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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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58.目指す場所は同じなので、

―――遡ること数時間。

ショコラと今回のエスコート役であるクレム、そして両親である公爵夫妻は、それぞれの馬車に乗って王宮の夜会へと出掛けて行った。それを家令のオルジュやファリヌ、ミエルたち使用人が屋敷の玄関前に出て見送った後の事だ。


「ミエル。少しいらっしゃい。」


それぞれの持ち場へと戻って行く人々の中で、ミエルを呼ぶ者がいた。ショコラの母・マドレーヌの専属侍女で侍女長のブリゼだ。

ブリゼは人気のない所までミエルを連れて行くと、静かに話し始めた。


「なぜ貴女を呼び止めたかは分かりますね?」

「…はい、先程の…ショコラ様のご命令の件ですね。」

「ええ、そうです。分かっているのなら、多くは言いません。」

「はい…。」


ミエルは言葉少なに答えた。その顔は、困ったような逃げ出しそうな…煮え切らない表情をしている。その様子はブリゼの気を揉ませた。


「ミエル、私は貴女のことは生まれた時から知っています。少しそそっかしいところもある貴女が、養成学校で立派に学びここへ戻って来て、今ではショコラ様の専属侍女にまでなりましたね。旦那様から直々に取り立てて頂いた時には、私もどれだけ嬉しかった事か…。」

「……」

「貴女はいずれ、私の後に侍女長となるのですよ。何があったのか詮索はしません。でももう少し、大人にならなければね。」


ミエルは黙ったまま、こくりと頷いた。


「さ!では、残りの仕事は他の者でしておきます。貴女は出掛ける支度をなさい。街まで行くのでしょう?ここは王都なのだから、ショコラ様に恥をかかせるような格好などしてはいけませんよ。どこで誰が見ているか分からないのですからね。」

「ありがとうございます、ブリゼさん…。」


お説教が終わるとブリゼに背中を押され、ミエルは自室へと戻って行った。



――イザラでの一件以来、ミエルとファリヌは事務的な会話ばかりでまともに話をする事がなくなっていた。

お互い表面上は穏やかにしていたが、どうもぎくしゃくして上手く話せない。


『……私が悪いということは、分かっているのに…。』


失言と、それに続く売り言葉に買い言葉…。全ては自分のせいだ。謝ろうと思っても、どう切り出したものか、そのきっかけが掴めない――…。

そんな時に降って湧いたのが、ショコラからの命令だった。いや、ショコラからすればそれは必然だ。

とにかく、この機を逃せば本当に修復は出来なくなるだろう。


『ファリヌさんは厳しいから、私に呆れていて許す気はないのかもしれない。もしそうだったら、どうしたらいいのかしら…。』


溜息が出る。気が重い。

話をして謝れば、事態は好転するかもしれない。だが、そもそもすでに見限られていれば、話をしても意味はないのかもしれない…。期待と不安とがミエルの中で交錯していた。




「――では二人とも、気を付けて行って来なさい。」


日も暮れた頃オルジュに見送られ、ミエルとファリヌは連れ立って出掛けて行った。


王都はやはり、イザラに比べて街が洗練されている。華やかで洒落た通りを行き交う人々も、階級が高い者が多いせいだろう、みな品が良い…と言えば聞こえはいいが、その実ツンと気取っているように見える。居心地は、イザラの方がいいようにミエルには感じた。


歩いて行くうちに、段々とミエルはファリヌの少し後ろを付いて行くようになっていた。ファリヌの足が速いから、というよりも、隣を歩くにはいくらか気が引けてしまっていたのだ。

屋敷の敷地を出てからお互い、何も話さないまま気まずい時間が続いていた。


「――…どこか、希望はありますか?」


不意に、ファリヌが前を向いたまま尋ねてきた。


「あ――…。いえ、私はあまりそういう所は詳しくないので…全てお任せします。」

「そうですか。」


…そしてまた、沈黙の中を行く…。


長いような、そうでもないような時間を歩き、とある店の前でファリヌが立ち止まった。


「ショコラ様と旦那様がああおっしゃっていましたから、それなりの所を選ばねば逆に失礼になりますね。今日はお言葉に甘えて、贅沢をさせていただきましょう。」


見上げた店は、たしかに一目で高級と分かるような佇まいだ。こんな事でもなければ一生、自分から立ち入ることなど決してなかっただろう。

圧倒されているミエルに、ファリヌがドアを開けて招いた。


「どうぞ。」

「…ありがとうございます。」


店内に入ると席へ通され、メニューを渡される。…中を見れば、自分が場違いであるという事だけがはっきりと分かった。

方やファリヌは…落ち着いた様子で淡々とすでに何か注文をしている。


「適当に頼みましたが、よかったんですよね?」

「はい。」


いつもの通り、スマートにこなしてしまうのは場数を踏んでいるという事なのだろうか…。


「…慣れていらっしゃるんですね。」

「?はい?」

「ええと、その…私はこういう立場になる機会は無かったので…。」


ファリヌは一瞬、何の話だろうかと考えた。


「――エスコートの事ですか?ええ、まあ。実家にいた頃に一通りは叩き込まれましたし、養成学校でも教え込まれていることは貴女もご存知では?」

「あ…ああ、そうですよね…。」


返ってきた答えは聞いた趣旨とは違っていたが、つまり()()()()()()だからなのだとミエルは思った。


「そういえば…我々はあまり、お互いのことは話した事がなかったですね。」

「そうでしたっけ?でも、私はショコラ様程ではないですけどずっとお屋敷の中で生活してきましたし、外は寄宿制の養成学校に行ったことくらいしかないので…あまり話題なんてないですよ。」

