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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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39.グゼレス子爵は日々苦労なので、

王宮にある陸上師団本部の執務室では、団長のフラン・アラシッド・グゼレス前侯爵が書類の山と格闘していた。そのすぐ側のデスクでは、団長補佐のグラス・レザン・グゼレス侯爵が鬼の形相と勢いで仕事を進めている。



「…最近、団長室に行くの嫌なんだよなあ…」

「ああ、分かるよ。俺もだ。怖いよな…」

「例の事案の解明が進んでいないし、仕方ないわよ。」

「――それだけ、なのか⁇()()は…」


このところ、部下である団員たちの間ではそんなことがしばしば話題に上るようになっていた。

フランの方はまあ…いつものことだったのだが、グラスの方は…


「こういう時いつもの侯爵なら、余裕の表情で悠然としてるはずなんだけど…。」

「そうそう。気の立ってる団長との緩衝材になってくれるのに。今じゃむしろ、だろ?」

「一体、何があったんだ?」


…などと、散々な言われようだ。


オードゥヴィ公爵家で行われていたショコラ主催のサロンが休止になってからというもの、日に日にグラスの機嫌は悪くなっていた。しかしそれを知る者はなく、皆困惑していたのだった。


グラスの弟ソルベ・ダット・グゼレス子爵は初めの頃、兄の仕事がすこぶる捗っているのを見て、機嫌のほどは別として、良いことだと思っていた。何はともあれ真面目に仕事に勤しんでいる――…。

その(さま)は、もしも兄の周りにきゃっきゃと寄って来る令嬢たちが見かけようものなら、普段の様子と違った精悍さにうっとりとする事だろう、と考えていた。


――しかし、団員たちにとってそれは(たま)ったものではなかった。彼・彼女等の心情に支障が出始めた事で、ソルベもこのままではまずいと感じるようになっていた。



「兄上、昼食の時間ですよ。一緒に行きませんか?」


昼を告げる鐘が鳴ると、ソルベはグラスを昼食へ誘った。


「いや、いい。後で適当に口にしておく。」

「えっ…でも…」


すげなく断られてしまい、困ったソルベはちらりとフランの方を見た。


「…グラス、行って来い。ちゃんと食っておけ。私も今出るところだ。ここはしばらく鍵をかけておく。」


父が立ち上がるのを見て、グラスも仕方なく部屋を出る事にした。



「今日は天気も良いし、中庭でどうです?」

「ああ、そうだな。」


ソルベは団員たちからの期待をひしひしと感じていた。そこで彼・彼女等に見せるために…という訳ではないが、人目に付く中庭のベンチで昼食を取ることにした。


少し間を空け、兄弟は並んで座ると黙々と食事を始めた。どう話を切り出したものか…。グラスの方は話題もないようで、沈黙の時間が流れている。

ソルベは、ここは一先ず世間話から入ることにした。


「――そういえば、オードゥヴィ家のショコラ様がヴァンロゼ“子爵”のパーティーに出席なさったらしいですよ。」

「何⁉パーティーの事をなぜ教えなかった!?」


グラスの思った以上の食いつきに、ソルベは思わず引いてしまった。


「なぜって…僕も聞いたのはつい最近ですよ。」

『と言うか、知ってても教えませんけどね‼アンタ突撃しちゃうからね‼』

「…まあ、あそこは文民系の家柄ですし、騎士団関係者はあまり招待されてなかったんでしょう。色々噂を聞いた団員たちも、行きたかったと悔しがっていましたよ。」


途中心の中で突っ込みつつも、ソルベは何とか「世間話」に戻そうとしたのだが…


「だが僕はヴァンロゼ卿の…ん?“子爵”になったのか…いや、それも聞いていないぞ‼」

「兄さん、頭の中がぐちゃぐちゃになってますよ…」

「とにかく‼知っている仲じゃないか!なぜ招待されなかったんだ⁉」


グラスはソルベに詰め寄った。ソルベは返答に困った。


『エェ…なぜって、「知人」レベルだろう⁉面識がある“だけ”じゃないか。それで招待されるって…すごいな、この人の認識は‼』


「…内輪のパーティーだったみたいですから、()()()()()していた方が呼ばれたのでは?先に兄さんがうちの夜会にでも招待していたら、呼んでもらえたかもしれませんね。」

