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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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59.知らない方がいい事もあるので、

「明日も王宮へ来るようにとのご命令ですか?」

「ええ、シャルロット殿下が私をお待ちなのですって。汚しても構わない服を持って来るようにとおっしゃっていたわ。」


王宮の夜会から帰って来たショコラは、お茶をしながら一息ついていた。そして、国王・ガレットデロワに挨拶をした際の事をファリヌとミエルに話していた。


「では、お着替えをなさるのですね?お世話はどういたしましょう…。付き添いは可能なのでしょうか?」

「待機部屋を用意してくださるそうよ。」


…久しぶりのゆったりとした時間だ。懸念していたファリヌとミエルの仲もようやく戻ったようで、ショコラは心底安心していた。今日からはぐっすりと眠れそうだ。

次の日の予定が決まっていることもあり、それから早々にベッドへと潜った。



――翌日になり、支度を整えるとファリヌが御する馬車にミエルも乗せ、ショコラはまた王宮へと出掛けて行った。




「お待ちしておりました、オードゥヴィ公爵令嬢ショコラ様。陛下がお待ちです。まずは謁見をなさって頂きますよう。付き添いの方はこちらへ。」


王宮へ着くと近衛師団の中でも上位と思われる騎士がショコラを迎え、ガレットデロワが待つ部屋まで案内された。外では馬車と共にファリヌが待機し、ミエルは女官に連れられ別の場所へと案内されて行って、三人はばらばらとなった。


――そういえば、とショコラは思った。王宮へは夜会に出席するために来たことしかなく、知っているのはいつも使われているホールと、そこまで続く長い廊下のみだ。それ以外の場所へは初めて足を踏み入れる。

オードゥヴィ公爵家の屋敷も大きく立派なものだったが、王宮はやはり、何かが違う。“立派”という言葉だけでは言い表せないような荘厳さというか…壁一つにしても、畏怖の念を感じた。

はしたないとは思いつつも、ガレットデロワの元まで辿り着くまでの間、あちらこちらをキョロキョロと見回してしまう。



「おお、ショコラ嬢!よく来た。」


ようやく謁見の間へと入ると、中は思っていたよりも広く、立食パーティーくらいならば十分できるのではないかと思うような場所だった。

入り口からは長い絨毯が敷かれ、奥の中央にある椅子にはガレットデロワが座している。その向かって右隣には近衛師団団長のヴァシュランが、さらに逆の左隣には…ショコラにとって初めて見る人物が、それぞれ立っていた。


「陛下、ご機嫌麗しく存じます。ショコラ・フレーズ・オードゥヴィでございます。只今参りました。」

「よいよい、堅苦しいのは。夕べ既に済んでおる。」


夕べの夜会のように丁寧に挨拶をしたが、今日は他に人があまりいないせいか、シャルトルーズで会った時のようにガレットデロワはフランクな様子だ。


「……陛下、今は公務時間でございます。威厳をお持ちくださいますよう!」


やはり、いつものようにヴァシュランがそれに噛みついた。


「わーかっておる!おい、サントノーレ。小うるさいヴァシュランを連れて、そなたも少し下がっていろ。話の聞こえぬ所までだ。」

「…よろしいのですか⁇」

「人払いだ、人払い。」

「では、仰せの通りに…。参りましょう、シードル侯爵。」


“サントノーレ”と呼ばれた男とヴァシュランは、渋々その場から離れ、壁際へと歩いて行った。

見たところ、“サントノーレ”はガナシュよりも少しばかり歳が上のようだった。


「そうか、ショコラ嬢はあやつと初めて会うのだな。あれは宰相のサントノーレ・アニス・ヴァンジョーヌと言って、そなたの父と同じ公爵だ。私の側近で補佐をしている。ここに来れば、また会うこともあるであろう。覚えておくといい。」


ショコラのサントノーレを追う視線に気付いたガレットデロワは、簡潔に彼についての説明をした。


「――さて!それで、どうだ?旅の方は。最近また出ているのであろう。昨日あの場では話せなかったからな。聞かせておくれ。」


たしかに、あの大勢の人々がいる中で“お忍び旅”について話をするわけにはいかなかった。…だから、あの時はあんなに短い挨拶で終わったのか、とショコラは思った。


「はい!陛下。今回は本格的な旅ですので、私にとってはとても濃い内容になっていると感じております。屋敷にいては決してすることの無い経験をさせていただいておりますわ。」

