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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
四章 当主

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512/519

508.交代するので、

敵うか敵わないか、ではない。戦闘訓練などまともに受けた事も無いが、そんな事は関係なかった。

これまでになく士気の高まった隠れ里の男たちは、止めようにも止められない。果敢にも、兵士たちが待ち受けているであろう皇城の中へ向かい、突き進んでいる。


「《殺して構わん、止めろォーー!!》」

「道を作れェーー!!」


双方の指揮官が叫ぶ。その下に付いている者たちは、みな必死だ。

押し通ろうとする方は、士気の高まった仲間の勢いが凄くて、それに後れを取らず道を開けようとする事に苦心している。片や押し止めようとする方は、兵士として為すべき事と本当にそれでいいのか?という思いとで、若干の惑いの中にいた。


――…とにかく、ジルバーンたちを出来る限り無傷で先へ進ませる。そのためには、剣や槍が彼らに届かなければいい……。

そこに重点を置き、騎士たちは兵士らを退けて行く。やる事が明確な分だけ、その動きには迷いが無い。集団の進行に合わせてそうするのが大変なだけで、活気は騎士の方が兵士のそれを上回っていた。

“反乱軍”は、確実に前進している。


しかし――…。

こちら側にとって想定外な事が、一つだけあった。


『さて……どうしたものかな……。』


剣を交えながら、グラスは考えを巡らせる。


『前回ここを逃げる時に相手をした人物とは、また別の人間のようだが――。』


さっきから相手をしているこの指揮官が、思った以上の実力者だ。外にも一人指揮官がいたが、彼は馬に蹴散らされた事もあってか、他の兵士たちと共に呆気なく捕まってしまった。その不利を除いても、恐らくは目の前にいる彼の方が能力は上だろう。


『皇帝は、城門(ここ)で完全に敵を潰すつもりでいたようだな。』


それが分かる人選だ。

城門の外の兵が失敗しても、扉の内側に強者を配置してそこで片付けてしまおうという――。作戦としては悪くない。


ただ、ここで彼を適当にあしらって先へ進む事は、自分にとってはさほど難しくない。が……それだとこの男は、必ず追って来る。そうすれば、後々仲間を危険に晒す事になるに違いない。それは困る。

理想としては、手足を使えないようにしてやる事なのだが――…


『……っ、甲冑が、邪魔だな!!』


剣を振るいながら、グラスは舌打ちをする。そして、役目を果たしている『甲冑』を恨めしそうに見た。……ああ、こんなところで時間を取られている場合では無いというのに……!

指揮官同士で足止めし合っている後ろでは、仲間たちが今にも城内に入ろうかという状況になっている。


「先に行け‼」


彼は、少し距離の離れてしまった騎士たちに指示を出した。自分が足を引っ張るわけには行かない。


「ええっ⁉アナタ、先鋒でしょ!?」


遠くから、ソルベが呆れたように返す。


「今こちらは取り込み中だ!見れば分かるだろうっ‼」


兄は、もどかしさに少々苛立っているようである。弟は溜息を吐いた。

何だ?あの(ザマ)は。かつて陸師一と謳われたのに、情けない……。騎士を辞めてからはまだそれほど経っていないはずだが、やっぱり少し勘が鈍ったのではないだろうか⁇

ソルベは進行方向とは逆に駆け出し、来た道を戻る。そしてそのまま、兄に飛び蹴りを食らわせた。


「タァーッ!」

「ぐあっ!?」


不意に思い切り蹴られたグラスは、ノーテンラントの指揮官がいるのとは別の方向に飛ばされる。そして、踏み固められた雪の上に両手両膝を突いた。

四つん這いになったままの状態で、グラスは振り向く。


「……何をする!!」

「交代ですよ、交代!先鋒で指揮官は、あっち‼あんたが早々に戦線離脱してどうするんですか⁉」


今までいた位置には代わりに弟が立っていて、先の方を指差していた。


「城内の事は僕らじゃ分からないんですってば!それとも、やっぱりスーズ子爵に切り込み隊長を任せます⁇」


……確かに。この状況では、エウロギアが先鋒を買って出る事になりそうだ。

向こうは敵を中に入れる前に倒すつもりでいたようだから、城内に残る兵士はそこまで強くないだろうと予想するのだが……。裏をかかれていたり、皇帝の警戒心が思いの外強く、中にも実力者を置いている可能性は十分にある。

――…そうだ。それに皇城の中では、クグロフ率いるヴァンルージュ一派と相まみえる事になるかもしれない――。その事を忘れていた!

