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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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95/541

93.噂が流れているので、

王宮内では最近、一部である噂が広まっていた。


「オードゥヴィ公爵家の後継候補から、ショコラ様が外されたらしい…」

「今回の事件に関わったからだろう?」

「巻き込まれたという話では⁇」

「なんでも、回復困難なほどのお怪我をされたとか…」

「一体なぜそんな事に……」







「―――というお話は耳にしまして?」


ヴァンロゼ伯爵家の屋敷にやって来ていたミルフォイユが、お茶を口にしながらそう言った。


「聞いたよ‼…あれって、本当なの⁇」

「さあ…出所は分かりませんけど、王宮界隈が騒がしいですわね。全くの出鱈目ではないのかも…。」


ミルフォイユの話に、サヴァランはいやな汗を掻き青くなって狼狽えた。


「か、回復困難なお怪我をされたって…!どうしよう⁉そうだ、お見舞いに行かないと……いや、すぐに良い医者を探さなきゃ」

「落ち着きなさいな、サヴァラン。」


おろおろとする彼を、ミルフォイユはぴしゃりと制した。


「よく考えてごらんなさい。もしもそうならば、オードゥヴィ家が静かにしているわけがありませんわ。動きが無いという事は、ショコラ様が深刻な状態ではないという事なのでしょう。」

「そ、そうか…そうだよね!」


ホッとするサヴァランを横目に、ミルフォイユは話を続けた。


「――でも、今お屋敷にいらっしゃるのは本当みたいね。」

「え?そりゃあ…()()()なさってるんだから、いらっしゃるでしょう??」


サヴァランの間の抜けたような発言に、ミルフォイユはあんぐりと口を開け、呆れて声を上げた。


「貴方って…本当に純粋!!」


――ショコラに最後に会ったのは、ミルフォイユの見舞いの礼にと二人でオードゥヴィ公爵家の屋敷へ行った時のことだ。あの時、彼女はこれから勉強で忙しくなるためしばらく会うことが出来なくなるという話をしていた。


『「…お屋敷を空ける()()()あるお勉強……」』


あれは、要するに“屋敷にいない”という事を遠回しに言っていたのだ。そんな話の裏も読めず、言葉通りに受け取っていたとは…。その短絡さは、せめてショコラ関連の事だけであってほしいとミルフォイユは溜息を吐いた。


それにしても、だ。


「もう少し、良い方向に捉えたらいかが?ショコラ様、公爵様にはならないかもしれなくってよ。」


尾ひれが付いているであろう噂話を鵜吞みにするつもりはないが、ショコラが“後継候補から外された”という話が出ているのは興味深い。まさかここへきて、事態が大きく変わることになるかもしれないとは…。


「あ…そうか。っていう事は…」

「おじ様に付いてお仕事を教わっておいて、正解でしたわね。」


ミルフォイユは空になったカップを置くと、にっこりとしながら言った。


「貴方は、おじ様たちのお望み通り、伯爵家を継ぐ。そして――…その隣には、ショコラ様が立たれるのだわ。完璧ではないの‼」


うっとりと話しながら、ミルフォイユはその様子を頭の中に思い描いた。

…だが、こうしてそれが現実味を帯びてくると、何だか一抹の寂しさを感じるような……。余計な感情が沸き上がって来そうだ。いや、そんなものは踏み潰してこのまま最期まで、知らぬふりをするのが一番なのだ。


「ほぉら、わたくしの言った通りでしょう?やって無駄なことなどないと。」

「そうだね。――やっぱり、ミルはすごいなあ!」


ひとの気も知らず、サヴァランは屈託のない笑顔をしている。昔から、彼は変わらない。

ずっと分かっていた事なのだ。期待など、するわけもない…。


「――では!これからより一層、励まなくてはね!立派な伯爵にならなければ振り向いて貰えませんわ‼ライバルはきっと沢山いますわよ!!」


ミルフォイユは椅子から立ち上がり、サヴァラン本人よりも燃えている。

そんな姿を、サヴァランは不思議そうに見ていたのだった。









山のような報告書と供述調書を前に、グラスは険しい表情をしていた。最終報告書を書くペンを止め、机を指でトントントンと突いている。

王宮内にある陸上師団の団長室にいるのは今、彼一人のようだ。団長であるフランは席を外しているらしい。恐らくまた、国王と会議をしているのだろう。


「…まとまらないんですか?」


部屋に入ったソルベは、あまり仕事が進んでいないのに気付くと声を掛けた。


「いや……。どうにもな…。」


煮え切らない答えを返し、グラスはある書類の束をパラパラとめくった。

そこにあったのは、誘拐犯たちの頭領についての記述だ。“殿下”に、“赤の旦那”――…。

師団の上層会議では、この件はピアトの皇族が関係している見込みが濃厚だと結論付けられた。


ちなみに“赤”という名称については、やつらに再聴取をした時に詳細が判明した。

頭領は決して名を教えず、どうしても呼びたいのなら「赤と呼べ」と言うらしい。…それを人づてに聞き、下の者でも“赤の旦那”や、他にも“赤い頭”と呼んだりしている事があるようだ。

