69.デートには邪魔が入るものなので、
フォユテは目が覚めると、真っ先に窓のカーテンを開いた。眩しい朝日が部屋に入ってくる。雲一つない良い天気。今日は一日、いい日になりそうだ。
約束の時間まではまだ、だいぶある。優雅に、念入りに支度をする。
もっと早くにこうしていれば良かったのだ。今日はいつものような邪魔は入らない。
待ち合わせ場所には当然、少し早めに着いた。そこでショコラを待ちながら色々と考えを巡らせる。
『店には予約を入れてあるし、さて…それまでの時間、どこに行こうかなぁ…』
この時間も悪くない。なんといっても、今日はデートなのだから…。
「――フォユテ!お待たせ‼」
フォユテの耳に、ショコラの元気の良い声が飛び込んできた。ついにやって来た‼彼は満面の笑みで、その声がした方に振り向いた。
「いや、全ぜ…」
フォユテは固まった。
「そう?よかった。」
にこにことそう言うショコラ。――と、その後ろには…
「…………お、おにーさんとおねーさん……なんで……?」
睨みを利かせる“兄”ファリヌと、苦笑いをしている“姉”ミエルの姿があった……。
「あの…二人を連れて来てはいけなかったかしら…??」
「え―――と…」
ショコラが小首を傾げて尋ねてくる。フォユテは高速で思考した。
『昨日…“オジサンとかには言うな”って言ったはずなんだけどなあ……。ああ、もっとハッキリ“二人だけで”って言えばよかった‼――どうする⁉今からでもそう言って、あの二人を帰らせるべき⁇』
ちらりとファリヌの顔を見た。すると、ギロリと睨み返された。
…それは、無理だ。そんなことを言おうものなら、ショコラまで一緒に連れて帰られかねない。
「フォユテ??」
「あっ…いや、そんなことないよ?みんな一緒の方が、たのしい、よね……」
フォユテは精一杯強がって苦笑いをした。
「――そうか、それは良かった。勘違いして来てしまったかと思ったよ。昨日妹から聞いて、俺たちも楽しみにしていたんだ。誘ってくれて嬉しいよ。」
背後に黒い空気を漂わせながら、ニヤリと笑ってファリヌはフォユテにそう言った。誰がどう聞いても、本心ではない。…ただ一人を除いては…
「まあそうだったのね、兄さん!よかった‼」
屈託のない笑顔のショコラ…。やはり、二人を連れて来たことに他意はないようだ。
それもそのはず。彼女は元からファリヌたちを連れて行くつもりしか、なかったのだから。こうする事に、良心の呵責など何も無かったのである。
「は…ははは…。大切なお兄さんとお姉さんだもんね…。僕にとっても家族みたいなもんさ!」
空笑いするしかない。もはやヤケだ。大事なことは、ショコラと出掛けられること。そのためならば、フォユテは多少の邪魔は受け入れることにした。
「じゃあ、行こうか。」
気を取り直したフォユテは歩き出した。
「そのお店って、どこにあるの⁇」
「あー、うん、予約時間まではまだあるから、それまで近くを見て回ろう。」
「そうなのね。分かったわ。」
それで、“どこへ行くか”だが…。フォユテはふと気が付いた。デートだと思っていないせいなのか、ショコラの格好はいつもと何ら変わらないものだ。――だが、ひょっとすると…。
「ねえ、もしかしてシュクルって、他に良い服持って無い?」
「えっどうして?」
「だってさ、(デートだと思ってないとしても)出掛けるんだよ⁉普通こう…オシャレとかするでしょ?」
そんな二人のやり取りを後ろで聞いていたミエルは、今朝の事を思い返していた。
――その時ミエルは腕を組み、難しい顔をしていた。
「何を悩んでいるんです?」
「あ、ファリヌさん…。今日は一応デートみたいなものじゃないですか。だからショコラ様にどんな格好をさせるべきか、と…。」
それを聞いたファリヌは呆れたような顔をして、溜息を吐いた。
「…いつも通りでいいです。前にも言ったでしょう。あと、念のため。化粧も要りませんからね?…全くあの男、“デート”などとおこがましい…」
ミエルは侍女として、女性として、こんな時にはどんな服装が相応しいのだろうかなどと、あれこれ考えを巡らせていたのだがファリヌに一刀両断されてしまった。…最後の方、彼がブツブツと呟くように言っていた文句は私怨のようにも思えたが…。
少し不満はあったものの、ミエルはファリヌの言う通りにする事にした。
――そして出来上がった格好が、今のショコラの格好だった。
『…あそこにショコラ様の意思は全くないのよね…。』
そうとは知らず、デートも邪魔をされ…。さすがに少し、フォユテが不憫に思えてしまった。
ただ、そんなことをわざわざ教えてやる義理もない。やれやれと思いつつ、ミエルは黙って見守っていた。
「そうだ!じゃあ今から、服を買いに行こうよ。僕が見立ててあげる!」
「あっ!!」
ミエルとファリヌが同時に声を発した。フォユテがごく自然に、ショコラの手を引いたのだ。本当に油断ならない。ミエルは、一瞬同情したことを取り消した。
一方、今日のビストロは大忙しだ。ショコラに加え、この日一緒に来るはずだったファリヌまでもが急に休むという事になってしまった。…どうも彼はショコラとフォユテが親密になる事を快く思っていないらしい、ということは分かっていたので、こうなるかもしれないとカイエも覚悟はしていた。
さあ、時は戦場のようになる昼時だ。腹を括るしかない。
「なんだ、今日はお前さん一人かい?」
「そうよー!」
