71.懐かしい味がしたので、
フォユテはシュクルと、付いて来てしまった彼女の兄・ファリヌ、姉・ミエルに加え、ばったり会ってしまった妙なオジサン・マイス?とその息子らしい…名前何だっけ…を連れ、前から案内すると言っていた最近できた美味しいと評判の店に向かっていた。
『…何でこんなことに…。』
フォユテは今日一日、もちろんシュクルを独占してのデートのつもりだった。それが…。
百歩譲って、兄と姉は許そう。だが、なぜよく知らない他人の“オジサン”たちまで連れ歩かなければならないのだろうか⁉…意味が分からず、頭の痛い思いをしていた。
「あの…シュクルさん、今日の服、いつもと違いますね。お似合いです。」
シュクルと呼ばれたショコラを真ん中に、その右側を歩いていた“マイス”ことグラスが照れながら彼女に話し掛けた。
「ありがとうございます。これは――」
「あ~~気付いちゃいました⁇これ、全部僕の見立てなんだー。ねえ?シュクル。」
「え、ええ…。さっき頂いてしまって…。」
自分が選んだもので身を包むショコラは自分のものだ、と言いたげな優越感を帯びた顔でフォユテがグラスを見る。
「……ぅぐ…。」
悔しいが、本当によく似合っている…。認めたくないが、彼の見立ては完璧だ。
「〰〰では、私も今度見立てましょう!」
「ちょっとオジサンさあ!」
「“マイス”だ!!」
「…マイスさんさあ…“おじさん”が若い子に言い寄ろうとか、控え目に言って、怖いよ!?」
「な…っ⁉私はまだ 2 0 代 だ!!」
しかもその前半だ。ついに我慢出来なくなり、グラスはそう言ってしまった。
「えっ……」
フォユテは真顔になった。
「…僕、あのヒトの義理の父親って聞いたんだけど⁉」
フォユテは後ろを歩いていた三人、左からソルベ、ファリヌ、ミエルの内、一番左のソルベを指差して言った。
「あ…ああ、まあ…」
全く面倒な設定を作ったものだ、という思いでグラスは答えた。
「それって亡くなったっていう奥さん、それなりの歳の人だよね?」
「ああ…まあ…」
グラスは母の年齢を思い出して、それに当てはめることにした。
「じゃあ、そういう人が趣味なんじゃないの?なのに今度はシュクルって…守備範囲どうなってんの⁇節操なくない⁉」
「…っそれは…」
困ったグラスはソルベを見た。すると、彼は視線を逸らした。
「〰〰〰〰〰え――と…ちょっと待って…理解が追いつかない…。え??」
フォユテは頭を抱え、混乱している…。それはそうだろう。無計画な創作に次ぐ創作で、グラスたちの設定はすでにとんでもないことになっている。理解できる方がおかしいのだ。
「あの、フォユテ?さっきから何か勘違いしているみたいなんだけど…。」
二人の間で会話を聞かされていたショコラが口を開いた。
「それだと、マイスさんが私に好意を持っているような言い方よ?」
それを聞いたグラスはどきりとした。
「だってそうでしょ?僕のこと邪魔してくるしさあ!」
「それはよく分からないけど…。でも、違うのよ。マイスさんは、姉さんの事が好きだったのだもの!」
「ええ!?」
ショコラの発言に、フォユテは後ろのミエルの顔を見た。…“姉さん”とはミエルの事ではない。もちろん、実の姉・フィナンシェの事だった。
「ねえ、そうよね??」
にこにこと、ショコラはグラスの方に確認をした。
「……ああ…まあ……」
色々な事が頭を巡り、消沈したグラスは肯定してしまった。
『またおかしな設定が追加された!!!』
その一連の流れはフォユテだけでなく、後ろにいた三人にも衝撃を与えた。ショコラはその空気を感じたのか、今頃になって“姉違い”をしてしまった事に気付いた。しかしもう遅く、まあいいかと思ったのだった。
「―――そっか、うん。分かった。」
フォユテは理解を諦めた。
それぞれ別の理由だったが、とりあえず、前を行く三人は大人しくなった。
そんなことをしているうち、ついに一行は目的地へと着いた。
それは一番大きな通りではないが、人通りも多い場所にあり、なかなか立派な外観をしている。ショコラたちが働かせてもらっているビストロに比べ、明らかに高級店といった趣だ。
「さあどうぞ。」
フォユテがドアを開け、ショコラを手招いた。
「マイスさんたちは追い出されないといいけど…」