楽観視するのはまだ早い。


グラスは、雪の上に突いた手をギュッと握った。


「……ここは任せるぞ‼」


立ち上がると同時に、彼は走り出す。そして振り返りもせず疾走し、あっという間に仲間たちのもとに追い付いていた。


「《何という上官だ!自分が手こずった相手の前に部下を置き、あっさり行ってしまうとは……。見捨てられて可哀想に。貴様の命は、ずいぶんと軽いようだ。》」


ノーテンラント兵の指揮官が、代わりに残ったソルベを煽るように口を開く。

可哀想と言ったのは、半分本音だ。ここにいるのは、目の前の敵に背中を向けてしまうような、未熟者……。あっという間に屍になって、時間稼ぎになるのかすら怪しいものではないか。


「……《分からなかったでしょうけど、今ね。あの人、私に“死ぬなよ”とは言わなかったんですよ。》」

「《それは、武人としてのせめてもの情けなのではないか?》」


気休めを言うのは、むしろ酷だ。


「《違いますよ。》」


ソルベはおもむろに振り返ると、彼へと剣を向けた。そしてにこりと微笑む。


「《()()()()()()()からです。》」

「《……言うだけ無駄という事か?》」

「《うーん……。まあ、そんなところですかね。》」


これはたぶん、伝わっていないな。そう思いながら、ソルベは構える。


「《貴方、あの人を大した事がないと思っているでしょう?》」

「《さあ、どうかな。少なくとも、私を遥かに凌ぐようには思えなかったが。》」

「《ははは。本当にねえ!さっきのを見ていて、私もついつい跳び蹴りしてしまいましたよ!》」


交代前の上官よりも弱いであろうガトラルの若い騎士が、剣を構えながらも隙だらけで笑っている――…と思った次の瞬間。ノーテンラント兵の指揮官は、彼を見失う。

……⁉一体、どこに行った……??

兜の窓から、キョロキョロと辺りを見回す。やっぱり、いな――


「…――《だって……その気になれば、貴方は今頃とっくに冷たくなっていたでしょうから。》」


自分のすぐ側から、声がした。指揮官は驚愕する。……いつの間に懐に入られていたのか、と……。そしてそのまま、顎の下辺りから拳で殴り上げられた。


「《!!》」


ガアンという音と共に彼の巨体は宙に浮き、その勢いで後ろに飛ばされる。


「…………ったぁああ〰〰‼……やっぱり、鉄兜なんて素手で殴るものじゃなかったァ……」


あまりの痛さに、ソルベは拳をさすりながら後悔をした。涙目になりながらも、とりあえず手は傷めていないようなので良しとする。

一方で仰向けに倒された指揮官ははじめ、この状況が理解出来ないでいた。一体、何が起こった⁇痛みはないが、兜の中でグワングワンとした音が響き、頭が痺れておかしくなりそうになる。


ブルブルと頭を振り、ノーテンラント兵の指揮官は起き上がった。


「《ど……どうして今、剣を使わなかった?》」


懐に入った時、甲冑の隙間にそれを差し込めばよかったものを……。そうしたら、全てが終わっていたのに。


「《ガトラルの騎士は、極力殺生を好みません。それは、弱い者が苦し紛れにする事ですから。》」


彼は愕然とした。つまりは、交代前も後も、ずっと手加減されていただけの事だったのだ。だから背中だって、平気で向けられる――。

爪を隠した鷹を、鳩と思い込んでいた。そんな自分は、兎だった。


「《……何を甘い事を……。我々は今、戦争をしているんだぞ……》」

「《それも、もう終わりますよ。その後の事を考えると、安易な事は出来ないんです。新たな火種になったら、面倒じゃないですか。》」


その後の事……?結果がすでに分かっているかのような事を言う。しかもそれは、勝者が吐く台詞のようではないか。……どう見たって、状況的に有利なのはノーテンラントクルフト帝国だ。こちらが送った大軍は、そろそろ向こうの国へ着く。