「ほう。して、どのような経験なのだ?」

「実はわたくし今、街のビストロで給仕として働かせていただいておりますの‼」


目をキラキラとさせて、ショコラは言った。


「はたらいて、おる、と…?」

「ハイ!!」


ガレットデロワはきょとんとして、自分の耳が間違っていないか確認した。


「…よもや、公爵の指示…では、あるまいな…?」

「もちろんでございます!むしろ反対されることが目に見えておりますので、当然父には内緒にしておりますわ。」


胸を張ってショコラは答えた。…ここまでくると、ガレットデロワはもはや堪えられなくなっていた。


「……ブッ…アハハハハハハハッ‼…ヒィ、ヒィ……ちょ…っと、待って、くれ……」


椅子のひじ掛けを思い切り叩き、それでは足らず腹を抱え身をかがめ、ガレットデロワは今にも椅子から転がり落ちそうになりながら悶え苦しんでいる…。


「陛下!?一体どうなされたか…⁉」

「…問題ありません、ヴァンジョーヌ公。恐らくは公爵令嬢が、何か陛下の壺にはまることでもおっしゃったのでしょう。以前シャ…ゴホン、()()()()でも同じ事がありましたので。」

「そ、そうですか…」


そう言われても、遠くからでも分かる程の爆笑にサントノーレは困惑していた。


…しばらくして、ガレットデロワはやっと落ち着きを取り戻した。息を整えつつ椅子に座り直すが、その姿は戦いを一つ終えたかのように消耗しているように見えた。


「……すまぬ。相変わらずそなたは実に愉快だ。わざわざここに呼んで正解だったな。…給仕の労働…ククッ…それはさすがに私もしたことが無い。考えたこともなかった。上を行かれたな!」

「いえ、とんでもございません!」


褒められているのにそうでもないような、さらにはそれに対する謙遜、とよく分からない会話だった。


「しかし、それを知った時の公爵の顔…想像するだけで笑いが止まらんな。」

「ち…父に知られるような事は、どうかご勘弁を…!」

「分かっておる。良い勉強になっているであろうことは、そなたの顔を見れば分かる。邪魔をするような真似はせぬよ。これからも存分に励むが良い。」


既にガナシュに知られているという事など思いもしないショコラは青くなったが、一安心した。



「――…それで、だ。」


すっかり落ち着いたガレットデロワは椅子に深く腰掛けると、おもむろに口を開いた。

先程までとは、空気が少し変わったような気がした。ショコラは思わずごくりと唾を飲み込んだ。


「ショコラ嬢の旅先とは、何処なのだ?」


…ガレットデロワの口から出た言葉は、その一言だけだった。


「旅先、でございますか⁇」


少しばかり重くなった空気の中で、一体何を聞かれるのだろうかと思ったショコラだったが、それがまさか“旅先”だとは…。何か、拍子抜けした気分になった。


「――イザラ領…ですが…?」

「イザラ‼…そうか、イザラ…イザラか…。」


ショコラから場所を聞いたガレットデロワは、何か思案顔で幾度もそれを呟いている。


「…あのう、陛下…わたくしの父からは何も聞いておられないのですか?」

「おお、それがだな、何度聞いても教えてくれぬのだ!()()私が聞いておるのにだぞ⁉のらりくらりと(かわ)しおって…全く公爵の奴め、口の堅い…。」


一瞬、それも言ってはいけない事だったのだろうかと思ったショコラだったが、父は国王にまで秘密を貫き通す程の厳格さを持っているのかと感心した。


「それで仕方なくなって、ではショコラ嬢に直接聞くより他あるまい、とそなたを“呼び出した”次第なのだ。」


やれやれといった仕草で、ガレットデロワはそう明かした。

だが…それを聞いたショコラは一瞬思考が止まり、気が遠のいた。プルプルと震え、血の気が引いていく感覚を覚えた。


「あ…あの…。へいか…。もしかして……」

「何だ?」


ショコラは必死に正気を保って、恐る恐る聞いた。


「昨日の夜会は…()()()()()()に……?」


ガレットデロワはにやりと笑った。


「――聡いな。ショコラ嬢、これは、他には内緒だ。」


少年のように悪戯っぽく口の前で人差し指を立て、そう言う国王を前に、ショコラはまたも意識が飛びそうになった。

“異例の時期の夜会”――それは、自分を遠方から呼び出すため「だけ」に催されたものだった…。ここまでの大胆なやり方は、さすがのショコラでさえ考えつかない。規模が大きすぎる…。それに巻き込まれてしまった出席者たちの事を思うと、内緒と言われずとも、とてもではないが誰かに話そうという気にはならなかった。