含み笑いで嫌味を言っていると、立派な格好をした店員がサッとやって来た。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。」
「ああ、それが急で悪いんだけどさ、人数が増えちゃって…。あっダメならいいんだ。無理しないで?」
困ったようなフリをして、フォユテは店員に聞いた。店員はぐるりと見て人数を確認した。
…実は、ここで余計な者を振り落とせるのではないか?という淡い期待がフォユテにはあった。特に、一部の同行者のドレスコードに望みをかけていた。
「いいえ、フォユテさんの頼みとあれば!只今お席をご用意いたします。」
「ああ…そう……ありがと……」
素晴らしい笑顔で、店員は答えた。顔の広さが仇になったようだ。フォユテの目論見は脆くも崩れ去った。
「懐の深い良い店だな!」
「…でしょう?」
勝ち誇ったようなグラスに、フォユテは口の端を引きつらせながら笑って返した。
急遽用意された大きなテーブルで、六人はそれぞれ席に着いた。
フォユテが少し店員とやり取りをした後、隣に座るショコラに声を掛けた。
「シュクル、こういう所は慣れないでしょ?困ったことがあれば何でも聞いてね。教えるから。」
「ありがとう。」
「他の人も、遠慮しないで。」
「ええ…ありがとう…。」
不慣れな場所に緊張しているのか、一同は苦笑いしている…。こういう場所では、作法が必要になる。今頃になって付いてきた事を後悔しているのではないか?とフォユテは思った。
――しばらくすると、料理が運ばれて来た。
フォユテは再度確認した。
「シュクル、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。頂きましょう。」
そう言うと、彼女は難なく食事を始めた。どうやら強がりなどではなかったらしい。まだ始まったばかりだが、テーブルマナーが身に付いていることが窺えた。
ふと周りを見ると、他の者たちも…あのオジサン義父子も、何でもないかの如く食事をしている。それも、皆完璧だ。
『…アレ?今って、テーブルマナーが一般的になってるのかな…』
訳を知らないフォユテの頭上に、疑問符が浮かんでいた。
…一方、食べ進めていたショコラ、ファリヌ、ミエルは段々と表情が変化していった。
『……これは……』
ほぼ同時に同じことに気付いたファリヌとミエルは、お互い横目で目を合わせた。
何かおかしい…。向かいに座る彼らの様子に気付いたフォユテは思った。料理の味はおかしくない。では、この空気は一体何だろうか…。
「わあ……」
「シュクル、どう??」
ショコラの漏らした感嘆詞に、フォユテが反応した。
「ええ、とっても……」
あのショコラが、言い難そうに空笑いをしている…。
「なつかしいあじ……」
“ああ、言ってしまった…”という顔を、ファリヌたちはしていた。
…そう、ここの料理は三人にとって、とても懐かしい味がするのだ。
「ええ?“懐かしい”⁇ここって王都の、たしか…そう、“オードゥヴィ公爵家”の料理人だった人が始めた店なんだよ??」
高級料理店でそんな事を言いだすショコラに、フォユテが思わず素っ頓狂な声を上げている。
――…やはりそうだったか…。ショコラたち三人は合点がいった。そういえば、一時帰省していた時に厨房の料理人が一人、故郷に帰って店を始めることになったという噂を聞いたような気がした。どうやらここの事だったらしい。
しかし、という事は、ここに一人自分たちの事を知っている人間がいる、という事だ。…これは、見過ごすことは出来ないだろう。
「そ、そうなのね…。私の出身地がオードゥヴィ領だから、もしかしたら味が似ているのかもしれないわ…。」
「ああ、そっか!じゃあそうかもね。へぇ…オードゥヴィ領って、料理のレベルが高いんだなあ…」
ショコラの機転で、何とかフォユテを納得させられたようだ。三人は一先ず安堵した。
…しかし、何か自分の知らない新しいものが食べられるかもしれない、という期待には添わなかったが、ここで実家の味を味わえるとは思わなかった。屋敷を出た料理人のその後も知ることができ、ショコラは満足した。
「フォユテ、今日は連れて来てくれてありがとう!」
「!」
ショコラは破顔でフォユテに礼を言った。
