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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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93/539

91.取り調べは大変なので、

“次期公爵候補”を取り消す―――


ガナシュからそう告げられたショコラの頭の中は真っ白になった。

沢山の人に心配と迷惑をかけ、それ相応の罰があるだろうとは思った。だが、ここまでの決定が即座に下されるとまでは思っていなかった。もちろん冷静に考えれば、そうなってもおかしくはない状況なのだろうが…。


「――待ってください!お父様…」

「これはもう決定事項だ。下がりなさい。」

「下がれません‼」

「ショコラ……」


食い下がろうとするショコラに、ガナシュは溜息を吐いて目を伏せた。


「……さっきも言っただろう、分かってくれと。私はお前が憎くて言っているわけではないんだ。…心配なのだよ。わざわざ難しい道を行って危険な目に遭う必要は無い。お前は娘なのだから…!」


そう言う父の表情は、苦しそうだった。

ショコラはその決定を納得してもいなければ受け入れようとも思えなかったが、父のその姿に、今、ここで何かを返すことは出来なかった。


それからジェノワーズに促され、ショコラとファリヌ、ミエルの三人はガナシュの書斎を出るとそこでばらばらになった。


―――ここから、ファリヌとミエルはそれぞれ自室での謹慎に入り、ショコラは屋敷の中で他の侍女たちだけに世話をされるという新たな生活が始まる……。




ショコラは外で待っていた侍女たちに伴われ、廊下を行った。


『…お父様の言うことは、理解は出来る…。でも……』


やはり釈然としない、という思いを抱え歩いていると、その先に心配そうな母・マドレーヌが待っていた。


「ショコラ‼」

「お母様…」


マドレーヌはショコラの浮かない顔を見ると、訳を察したようだった。


「…聞いたのね、あの話…。」

「お母様、お父様が何をおっしゃるのかご存知だったのですね。」

「ええ、貴女が帰って来る前に聞かされたわ。それにしても、今でなくともいいのに!あの人ったら…。」


ショコラの体を心配したマドレーヌは、配慮が足りないと怒っていた。

それから複雑そうな顔をして、ショコラに向き合った。


「――ねえ、ショコラ。その事も…貴女が危険な目に遭って怪我をした事も、フィナンシェには一切教えていないのよ。屋敷中に緘口令を敷いているの…。」

「え…。お母様、それはもしかして――…」


母の話す雰囲気に、ショコラは不安になった。まさか、姉の具合がそれほどまでに良くないという事なのではないだろうか……


「…ああ、ごめんなさい。大丈夫よ。貴女にはまだ言っていなかったけど、あの子ね、今懐妊中なの。」

「ええっ本当ですか⁉」


ショコラは思ってもみなかった吉報に、さっきまでのことが吹き飛んでしまいそうなくらいに嬉しくなった。


「でもね…悪阻が重くて大変で…。だから、あまり心労を掛けたくないのよ。貴女の事が耳に入ったらどうなるか…」


そう言って、マドレーヌは溜息を吐いた。


「そうだったのですか…。それでは、私はしばらくお姉様には会いに行かない方がいいですね…。」

「そうねぇ…ごめんなさいね。」

「いいえ。お姉様の事、少しだけ安心しました!」



マドレーヌと話した後、ショコラは久々に帰った自分の部屋で、大きくふかふかなベッドに飛び込みひっくり返った。

そして天蓋の裏を見詰めると、考え事を始めた。













「――こちらが、グゼレス子爵の担当なさるリストです。」


捕らえた罪人と共に王宮の師団本部へと帰還していたソルベのもとに、連絡係の騎士が書類を持ってやって来た。内容は、その罪人たちへの取り調べに関するものだった。


「うわあー…これ、何人分あるの⁇――というか、こういうのは団長や兄上の仕事なのでは…。」

「十二名分です。これでも少ない方ですよ。お二方は確か…三十名ずつは担当なさっているかと…。罪人だけでなく、被害者や関係する方々への聞き取り調査もなさるそうですから。」

「………」


それを聞くと、ソルベは無言になってしまった。

近く行われる団長会議に間に合わせるべく、大急ぎで取り調べや捜査をしなければならない。短時間でこの数をこなさなければならないとは…。考えただけでゾッとする。


『人手が足りないわけか…。それにしても、こういうことは先に教えてくれても良くないかな⁉家族なんだし…』


そういえば、家で二人とも口数少なく難しい顔をしていた事を思い出した。自分たちの分で手一杯だったのかもしれない。


「では参りましょう。取り調べ室にはすでに最初の者を待たせています。」

「分かった。」

「団長と侯爵様は物凄い勢いで処理なさっているそうですよ!子爵も頑張ってくださいね‼」

「ははは…」『苦手なんだけどなぁ…。』


――イザラでの逮捕劇の後、兄・グラスはやけに神妙な面持ちになっていた。水を被ってどこかに行った後、しばらくして火災の中から助け出したショコラを抱えて現れたので、これは何かあったなとソルベは思っていた。

