏返しだわ。さあ、どうするかしら?)


 クラウディアが観察していると、そこにヴィルヘルムの助け船がやってきた。


「何をしているんですか、兄上」

「エーレンフリート!」


 呆れた顔をして近付いて来たのは、さらさらした金色の髪を、子供らしく丸みのある形に切り揃えた少年だった。その手には、一冊の分厚い本を持っている。


『二番目の兄君は、九歳になられたエーレンフリート殿下です。優秀な頭脳をお持ちで、幼いながらすでに複数の新しい魔法を開発なさっていますが、大人びているゆえに周囲に溶け込めない一面があり、普段は書庫に籠っていらっしゃいますね』


 この少年が、次兄のエーレンフリートだ。瞳はアクアマリンの水色で、冷静沈着な性質の魔力を持っていることが伺える。

 エーレンフリートは、冷めた目でクラウディアを見下ろした。


「相手にしない方が良いと言ったでしょう。こんなのを構って、王家に受け入れられたと勘違いさせたらどうするんですか」

「だ、誰が受け入れるか、こんな魔力無しを!」

「ならいいですけど? ……分かったかい、そこの魔力無し。本来であれば君なんか、僕たちと会話すら許されない身分なんだよ」


 クラウディアは、エーレンフリートのことも真っ直ぐに見上げる。そして、ヴィルヘルムのときと同じように彼を呼んだ。


「エルにーさま!」


 クラウディアの満面の笑みにも、エーレンフリートは表情を変えない。


「その手には乗らないさ。僕は兄上と違って、そんなに単純じゃないからね」

「おい、誰が単純だって?」

「エルにーさま。あのね、あのね……」


 クラウディアは背伸びをし、エーレンフリートの手元を指さした。


「その、ごほん!」

「!!」


 エーレンフリートが、驚いたように目を丸くした。


「ごほん、クラウディアもだいすき! それね、おへやにあったから、とちゅうまでよんだよ」

「ば、馬鹿を言ってはいけない。これは神話だよ? 挿絵もないのに、君みたいな子供に読めるはずないさ」

(あなたも十分、子供でしょうに)


 内心でくすっと笑いつつ、クラウディアはエーレンフリートを見つめる。


「さいしょに、おっきなドラゴンがでてくるの。どーんって」

「……」

「それで、まほうつかいさまがつよいの! ドラゴンとおともだちになって、いっしょにぼうけんする!」

「…………」

「……でも、エルにーさまの言うとおり、ちょっとむずかしかったから……」


 そこで再び肩を落とし、しゅんと俯いて言った。


「クラウディア、ライオンのところまでしか、わかんなかった」

「え……。そこからが、一番この神話の面白いところなのに?」

「そうなの……?」


 クラウディアは顔を上げ、好奇心に瞳を輝かせる。けれどもすぐさま泣きそうな顔になって、次兄に言った。


「でも……。クラウディアひとりじゃ、ごほん、よめない……」

「う……っ」


 エーレンフリートが、ぐっと眉根を寄せた。

 ヴィルヘルムが横目で弟を見ている。しかしエーレンフリートは、恐らく普段、本の話をする相手がいないのだろう。


「……じゃ、じゃあ、あとで僕が一緒に読んであげてもいいけれど……!!」

「エルにーさま、ほんとう!?」

「おい、エーレンフリートお前!!」

「だって……!! 少なくとも、兄上の課題の本を代わりに朗読させられる時間よりも、僕にとってはよっぽど有意義というか……!!」

「なんだとー!?」


 兄弟喧嘩が始まったのを、周囲の子供たちがおろおろと見ている。王家傍流や貴族家の子供たちは、王子ふたりの言い争いを止めることが出来ないようだ。


(ああ、面白かった! 無視してしまっても良かったのだけれど。敵に回したままにしておくのも、あとあと面倒だものね)


 クラウディアは、数メートル先のノアに向かって手を振った。

 従僕として控えているノアは、からかわれた兄たちに同情するかのような、呆れた表情を浮かべている。



 だが、その瞬間だ。


(……あら)

「!」


 クラウディアとノアは、とある出来事を同時に察した。


(誰かが私に、危害を加えようとしているわね。……だけど)


 クラウディアは、敢えて何もしないことを選んでみる。


 当然だ。だって、魔力を持たない小さなクラウディアは、ここで『何も出来ない』のが正解なのだから。

 それで良かったはずなのに、驚いたのは、ノアがクラウディアの前に飛び出して来たことだった。


「……っ」


 ぐしゃっ、と鈍い音がする。

 ノアの衣服が泥に汚れて、ぼたぼたと芝生に雫を落とした。それを見て、大人の護衛たちは目を丸くしている。


「ノア!」





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