54.異例の時期の夜会なので、
次期公爵候補として、勉強のための旅先としていたイザラ領から一時帰省をして早五日。戻って来る理由となった王宮での夜会の日が、あっという間にやって来た。ショコラはすっかり支度を整えると、玄関へと向かった。
王宮の夜会は、二度目のお披露目となったあの日以来だ。
「今回はお母様も一緒に行かれるのですね。」
「ええもちろんよ。…まあ、行かなくてもいいものなら行かないけれど。でも今は貴女も出席するようになったから、お留守番が一人というのも寂しいわねぇ。」
架空の選択肢で悩み、マドレーヌは溜息を吐いた。
そこへ、義兄でヴェネディクティン伯爵であるクレムを連れたガナシュがやって来た。
「ショコラ、今日のお前のエスコート役は伯爵だ。フィナンシェが出席出来ないからな。丁度良かった。」
「そうですか…。」
結局、怒涛のような予定の消化に押されて疲れ果てていたショコラは、すぐ側にいるというのに、屋敷に戻って来てからまだ一度もフィナンシェに会いに行くことが出来ないままだった。同じく、向こうからもショコラの元へは来ることが出来ないようだ。
『お姉様…。お加減はいかがなのかしら…。』
母は大丈夫だと言うが、どうしても心配は募っていった。
「!お義兄様、私のエスコートなどしていないで、お姉様の側に付き添っていらっしゃらなくて良いのですか⁇」
「ああ。お医者様も問題ないと言ってくれているし。それに、今日はくれぐれも君の事を頼むと念を押したのは、彼女だからね。」
「そうですか…!」
クレムの言葉に、姉の体温を感じたようでショコラはやっと少し安心した。
さて、王宮へと向かう顔ぶれが揃い出掛ける間際になって、ショコラは居残りとなるファリヌとミエルを自分の前へと呼んだ。
「では行って来るわね。」
「行ってらっしゃいませ、ショコラ様。」
そう言って一礼をした二人に向かって、ショコラはわざとらしく言葉を付け足した。
「ああ、そうだわ!これから私が帰って来るまで、二人には仕事が無いわよね。」
「え?いえ、そういうわけでも…」
「だからね!二人には、私が夜会へ行っている間の時間、暇を与えようと思うの。それほど長い時間じゃなくて悪いのだけど…。そういえば、ちょうど晩餐の時間帯じゃない!それなら二人で街まで行って、お食事でもして来たらいいわ。久々の王都よ?イザラには無いようなお店も沢山あるんじゃないかしら。お代の事なら心配しないで!いつものお礼に、全額お屋敷で出してあげる。少しくらい贅沢したって構わないわ。いいですよね?お父様!」
言い出しかけたミエルの言葉を遮ると、誰にも口を挟ませないよう、矢継ぎ早にショコラはまくし立てた。
「あ…ああ、お前がそう言うならいいよ。」
「ありがとうございます。じゃあ決まりね!どんなお店だったのか、後で教えてちょうだいね。」
有無を言わせずショコラは話を終えた。当然だ。これは“提案”ではなく、ショコラからの“命令”だったのだ。それを理解している二人も周りの人間も、その一方的な話に異議を唱えることはなかった。
ただ、そうは言っても二人がきちんと実行するかまではショコラには見届けることが出来ない。そこで、彼女は他の目のある所でわざわざそんな事をしたのだった。
言うだけ言って、ショコラはクレムの乗る馬車に同乗し出掛けて行った。
「…ショコラ様がああおっしゃっているのですから、出掛けないわけにはいきませんね。」
「そう…ですね…。」
吉と出るか凶と出るか……
――こうして、ショコラは強制的に二人だけで話をさせようと試みたのだった。
これ以上は他人がどうこうしても仕方がない。賭けのようなものだったが、これで帰って来た時には、二人に修復する意思があるのかないのかはっきりとする。もしもの場合は――…ショコラは、今は考えるのをやめた。
「……そういえばお義兄様、この時期に王宮で夜会なんてありましたっけ?」
「う――ん…私も全てに出席してるわけではないから、絶対に、とは言えないが…。あまり記憶にはないな。案内も急だったし、突然決まったような気がするね。」
「そうなのですね。何かあったのでしょうか…?」
ともあれ、王宮の夜会は大規模だ。恐らくはミルフォイユやサヴァランも出席する事だろう。二人にも久々に会うことが出来る。伏せなければならないことも多いが…何を話そうか、と考え始めると、ショコラはわくわくしてきたのだった。
「―――この先の事を考えると、息抜きが出来るのは今日くらいですよ?兄上。」
「そのくらい、お前に言われなくとも分かっている。」
「…そうは見えないんですが…。落ち着いてください。さっきからずっとそわそわなさっていますよ!」
「な…ッ!そわそわなどしていない!落ち着いている‼」
そう言いながら、夜会の会場となる王宮のホールの中で、グラスは入り口の方をチラチラと見ては気にしている。
