40.グゼレス子爵の苦労は続くので、
グゼレス家の兄弟、グラスとソルベは数人の団員を連れて馬を走らせ、婦女失踪事件の現地調査へと来ていた。
「――旅団の調査によって、一部はその居場所が判明しています。」
「本人の意思による失踪、だな。報告書で確認している。」
「はい、それらは現在、リストからは除外しました。」
ここは、報告があった中でも一番初めに事件があったとされる街だ。
王都からは少し離れていて通常なら三日ほど、急ぎで一日半の場所にある比較的人の往来も多い、賑わいのある所だった。
街の中心には大きな道が通っておりその先はガトラルで一番の大河、舟運の盛んなアントルメ川まで続いている。
“失踪”自体、これまでになかったわけではない。だがここのところ事件性を感じさせる案件が増え、騎士団が捜査に乗り出すことになったのだった。
一行が馬を降りると、その姿を見付けた女子たちがグラスを目指し、あちらこちらから詰めかけてきた。
「グラス様だわ‼」
「うっそ!こんな所まで来てくださったの⁉」
「近くで見られるなんて思ってなかったわ。やっぱりステキ…!」
彼女たちは皆頬を染め、黄色い声と薄紅色の空気を纏わせて押し寄せてくる。大体どこへ行ってもこのような光景が繰り広げられた。そのため、ソルベを始めとした数人の同行者たちはその整理として来たようなものだった。
今日も押し合いになっている人垣の前で、ソルベたちは手を広げてバリケードの役を果たしていたのだが、一人が押し出されて転倒してしまった。
「大丈夫ですか?」
グラスは笑顔で手を差し出し、倒れた女性を起き上がらせると、周りに注意を促した。
「危ないですよ。押さないで。」
「は、はいっ!!」
「でも…ズルい〰〰‼」
一瞬嫉妬でざわついたものの、彼の注意の効果があったのか、とりあえずその場の混乱は少し落ち着いた。
「今日は事件の捜査のために来たのです。皆さん、少しお話をよろしいですか?」
さすがと言うか何と言うか…いつも通り、グラスはにこやかだ。ここ最近の不機嫌を全く感じさせない。群がった女子たちはうっとりとしていたが、同行者たちはその姿に逆にハラハラとして落ち着かなかった。
「もちろんですー‼」
「何でも聞いてください!」
「ちょっと、私が先よ!!」
彼女たちはわれ先にと協力を申し出る。それを見たソルベはハッとして気付いた。
『…たしかに、ここも旅団が一度調査には来たが、その時はたぶん広く人に話を聞いたはずだ。だが、若い女性の事は若い女性に聞け…。彼女たちをここまで集めるのには、兄さんを派遣するのが一番だ。さすが父さん、ただの思い付きじゃなかったんだな…!』
…感心してはいたが、父へのソルベの評価も大概だった…。
そんな事を考えていたソルベを横に、グラスは調査を進めていく。
「グラス様がおっしゃってるのって、例のあの子のことでしょ?前にも騎士団の人が聞きに来てましたけど…。」
「はい、何度もすみません。」
「キャー侯爵様なら、何度でもっ!」
「…何か、思い出したことなどありませんか?」
途中差し挟まれる余計な言葉に苦笑いしながらも、いつもの姿勢を崩さないのはさすがだ。
「彼女、絶対攫われたのよ!」
「なぜそう思われるのです?」
「だって、いつか絶対王都へ行ってお店を持つんだって言ってたもの。」
「そのためにお金を貯めてたって。急にいなくなるなんてありえないわよねぇ。」
「ストーカーじゃない⁉バーで働いてたんでしょ?」
「男ばっかだもんね、あそこ!」
「まあ…美人だったし?」
女子たちは口々に情報やら憶測やらを話し出す。
それらを側で聞いていたソルベは、グラスに耳打ちをした。
「…その辺りは、前回の調査でも上がっています。」
「承知している。
――では、彼女の意思だと思われている方はいらっしゃらないのですね?」
「はいっ!!」
その後もしばらく話を聞き続けると、一行はその場を離れた。
「…今回は個別の案件か、連続事件かの判別をする。よし、お前たちはもう宿へ戻っていい。」
同行して来た団員たちにグラスが指示を出すと、皆驚いた様子だ。
「でも、まだ調査が残っているんですよね⁇」
「後は私とソルベでやっておく。お前たちはゆっくり休んでくれ。」
「また人垣が出来た場合は…」
「これから行くところはその心配はない。むしろ、あまり大人数だと目立つ。では、解散!」
「はい!!」
グラスはソルベを連れ、団員たちと別れた。
そのまま馬に乗り、二人はこれからの予定を打ち合わせた。
「我々はこの後夜になってから、バーへ調査に行く。」
「そこも、すでに一度旅団が行っていますが?」
「話を聞きに行くわけではない。店の偵察だな。服も着替えるぞ。」
「はい。」『すごい…本当に真面目に仕事をしてる…』
やはり兄はこのままの方がいいのではないか?と、ソルベはまた思い始めていた。
そして日が落ち、夕食も終わった時刻になると“普通の”服に着替えた二人は連れ立って、失踪者の働いていたというバーを訪れた。
店内はがやがやと騒々しく賑わっている。グラスとソルベがカウンターに座ると、すかさずウェイターがやって来た。
「ご注文は?」
「私はお薦めをもらおう。そっちには…炭酸を。」
「…酒抜きですね。かしこまりました。」
ソルベは成人しているものの、酒が苦手だった。
