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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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5.姉が婚約したので、

「―――以上が、この度のお見合いの顛末(てんまつ)でございます。」


もちろん、ファリヌは見合いの経緯(いきさつ)について事細かに話したわけではない。上手くかいつまんで説明してみせていた。

それを聞いたガナシュは「ふう」と息を吐き、口を開いた。


「…そうか。いや、さすがは私が見込んだ男だ。ただ……確かにな。本当に残念だ。彼がそのつもりなら、何としてでも後継者にしようと思っていたのだが……。ああ、…そうか……。伯爵が言った事は、私も分かってはいた事だ。痛いところを突かれたな。…………。」


かなり動揺した彼はなかなか心の整理が付かない様子で、少し喋っては溜息を吐き、自分に言い聞かせるように独り言を挟んでいた。その言葉の端々には、戸惑いのような苦悩が滲んでいる……。


それから悩みに悩み、ついに決断した父・ガナシュは重たい口を開いた。


「…………よし!この結婚を認める。フィナンシェ、幸せになりなさい。」


それを聞いたフィナンシェは胸を詰まらせ、その目には涙が溢れた。そしてそのまま父の胸に飛び込んだ。


「……お父様……!」

「こら、めでたいのに泣くやつがあるか……。」


姉はわんわんと泣いている。父も涙を滲ませている。……二人のそういう姿も、初めて見た。

そんな事を考えながら、ショコラはその様子をぼうっと眺めていた。


『…………お姉様が嫁がれてしまうとは、思ってもみなかった……。あの方は、やはり凄い方だったのね。そしてこれから、私のお義兄様になるのだわ……』


何だか、実感が湧かない。姉がいずれ……いや、そう遠くない時にこの家からいなくなってしまうなんて……

頭の中は今、まだ起きたばかりで寝ぼけている時のようにぼんやりとしている。なぜだろう。父が言ったように、これはおめでたい話なのだ。それがまさに今決定したところだというのに。いつもなら、愛する姉に一点の曇りもない破顔で「おめでとう!」と言っているはずなのに……