ここへ来た時からずっとそんな状態なので、この日は何人の令嬢に声を掛けられても、上の空で気のない返事ばかりしていた。すると令嬢たちはつまらなくなるのか、短時間で彼の前を去って行った。こういう光景は珍しい。いつもは丁寧に相手をしているから人だかりが絶えなかったのか、とソルベは納得した。
「たしか兄上は、ショコラ様が参加なさる夜会へ出るのは初めてでしたね?」
「ああ…そうだな。」
『まあ…アナタの場合、いてもその姿が目に入っていたかどうか疑問ですけどね…。それが今となっては――…』
少し前までの兄の状態を思い返し、ソルベは遠い目をした。
「そういえば前にも言いましたけど、前回の夜会では本当にお綺麗でしたよ。こう、ホールへ入っていらした時、遠目に見てもそうでしたが、ダンスの時近くで見ても――……」
隣から熱いような寒いような“気”を感じてハッとしたソルベは口をつぐんだ。身の危険を感じた。
「……踊ったのか?」
「ヘぁ⁉え…ー。ま、まあ……礼儀(?)と、して、は…??」
「踊ったんだな!!」
グラスはソルベの両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「ちょ…やめ…気持ち悪…」
今にもグラスは血の涙を流しそうな形相だ。もう何度目だろうか、ソルベは口を滑らす癖を直そうと本気で思った。
そんな事をしているうちに、ホールの入り口付近が俄かに騒がしくなってきた。大方、オードゥヴィ公爵一家の到着だろうと容易に想像がついた。
入り口に目をやると、やはりそこへ現れたのはまずオードゥヴィ公爵と…
「あ れ?
――今日は奥様を連れていらっしゃっているのか。…まあ、それが当たり前だけど…」
前回はショコラだけを連れて来ていた、という印象が強かったためか、ソルベは今回もそうだと勝手に思っていた。どうやら他の出席者にもそういう者が多かったようだ。それが騒がしくなった要因だったらしい。――が、問題はその後だった。
オードゥヴィ公爵夫妻がホールの中央へと進んで行く中、後方の入り口辺りではさらなるざわつきが起きていた。
何だろうとソルベが思っていると、グラスの視線もそちらに注がれていた。…そういえば、夫妻の側にはショコラがいなかった…。
段々と人垣が割れ、よく見えるようになってきた。そこにいたのはショコラと―――
そのエスコートをしている、ヴェネディクティン伯爵だった。
「この組み合わせは…?」
「フィナンシェ様はどうなさったんだ?」
「…なぜ、伯爵がショコラ様と…⁇」
周りの人々の戸惑いは、もちろんショコラたちの耳にも入っていた。
『ああ…やっぱり…』
ショコラはここへ着くまでの、馬車での会話を思い返していた。
『「お義兄様が連れていらっしゃるのがお姉様でないと分かったら、皆さんがっかりなさるでしょうね…。」
「がっかりだなんて事は…。ただ初め、びっくりはされるかもしれないね。でも後で説明をすればすぐに収まるさ。」』
ショコラは隣を歩くクレムをちらりと見た。すると彼は、『気にするな』という顔をしていた。
『…そうだったわ。こういう時は堂々と背筋を伸ばすのだったわね!』
これまた久しぶりの“夜会”で、やはり少し感覚が鈍っているようだ。(…と言っても、その経験自体がごくわずかだったが…)
ショコラは以前に父から言われた事を思い出し、気合を入れ直した。
前方を見ると前の時と同じく、大階段の上部の玉座に国王夫妻がいて、両親が今まさに挨拶を始めようというところだった。それに続くため、ショコラは義兄と共に先へと進んだ。
「……〰〰〰ナゼ、伯爵がショコラ嬢のエスコートをしている!?」
目の前を、仲良さげに悠然と歩いて行ったショコラたちを見たグラスは、今度はソルベの胸元を掴んで強く揺さぶった。
「僕に言われても…ちょ…やめ…苦し…」
今度のはさすがに理不尽だとソルベは思った。
「……どうしていつも伯爵なんだ…!」
「あれに関しては、“義理の兄”だからでしょ…ゴホッ」
「ズル過ぎる!!許すまじ‼」
激しく歯噛みしているグラスを見てから周りの令息たちを観察すると、彼らも一様に兄と同じ表情をしている。この人もすっかり“普通”だなと思うソルベだった。
「それ、たぶん他の方々も皆思ってますよー!」
「ウルサイ!!」
「夜会では久々にお目にかかれた‼」
「…それにしても、今日も素敵ですこと!」
「いや、ますます磨きがかかったのでは!?」
…初めはどよめきの声が多かったが、集まっていた人々は早くもショコラに魅了されていた。
が、そんな声はショコラの耳には入らない。
「――あら?今日は、陛下のお膝に殿下はいらっしゃらないのですね…」
「うん??私は、そういう光景は見たことがないが…。」
「そうですか…前回はいらっしゃったのですよ。」
少し残念に思いながら、ショコラは大階段を上って行ったのだった。




