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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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62.みんなそれぞれ忙しいので、

ショコラたちが王都を発って数日後、陸上師団の特別任務班もそれぞれの派遣先へ出立を命じられていた。


イザラへと送られたグラスの班は弟・ソルベの他、三人を加えた計五人で編成されている。


今回の“特別任務”は“極秘任務”であり、陸上師団の下部組織・警邏(けいら)旅団ですら、一部上層団員にしかそのことを知らされてはいなかった。それも、何人の師団員が、誰が、いつ、どこに行くかは一切の秘密だ。あれだけ周到な犯行を行ってきた者たちに、「いつもと違う」空気を気取(けど)られないためには必要な事だった。

――そのため、特別任務班は一般旅団員たちにも気付かれないよう、変装は必須事項となっている。旅人や流れ者を装ったり行商人を装ったり、班ごと揃えるところもあればそれぞれが別々のフリをしたりと工夫も肝心だ。


しかし大変なのはそんなことよりも移動手段だ。いざという時のために帯剣しているため、普通の馬車を使っての移動には神経を使う。市井の人間が剣など持っている訳はなく、一般人を装いながら荷物にそれがある事を知られては、怪しまれて最悪騎士団を呼ばれかねない。そうなってはせっかくの作戦も意味が無くなってしまう…。そこで、“普通の馬車”を移動手段に選択すると、剣を剣に見せないよう厳重に細工する事も必要になってくるのだ。

そこで馬車よりは他人の目が少なく帯剣を誤魔化しやすい、各自馬に乗っての移動を選ぶ班も多かった。グラスたちの班もそうだ。


さらに、各班の出発は一斉ではない。遠方の班は指示が降りてすぐに、近場の班ではまだ出発すらしていないところもある。周囲に異変を感じさせないように、早朝や深夜に出て行くところもあれば、日中堂々と旅行に行くフリをして出て行くところ、と様々だ。

グラスやソルベたちは、変装をした上で、まだ夜も明けない薄暗い内に出る事を選んだ。




「――それにしても、全く気付かれませんね。()()。」

「当たり前だろう。そのための変装だ。」


ソルベを始めとした同行の四人は、旅人の格好をし、それに眼鏡を掛けたりと普段の様子に少しの手を加えてぱっと見を分からないようにしていた。…一方のグラスは、と言うと――…


旅人の格好をした上、いつもは風にさらさらと美しくなびく髪を、わざとグシャグシャにしてもっさりとさせると前面に下ろして目を隠し、鼻から下は付け髭で覆ってむさくるしい状態にした。若く美しく洗練された、かの有名な「グゼレス侯爵」どころか、もはや年齢すらよく分からない…

“怪しくない”の窓枠からはみ出しているものの、そこから落ちはせずに片手で辛うじて掴まっているような出で立ちに仕上がっていた。


ここまで三日、変に急ぐことなく進みいくつかの中継地点で休憩を取ってきたが、それがグラスであると気付かれたことはただの一度もなかった。そんな素振りもない、というよりも、若干遠巻きにされているような気がするくらいだった。



