163 王のかつては
【4章】
ファラズの発言を慎重に危ぶみながら、ノアは静かに尋ねた。
「……ファラズ殿は疑っていらっしゃるのですか? アシュバル陛下が『黄金の鷹が盗まれた』と仰って姿を消した、その真偽についてを」
このファラズという男は不真面目でいい加減だが、王室への忠義は本心であるように見えていた。
しかしそれは、いまの王であるアシュバルに捧げるものではなく、あくまで先王が優先ということだったらしい。
ファラズは、手にした盃の中の酒をわざと揺らしながらこう話す。
「アシュバル陛下は餓鬼のころ、この王宮に盗みに入ったことがある」
恐らくはクラウディアから教わっていた件だ。アシュバルの婚約者であるナイラの言う、アシュバルが子供の頃に負傷して後宮に迷い込んだときのことだろう。
「あれは恐らく、黄金の鷹を盗みに来たんだ」
推測を口にしているだけにしては、ファラズの目には妙な確信が込められている。
「……なぜそのようなご判断を?」
「アシュバル陛下が、宝物庫に侵入する腕前は見事だった。しかし陛下は、これみよがしに豪勢に飾られていた囮の宝石には目もくれず、厳重だが地味な『黄金の鷹』の扉に一直線に向かった形跡があってな」
『黄金の鷹』がなんであるかは、ファラズも知らないと言っていたはずだ。とはいえそれが保管されていたのは、王宮でも最も厳重な場所ということなのだろう。
「宝物庫で鍵開けを試みていたその子供の足を、俺が弓矢で射抜いた。……その当時はそんな餓鬼が、先王陛下の御子だとは思いもよらなかった」
アシュバルはそういった経緯で負傷して、後宮に逃げ込んだのだ。
「その一件、成長なさったアシュバル陛下とお話になったことは?」
「もちろん話したし詫びたさ。アシュバル陛下は笑い飛ばして許してくださり、それから俺にも謝罪してくださった。あのころは生きていくために必死で、金銭のありそうな王宮に忍び込んでしまったとな」
しかし実態がファラズの言う通りであれば、確かにおかしい。
「他の宝石類には、本当に一切手を付けられていなかったのですか?」
「ああ、動かされた痕跡すら無かった。施錠された扉の奥にお宝があると期待することは自然だが、他のお宝に見向きもしない理由があるか? ……母親を亡くし、生きるために仕方なく盗みをしていた、飢えた子供がよ」
少なくともあらゆる想像を駆使しなければ、その説明は難しい。しかし、ひとつだけ容易に導き出される仮説がある。
「金目のものが目当てではなく、最初から『黄金の鷹』だけを狙っていた……?」
「そしていま、アシュバル陛下の物となった『黄金の鷹』は行方知れずだ。黄金の鷹がなければこの国の資金は枯渇し、水も食料も保てなくなる」
ファラズは酒瓶の棚を見遣り、遠く懐かしい景色を見詰めるかのように目をすがめる。
「……ここは、先代陛下の夢見た楽園だ。砂の中から掴み取った財宝で、俺たちのような人間が生きていける国」
「…………」
「滅びを見過ごす訳には、いかないもんでね」
ノアは小さく息をつき、ファラズの持っていた酒瓶を手に取る。
「一杯やる気になったかい?」
「あなたに酒を止めてもらおうとしているだけです。こんな場所で酒に浸るよりも、更なる本題があるでしょう」
ノアはコルク栓をしっかり閉め、立ち上がって瓶を戻す。そしてファラズの方を振り返ると、彼に尋ねた。
「あのタイミングで俺に『共犯』を提案したということは、あなたに必要なのは王の権限だ。――王としての俺を利用して、確認したいものがあるのでしょう?」
「……本当に、優秀な従者を持ったお姫さまが羨ましいぜ」
ファラズは空になった器を手で弄びながら、愉快そうに笑う。
「俺たちは良い協力者になれる、そうだろう? 俺は『王の代わり』であるお前が許可を出せば、アシュバル陛下から接近を禁じられたあの女神像に近付ける。お前も、俺に対してあのお姫さんに見せてやるためなんて名目を用意しなくたって、女神像を見に行くことが出来る」
「……俺があのお方と共に女神像の見物をしたいと申し出ると、あなたが『今宵はアシュバル陛下が王宮に戻る可能性がある』と止めてきたのは……」
実のところ昨晩もその前の晩も、ファラズは同じ手でノアを足止めした。ノアは怪しみつつも、念のため女神像を見に行くことを止めておいたのだが、やはりあれは嘘だったらしい。
「お姫さまとのデートを理由にされちゃ、俺が同行できないだろお?」
「……」
共犯などという言い方をしたが、結局はノアが一方的に妨害されていただけだ。
しかしファラズが女神像を見たがるということは、アシュバルが近付かないよう命じていた理由について、ファラズも知らないということである。
だからこそ、ファラズは女神像を確認したいのだ。