「仕方ねえなあ…」
常連客はそう言いつつ、自分の分の皿を下げて帰ってくれる。有難い。
カランカラン。ドアベルが忙しく鳴る。一組帰れば、すかさず新しい客がやって来る。
「いらっしゃいませ‼――あら。」
その時入って来たのは、グラスとソルベのいつもの二人組だった。
「忙しそうだな。」
「ええ。今テーブル片付けるから、ちょっと待ってて!」
カイエはササっとテーブルを整えた。二人が座ると、流れるようにメニュー表を渡す。
そのメニューを開きながら、グラスはちらちらと店内を気にしている。
「オジサ…ええと…マイス?シュクルなら、今日はいないわよ。」
「ああ…休み、か…」
がっかりなどしていない、と言いたげに、グラスは平静を装った。
「――て言うか、フフ…“デート”なのよね~。」
「なにィ!?」
ニマニマとしながらそう教えるカイエの言葉に、グラスは立ち上がって反応した。
「あ、相手は誰だ⁉まさか…アイツか!?」
「ああ、ちょっと、若い子の邪魔しちゃダメよ⁉オジサン‼」
「おい待て、前からずっと言おうと思っていたが、私は“オジサン”じゃない!!」
「エェ――…」
“オジサン”は憤慨している。――…いや、たしかに、よくよく見てみれば、マントに覆われはっきりとはしないが、体つきにあまり老いを感じない。“カンヌ”が彼を「兄さん」と呼ぶくらいだ。もしかしたらそこまで歳はいっていないのかもしれない……。
「カイエ!!」
厨房から飛んできた父の声に、カイエはハッとした。しまった、今日ホールには自分一人しかいない‼こんな余計な事をしている場合ではなかった。
「ごめん父さん‼」
注文取りも、片付けも、出来上がった料理も、わずかな時間だったが溜まっているはずだ。カイエは焦って仕事へ戻ろうとした。すると、とある席にいた男が立ち上がった。
「…俺、手伝うよ。」
「本当に⁉いいの⁇」
「ああ、少しなら…」
「ありがとう、パット‼助かるわ~!」
カイエが破顔して喜んだ途端、他の席でも次々に男たちが立ち上がっていった。
「俺も!!」
「じゃあ、俺も!」
「俺だって‼」
ショコラたちが“里帰り”していた時にも名乗り出ていた者たちだ。パットが手伝いを申し出た事で、彼らはすぐさま行動を起こした。
「ええ、本当⁉みんなありがとう!」
ホールには一気に、人手が増えた。
そんな様子を一通り見たグラスは、ソルベに声を掛けた。
「――出るぞ。」
「えっ、食べて行かないの⁇」
「今日はやめておく。
悪いがこのまま出る!キャンセルにしてくれ。」
グラスはすでに遠くに行ってしまっていたカイエに声を掛けると、扉の方へ向かった。
「ハーイ!混んでてごめんなさいね、オジ…マイス!カンヌも!またどうぞー‼」
カイエの声と共に、ビストロの扉は閉まった。
「シュクルさん、いなかったね。」
「…ああ…。」
グラスとソルベは歩き出した。
「でも、食べるくらいしてもよかったのに…。」
「また今度でもいいだろう。代わりにいいものが見られたしな。」
「まあ、それはたしかに。」
グラスの言葉に、ソルベは出る寸前の場面を思い出した。
「あれだけ分かりやすいのは好都合だ。」
「分かりやすすぎて、ターゲットにはし難いのでは?」
「先入観は良くない。」
「そうですね。」
――あのビストロにグラスたちが連日のように訪れていたのは、ただショコラがいたからという理由だけではなかった。
“評判の看板娘がいる店”あの店はその条件にぴたりと合っていたのだ。しかも、その看板娘に好意を寄せる者が多数いる――…。「カイエ」は被害者となるに十分な条件を満たしていた。
「さっき、名乗り出た者たちの顔は覚えたか?」
「はい。」
「昔からの知人のようだが、少し探ってみた方がいいかもしれないな。」
「分かりました。」
―――グラスが見返していた報告書の中に、気になるものがあった。
“被害者のうち何人かは、知人に呼び出されたと言って出掛けて行った”
もちろん、その名が出た者には漏れなく尋問をした。だが、誰一人としてそれを認める者は無く、そんな事実は無いと言い張った。そして同時に、被害者が消えた事に酷く悲しんでもいた。当然、嘘を吐いている可能性は高い。彼ら全ての行動調査をした。――しかし、これまた誰一人として、怪しい行動を取る者はいなかった。不審人物との接触や、急に羽振りが良くなる、などの変化も、だ。
『だが知人を使っていないとは言い切れない…。この気持ちの悪い矛盾は何だ?“使われた”のなら、そいつに何の利益があった⁇』
考えても、答えは出なかった。出ない以上、全てを疑ってかかるより他はない。
『――さっきの店…一番に名乗り出たのはパットという男か…。呼び出すためには警戒されない事が重要だ。あれは彼女の心証を良くするには効果的だった。いや、便乗した方が紛れるか…』
「じゃあさ、あのままあそこで食べながら様子を見た方が良かったんじゃ?」
ソルベの素朴な疑問に、前を歩いていたグラスは突然足を止めた。そして振り返ると詰め寄った。
「今はシュクルさんを探すことが先決だ‼あの悪魔から守らねばならないだろう!!」
仕事の話をしていたはずの兄は、完全に嫉妬の形相をしている。
…それに、ショコラの意志を尊重するという話はどこへ行ったのだろうか…
「これは…そう、王命でもあるんだ!」
『公私混同が甚だしい!!』
ソルベはまたも、私情に付き合わされる覚悟をしたのだった。