ウェイターはソルベの方を、「ここに何をしに来たんだ」という目でじろりと見てから仕事を始めた。ソルベはいたたまれなくて仕方なかったが、耐えるしかなかった。
「――で、具体的に何をするんです?話を聞くわけじゃないなら…」
「うん?まあ、こうして飲みながら店でも眺めようかとね…。」
「はあ?」
そう言うと、グラスは本当に後ろを向いて店内を眺めている。
『真面目に仕事をしていると思っていたのに…僕の感動を返してほしい…。』
酒抜きで酔えもしない炭酸水を飲みつつ、ソルベは呆れながら横目で兄を見た。
「…いい店じゃないか。従業員もよく教育されている。」
「さっきあのウェイター、僕の事睨んでましたけど…」
「ほらご覧。話通り酔った男の客が多いが、女給たちは皆上手くあしらっているよ。」
『今の話無視したな…。』
二人が小さな声で話をしていると、女給の一人が声を掛けてきた。
「お兄さんたち、見ない顔ねえ。あら、いい男!」
「どうも。兄弟旅の途中でね。」
『彼女、兄さんがグゼレス侯爵だとは気付いていないな。…というか、これは話を聞くうちには入らないのか?…』
ソルベは会話には参加せず、ただその話を聞いていた。
「そう、仲良いのね。どちらから?」
「西の方かな。」
「ふふっ言いたくないような所なの?まあ、ここは旅の人も割と来るから珍しくもないけどね。」
「へぇ…変な客とかは?いないの?」
「変な客?いないわよ。いたとしても、悪化する前にオーナーがそいつをボコボコにしちゃうわ。腕っ節が強いのよ、うちのオーナー。」
「――それじゃあ、恨みを買う事もあるのでは?」
話しの流れに、ただ聞いていたはずのソルベが思わず口を挟んだ。
「う――ん…ないと思うけど…。何かあれば、すぐ騎士団に通報するような人だし…。あたしたちのことは、特に気遣ってくれるのよ。話もよく聞いてくれるし。ほら、遅くに終わる仕事でしょ?」
「従業員思いの方なんだね。」
「ええ、だからここ最近は落ち込んじゃってて…見てらんないわ。あ…うちにいた子が、消えちゃって…。そんなそぶり無かったのに…。」
女給は言葉をはばかって、後半は声を小さくした。
「見付かるといいね。」
「ありがとう…。それじゃ、そろそろ仕事に戻らないと。ゆっくりしてってね、お二人さん。」
『兄さんにそれ以上声を掛けないっていうのは、たしかによく教育が行き届いているな…。』
あっさりと仕事に戻って行く彼女の後ろ姿を見送りながら、ソルベは思った。
そして、そこにはまた兄弟二人が残された。
「…他の事案、女性たちは何をしている者たちだった?」
「え?…たしか、看板娘と評判の……。‼皆、何かしら客と接する仕事をしていました。」
「ストーカーではない。が、犯人等は“そこ”でその相手を物色して被害者に目を付けた…。中でも不特定が出入りするここは、手始めとして最適だな。」
「そいつらって、複数とか手始めとか…そんな断定して、いいんですか⁇」
それを聞くと、珍しくグラスが機嫌の悪さからではなく、睨んだ。思わずソルベはごくりとつばを飲み込んだ。
「お前は報告書をちゃんと見なかったのか?特に怪しいとされる事案は全て、失踪に関する痕跡が全く残されていない。おまけに期間もひと月前後で起きている。これは思い付きや単独犯では無理だ。おそらく父さんも同じ見立てのはず。ただ、ストーカー的な犯行の可能性は捨てきれない。それでこの店を偵察に来たが…その線は薄くなったな。これは思っていたよりも、まずい事態かもしれない。」
「そうでしたか…すみません。」
兄の話を聞き、ソルベは自分の浅はかさを恥じて反省した。いつもは“ああ”でも、やはり次期陸上師団団長。事件に対し、きちんと考えを巡らせていた…。
『…僕も、もっと勉強しなきゃな…』
…仕事に関してはこうして、度々ソルベは兄を見直すことがあった。
「―――…でだ!見たか?ソルベ‼今日も僕の周りには…こう…女性たちが集まって来ただろう⁉今までと何も変わらない!僕の輝きが落ちたわけではなかった!!」
「ハイ…ハイ、そーですね…。」
『まただ…完全に酔ったよこの人‼僕が見直した途端これだよ!!』
ソルベがしばらく内省しているうちに、酒の進んだグラスはいつの間にか酔いが回ったらしい。絡みながらくだを巻き始めた。
「なぜ通用しない…⁉」
「?何の事です?」
「なのに……どうして…、…は…あおうとしない…なんで……」
「はい?誰ですって⁇」
「さけるんだぁ‼」
『ああ…フィナンシェ様の事か…。懲りないな、本当に。』
グラスは最早ろれつが回っていない。おまけに話も通じていない…。
せっかくの尊敬も振り出しに戻ってしまったソルベは、酔っ払い相手とばかりに返事も雑になった。
「お相手がいるんですから、当然でしょう!そろそろ、本気で諦めましょうね‼」
「あいて⁉だれだ!?」
「ヴェネディクティン伯爵ですよ!」
「おのれ、またかはくしゃく…!けっちゃくを…つけねば…‼」
カウンターをドン!と叩きむくりと立ち上がったグラスだったが、歩き出そうとすると足がもつれて派手に転んだ。そして立ち上がることなく、そのまま寝入ってしまったのだった。
「あぁあ――ちょっと兄さんっ‼こんなところで寝ないでください…飲み過ぎなんですよ!もうっ!
…やっぱり返してくれ、僕の感動―――!!」