「いよいよイザラに入りますね。」

「ああ。その前に、その喋り方をどうにかしておけ、ソルベ。お前たちもだ。」

「はい!!!あ…“うん”(?)…いや、“分かった”(??)……じゃないか、“おう”!?」


この任務の指揮を執り、次期団長でもある上司・グラスを前に、どう答えて良いのか三人の班員たちは混乱していた。


「みんな、普通でいいんだよ、普通で…」


見かねたソルベが三人に声を掛けた。


「…ソルベ、あいつら大丈夫なのか?」

「大丈夫だよっ!」


さすがのグラスも少し心配になった。

だが、そこはグラスたちと同じ班に配属された団員だ。優秀に決まっている。彼・彼女らは一般から上がって来た騎士と子爵だが、能力は折り紙付きだった。



――そうこうしているうち、五人はイザラの市街地に入った。


「……ずいぶん賑わっているな…。イザラはこんなところだったか?」

「ああ、ここ最近、イザラ伯爵が街づくりにかなり力を入れてるらしいよ。兄さんが前に来たのはいつ?」

「三年くらい前か。」

「だったら、相当変わってるよ。僕が通るたび色々増えてたし。」

「そうか…。」

「それと、僕らが根城にするのはこの先の街だよ。そっちはもっと栄えてるから。」


通りを馬に乗って抜ける間、グラスは手早く周囲を観察した。


『…店の数もずいぶん多いな…。この先の街はもっとという事か?これは警戒も骨が折れる…。陛下はそれをご存知で、この班にイザラ行きを命じられたのだろうか…。』



グラスたちが根城とする街へ入る直前、軽く段取りの確認をするため五人は一度馬を降り、人目を避けた場所に集まった。


「――ここから先は、さらに人数を割って三手に分かれて行動する。拠点の場所は確認してあるな?遅くになってから、そこに集合だ。後は事前の打ち合わせ通りに。解散。」


グラスの話を聞き、ソルベたち四人は頷いて返事をした。

そして、グラスとソルベ、他三人の班員の内、カップルを装った二人と単独行動の一人という三手に分かれ、銘々の思う方へと去って行った。


「じゃあ、僕らはどうする?」

「そうだな、とりあえずはさっきの街に戻ってみるか。根城方面には他に行ったのがいたし…。大きい街なら明日にした方がいいだろう。」

「そうだね。もう夕方近くかぁ。どのくらい回れるかな…。」

「まあ、調査は一回きりじゃないからな。そう無理する必要もない。」


グラスとソルベは来た道を少し引き返すと、程よい場所で乗って来た馬を預け、徒歩で街を見回る事にした。


出発する前の打ち合わせでグラスの班では、飲食から日用品に至るまで各店を回り、今回の事件の被害者となりそうな者に目星を付ける事にしていた。そしてその人物を重点的に見張ろうという計画だ。もちろん、当たりを付けるのは一人という訳ではなく、最大で班員の数と同じ五人、他にも気に掛ける必要があれば適宜対応…という事になっている。


旅人に扮した二人は、早速手近な店から調査を始めた。

目立たないように大人しく、品物やメニューを物色するフリをしつつ、目では(くま)なく店内や店員の様子を探っていく………。




「あ―――…。色々見過ぎて、頭痛くなってきたな…。」

「じ、実は僕も…。人とか物とかに酔ったかも…。やっぱり少し、休むべきだったんじゃ…」


移動疲れを押して調査を始めたことが仇となったのか、しばらく経った頃グラスとソルベは兄弟揃ってあえなく撃沈寸前となっていた。


「今日はこの辺で切り上げるか。拠点まではまた移動もしなきゃならないしな…ええと、何て街だったか?」

「“ヴェール”だよ。」

「…よし、ヴェールへ向かおう。」


青い顔をした二人はよろよろと、馬を預けた場所まで歩き出した。









―――この日も、夕食を済ませたショコラはさっさとベッドへと入ってしまった。王都の屋敷では晩餐の後もしばらく、お茶をしたり会話をしたりと就寝まで時間が掛かっていたのだが、これがここイザラでの生活リズムとなっていた。


