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173 願いと暴走



 その瞬間、怪鳥の姿となったアシュバルが背を反らし、声にならない叫びを上げた。

 クラウディアが右手に強く魔力を込めると、それに合わせて砂漠が揺れる。地脈から都に広がった黄金の呪いが、鼓動を刻むような間隔で収縮し始めたのだ。


「呪いが、抑えられている……?」

「だが、アシュバルが!」

「っ、ああああ……!!」


 ファラズとナイラの言葉が、凄まじい声によって掻き消される。アシュバルのひび割れた咆哮が、断末魔のように不吉な音色を帯びた。


 一方で根を張った呪いの光は、確実に小さくなってゆく。


(呪いを一時的に、極限まで抑え込むことは可能。けれど)


 汗の雫がクラウディアの首筋に浮いて、つっと一粒落ちるのが分かった。クラウディアは左足をじりっと半歩引き、更なる魔力を注ぐ。


(…………っ)


 顔だけは涼しいものだから、悠然として見えているかもしれない。クラウディアの心臓が軋み始めていることは、他の誰にも気が付かないだろう。


「――姫殿下」


 ただひとり、ノアを除いては。


「――――……」


 ノアは後ろから抱き締めるように、クラウディアの体を支えてくれた。

 呪いを扱う魔法に関しては、クラウディアが誰よりも長けている。これだけはノアの手も借りられず、クラウディアがひとりで行うべきものだ。


 それを見ているしか出来ないことが、ノアには心底から歯痒いのだろう。

 ノアは黙っているものの、悔しそうにきつく奥歯を噛み締めたのが分かる。クラウディアは少し微笑んで目を瞑り、ゆっくりと息を吐き出した。


(『クラウディア』に生まれ変わって、十三年。……いい加減、気が付いていたけれど)


 ノアの心音を感じながら、クラウディアは静かに確信する。



(――この体はきっと、『アーデルハイト』の器としては、生きていられないのだわ)



 魔法を使うと眠くなるのも、魔力の枯渇だけが原因ではない。

 それでもノアに抱き締められたお陰で、少しだけ苦しさが和らいだのを感じる。ノアの魔法はすべての魔力をもって、クラウディアを治癒するために注がれているのだ。


 そのことにクラウディアは微笑んで、呼吸を継いだ。


(さあ)


 そうして両の瞼を開けると、呪いを更に強く押さえ付ける。強い痛みを堪えながら、決して揺れない声音で告げた。


「ナイラさま。……アシュバルに貰った、あなたの弓を手に取って」

「……!」


 ファラズに押さえ付けられていたナイラが、その言葉に目を見開く。


「アシュバルと呪いは私が抑えるわ。ノアには私を、守ってもらわないと。だから」


 するとファラズの方が動揺を見せ、クラウディアに反論した。


「クラウディア殿! まさかとは思うがあんた、ナイラ殿の手で陛下を射抜けと……」

「……そうよ」

「ち……そこを動くなよナイラ殿、陛下は俺が殺す! あの人の息子だ、俺が代わりに責任を果たす……!!」


 ナイラを離したファラズが、駆け出して床に転がった弓を拾う。その瞬間に再び咆哮が響き、アシュバルの鳥への変貌が進んだ。それを見て、ナイラが叫ぶ。


「アシュバル!!」

「っ、姫殿下」


 クラウディアの目の前が眩んだことを、察したノアが呼んでくれる。クラウディアはそれでも表情を変えないまま、その手にぐっと魔力を込める。


「……アシュバルは、呪いによって生み出された魔法道具よ」

「ナイラ殿、俺に矢を貸せ!」


 ファラズが叫ぶ声を遮るように、クラウディアは淡々と続けた。


「強い願いが呪いになる。……言葉を返せば、呪いこそは強い願いなの」

「あなたは、一体何を……?」


 ナイラがクラウディアを見上げて呟く。だからクラウディアも、彼女の方を振り返って続けた。


「黄金の鷹という呪いの主も、アシュバルを生み出した呪いの主も、亡くなっていてもう居ない。その所為で願いの形が歪み、暴走を生んでいるというのなら……それこそが、アシュバルの変貌の理由だというのなら」


 クラウディアは微笑んで、ナイラに告げる。


「生きている人間であるあなたが、アシュバルのことを望めばどうなるかしら?」

「…………!」


 トパーズの色をしたナイラの金眼に、鮮やかな光が揺らめいた気がした。だが、ファラズは否定する。


「待て、お嬢さん! あんたが示した通りになる、その保証は本当にあるのか!?」

「ないわ、残念。こんなの私にも初めてなのだもの」


 強い呪いの魔法道具が、人間として生まれて育てられた。そんな前例など聞いたことがないのだから、対処方法だって分かるはずはない。


「……ナイラさま」


 それでもクラウディアは、彼女が続けてきた努力のことを知っている。


「あなたの弓は、愛する男の傍に立って、守るための弓でしょう?」

「――――!」


 そうして立ち上がった彼女の表情に、怯えや迷いの色は無かった。


「ああそうだ。……我が友人、アーデルハイトよ」

「ふふっ!」

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