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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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66/529

64.見付かってしまったので、

「貴女こそ、こんな所で一体何をなさっているんですか⁉」


イザラのビストロで働いているところをグラスに見付かり、そう問われたショコラは答えに窮してしまった。


「それは…その……」


まさか、“こんな所に貴族の人間が訪れる”などという事があるわけはないと思い込んでいた。…実際、()()()()()()()()自分の事は棚上げにして…

それもそれが知り合いである、だなんて事はどれだけ低い確率だろうか。ショコラは…いや、ミエルやファリヌでさえも、そこまでを心配することはなかった。

()()だったはず、なのに―――


ショコラは、ただただ当惑していた。


――…この旅は、それに出ている事すら口外してはならないことになっている。前回、シャルトルーズへ行った時は別荘地ということで、ばったり知り合いに会ったとしても静養に来ていると答えればよかった。だが今回はそんな回避術がない。しかも、“働いている”ところまでしっかりと見られてしまっている…

誤魔化しようが、無かった。




ショコラは一度吸い込んだ息を止め、一つ吐き出すと心を決めた。


「……お勉強です。」

「お…“お勉強”!?こんな所で⁉一体何の勉強だと言うんです⁇」


訳が分からないグラスは困惑してさらに質問を重ねる。


「社会勉強ですっ!わたくしに足りないものですから。」

「足りないって…そんなもの、必要ないのでは??貴女はご令嬢なんですよ⁉」


グラスの語気は段々と強くなっていった。

その時、近くを人が通る気配がした。ショコラは会話を聞かれるのではないかと焦った。人に見られはしないかと、大通りに面している入って来た方を振り返りながら、隠れるためにグラスをさらに奥へと押し込んで行く。


「だから、静かにしてくださいってば‼」

「す…すみません…」


路地というには狭すぎるそこは、人ひとりがやっと通れるような幅だ。そんな場所では必然的に、二人はかなりの至近距離になってしまう。それなのに向こう側ばかり気にしているショコラは、そんなことはお構いなしにぴったりと自分に寄り掛かってくる…。

否が応でもグラスの鼓動は跳ね上がった。


「そっそれに、なさっていたのは給仕ですよね⁇社会勉強と言っても、そんなことまでする意味はないでしょう。なのになぜ…」


ショコラは、必死に平常心を装ってそう言うグラスの顔をじっと見た。グラスは鼓動の高鳴りを気付かれないようにと、思わず視線を逸らしてしまう。


『やっぱり…普通はみんな、()()思うんだわ…』


「…意味があるかどうかは、今はまだ、分かりません。でも必要な事だとは思っています。――私がいずれ“公爵”になるために!」

「―――…」


真っ直ぐな瞳で見つめるショコラに、グラスは気圧された。ショコラは真剣だ。


…しばらく言葉を失っていたグラスだったが、はっとした。


「――だとしても、今はすぐに王都へ戻られた方がいい!」

「な、なぜですか??」


洗いざらい…という訳にはいかないが、きちんと説明することを選んだショコラはグラスのその、有無を言わせないような物言いに戸惑った。


「なぜって…」


今回、グラスはグラスで他人(ひと)には言えない事情があった…。

“すぐに戻った方がいい訳”――それはここが重要警戒地域の一つだから、と言えば納得させられるのだろうが、相手がショコラといえどそれをばらすことはグラスには出来なかった。


「…()()だから、ですよ‼」

「しんぱい…?」


それは、グラスとしては精一杯の答えだった。

――しかし、それを聞いたショコラの頭に浮かんだのは、グラスの思いとは全く別の事だった。


『……令嬢である私に、給仕の仕事なんて満足に出来るわけがないと()()しているのね……』


ショコラは、今日ビストロで調子に乗ってしてしまった失敗の事を思い返していた。他にも、日々してしまう小さな失敗が脳裏をよぎる…。前向きに考えていても、こういう時に蘇ってしまうのは、深層心理の中でわずかにでもダメージを受けているということなのだろう……。

悔しさが込み上げてきた。


「………嫌です。」

「えっ…?」


ショコラは今度はグラスをキッと睨んで見上げた。


「わたくしまだ帰りません!絶対に‼」

「なっ…いけません!帰りなさい‼」


どちらにも意地がある。引くわけにはいかなかった。暫しの睨み合いが続いた。


「…たしかに、“心配”なさる気持ちは理解できます。でも、どうして貴方にそこまで言われなければならないのですか⁉」

「それは……どうしても、です!」


口火を切ったショコラに問われ、グラスは口ごもった。“例の事件”のことはもちろんあったが、心配なのは、個人的な思いもあったからだ。しかし、何かを言い辛そうにしているその様は、不本意にもショコラの神経を逆なでしてしまった。


「…っわたくしがどこで何をしていようと、侯爵様には関係ありません‼」


ショコラに「関係ない」と言われてしまったグラスは、久々に胸をえぐられた。


「で、ですがショコラ嬢――」

「“ショコラ”じゃありません!私は“シュクル”ですっ‼」

「“シュクル”⁉…って何です⁇」

「…ここでの名です…分かるでしょう⁉どうして意地悪ばっかり…。〰〰〰〰もう、侯爵様なんて大っ嫌い‼」


そう言い捨てると、ショコラは一人走って行ってしまった。





「…ぅわっ!