…ああ、可愛い…。今日は邪魔ばかりが入ってしまい滅入りそうになっていたフォユテだったが、そんな風に喜ばれたら帳消しだ。
「…どういたしまして。これくらいお安い御用だよ。」
睦まじそうに、ショコラとフォユテは笑顔を交わした。
――そんな様子が面白くないのは、隣でそれを見せられているグラスだ。何か言いたいが、何も出てこない。ただ黙々と料理を口に運ぶばかりだ。
イライラする。なんとも言い難いものが、体の中で渦巻いている。
『…これは一体、何なんだ…!』
なぜこんな所に来てしまったのだろうか。ここには居たくないが、出て行きたくもない。相反する思いに苛まれた。
自分の気持ちを認めないグラスに、嫉妬は理解出来なかった。
そうして、一通りの食事が終わった。
「――少し、席を外す。」
ファリヌがミエルに声を掛け、席を立った。彼には行っておかなければならない所があった。
席からだいぶ離れた所で店員に声を掛ける。
「すみません。料理長に、“ファリヌ・キールが来ている”とお伝え頂けますか?」
「はい…かしこまりました。」
要領を得ない顔をした店員が厨房へ行くと、すぐさまこの店の料理長が出て来た。彼はここのオーナーでもある。
「これはこれは!!ようこそお越しくださいました。」
「いえ、実は貴方の店だと気付いたのがさっきだったもので。挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。」
「とんでもない!」
料理長は恐縮していた。あれは一体誰なのだろう?という顔で、店員たちが見ている。
「…少し、場所を移しましょう。」
周りを気にした料理長は、ファリヌを店の奥の部屋へと連れて行った。
「――懐かしい味だと、ショコラ様がおっしゃっていましたよ。」
「そうですか!…またお嬢様に召し上がって頂ける機会があるとは…嬉しい事です。」
「腕も落ちていないようですね。」
「それはもちろん!公爵家に泥を塗るようなものはお出ししません。」
内容に嘘は無かったが、社交辞令を一通り終えると、ファリヌは本題に入った。
「…ところで、我々がここにいる事に驚いていらっしゃいませんね。」
「ええ。貴方がおっしゃりたいことは分かっていますよ。お屋敷を出る時に、旦那様からよくよく言い聞かされておりますから。“イザラで何を見ても、聞いても、決して他言しないように”とね。」
「そうでしたか…。」
やはり当然ガナシュは手を打っていたようだ。わざわざ自分が釘を刺しに来るまでもなかったらしい。
だが、ファリヌはもう一つ気になることを思いついた。
「あの、もしかして――…」
「はい?」
口にしかけたが、ファリヌは途中で留まった。
“もしかして、貴方が警護を任されているのではないですか?”そう聞こうとしたがやめた。よく考えてみれば、この料理長にそんなことは無理だろう。一日中厨房に立ち、店を回しているのだ。さっきの話の中で、料理に対する意識の高さも窺えた。さすがに考えすぎだ、と思い直した。
「いえ、失礼。何でもありません。お気になさらず。」
「そうですか…?」
料理長はファリヌが言いかけてやめたことに、少々不安を感じているようだ。たしかに、含みのある言い方になってしまったと反省した。
「…では、一つだけ…。我々以外に、ここでお屋敷の関係者を見かけましたか?」
「いいえ…。どなたか、いらしているんですか?」
「ええ…まあ。ですが、ないのならそれで結構です。――今日は大変満足いたしました。主人に代わりましてお礼申し上げます。」
ファリヌは頭を下げると、ショコラたちのいる所へ戻って行った。
こうして、長かった一日は終わった。
グラスとフォユテは最後までいがみ合って別れた。…ただ食事に来ただけのはずが、ショコラはぐったりと疲れていた。
「…早く明日になって、ビストロでお仕事したいわ…。」
「そう…ね。」
変わった事を言うショコラに、ミエルは苦笑いで返事をしたのだった。
――ショコラたちと別れたフォユテは一人、バーにいた。
「あ――…、こんなはずじゃなかったのに…」
早くも酔い始めている。すると、隣に人が座った。
「お兄さん、何か悩み事?僕で良ければ聞こうか?」
人の良さそうな男が話しかけてきた。誰かに聞いて欲しくて、くだを巻きたくてうずうずしていたフォユテは、渡りに船と思った。