これに大した意味は無い、と会議ではほとんど話題にもされなかったが…。


「――まあ、書きにくい事柄ですよね…。結局、今度のも団長会議ではなく全体会議になりましたし、そこに提出する物の内容としては…。」


もはや事件は、国際問題に発展するところまで来ていた。やはり団長会議では済まなくなり、騎士団以外にも王国の運営に関わる各部門のトップにいる貴族を集めての全体会議が開かれることが決まったのだ。…最悪の可能性を考えて――…。


「…そうじゃない。」

「え?そうじゃないって…」


上層会議では、確かに()()結論付けられた…。だが、どうにもグラスは腑に落ちていなかった。


『ピアト語を話し、“殿下”という呼称があるという事で単純に決めつけてしまってもいいものだろうか…。何か、見落としているのではないか?』


…ピアトは一応、友好国だ。ガトラルと事を起こしてまで、皇子たちが得るものなどあるのだろうか?それよりも、友好を深めた方が利益が大きいはずなのに…。

更に、わざわざこんなに手の込んだことをしているにも関わらず、ピアト語を話すなどあまりにも杜撰だ。


今回の件は、ガトーラルコール王国に対し、明らかに挑戦的で悪意がある。彼らがそこまで憎悪を募らせる理由が、思い浮かばない………



グラスは今度は、別の束を手に取った。そこには、被害者たちと、イザラのフォユテを始めとする各地で参考人となった者を再度聴取して得た証言などが書かれている。


――貴女を呼び出したのは、この人物で間違いありませんか?

「そうです、彼に間違いありません!私は、彼にそう言われたから、あの日あの場所に…」

「はい。…やっぱり、この人も加担してるんですか⁉」

「忘れるわけありません‼…騙したのよね…許せない!」


――なぜそれを受けたのですか?なぜそんな時間に?

「そういうのは珍しくないんで…。またいつものか、って。」

「…私も、いいなと思っていたので…」



――この人物を、呼び出しましたね?

「呼び出してないって、何度言えばいいんだ⁉」

「これは誘導尋問ですか⁉“はい”以外、認めないつもりですよね⁉」

「…本当に知らない…知らないんだ…勘弁してくれ‼」


――では、彼らに見覚えは?

「…何の人ですか?」

「さあ…。まさか、あの人の事も呼び出したって言うんですか⁉」


内容は、これまでの報告書とほぼ変わらない。いや、被害者の証言を得られたことで、一貫して知らないと繰り返す参考人との主張の食い違いが、よりはっきりとしてしまった。

では参考人らがやつらの仲間なのかと言うと、それはやはり違ったのだ。


男たちに参考人らの顔を見せても、反応を示す者がいなかった。見知らぬ者に対する反応だ。演技かとも疑ったが、そこまで訓練されているようには見えない彼らには無理そうだ。それに、全員が同じだった事も大きな点だ。

とにかく、少なくとも彼らは知り合いではなさそうなのだ。


「フウ……」


グラスは更に、分厚い書類をめくった。そこにあったのは、誘拐犯たちの供述に関することが膨大に記されている。


要約すると――ペラペラとよく喋るのは仲間の中でも下っ端の者ばかりで、頭領に会ったことのあるような上位の者は誰もまともな供述をしていない。知らぬ存ぜぬの一点張り。

…かと言って、黙秘しているのかと言えばそうではなく、本当に分からない様子なのだ。――これは、参考人の様子と酷似していた。


そこで、団長が王宮の医師団に協力を要請した。

その記録がこうだった。


「これは……記憶喪失状態だと思われます。」

――こんなに大勢が?同時に⁇

「はい…。とても信じられませんが…。」

――薬が使われているのでは?