―――えっ⁉今のって…」


ビストロを出たソルベがいなくなってしまった兄を探していると、急に現れた人物が物凄い勢いで目の前を横切り、驚いて思わず声を出してしまった。――しかも、()()が通り過ぎた瞬間その姿を目で追うと、それはなんとこんな所にいるはずもない公爵令嬢、ショコラのように見えた。ソルベは我が目を疑った。

…一瞬、呆けてしまったソルベだったが、はっとして彼女が出て来た場所へと行ってみた。その隙間を覗くと――…


そこには、探していた兄がいた。…石化したような状態で…。


「兄さん⁉そんな所で何してるの!?それにさっきのって…もしかして、本当にショコラ様だったの⁇」


“ショコラ”に反応したグラスはぴくりと動いた。


「……“シュクル”…だそうだ…」

「え?“シュクル”⁇じゃあ、違ったのか…。」

「……違わない…」

「え??何?どういうこと⁇」

「―――あぁ僕は嫌われてしまった!!」


急に嘆き始めた兄を前に、ソルベは訳が分からなかった。自分が危機的状況を何とか脱している間に、一体何があったというのか…。とにかくなだめると話をさせた。

するとグラスは、憔悴しながらぽつりぽつりとさっきまでの事をこぼし始めた。




「――…そうか、陛下は()()()()をご存知だったのか。だから僕らをここへ送ったんだね。」

「……え?」


グラスは「大嫌い」のショックが消えず、頭が働いていないようだ。


「だから!陛下はショコラ様…“シュクル”さんがここへ来ている事を黙認されてるってことだよ!何かあってもいいように…っていうのは変だけど、僕らを送れば心配ないとお考えになったんだ。つまり、彼女の邪魔はせずに見守れってことでしょ?」

「……じゃあ、邪魔をしようとした僕は、やはり嫌われて当然という事じゃないか!!」


またもやグラスは沈み込んでしまった。

もう、どうしていいのやら…。ソルベは思考を停止させた。


「…………兄さん。とりあえず、仕事しよう……。」


ソルベは店と店の間から兄を引っ張り出した。


「ほら、この後もまだまだ行かなきゃならないところは沢山あるんだよ!立って!」


グラスは腐ったまま、まだ動かない…。仕方なく、ソルベは無理矢理兄を引き摺ると歩き出した。


『…今回はずっと仕事モードなんだと思ってたのに…。勘弁してくれよ…‼』


結局いつものような状態で、ソルベは溜息を吐くしかないのだった。





「――シュクル‼どこに行っていたの⁉心配するじゃない‼」


店内に戻って来たショコラを、血相を変えたミエルが出迎えた。そのすぐ側にはファリヌまで来ている。


「…ごめんなさい…。ちょっとお話しを…」


そう言うショコラの顔は、今にも泣き出しそうな、悔しそうな、何とも言えない顔をしている。


「どうしたの?何があったの⁇」


店の中は、さっきまでの騒然とした空気がやっと落ち着いてきたところだった。



…さっきの()()()()…もちろんミエルは見ていた。そしてその時“食い逃げ犯”に間違われた人物が、ソルベであることに気付いた。――では、さっきまで一緒にいたもう一人は――…

恐らく、グゼレス侯爵なのではないか?という推測を立てていた。


騒然としている最中の店内を見回すと、ショコラの姿もない。…これは、何らかの理由で一緒に出て行った、と見るのが正当のように思えた。ただ、本当にそうかどうかは確信が持てなかったが…

いつの間にか厨房から出て来ていたファリヌも、どうやら同様のようだった。

何にせよ、すぐに店の外へ出て探さなければ…‼


そんなところへショコラが戻って来たので、ミエルたちは一安心したのだった。




――気持ちを落ち着かせたショコラは顔つきを変えると、決意したように言った。


「私、お仕事もっと頑張るわ‼すぐに姉さんたちみたいにはなれないかもしれないけど、ちゃんと頼れるようにはなるから…‼」


ミエルとファリヌは顔を見合わせた。…一体、何があったのだろうか…。一言も発しなかったが、お互いが言わんとしている事は通じた。


「――ほらほら、そんなとこに固まってないで!仕事が溜まってるわ‼…って、私が言えた義理じゃないけど…。」


パンパン、と手を叩いて、カイエが三人に声を掛けた。


「分かったわ!」


ぱっと笑顔に戻り、ショコラが答えた。

しかし持ち場へと戻って行く中、その顔には気迫がこもっていった。


『…いつか必ず、鼻を明かしてみせるわ!それから“参りました”って、言わせるんだから‼』


――…そして、グラスの思いとは別の方向へと情熱を燃やしたのだった。

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