70.邪魔は増えるものなので、
「シュクルにはこういうのが似合うと思うなあ。」
「いや、こっちの方がいいだろう。」
「うわ、地味…。お兄さん、センス無いですねぇ…。」
「地味で結構。君のは下品だな。なんだその丈の短さは…。」
「……“お兄さん”じゃなくて“お父さん”…」
「何だって?」
――少し前に服屋に来て以来、ショコラの目の前ではフォユテとファリヌがこんなやり取りを繰り広げていた。今のところ着せ替え人形にはさせられていないが、二人ともあれやこれやと服を持って来てはショコラに合わせてみて諍いをしている。
これまでも、自分が着る物を他人が集まって見立てる事は何度かあった。しかしその時は女性ばかりだったためか、皆自分の事のようにきゃっきゃと楽しそうだった。だからショコラはあまり興味のない事でも黙って“お人形さん”をしていた。だが、これは…「ナニカチガウ」…。
「わ、私着る物にこだわりはないの…。何でもいいわ。」
「ダメだよそんなの!シュクルはどんな格好してても可愛いけど、勿体ないから‼ねえ、お姉さんもそう思うでしょ⁉」
「ぇえ⁇」
まさか自分のところに飛び火してくるとは思いもせず、ぼうっと見ていたミエルはたじろいだ。
「えぇーと…。」
…正直言えば、今の話の中で、ミエルが一番同感なのはフォユテの意見だった。しかし、そこに同調したくはない…。返答に困ってミエルは視線を泳がせた。
「もぅ~!いいよ、僕が良いと思う物、シュクルにプレゼントしてあげる。プレゼントなんだから誰にも文句言わせないよ?」
「プレゼントだからって、下品な物は着させないからな⁉」
「あーもー過保護‼」
フォユテはそれからいくつか服を選んでくると、ぱぱっと手早くショコラに合わせ「うん、これだな。」と一人納得して彼女に渡した。
「試着してみてよ。ほらほら!」
そう言うと、ショコラの背を押して試着室の方へと向かわせた。
「ミエル!一緒に行って来い!」
「そ、そうね。」
ファリヌに突かれ、ミエルは急いでショコラを追うと試着室へと入って行く。
「着たら見せてねー?」
外ではファリヌに睨まれながらもめげないフォユテが要求をしている。
仕方なく、着せてみなければとミエルは思った。
「このくらい、自分で着られるわ。」
「そうよね…。」
苦笑いで答えつつ、もしもファリヌが言うように“下品”な服だった場合、ミエルは見せることを阻止しなければと考えていた。
そうこうしているうちに、ショコラは着替えを終えた。
「あら…。」
それを見たミエルは感心した。
爽やかな色合いに、派手ではない可愛らしい装飾。スカート丈はいつも着させている物よりは若干短い気もするが、これくらいが巷の流行りなのだろう。ファリヌが言うように下品というわけではない。全体的にショコラの良さが引き立てられている。「ここで好きなように選んでいい」と言われたら、自分でもこれを選んでいたかもしれない、とミエルは思った。
なんだかんだ言って、フォユテは見る目があるようだ。
問題はないだろう。着替えたショコラを、二人の前に出した。
「わあ~、やっぱり思った通り!すっごく似合うよ‼」
「そうかしら…ありがとう。」
「どう?これなら文句ないでしょ、お兄さん?」
「…下品では、ない。」
下品ではない。が、目立つ。そうしないために、今までミエルにはショコラの格好を地味にするように努めさせてきたというのに…。これでは台無しだ。…しかも、その服に触発されたミエルまでもがショコラをさらに仕上げたい!とウズウズした顔をしている。
この点においては、ファリヌは大いに文句があった。
「靴も欲しいな…。すいませーん!これに合う靴持って来て。あと、このまま着て行くから。請求は僕の名前で家の方に送っといてね。」
「かしこまりました。」
ファリヌの内心など構いもせず、店員を呼ぶと靴まで揃え、フォユテはさっさと購入手続きをしてしまった。
「え、試着だったんじゃ…それに、やっぱり貰う理由がないわ。」
「いいのいいの!僕があげたいだけだから。せっかく似合ってるんだもん、着ておきなよ。それに、着る物にこだわりないんでしょ?だったら僕の好きな物、着ててもいいってことだよね。」
戸惑うショコラだったが、笑顔でそう言うフォユテに押し切られてしまった。
結局そのままの格好で、四人は服屋を出ることになった。
「…そろそろ時間かな。じゃあ、お店の方に行こうか。」
懐中時計を確認したフォユテは歩き出した。ショコラたちもそれに続いて歩き出す。そういえばいつの間にか、時刻は昼食時を過ぎている。どうやら、ゆっくり出来るようにとフォユテはわざと時間をずらして予約を入れたらしい。
ああ、お腹が減ってきた…。ショコラがそう思っていると…
「あ。」
「あ!」
目が合った二人がほぼ同時に口を開いた。
こんな所で、今日一番会いたくない人物と出くわすとは…。フォユテは顔を歪ませた。
「どうしたの?フォユテ…」
後ろに付いて歩いていたショコラが、フォユテの背中からひょっこりと顔を出した。
フォユテの対面にいたのは…そう、ショコラたちを探していたグラスとソルベだった。
「――これはシュクルさんたちではないですか!こんな所で会うとは奇遇ですね。」
グラスがそう言うと、その場にいたほぼ全ての者の頭には『絶対に嘘だ』という言葉が浮かんでいた。
「――ああ、オジサン!こんにちは。」