これはきっと、あまりにも驚いてしまったせいだ。

そう思ったショコラは、頭に掛かる(もや)を振り払うようにプルプルと首を振った。そしてファリヌの側へ行くと、彼にこそりと耳打ちをした。


「ねえファリヌ。私、お姉様が結婚なさらないのは、ファリヌの事が好きだからなのだと思っていたの。」

「…はい?」


ファリヌは心底呆れた眼をした。


「そんな事、あるわけがないでしょう。何をおっしゃるかと思えば。」


ハア、と溜息を吐き、彼はピシャリと言い放った。ショコラは苦笑いをした。

……どうも自分は、そちらの方面には疎いらしい。その事を、彼女はやっと少し理解したのだった。


そんな時、フィナンシェがこちらに向かって走って来た。


「ショコラ‼さっきの話、聞いていたでしょう?私、まだまだしばらくは貴女の側にいますからね!貴女を独りにはしないわ。ううん、ずっと一緒に居たって良いのよ!」


今度は妹に飛び付いたフィナンシェは、とびきりの笑顔でそう言った。……その言葉にも、ショコラは苦笑いを浮かべた。


「お姉様……。それでは伯爵様が可哀想ですよ。」



――こうして、長期に亘る姉の見合いは、ようやく終了と相成(あいな)ったのだった。





フィナンシェ・フランボワーズ・オードゥヴィ婚約の報せは、瞬く間に国中を駆け巡った。いや、数日後には近隣諸国にも及んでいる事だろう。

特に、国内の社交界は騒然となった。


「何だって⁉お相手は、…ヴェネディクティン伯爵……!?」

「しかも“輿入れ”するだなんて、聞いていないぞ!!」

「ついにあのフィナンシェ様が結婚なさるわ!!」

「これでやっっと殿方の目が覚めますわね!!夜会にも行きやすくなりますわあ。」


嘆く者、喜ぶ者、それは男女でくっきりと分かれていたのだが、誰も彼もがこの話題で持ち切りとなっていた。




……そんな中。ここにも一人、大いに嘆き憤っている者がいた。

グゼレス侯爵家の若き当主、グラス・レザン・グゼレス侯爵である。


「どういう事だ!!フィナンシェ嬢は、僕の事を()()()()()()()()()()()()⁉」


父と母、それに弟たちもいる朝食の席で、グラスは大声で叫んだ。おまけに拳を握った両手でテーブルをドン、と叩くものだから、全員の食器が軽く踊ってしまった。


「おいグラス!朝から何をしている。騒々しいぞ、大人しく食べろ!」

「…すみません、父上。しかし…!なあセーグル、何かの冗談なんだろう?」


父・フランに叱られたグラスは謝りはしたものの、すぐに執事であるセーグルの方を向いて尋ねた。

()()()()よりも、重要な事がある。それを確かめなければ食事も喉を通らない。


「いえ、確かな情報です。若旦那様。」


セーグルはしれっと答えた。その言葉に、グラスはぴくりと反応した。


「…その、“若旦那様”と言うのはやめろと何度も……僕の事は“旦 那 様”でいいんだ!」

「それは大旦那様…()()()()との、呼び分けですので……。」

「お前が半人前だから仕方ないだろう。」


胸を張って言う長兄とやはりしれっと答えるその執事、そして追い打ちをかける父……。ここの食卓ではよくある光景だ。母と二人の弟たちはそのやり取りを見つつ、黙々と食事を続ける。

そんな時だった。


「はっ!こんな事をしている場合ではない‼フィナンシェ嬢に直接確かめて来なければ‼」


グラスは食事途中にも拘わらず席を立った。フランは大いに呆れた声を出した。


「何言っとるんだお前は⁉大体、親交なんてあったのか?…じゃない、それより仕事はどうするつも…」


話も終わらない内に、長男はダイニングを飛び出して行ってしまった。その後を執事が追って行く。

もちろん父はカンカンだ。その矛先は、大人しく食事をしていた次男に向けられた。


「ソルベ‼セーグルの手には負えん!今すぐあのバカタレを連れ戻して来い!!」

「エッ⁉何で僕が…。全くもう……、兄上――!」


とばっちりもいいところである。拒否権の無い弟・ソルベは仕方なく立ち上がると、父の命令通りに兄を追い掛けた。

前侯爵(フラン)は、朝からどっと疲れてしまった。


「……ハア、あいつに爵位を譲ったのは早まったか……。」


彼は頭を抱えて呟いた。するとその妻が口を開いた。――つまりは兄弟の母である。


「でもあの子、腕は確かなのでしょう?ソルベが一度も勝てないと言っていましたわ。」

「まあな……騎士団での戦術・戦略に関して言えば鼻の利くやつだ。()()()()()な‼……それ以外で言えば…何と言うか……。ハア……。なまじ顔が良いばかりにおかしくなったんだ、アイツは……」


フランのぼやきは止まりそうにない。


――ここガトーラルコール王国にも、騎士団がある。それは、「陸上師団」「海上師団」「近衛師団」という三つの団に分かれていた。分かれている、というのは、三つが文字通り別の組織として独立しているという事だ。そしてこの『グゼレス侯爵家』は、代々その一つである「陸上師団」の団長職を任されている家柄なのである。

そのため後継者は、聡明でなければならないはず。……なの、だが……


父も認めるように、グラスは見目が良く、大変にもてた。フィナンシェのように誰彼かまわず目を引くというまでは行かないものの、彼の周りには常に女性たちの人だかりが出来上がっている。その事を彼自身、よく理解してもいた。それが自惚れではなく純然たる事実だったからこそ、逆に(たち)が悪い。

グラスには、女性からの好意に対して絶対の自信があったのだ。それだけに、その事に努力をする、という考え方を持ち合わせていなかった。全ての女性は自分に声をかけられる事を待っているのだと思っていた。それは()()フィナンシェであっても、である。それなのに――…。


「……兄上!とにかく、まずは、朝食を完食なさって…ください、ね…っ!」

「――…どうしてだ、フィナンシェ嬢……。僕が迎えに行くのが遅かったからか……?」


ソルベによって捕らえられたグラスは、意気消沈したままズルズルとダイニングへ引っ張り戻されて行く。

……これが、我が侯爵家の現当主……。

その様子に、ソルベとセーグルは呆れるしかなかった。


『兄さんが当主でうちは大丈夫かな、ホントに…。』


不甲斐ない兄を引きずりながら、弟は暗澹(あんたん)たる気持ちになっていた。





―――所変わって、ここは公爵家の一つであるヴァンブラン公爵家。その庭にある藤棚の下に置かれたテーブルでは、この家の第二子にして長女のミルフォイユ・スリズ・ヴァンブランがお茶をしてくつろいでいた。