兄が現在猛然と仕事に励んでいるのは、半分はそのせいなのだろう…。


それはそれとして、今は事件のことに頭を切り替えなければ。

…あれから火災現場の捜査をしたところ、犠牲者は発見されなかった。代わりに、書類など(…あったのかどうかは定かではないが…)証拠や解明に繋がるような物は全て燃えてしまい手掛かりは出なかった。

こうなれば、後はやつらからの供述を得るしかない。それも限られた時間の中で――…。


そんな事を考えている内に、ソルベは例の騎士に連れられ自分の担当する取り調べ室までやって来た。


中へ入ると…それはまあ、分かりやすく横柄な態度の誘拐犯の一人が手錠の上、座らされていた。そして入って来るソルベに目をやった後、彼は軽く嘲笑った。


『……うん、馬鹿にしてるね。これは…』


ソルベは笑顔を引きつらせ、眉をぴくりと動かしたが気を取り直すと彼の前の席に着いた。


「えーと…まずは名前から聞こうかな。」

「………」

「じゃあ、歳は?」

「………」

「…出身地は?」

「………」


男はどこか余所を見たまま、ソルベの質問には何も答えない。


『…分かってはいたけど、これじゃあ埒が明かないな…』


一人目から、なかなかの手こずり加減だ。


「…何か、言いたい事はないかな?」

「――なんもねぇよバ――カ‼」

「………っ」


…やっと口を開いたかと思えば、まるで子供のような煽り方…。何かが切れそうになったが、いや待てと自分を落ち着けた。


「君が知っている事なら何でもいい。話して。」

「だぁから、なんもねえって。」

「…自分が捕まっている事は理解してるよね?」

「関係ねーな。」


これは…時間が掛かりそうだ。そんな場合ではないのに…!

ちらりと、部屋の端で控えているさっきの騎士を見た。やはり不安そうな顔をしている。恐らく、先に部屋にいたもう一人の騎士と後方で調書を書いている事務官もそうなのだろう。


『ハア…だよね。時間、ないもんね…。』


さすがにもう少し、強硬手段に出た方がいいかもしれない。男には、元から自分に対して高を括っている態度が見受けられた。

ソルベは友好的な態度をやめることにした。目つきと口調を厳しく正した。


「――あまり嘗めないで貰おうか。お前たちの頭領は誰だ?どこにいる?」

「ハン!知らねぇよ‼」

「…知らない相手に従っていたという事か?」

「そーかもなあ⁉」

「……」


…こんなものを、あと十人以上も相手にしないといけない…。途方に暮れそうだ。父と兄は一体、どんな手を使って“物凄い勢い”で処理しているのだろうか?

…そろそろ我慢も限界だ。


『ああああああ〰〰〰〰ッ‼』


頭を掻きむしった後、ソルベの中でついに何かが切れた音がした。


「…ちょっといいかな?」


急に声を掛けられたのは、端で控えていた騎士だ。彼は驚いたように返事をした。


「…はい⁇」

「今から、ここに僕の担当の残り全員を連れて来て。」

「ぜ、全員ですか?」

「そう。」


戸惑う騎士に、ソルベは笑顔で壁の方を指を差した。


「それで、そこに動かないようにして並べて座らせてくれるかな。もちろん、喋らないように口は塞いでおいて。ああ…管理のための人手もいるな。あと何人か、手の空いてる人も手配して。」

「はあ…分かりました。」


不思議そうな顔をしたまま、ソルベに言い付けられた騎士は部屋を出て行った。

そんな様子に、取り調べを受けている男も怪訝な顔をした。


「…何しようってんだ?」

「まあ、まあ。…それより、今の内に喋っておいた方がいいと思うけど、どうする?」

「フン!」


相変わらずの平行線。男は態度を崩さず、何も話すつもりは無さそうだ。


『取り調べをするのが父さんや兄さんじゃなくて良かったと思ってるんだろうなあ…』


それからしばらくして、ソルベの指示通り、数人の騎士と共に残りの男たちが連れて来られた。口には布を噛ませられ後ろ手にされて、壁に沿って置かれた椅子に一列に座らされた。


