106 敵対の少年
「っ、ふふ!」
「……姫殿下」
「とっても面白い。魂の生まれ変わりがあるのだから、その欠片のようなものが何処かに残ってしまって、幽霊になっても不思議ではないわね」
軽い気持ちでそう言えば、ノアは真剣な声で言う。
「ほんの一部、たったの一欠片であろうとも、俺がお傍にいることの叶わない姫殿下がいらっしゃるのは耐えられません」
「……ノア」
真っ直ぐで熱烈なその言葉に、クラウディアは微笑んだ。
「すべての私は、可愛いお前の主君である私だから大丈夫よ。それに、学院の創始者アーデルハイトと同じ特徴を持つ女の子は、この学院に他にもいるわね」
ノアは頷き、クラウディアが思っている通りのことを口にする。
「八学年に所属する十八歳であり、紫の髪を持つ女子生徒、フィオリーナ……」
「けれど、『見知らぬ生徒』という点が違っているわ」
フィオリーナは学院内でも、数多くの注目を浴びている女子生徒だ。フィオリーナの姿を知らない生徒がいることは、とてもではないが考えにくい。
「残る可能性が、あるとしたら……」
「……」
クラウディアが呟いたその言葉に、ノアも目を伏せる。
従僕であり愛弟子でもあるノアは、クラウディアの考えを読んでいるのかもしれない。けれどもクラウディアは口には出さず、にこりと笑った。
「――さて! 呪いの主だって重要だけれど、ノアの従兄弟も見付かるかしらね。三年生の教室がある階にも、早く遊びに行ってみたいわ」
「そのときは必ず俺をお呼びください。昨晩の妙な気配が、本当にジークハルトのものだという可能性もあります」
昨日の夜、ノアが寮を出て行動している際に、屋上から誰かの視線を感じた話は聞いている。
明確な根拠は無いものの、直感的に従兄弟ではないかと感じたのだそうだ。
「それに加えて気掛かりなのは、姫殿下の授業中における安全です。繰り返しになりますが、不届き者が現れたりはしていませんか?」
「大丈夫よ。一年生はみんな可愛らしくて、ひどいことを言われたりはしていないわ」
「……それならいいのですが」
「そろそろ食堂も空いて来たかしら? お昼ご飯に並びましょ。午後からはいよいよ魔法の特別授業だから、お腹いっぱい食べておかないとね」
会話を途中で切り上げて、クラウディアはノアの手を引いた。噴水のふちから降りると、ふたりで食堂に歩き出す。
(ノアに嘘はついていないわ。一年生は水晶を砕いた私のことを怖がって、みんな話し掛けてこないから)
心の中でそっと考えつつ、表面には出さない。
(そして――『彼』はどうやら三年生。可愛らしい一年生からは外れているものね)
***
「なあに? 午前中にわざわざ警告してあげたのに、ちゃんと退学しなかったのか。『化け物』」
「…………」
午後の授業が始まる前、魔法授業の教室に移動する途中で、クラウディアはにこにこしながら立ち止まっていた。
クラウディアの目の前に立っているのは、冷ややかなまなざしを持つ少年だ。
つんとした冷ややかな双眸に、柔らかそうな銀色の髪を持っている。肌は美しい褐色で、瞳の色は炎のようなガーネット色だった。
彼は一限目の授業が終わった直後、他の一年生たちが遠巻きにしているクラウディアの元にやってきて、しげしげと眺めながら言い放ったのである。
『君が鑑定用の水晶を砕いたっていう、加減知らずの「化け物」なの?』
その瞬間、教室はしいんと静まり返った。クラウディアはまったく気にしていなかったのだが、周りのクラスメイトたちが硬直し、重苦しい沈黙を生み出したのだ。
『こんにちは。私はクラウディア! 「ばけもの」じゃないよ、一年生なの』
『はあ? どこが。自分の魔力を流し込んだ結果、鑑定用の水晶を砕くなんて聞いたことがない。君は化け物か、そうじゃなければ偽装して水晶を割った嘘つきだ』
『あ! おにーさん黄色のリボン。三年生さんだあ』
『っ、人の話を聞け!』
この学院では制服の首元を、ネクタイとリボンで選ぶことが出来る。男子生徒はネクタイが多いようだが、この少年はリボンを几帳面に結んでいた。
『学院内の秩序を乱すな。君やラウレッタのような存在は、他の生徒たちに恐怖心を与える』
忌々しそうな侮蔑の表情を向けられて、クラウディアはにこっと微笑んだ。
『ラウレッタ先輩、可愛いよ? それに魔法もすっごいの!』
『どれほど魔力が多くても、制御できないなら魔法を扱えているとは言わない。退学しろ、さっさと去ってくれ、存在自体が迷惑だ』
少年は淀みなく言い放ったあと、クラウディアの瞳を覗き込んで言ったのである。
『僕はみんなの意見を代弁している。分かったら、父君に署名してもらうための退学届を取りに行くんだな。それじゃあね』
そんな出来事があったのを、昼休みのクラウディアはノアに話さなかった。
(彼のことをノアに話したら、大変な騒ぎになってしまうものねえ)
「おい、聞いているのか?」
しみじみするクラウディアに苛立ったようで、少年は顔を顰める。少し離れた場所からは、少年の友人らしき男子たちが、怯えた表情でこちらを見ていた。
「なあセドリック、そろそろやめておけよ。その一年に絡んで、何かあったら……」
「おにーさん、セドリック先輩っていうんだねえ」
「だから、人の話を聞けと言っている。化け物に先輩呼ばわりされる義理は無い」