そこへ、息を切らして走って来る者がいた。

彼はサヴァラン・ミュスカ・ヴァンロゼ。――…ヴァンブラン公爵家の遠縁に当たるヴァンロゼ伯爵家の長男で、ミルフォイユの“許婚”である。


「ミ、ミル……あの話…きい、た…?」

「あらまあ、とりあえずお茶でも…いえ、お水の方がいいわね。持って来て頂戴。」


ゼェハァと息も絶え絶えに喋るサヴァランを見て、ミルフォイユは側にいた侍女に言い付けた。それから彼の方へと、さっきの話の返事をした。


「オードゥヴィ家のフィナンシェ様の事でしょう?もちろん耳に入っているわ。」

「婿を取られるんじゃなく、嫁入りなさるって……。ああー…計画が狂った!僕はどうしたらいいと思う⁇」


走り疲れた事もあるが、サヴァランはその場にがたりと膝を突いて嘆いた。まさに今、社交界でよく見られるような光景だ。

……ただ、彼の場合、その意味は他とは少し違っていた……


「知りませんわよ。そのくらい、自分で修正なさい。」


特段怒るでもなく焦るでもなく。ミルフォイユは落ち着き払って、またお茶に口を付けた。

するとサヴァランは、何か重大な事を決めたという顔をして口を開いた。


「……分かった!僕、伯爵家を継ぐのはやめるよ。…よかったぁ、まだ爵位を譲られる前で……。」


ヴァンロゼ伯爵家の後継者はとんでもない事を言い出した。周囲にいた使用人たちは動揺した。しかし、その婚約者は平然としている。


「そう上手く行くかしらね。貴方、乗り越えなければならない事が山ほどありましてよ?」

「わ、分かってるよ……。とにかく僕は、これから()()()()()()()()()()()()()の勉強を始める‼」


決意表明と共に、彼は両手の拳を握り締めた。燃えている。あの気の弱いサヴァランが、珍しい事だ。……そう思ったミルフォイユは、小さく微笑んだ。


「まあ、頑張りなさいな。それと、結果は早く!お願いしますわよ?時間が勿体ないですもの。わたくしが言いたいのはそれだけですわ。」


サヴァランに向けて指を差すと、彼女はそう言い放った。すると彼はにこにことして返した。


「うん、僕頑張るよ!!」


その会話だけをすると、サヴァランはさっさと帰って行ってしまった。使用人たちは非常に困惑して、オロオロとしていた。

――…今の会話を翻訳すると、こうである。『僕、君とは別の人と結婚するよ』『それなら早くして頂戴ね』……。使用人たちが狼狽えるのも無理はない。

そのやり取りを見ていたミルフォイユの専属侍女・メラスも、不安そうな顔をして主に話し掛けた。


「……よろしいのですか?あんな、サヴァラン様をけしかけるような事……。お嬢様の許婚ですのに。」


ミルフォイユは、相変わらず平然とした様子で答えた。


「いいも悪いも、昔からずっっとああだもの。“ショコラ様、ショコラ様”って、耳にたこが出来そうですわ。貴女もそろそろ慣れなさいな。許婚にしても、家同士で勝手に決めた事。破談になってもわたくしは困らなくてよ。それよりも!さっさと決めて頂かないと、わたくしの将来に支障が出てしまうでしょう。そこが一番の問題ですわね!」



――ミルフォイユとサヴァランは、お互いまだ自我も芽生えない頃にはすでに許婚同士となっていた。

まだ“許婚”の意味もよく分からなかった幼少の頃。ある時からサヴァランは、オードゥヴィ家の「ショコラ」に夢中になっていた。

前述の通り、遠縁である自分たち二人はよく一緒に遊ばされていたのだが、その際ミルフォイユはサヴァランから「ショコラ」の話題をされ続けていた。その結果、“許婚”ではあるもののサヴァランと自分が結婚するという未来は描けず、彼女は早い時期からいずれはこの婚約を解消する事になるのだろうと悟っていたのだ。

悲しいとか、悔しいとか。そういう感情は、一切無い。


『フィナンシェ様のお話は正直、わたくしも驚きましたわ。サヴァランも気の毒な事。幼い頃からずっとショコラ様と結婚すると言っていましたのにね。わたくしとの婚約破棄だけでも大仕事ですのに、婿入りの準備までだなんて……。本当に出来るのかしら?』






「ねえお姉様!伯爵様はいつご挨拶に来られるのかしら?」


オードゥヴィ公爵家の屋敷では、ショコラが早くも気持ちを切り替えていた。例の「お義兄様」に、すでに興味津々である。


「さあ?その内、連絡が来るでしょう。」

「お姉様、淡泊ですねえ……。どういう方なのかしら⁇私も早くお話ししてみたいわあ。」


妹はここ最近、ヴェネディクティン伯爵の事ばかりを気にしている。その事に、フィナンシェは少々ムッとしていた。嫉妬だ。それはもちろん、

――()()()に、である。

姉は、可愛い妹を取られてなるものか、という対抗心が抑えられない。


「……やっぱり私、結婚するのやめようかしら……」


フィナンシェはぼそりと呟いた。彼女はまだまだ、そこから抜け出せないらしい……。



そんな姉の結婚が、様々な人間の思惑を乱し交錯させている――。

その事に、この時のショコラが気付けるわけも無かった。

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