「そういう物は、存じ上げませんね。一番近いのは、記憶喪失です。」


グラスは溜息を吐いてその書類をソルベに突き出した。


「お前、これをどう思う?」

「これ…ですか?う――ん…」


真面目な顔で唸りながら書類を眺め、ソルベは答えた。


「取り留めが無くて、報告書を書くのが大変そうですね!」

「いやそうじゃなく!…この、記憶喪失者が続出している件について、だ。あり得ると思うか⁇」


明後日な答えをする弟を呆れた目で見て、グラスはもう一度尋ねた。


「えぇ?……そうですねー…。あ。何だか、魔法にでもかかっているようですよね。」

「…魔法?」


兄がおかしな顔をしているのに気付いたソルベは焦った。この世に“魔法”などというものは存在しない。ただ思ったままを言ってみたのだが、さすがに率直過ぎた。大人のくせに何を言っているんだと、また呆れたに違いない…


「…なぁんて、おとぎ話じゃあるまいし、あり得ませんよねー!ハハハ!!」


とりあえず、ソルベは取り繕ってみた。もう遅いだろうが…。

――しかし、ふとグラスを見てみると、思っていたのと少し様子が違った。自分がいるのとは別の方向を向き、ブツブツと呟きながら何か考え込んでいる。


「…魔法…魔法……」


“殿下”

“赤の旦那”

“ガトラルに憎悪を抱いている”

―――……


「―――!」


グラスは一つの可能性に行き着いた。


「ソルベ、歴史に一番詳しそうな学者は誰だ⁉」

「歴史に一番詳しそうな学者、ですか⁇…そうだな…それなら、彼では?――ミモザ氏です。ほら、いつだったかショコラ様のサロンに先生として呼ばれていたでしょう?」


歴史学者、シュトロイゼル・ミモザ…。サロンで冷や汗をかいていた姿が印象に残っている。


「ああ…彼か!確かに詳しそうだ…。今すぐここに呼べないか?」

()、ですか??」


グラスの考えが何一つ理解できていないソルベは、頭にいくつもの疑問符を浮かべていた。


「ん~~、王宮の研究室にいるはずなので、出来ないこともないと思いますけど…。」

「行って来い。」


兄の言い方は、有無を言わせなかった。


「………分かりました…。いっ て き ま すっ!!」


…逆らう事は出来ず、少しの悔しさを抱え、いつものようにソルベは走って部屋を出た。


それから少し経って、言われた通りにシュトロイゼルを連れて戻って来た。

ソルベさえあまりよく分かっていないのだ。急に呼び出されたシュトロイゼルは当然、困惑したような顔をしていた。


「…あのう、グゼレス侯爵様…。わたくしめを、なぜ…ここへお呼びになったのでしょう……?」

「急に呼び立てて申し訳ない。いくつか、貴方に伺いたいことがあるのですよ……」


厳しい眼差しを向けるグラスに、何もやましいことのないシュトロイゼルだったが萎縮した。





―――それからシュトロイゼルと意見を交わし、どのくらいの時間が経っただろうか……。最後に一つ、約束を取り付けると、彼を帰した。


そして吹っ切れたグラスはその勢いのまま、数時間で何十枚にも及ぶ最終報告書を書き上げたのだった。




「お疲れ様でした、兄上!!」

「……あとは…団長にチェックしてもらってくれ……」

「この報告書、通るといいですね。」


今回の事件と歴史学者がどうしても結びつかなかったソルベだが、二人の会話を聞くにつれ、ようやくグラスの考えを知る事になった。それは、自分には思い至ることが無いであろうものだった。


『…たしかに、あれならかなりの事の辻褄が合う…。よく、思いついたな…!』


兄が質問を繰り返したのは、“過去の忌まわしい出来事”について、だった。



一つ仕事を終え、さすがのグラスといえど相当ぐったりしているようだ。机の上に倒れ込んでいる。…ここ最近頭を使い過ぎているのだろう。今に至るまで、いつになく真面目な顔で仕事をし続けている。しかしこの先もまだ、気を張らなければならない全体会議が待っている…。

これは、頑張っている兄を元気づけてやらなければとソルベは思った。


「そういえば、あの噂、知ってます??」

「…あの噂?」

「ショコラ様のですよ!」


倒れ込んだまま、グラスの腕がぴくりと動いた。


「………聞いた……」


いつものごとく、知らないだろうと思っていたソルベは驚いた。もしそうなら、きっと今頃浮かれているだろうと思ったからだ。…やはり兄は“あれから”変わったのかもしれない…


「へえ…。でも、良かったですね~!本当かどうかは分からないですけど、そうならこれで心置きなく…」


すると突然起き上がったグラスは思い切りバチンと自分の両耳を塞いで、ソルベの話を聞こえないようにした。


「!?」


何事かと思ったソルベはグラスを凝視した。


「…っその話は今するな……気が…散ってしまうぅッ!!」


そう言いながら、グラスは壮絶に苦悶の表情をさせていた。

…やはり、()()だったらしい…


『……あんなに仕事に打ち込んでたのは、ショコラ様の(余計な)事を考えないようにするためだったんだな……!』


本質はあまり変わっていないようでホッとしたような…と思いかけたソルベだったが、やはり真面目なままの方が兄のためにはいいような気がした。

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