「ちょっと狭くなったけど…まあいいか。さて、と。」


ソルベはそう言いながら立ち上がると、取り調べを受けている男の両手の平をバン!と机につけさせた。


「――誰か、このまま押えといて。」

「は、はい。」


そこにいた騎士の内、一人が急いでやって来ると言われるがままに代わって男の腕を押さえた。


「よし、じゃあ…」


そう言うなり、ソルベは突然剣を取り出すと男の指の近くに思い切りそれを突き立てた。


「!?」

「子爵!?」


当人である男はもちろんのこと、その場にいた騎士も取り調べ待ちの男たちも、全ての者が青ざめた。


「な…何やってんだよアンタ…⁉」


驚きのあまり、声を枯らしながら男が言った。


「嘗めるなと言ったはずだ。喋るまで、一本ずつ切り落としていく。」

「冗談だろ!?」

「…だといいね。」


ソルベは突き立てた所を支点にして、裁断機の要領でゆっくりと剣を下ろしていく。


「し、子爵、それはさすがに…!」


男の腕を押さえていた騎士が、青くなりながら進言した。


「大丈夫、みんなにはお咎めが無いようにするから。」


にっこりと落ち着いているのが逆に怖い…。

それからソルベはさらに剣を下ろす。


「ちょっと待てよ‼」


堪らず男が声を発した。


「…話す気になった?」

「お…お前、こんなことして本当にいいと思ってんのかよ⁉シシャクってのは、いいとこの息子なんだろ⁉」

「だから何?」


時間稼ぎなのか説得しようというのか、男はこれまでと違い、口数が多くなった。


「こんなの“私刑”ってやつだろ⁉俺に何かすればすぐバレる‼そうすりゃいくらアンタみたいなのでも、ただじゃ済まないだろうよ!!」


この期に及んで、男はソルベを脅そうというらしい。…しかし、ソルベはそんな事には一切動じなかった。


「…何か勘違いしてるみたいだな。確かに僕は子爵だが、残念ながら次男なんでね。家を継ぐ予定はないし、今のところ婚約者みたいなのもいない。要するに、僕に守るものなんてないんだよ。これで騎士団を追放される事になろうが別に問題ないね。君らの供述さえ得られればそれでいい。」


無表情でそう返された男は頭から血の気が引いた。


「……アンタ狂ってるぞ…」

「指は両手足で二十本かあー…先は長いね。――さて、何本まで耐えられるかな?」


今度は笑いながらそう言い、剣をさっきよりも下ろしていった。


「や…やめろ…」

「僕に当たった自分の運を恨むんだね。」


…その様子をずっと見せられていた他の男たちも、動揺を隠せなくなっている。動けず喋れないが、取り乱し何かを必死で訴え出した。


「―――っ‼」「――〰〰〰〰!!」


尚も下ろされていく剣。刃は小指に軽く触れ、わずかに血が滲んだ。

――これは本気だ。本気でやるつもりだ‼男は慄いた。


「……いっ言う言う言う――!!!」


男の絶叫が取り調べ室に…いや、周辺にまで響き渡った。


そして、そこに居合わせた騎士たちは皆、『この人を怒らせる事だけは絶対にやめよう…』と思った。





――…その後、ソルベの取り調べは滞りなく進んだ。

呆気ないほど順調に終わると、部屋を出た。


「………あ―――ッ焦ったぁ‼‼あれ以上抵抗されたらどうしようかと思った!!!」


今更ながら冷や汗をかき青くなりながら、ソルベは一緒に部屋を出た騎士に向かってそう言い放った。

正直なところ、あれはハッタリだった。演技だ。身内もすっかり騙された。


「…驚いたのはこっちですよ…。もしそうだったら、どうなさるおつもりだったんです⁇」

「う――ん…。やるしか…なかったよねえ……。」


ソルベはもしもの想像をしてぼんやりとしながら、涙目になっていた。


「…お疲れ様でした。」


騎士はそんな彼を労った。



――しかし、だ。その甲斐は十分にあった。男たちからは次々と様々な供述を得ることが出来た。


「……一番上のヤツの事は、俺は本当に知らない。会ったことがあるのは、そのすぐ下にいるっていうヤツだ。そいつを通して指示が来る……」


「……まず、テストみたいなことをするんだよ。それに通ったやつだけが、頭に会える……」


「……オレは何も知らない!分からねえんだよ‼本当に…。仲間になった事は覚えてる…。でも、それ以外は思い出せねえ……」


他にも、供述には不穏なものが多かった。


これから父や兄が取った調書などとも突き合わせて報告をまとめることになるのだろうが…

“団長会議”では済まなくなったような気が、ソルベにはしていたのだった。

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