「…今日、ショコラ様はいかがでしたか?」


これも、ここでの恒例となったファリヌとミエルによる情報交換の時間だ。


「はい、いつも通りお過ごしでしたよ。小さなミスはありましたが、問題ありません。――…あ、そうだわ。今日は少し、面倒な事があって…」


ミエルは昼間の出来事を思い出し、話し始めた。



「――ああっやだ、食材が切れそうになってる!ねえシュクル、悪いんだけどお使いを頼める?」


それはまだ昼のピークの時間帯が終わり切る前の事だった。皿の溜まった厨房の手伝いに入っていたカイエが、ホールにいたショコラに声を掛けた。


「“お使い”⁉行きたいっ‼」


“お使い”などという()()()()()()()に、ショコラが目を輝かせないわけがなかった。しかし、焦ったのはミエルだ。


「じゃ、じゃあ私も…」

「ちょっと、何であんたまで行くのよー?ミエルにはホールにいて貰わなくちゃ!」

「でも、シュクルを一人で行かせるなんて!」


ミエルのその言葉に、カイエは心底呆れた顔をして溜息を吐いた。


「…シュクルはもう17でしょ?“一人で行かせられない”なんて、過保護が過ぎるわよ…。そのくらい、7歳の子だって問題なく行って来るわよ!」

「そうよそうよ!私だって、お使いくらい行けるわ!」


ショコラはぷりぷりとむくれながらカイエに同調した。カイエの言う事は正論だった。“普通の17歳”に対して、は――…

だが、ショコラは違う。一般庶民・シュクルのフリをしていても、本当の彼女は公爵令嬢なのだ。万が一、億が一にも何かがあってはならない。

…しかし、そんなことを話すわけにもいかず、ミエルは困った。


「じゃあ、私が一人で行って来るわ!」

「シュクル一人じゃ、この時間のホールは難しいわよ!だからお使いの方を頼んでるんじゃない!」


たしかにそうだった。普通に考えるなら、自分もそうする状況だ、とミエルは思った。ならば、どうすれば――…。その時、別の方向から声が掛けられた。


「それなら、僕がシュクルについて行ってあげるよ。お姉さん。」


振り向くと、それはそう、()()フォユテだった。



「……ちょっと待ってください。まさか、彼と行かせたわけでは…」


ミエルの話の途中で、ファリヌは思わず口を挟んでしまった。


「まさか‼そんな事、させるわけありません!!」


ミエルは焦って否定した。そして、話の続きを始めた。



「あらっ本当⁉助かるわ~!」


フォユテの申し出に、カイエは乗り気だ。ミエルは焦った。


『そんな事になったら、ファリヌさんが何て言うか…‼』

「だっ駄目よそんな!お客様なんだから!」

「僕は構わないよ。お使いって何?うちの店で買うなら、サービスしたっていいし。ねえ、シュクル?」


フォユテはショコラに近付き、微笑みながらその顔を覗き込んでいた。

あそこに割って入らなければ…ミエルがそう思った時、カイエが彼女の腕を引いてひそひそと話し掛けてきた。


「いいじゃない、フォユテがいいって言ってるんだから!邪魔しないの!それに、考えてもみなさいよ。もしこのままシュクルが彼に気に入られたら…玉の輿よ⁉玉の輿‼」



「“玉の輿”……こちらは()()()()()なんですがね…。」

「私もそう思いましよ‼でも、そんな事言えるわけないじゃないですか!」



「シュ、シュクルにはそんなのいいのっ!」

「あら~ミエルったら、羨ましいの?ダメよー、妹のチャンスを潰すような事しちゃ!」

「違うわよ!…それに、玉の輿ならカイエが目指せばいいでしょう?」

「私はこの店があるもの。婿志望よ!ていうか、年下はちょっとねえ。やっぱり年上の方がいいわ!」


“誰か”を思い浮かべているのか、うっとりとしながらカイエは言った。


「〰〰〰っ分かったわ‼じゃあ、買い物はカイエが行って来て!!その間私がホールと厨房、両方に入るわ‼カイエは色々詳しいもの、私たちより短時間で戻れるでしょ⁉」

「え?ま、まあ、そうだけど…」

「じゃあ決まり!はい、カイエはさっさと行って来る‼大急ぎ‼」


ミエルは勢いに任せてカイエの背中を押し、半ば強引に買い物へ出した。


「さあ、シュクルはホールの仕事に戻って!ほらほら!貴方も、お気遣いありがとう。」


有無を言わせずにっこりと笑ってミエルが言うので、フォユテは大人しく引き下がるしかなかった。

一方、初めての“お使い”に行けなかったショコラは、不満顔で仕事に戻って行ったのだった…。



「――という事があったわけです。」


ミエルが話し終わると、ファリヌは深く息を吐いた。


「…とりあえず、よくやりました。ご苦労様です。これからもこの調子でお願いしますね。しかし、また来ていましたか、彼は…。」

「ええ。それにファリヌさんがお店に来ていない日は、いつもより長居していると思いますよ。」


ファリヌはそれを聞くと、今度は嘆息を漏らした。


「……それにしても、本当に困りましたね…。こんな所でおかしな虫を付けるわけにはいきません。」


そう言うと、ファリヌは顔の前で手を組んで考え込んだ。


「どうにかしないと…」


こういう事態も、ファリヌはもちろん予想をしてはいた。ショコラ本人や、絶世の美女を見慣れ感覚の狂っている屋敷の者たちと同様のミエルは、どうかは分からないが…。

だからこそ化粧もやめさせ、素朴なままでいさせたのだが、それでも“足りなかった”という事だろうか…。気付かない内に、自分の感覚も狂い始めているのかもしれない、とファリヌは思った。


懸案事項がまた一つ増えた事に、ファリヌは頭を痛めるのだった。

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