それに対し、たったあれだけの人数で敵の懐へ入り、皇帝の首を取る……?極力相手の命を奪う事もせずに??――…無謀、無謀、無謀過ぎる‼

なのに。


『《……この、脱力感は何だ……?》』


せっかく起き上がったのに、彼はへたり込む。

思い浮かべる事も憚られる言葉が、脳裏をかすめた。――『敗北』――。

違う。そんな事はあり得ない。それを認めるにはまだ、早過ぎる。

ノーテンラントの指揮官は頭で必死に否定するが、本能がそれを悟っていた。


「《――…だとしてもだ!!》」


雑念を振り払うように、彼は大きな声を出す。


「《私が引く事は決して無い‼例え刺し違えようとも、ここで貴様を殺す!!》」


もう一度立ち上がった指揮官は、改めて剣を構えた。ソルベもそれに応える。


「《ですよねえ。いいですよ。私なら、いくら時間を掛けても構わないので。》」


そう、何も急ぐ事は無い。じっくり行こう。中での事は、向こうに任せておけばいい。その場に自分がいてもいなくても、結果にそれほど変わりはないのだから。これは決して厭世しているのではなく、客観的な事実。むしろ、いい意味で言っている。もし間に合うなら、それに越した事はないが。

とにかく。今自分が為すべきは、兄のやり残しを完了する事だ。いつでもそれが、己に課せられた使命である。不満な事もあるが、自ら決めた事ならば案外嫌ではない。


さて、やりますか。ソルベは仕事を始めた。





「……おっそいですよ、先鋒さん‼」


皇城の入り口に集まった兵士たちを退けながら、最後尾を任されているコンフィが文句を言う。


「悪かった!」


仲間たちはすでに中へ入っている。グラスは立ち止まらずに中へと駆け込み、そのまま集団の先頭へ躍り出た。


広い皇城の廊下を、一行は走る。

やはり一階には、ほとんど兵士の姿が無い。そんな所へ置くくらいなら、城門の内か外に配置するべきだ。でなければ、いても意味が無い。

さすがに、城の中には全くいないという事は無いだろうから、後は皇帝の近くで彼を守っているに違いない。


そして、最も警戒すべきは――…


「……《この先は、いつヴァンルージュ一派と出くわす事になるか分かりません‼兵士もそうですが、くれぐれも気を付けて!》」


走りながら、「はい!」と仲間たちは返事をする。

……そのヴァンルージュというのがどんなものか、今一つよく知らないのだが……かなり危ない連中らしいとは、聞いている。隠れ里から来ている男たちは、更に気を引き締めなければと思った。

何せここは、悪の巣窟……もとい、現皇帝の城である。周りを囲んでいるものは、全て危険だと思わなければならない。の、だが……


「《そ……それにしても、えらくキラキラした所だな……》」

「《ま、眩しい……》」


彼らが初めて足を踏み入れた皇城の中は、想像とは全く違っていた。

見た事も無いような素晴らしい装飾や、素人目にも分かる高価な美術品の数々。煌びやかな壁、天井、床――…。そんな物で埋め尽くされている。記憶が確かなら、今いるこの場所はまだ廊下のはずなのに。

思わずポカンと見入ってしまいそうに……いや。敵の姿が無いのをいい事に、走りながらも見入ってしまった。


自分たちは、ここへ何をしに来たんだっけ……??

それすら忘れてしまいそうになるような、非現実的で恐ろしく美しい場所だった。

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