『な…何という豪腕…。皆さんに申し訳なくて…どこに謝ったらいいのか分からないわ‼』


ショコラは、“この国王に逆らうとどうなるか”を心に刻んだ。


「よし!これで話は終いだ。では行くがよい。シャルロットが待ちかねているのは本当だ!」



…聞かなければ良かった…。頭をくらくらとさせながら、ショコラはガレットデロワに頭を下げ謁見の間を出たのだった。


その後、今度は女官に案内されミエルの待つ待機部屋へと行くと、そこで一度着替えをした。それからまた同じ女官に連れられ、王女・シャルロットの待つ場所まで向かった。




案内されたのは王宮の奥、恐らくシャルロットが普段生活している所にある、小さな中庭だった。その真ん中に円形の場所があり、その側には王妃・マカロンと数人の女官たち、そしてシャルロットが何やら道具を用意して待っていた。

姿を見せたショコラに気付くと、シャルロットは嬉々として駆け寄って来た。その勢いのまま飛びついてくるかと思ったが――…ショコラの前まで来ると立ち止まり、短いスカートの端をつまんでちょこんとお辞儀をした。


「ご、き、げ、ん、よ、う。

よ、う、こ、そ、い、ら、しゃ、い、ま、し、た!

ちょ…しょ…しょこら‼」


棒読みというより、意味も知らずに覚え込んだであろう挨拶を、シャルロットはしてみせた。


「ま、まあ!ご挨拶が出来るようになられたのですか‼」

「うん!!すごい??」

「まあ‼ご成長されていらっしゃるのですね、殿下!すごいです!」

「うふふぅー!!」


感動したショコラに褒められ、シャルロットは大層ご満悦だ。

そこへマカロンもやって来た。


「ええ、そうなの。あれから自分も勉強すると言い出して。きっと感化されたのねぇ。ふふ、ショコラ嬢のおかげだわ。」

「お勉強を?ご自分からなのですか⁇このお歳で、ご立派ですね‼素晴らしいですわ!」

「そおなの。ちゃる…しゃるもいそがしいのよ!」


シャルロットはえへんとばかりに胸を張った。さらに、舌足らずだった発音にも気を付け始めたようだ。…それには少し、ショコラは寂しい気もしたのだが…


「あのねぇ、きょおはおすなばあそびするのよ。こっちきて!」

「“お砂場遊び”ですか?」

「最近、シャルロットは砂遊びに夢中なのよねえ。」


ぐいぐいとシャルロットに手を引かれ、円形の場所へと向かう。あれはどうやら“砂場”だったらしい。


「はい!」


砂場の前に着くと、シャルロットが小さなバケツとスコップをショコラに渡した。…しかし、それを渡されたショコラは戸惑った。


「……殿下、お砂場遊びとは、どうしたらいいのですか⁇」


シャルロットは一瞬、動きが止まった。


「え――っ、ちょこら、おすなばあそびしらないのー!?」

「すみません…わたくしの屋敷には砂場がありませんでしたので、したことが無いのです。」

しょうがない(ちょーがない)なあ。じゃあ、ちゃ…しゃるがおしえてあげるわ!」


そうして、シャルロットは得意気な様子でショコラに“砂遊び”を教授したのだった。


…山を作り、トンネルを掘り、水を流して川を作った。バケツに入れた砂に水を混ぜ押して固め、ひっくり返して土台を作り、城も作った。それから泥だんごを作り、お茶会ごっこをした。


シャルロットに負けず劣らずショコラも夢中で砂遊びに興じ、二人は泥だらけになって遊び続けた。




―――日も傾いた頃、シャルロットもだいぶ遊び疲れてきたようだ。そろそろ帰ろうかと思ったショコラがハッと気付くと、自分の格好はとても人前に出られるようなものではなくなっていた。


『何だかとんでもない事に…!陛下が昨日、ああおっしゃってくださらなかったら、大変な事になっていたわ…。』


「お帰りになる前に、どうぞ湯浴みをなさって行って。」


くすくすと笑いながら、マカロンが言った。


「すみません…。ご厚意、感謝申し上げます。」


赤面しつつ、ショコラはその申し出を有難く受け取ったのだった。

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