「…ある意味、箱入りみたいなものですよね。前から思ってましたけど。」

「うっ……」


見透かされていたらしい。そして、褒められてはいないようだった。


「……悪いとは言ってませんよ。私はどうも、ひねくれているようで。育ちのせいかもしれません。」


ファリヌはばつの悪そうな顔をして言った。ミエルはまた、内心が顔に出ていたらしい。


「ファリヌさんのご実家は、男爵家ですよね?」

「ええ。でも、変わった家でしたよ。執事になると決めた時も、両親は顔色一つ変えませんでした。“お前は家を継ぐことはないから特権意識を持つな”と言って()()の生活をさせながら、同時に貴族の振る舞いも叩き込むような矛盾をしましたし。」

「今となっては役に立ってるじゃないですか。」

「まあ、そうですね。学び舎もずっと庶民的な所でした。…正直、居心地はあまり良くありませんでしたが。どっちつかずの私は扱いにくかったんでしょう。遠巻きにされるか突っかかられるかのどちらかでしたから。」


あまり話したくない事なのだろう、ファリヌは極まり悪さを紛らわせるように、運ばれてきた杯をいじっていた。


「――…そういうわけで、他人(ひと)と上手く関係を築こう思ったことが、今まであまりありませんでした。」


…その瞬間、あの時ファリヌが「そういう事には慣れている」と言っていた意味を、ミエルはようやく理解した。そして、自分が無自覚にそこを突いてしまったのだと悟った。


「こういうことは慣れていないので、上手く言えませんが…。先日はむきになってしまいました。大人げなかったと反省しています。申し訳ない。」

「えっ…!」


まさか、ファリヌに先に謝られるとは思いもしなかった。ミエルは焦った。


「い、いえ、ファリヌさんのせいではありません!謝らなければならないのは私の方で…すみませんでした‼」

「いいえ、怠慢をしていたのは事実ですから。ジェノワーズさんにも(たしな)められました。結果的に、ショコラ様にまでご迷惑をお掛けすることになってしまいましたし。」

「……」


自分が意地になっていたことで、ファリヌまでも怒られることになっていたとは…。ミエルは、自分はあまりにも自分の事しか考えていなかったと猛省した。


「…本当に、すみません。あの時の私は、何というか…焦っていたんです。」

「焦る?何に?」

「その…このままファリヌさんがイザラに残ることになるんじゃないかと…」

「…ちょっと言っている意味が分からないんですが。」


ファリヌは怪訝な顔をしていた。


「カイエさんが…ずっとお店にいてほしいような事を言っていたので…。」

「それはまあ、そう思うでしょうね。自賛ですが、人手不足のところでかなり貢献しましたから。…そんな事を心配していたんですか?」

「…しますよ。」


カイエの事を詳しく話してしまう訳にもいかず、言葉を濁したことで本来の意味が伝わらなかったが、それで良かったとミエルは思った。

そんなミエルの前で、ファリヌはふうと一つ息を吐いて口を開いた。


「――どう乞われたとしても、私が自ら公爵家を辞めることはありません。引きずり降ろされるまでは、居続けます。国の最高爵位である公爵の“執事”が、私の求める場所です。

貴女は、どうなんです?」


真剣な顔つきで、ファリヌがミエルに尋ねた。

“侍女として”、その覚悟を問われている。ミエルは姿勢を正した。


「…私もです。自分からショコラ様のお側を離れることなんて、絶対にしません‼」


ミエルの答えを聞いたファリヌは表情を緩めた。


「…何だ、それなら目的は同じじゃないですか。」

「同じ…?」

「そうです。ショコラ様を立派な公爵となるよう育て上げ、お支えするという。つまり、“同志”という事ですよ。」


“同志”――それは、対等だと認められたのだと、ミエルにも分かった。少し、複雑な気持ちではあったが…

余計な考えが浮かびそうになり、ミエルは自分の顔を叩いて気合を入れ直した。


「そうですね!私たちは同志です‼これからも、よろしくお願いします!」


ミエルは手を差し出した。

ファリヌは少し驚いたが、くすりと笑ってその手と握手した。


「さあ、これから大仕事ですよ!何せ()()ショコラ様ですからね。」

「またそんな言い方を…。でも、いつの間にか認めていらしたんですね。ショコラ様を自分の主人だと。」

「‼……今、一番有力なのはショコラ様でしょう!」


珍しく慌てた様子のファリヌを、ミエルはにやにやとしながら見ていた。



始まるまではあんなに気の重かった食事会だったが、今では出てきた料理の一つ一つをとても美味しく感じていた。そしてこれはきっと、ショコラが食べたかったと言うに違いない、とミエルは思ったのだった。






―――夜遅く、公爵家に二台の馬車が帰って来た。


それが停まるや否や、後ろの馬車からこわばった表情のショコラが急いで降りてきた。


「ファリヌとミエルは⁉」

「ここにおります。」


二人は並んでショコラを出迎えた。


「ショコラ様、慌てて降りられるなどはしたないですよ。」

「ご、ごめんなさい…」

「ファリヌさんたら、もう…。ショコラ様、危ないですからゆっくり降りましょうね。」


それを見たショコラは、ぽろぽろと涙をこぼした。


「ま、まあどうなさいました⁉」

「よ…よかったぁ…」


そのままへたり込んだショコラは、疲れと安心とで感情が決壊したのだった。

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