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10 仔犬のお迎え

(どうして、クラウディアがここに……?)


 ノアはクラウディアの名前を呼ぼうとして、すぐさま口を噤む。

 それを汲み取ってか、クラウディアは「良い子」と笑った。叔父は、突然現れたクラウディアを怒鳴りつける。


「なんだ、お前は!」

「私?」


 クラウディアは、風に乱れた髪をするりと手で梳いて、悠然とこう名乗る。


「『アーデルハイト』」

「は……っ」


 ノアが見上げたクラウディアの瞳は、色とりどりの輝きを放っていた。

 この世に存在するすべての宝石、その破片を散りばめたような色の双眸だ。その瞳が意味することなど、この世界で知らない者はない。


「アーデルハイトだと? これは傑作だ」


 前髪をくしゃりと掻き上げながら、叔父が歪んだ笑みを浮かべた。


「五百年前に生きた、伝説の魔女! 人々の称賛を浴びながら、あるとき自害して命を落としたという、あの魔女を自称しているのか」

「……自害?」


 クラウディアからは想像も出来ないような単語に、ノアは息を呑む。

 だが、クラウディアは微笑むばかりで何も反論しない。それどころか、叔父を無視してノアを見下ろすのだ。


「可哀想に。ぼろぼろね」


 罵られても、厳しく叱咤されても仕方がない。あるいは、ここで彼女に殺されたって当然の報いだろう。

 だが、覚悟してクラウディアを見上げたノアに、思わぬ言葉が向けられる。


「迎えに来たわ、私の従僕」

「……何を言う」


 彼女がこちらへ微笑むことに、ノアは大きな戸惑いを抱いた。

 それではまるで、ノアを許すかのようではないか。


「気付いていないわけないだろ。俺はあんたを裏切って、魔力を利用……っ」


 クラウディアの人差し指が、ノアのくちびるの前に立てられる。


「それがなに?」


 彼女の右手は、叔父の方へと翳されていた。

 魔力で透明な壁を作り、叔父の魔法から守ってくれているらしい。


「確かにお仕置きは必要ね。欲しいものがあったのに、私ではなくあんな男にねだるだなんて」

「……そんなもの、あんたに言う訳がないだろう」

「あら、どうして?」

「あいつはこの国、レミルシアの現国王だぞ」


 そしてクラウディアは、曲がりなりにもアビアノイア国の王女なのだ。

 大国の王への襲撃に、同じく大国の王女に当たる人物が関わるなど、国同士の大きな問題になりかねない。


「これ以上、あんたに負担は掛けられない」

「ふふっ」

「……何がおかしいんだ」


 至極真っ当なことを言ったつもりだが、クラウディアはくすくすと笑うばかりだ。


「なんともまあ、可愛らしい理由だわ」

「なに?」

「とはいえ馬鹿ね。眷属契約の魔法を解いていない以上、お前は今も私の従僕なのよ? だから」


 そしてクラウディアは、美しい笑みを浮かべて言い切るのだ。


「国よりも、お前を優先するのが当然だわ」

「な……っ!?」


 戯れや冗談などではない。

 心の底から言っていることが感じられて、ノアは息を呑む。


「何の愛着もない国なんかより、自分で拾った子犬の方がずうっと可愛い」

「……あんたは……」

「言ったでしょう? 今世の私は、やりたいことしかやらないの」


 ばちんと弾ける音がして、魔法の壁が消え去った。

 会話に介入してこなかった叔父は、クラウディアを警戒しているらしい。嘲笑を向けておきながらも、何かを感じ取っているのだろう。


(普通の人間は、他人の魔力のことなんか分からない。それでも、クラウディアの魔力は明らかに桁違いだ)


 だが、クラウディアにも弱点はある。

 それは、体が魔力に耐えきれないという点だ。


「『妹』の話をしていたわね。助けに来たの?」


 話の一部だけを聞き取ったらしいクラウディアに、ノアは短く答えた。


「もう死んだ」

「……そう」


 何色にも見えるクラウディアの瞳が、僅かに赤色へと揺らいだ気がする。

 そして彼女は、透き通った紫色のロングドレスを靡かせながら、叔父の方へと歩き出した。


「改めてご挨拶するわ、レミルシアの王。この子供は、アーデルハイトが貰い受ける」

「大層な自信だ。伝説の魔女を自称するだけの分際で、レミルシア初代国王にも及ぶと言われた私からそれを奪えるとでも?」

「レミルシアの、初代国王……」


 クラウディアは、懐かしそうな目をしたあとでふっと息を吐く。


「それは嘘ね。あなたごとき、ライナルトには全く及ばない」

「……何?」

「魔力量も扱い方もセンスも全部、比べるのもおこがましいと知りなさい。おまけにあなたはこれ以上、なんの伸び代もないのだもの」


 そして彼女がノアを見る。まるで、ちょっとした自慢の品を見せびらかすかのように。


「その点ノアは有望だわ。ライナルトと同等、いいえそれ以上の素質がある」

「先ほどから、黙って聞いていれば……!!」


 叔父ががしがしと頭を掻きむしり、クラウディアを睨み付けた。


「ノアなどと勝手な名で呼ぶな。その子供はレオンハルト、私の奴隷だ!!」

「そんな奴隷など何処にもいない。ノアは私の眷属よ」

「ふん……!!」


 ぴりっと殺意が膨れ上がり、肌の表面に悪寒が走る。叔父の魔法が来ることなど、詠唱が始まる前に分かった。


「おい、あんたはもういい!! これ以上巻き込むわけには……」

「生き方を選べと言ったでしょう?」


 美しい造形をしたその女は、まっすぐにノアを見下ろす。


「私を利用することを選んだのなら、最後までそれを貫きなさい」

「……っ」


 その直後、叔父が短い詠唱を終える。


「『我が敵を焼き尽くせ』!」

「――……」


 先ほどよりも強大な炎の塊が、咆哮を上げながら襲いかかってくる。

 クラウディアの前に飛び出し、身を挺して彼女を守ろうとしたが、ノアが剣を構える暇すらない。


「『散』」

「!!」


 しゅわりと泡のような音を立て、炎は呆気なく消え去った。

 それなりに強大な魔法だったはずだ。それを、大量の水や氷などで掻き消すのではなく、たった一瞬にして霧散させたのである。


 まるで、叔父の魔法など、実態のない幻だとでも言うかのように。


「馬鹿な……」


 クラウディアはこつりと靴音を鳴らし、叔父の方にまた一歩歩み出る。


「いまの、本当に私を攻撃しようとして放った魔法なの?」

「馬鹿な……馬鹿な、有り得ない、最上級魔法だぞ……? 私の持つ魔力の半量を注ぐ、それだけの威力を持ったもので……」

「あなたの魔力の半量? それだけの量を費やして、あの程度しか威力がないなんて」


 クラウディアは、心底見下した声で言う。


「――下手くそね」

「っ、ふざけるなあ!!」


 詠唱のために開こうとした叔父の口を、植物の蔦がぐるぐると覆った。


(無詠唱?)


 いつのまにか現れたその蔦に、ノアは目を丸くする。


(あいつ。単言詠唱どころか、一切の呪文を唱えずに魔法が使えるのか……!!)




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