“偶然”を装うグラスと平静を装って挨拶を返すフォユテは、早くもお互いに様子の探り合いを始めている。
そんな睨み合いをよそに、グラスの後ろにいたソルベはフォユテたちの後ろにいたファリヌとミエルに気付くと、そそっとその側へ寄って行った。そして、二人に小声で話し掛けた。
「…すいません。察してください、色々と…。」
「…まあ、大変そうですね…。」
気の毒そうに返すミエル。それを聞いていたファリヌは、ふと思った。
「…“気付いて”いたんだな。」
グラスのショコラに対する想いについて、だ。この間ソルベと話をした後、そこまではミエルには伝えていなかった。
「まあ…何となくそうかしらって。イザラで会ってからだから、つい最近だけど…。だって分かりやすいじゃない。私が前に見た時と雰囲気が変わっていたというか…。」
「たしかに。」
「我が兄ながら、面目ない…。」
三人がひそひそとそんな話をしていると、思ったよりも事態は早く動きそうになっている。
「それじゃ、僕ら急ぐんで。さあ行こうシュクル。」
「え、ええ…」
グラスが偶然を装うのなら、“知人に会ったので挨拶をして自然に別れる”という方法をフォユテは取るつもりらしい。しかも、後ろのファリヌとミエルはいないかのようにショコラにだけ話し掛けている…挑発までおまけに付けるとはなかなかのものだ。三人はある意味感心した。
「へえ…どこへ行くのかな?」
「ああ、これから食事に行くんだ。予約の時間があるから、ホントにごめんね?オジサン。」
「食事か、それはいいな!私たちもまだだったんだ。一緒に行くとしよう。」
…さすがはグラスだ。優越感をちらつかせた挑発すらものともせず、“デート”の続きに割り込もうとは。まあ、元からそのつもりで来たのだろうが…。
三人は彼らの言葉の応酬を見守った。
「いやいや…。空気読もうよ、オジサン!」
「空気…」
笑顔を引きつらせ、フォユテは答える。…当然だろう。
それを知ってか知らずか、グラスはフォユテたちの方をわざとらしくぐるりと見回した。
「“みんなで楽しく食事”だろう?」
いつものごとく表情は見えなかったが、その顔はニヤリと笑っている、とフォユテは感じた。
「人数が増えた方がもっと楽しいぞ!」
「…………ッ」
ショコラの手前、あまり強く拒否は出来ない…。器の小さい男には見られたくなかった。しかし、このまま受け入れるのは嫌だ。フォユテは無理やり笑顔を作って歯噛みした。
「あのう…」
すると、それまでずっと黙っていたショコラが口を挟んだ。
「マイスさんたち、お仕事はいいんですか?」
まさかのショコラからの助け舟だ。そう思ったフォユテは嬉々とした。
「そうだよね!!食事に付き合ってる暇なんてないんじゃない??」
よくは知らないものの“オジサン”は格好からするに旅人のようだ。仕事なんてしていないのではないだろうか。それを分かっていながら、彼のプライドをへし折ってでも何とか付いて来ようとする気を萎えさせたい…。フォユテはその一心でショコラの話に合わせた。
「大丈夫。これも仕事ですから。」
グラスは堂々と言い放った。訳を知っている者には「間違ってはいない」と聞き流せたのだが…。
フォユテは本気で引いた。仕事をしていないような見た目で、ただ食事に行くことを“仕事”と言うとは……
「わー…これ、ダメな大人だ…。シュクル、見ちゃいけません!」
青ざめながら、彼は庇うようにしてショコラの目を手で隠した。
「あッ!気安く触るんじゃない!!手を放せ‼」
グラスが反射的にフォユテの腕を掴む…。二人が初めて顔を合わせた時の再現のようになってきた。
「イテテ…。力強いんだよ、オジサンさぁ!」
「だから、“オジサン”じゃないと言っている!!」
「はあ!?」
また小競り合いが始まってしまった。しかも今回、二人は両腕を掴み合って睨み合いをしている。今度こそ乱闘寸前だ。
さすがに両者の手が出始めると、周りは黙って見ている訳にもいかなくなってくる。ここはソルベが間に入るべきだ、と思われた瞬間――…
きゅるるる………
「え??」
側で小さな音が聞こえた。険悪な状態のグラスとフォユテだったが、その音に反応すると二人とも力を抜き、音がした方へと顔を向けた。すると…
軽く腹を押え、顔を真っ赤にしたショコラがいた。
「ご…ごめんなさい……私…本当に、その…お腹が空いていて……」
一言口にするごとに、ショコラの顔はだんだん下がり、どんどん赤くなっていく。傍で見ていたミエルが、あのままでは頭に血が上り過ぎて倒れるのではないか、と思ったほどだ。
目の前の二人が一触即発の危機にも関わらず黙っていたのは、どうやら空腹でそれどころではなかったかららしい…。
「…プッ…」
一瞬、どこかで誰かが噴き出した。
まだ顔は赤いものの、気持ちを落ち着けたショコラは顔を上げると、「えへへ」と照れ隠しに笑った。
「お腹が空くと、怒りっぽくなるわよね…。早く食べに行きましょう、ほらみんなで!ねっ!」
毒気を抜かれ、しばらくボーっとしていたグラスとフォユテだったがハッと気付いた。
「も、申し訳なかった!!」
「そうだよ、こんな事してる場合じゃなかった!時間‼…あーもーいいよ、オジサンたちも来なよ仕方ない!!」
――今日はフォユテにとって予定外の連続だ。思い描いていたデートとはあまりにもかけ離れている…。
後は野となれ山となれ。総勢六名を連れて、いざ目的地へと向かったのだった。




