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114 求婚における従僕の対処


「――お前の従兄弟らしき子供は見付かった? ノア」


 クラウディアにそんなことを尋ねられて、ノアは顔を上げた。

 食堂のテーブルに置いた皿には、サンドイッチが数切れ並んでいる。ノアが食事を取っていないことを知っているクラウディアが、ノアのために残してくれたものだ。


 ノアのことを見上げるクラウディアは、柔らかな微笑みを浮かべている。


「……まだ、候補でしかありませんが」


 けれど、ノアは知っているのだ。


(恐らくは、姫殿下もお気付きになられている。どの人間がジークハルトに当て嵌まるのか、その対象を)


 ノアは再び視線を下に落とすと、使い終わった椅子をテーブルの下に戻しながら言った。


「呪いの調査と並行して、そちらにも引き続き探りを入れます」

「ふふ、ノアは良い子ね。呪いの調査を最優先にしちゃうかと思ったわ」

「姫殿下から気に掛けていただいているのですから、おざなりにするつもりはありません」


 一通りの片付けが終わったあと、テーブルの皿を手に取った。ノアが魔力を込めた皿は、質量を失ってふっと消える。


(それに、呪いについても……)

「今日はもうお部屋に帰りましょう、ノア」


 クラウディアがそんな風に言ったのは、恐らく休息のためではない。


「ラウレッタに話を聞くのですか?」

「ええ。それに、私が眠ってしまって心配を掛けているかもしれないわ」


 食堂の出口に向かうクラウディアは、振り返って悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「私が休まなければ、ノアがご飯を食べてくれなさそうだし」

「……」


 図星を突かれて押し黙ったノアに、クラウディアは満足そうだ。


「さっき仕舞ったサンドイッチ、ちゃあんとノアが食べるのよ? とっても美味しかったから、また作ってね」

「……仰せの通りに」


 けれどもクラウディアは気が付いていない。

 ノアが男子寮に帰ったところで、ゆっくり休める訳では無いのだ。




***




「――帰って来たぞ、クラウディア王女の従者だ!」

「…………」


 クラウディアと別れたノアが寮に戻ると、消灯時間が間近に迫った男子寮は、想像した通りの大騒ぎが始まった。

 ノアのことを我先にと取り囲むのは、今朝までクラウディアを遠巻きにしていた生徒たちだ。彼らはみんな態度を変えて、廊下を進みたいノアに群がりながら声を上げる。


「なあ頼む、姫殿下に取り次いでくれないか! 是非とも結婚を申し込みたい、父上からは速達の魔法郵便で許可を頂いている!!」

「……」

「こちらも婚約の申し込みを!! 聞けばクラウディア姫殿下はアビアノイア国で、素晴らしい魔法研究の実績をお持ちだとか!? どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ!」

「…………」

「今日の授業で見た魔法、あれはすごい!! あんな魔力量を保有しているなら、多少不安定でも我が一族に加わっていただかなくては……姫殿下は花は好きか? すぐに贈り物を用意させる、従者の君が届けてくれ!」

「………………」

「姫殿下と結婚するのは俺だ! 俺とクラウディア姫殿下の魔力を受け継げば、才能に満ち溢れた世継ぎが産まれてくるぞ……!!」

「……………………」


 必死に詰め寄ってくる男子生徒たちのことを、ノアは冷たい目で見下ろしていた。


 ここにいる数十人の男子生徒は、全員が王族や高位貴族の令息だ。

 クラウディアの魔法を目の当たりにして、ようやくその凄さを理解したのだろう。主君が当たり前の評価を受けることは喜ばしいが、婚約の申し込みともなれば話が違う。


(……私情は捨てろ。姫殿下の従僕として、慣例に則った正しい答えを)


 自らにそう言い聞かせ、ノアは口を開いた。


「……生憎ではございますが、一介の従僕にそのような権限はございません。姫殿下に婚約のお申し入れをなさるのでしたら、国家間の正当な手続きを行っていただきますよう」

「そんなまだるっこしいことはしていられない!! 学院内という身近な場所にクラウディア姫殿下がおられるんだ、直接お話を……」

「そうだそうだ! アビアノイア国の国王陛下は、クラウディア姫殿下のお見合いを滅多に了承なさらないと聞いているぞ!」

「正式な見合いが難しいのであれば、先にクラウディア姫殿下と個人的に親しくなるのが一番だ。クラウディア姫殿下が好いている相手であれば、国王陛下も無闇に反対などなさらないのではないか?」

「………………」

「ひいっ!!」


 ノアが静かに睨み付けると、その生徒は青褪めて後ずさった。しかし取り囲む人数は多く、ひとりずつ相手にはしていられない。


 するとそこに、階段の上から降りてくる人物の声が聞こえる。


「こーら。一体なんの騒ぎだ?」

「!」


 手摺りから身を乗り出して見下ろすのは、ノアより四学年上である、八年生のルーカスだった。


「ルーカス先輩。これはその」

「クラウディアと見合いとか、婚約って言葉が聞こえたけど。お前たち彼女の従者を捕まえて、無理やり取り継がせようとしているんじゃないだろうな?」

「そ、それは……!!」


 ノアを取り囲んでいた面々が、ほんの僅かに後ずさった。ルーカスはすべてを察したように目を細めると、ノアのところまで歩いてくる。


「ノアにとってのお前たちは、自分よりも身分が上の人間だ。主君に恥をかかせないために、お前たちのことを無碍には出来ない」

「う……」

「そこに付け込むのは卑怯だって、ちゃんと分かるよな?」


 言い聞かせるような口ぶりだが、そこには有無を言わさない雰囲気がある。ルーカスはノアの肩を抱き、顔を覗き込むようにして尋ねた。


「大丈夫か、ノア。といっても俺が口出ししたくらいで、この手の騒動は収束しない気もするんだが」

「……ご配慮をいただきありがとうございます。根本的な対処は自分で行えますので、ご安心を」

「ほう?」


 ルーカスが面白そうに笑った。ノアは小さく溜め息をついたあと、冷静な心境で周囲を見回す。


「正式な手続きの上で行われる姫殿下のご婚約に、俺が関与する資格はありません」


 そのことは当然分かっている。クラウディアが望む婚姻や、王女として国王から命じられる見合いなどの際に、ノアが口を挟む余地などない。


「――ですが」

「!」

「伝統ある慣習を踏まえず、従僕ごときを通そうとなさるのは、姫殿下を軽んじる不敬な求婚かと」


 その場の空気が変わったことに、ルーカスが目を丸くした。

 ノアは黒曜石の色をしたその瞳で、群がってきていた男子たちを見据えた。


「魔術に剣術、加えて体術。これらの手合わせの見学を、クラウディア姫殿下は好まれます」


 そしてそれは、ノアがクラウディアの『弟子』として、常日頃から指導されている内容でもある。


「どなたからでもどうぞ。――私に勝てたお方の名前を、我が主君にお伝え致しましょう」

「……っ!!」


 ノアが目を眇めたその瞬間、男子生徒たちは青褪めたのだった。




***


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