「そうか…たしかに。」


その答えに納得したのか、グラスは引き下がった。


『どうしてそんなにパーティーに行きたかったんだ?子爵と仲良くしたいわけじゃないだろうに…。本当に、最近の兄さんは変だ。』


ますます訳が分からない…ソルベが訝しがっている側で、グラスはぼうっと考え事をしていた。


『……しばらく何の噂も無いと思っていたが、ヴァンロゼ卿のパーティーに出席していたのか…ショコラ嬢は…。』


国王・ガレットデロワが口外を禁止したのか、ショコラがシャルトルーズにいた事は噂になっていなかった。


『僕とは会う機会もないが、ヴァンロゼ卿とは会っているということか?まあ、ミルフォイユ嬢を介して、かもしれないが…。

このままでは伯爵だけでなく、ヴァンロゼ卿にまで後れを取ることになるのではないか!?どうしたらいいんだ…!』


グラスは大きく溜息を吐いた。


これまでギリギリとした空気を放っていた兄が、今度は落ち込んだようだ。

フィナンシェのように「絶世の」とまではいかないが、国内でも指折りの美男である兄は悔しいことに、憂いを帯びた表情も絵になる。…などと一瞬余計な事を考えていたソルベだったが、さすがに黙っていられなくなって声を掛けた。


「兄さん、一体何があ…」


ソルベが口を開いた途端、昼の休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。


「戻るか。行くぞ、ソルベ。」

「あ――…。」


グラスは立ち上がると、さっさと行ってしまった。


「……みんな、ごめん。改善できなかった…。」


一人ベンチに残されたソルベは団員たちに向かって、何も現状を変えられなかったことを心の中で詫びた。そしてゆっくり立ち上がると、すごすごと持ち場に戻って行った。





――グゼレス前侯爵の次男であるソルベは、一族がそうしてきたように陸上師団へと入団していたが、長男でありすでに侯爵を継いだグラスとは違い、よっぽどの事が無い限り団長になることもなく、そこは気楽なものだった。グゼレス家の息子ということで他の団員たちよりも父たちと近いところにはいたが、執務室にデスクを置いての仕事もしてはいなかった。

では陸上師団の中で今何の業務をしているのか、というと、団長と一般の団員たちとの連絡役兼、師団の下にある旅団の取りまとめ役で、要は…各方面からの使いっ走り、雑用だ。とはいえ、話し掛けやすい彼は一般団員たちから信頼されていた。


そんなわけで、日々本部の中や、場合によっては外へと忙しく走り回っているのだ。


昼食後、いつも通り方々を回っている途中で執務室へと顔を出すと、フランに呼び止められた。


「…おい、何も変わっとらんぞ、あいつ。」

「…すみません。失敗しました。」


向こうのデスクにいるグラスに聞こえないよう、フランとソルベは小声で話をした。ただ、午前と同じく鬼気迫る様子で仕事に打ち込んでいるグラスは全く気付かないようだ。


「あいつがずっとああだと、正直気味が悪いな…。」

「今までの方がいい、と?」


フランはしばらく悩んだ。


「あれはあれで問題だな。」


兄への父の評価はなかなか酷いな、と思ったソルベだったが、否定はできなかった。


「――よし!」


不意にフランが大きな声を出し、パン!と一つ、手を打った。


「グラス!これからお前には現地調査に行ってもらう。」

「えっ、現地調査…ですか?どこへ⁇」


急に命令を出され、グラスは驚いて顔を上げた。


「これまでに報告のあった地域へだ。」

「それなら旅団からの報告がすでにいくつも上がっています。今更行っても…」

「口答えは許さん。行けと言ったら行け!」

「ですが、仕事が山のようにありますので部下を派遣します。」

()()()行けと言ってるんだ、私は‼」


…どうやら、父は気分転換としてグラスを強制的に外に連れ出そうとしているらしい…と、そのやり取りを見ていたソルベは思った。しかし、よっぽど行きたくないのか、グラスは頑なに拒んでいる。


『そういえば、僕が前に“視察に行けば”と言った時も嫌がっていたな…「それじゃ離れる」とか何とか…』


ソルベが少し前のことを思い返していると、フランが続けて怒鳴った。


「報告書を眺めているだけで、仕事をした気になるな‼」


以前、兄には自分も同じようなことを言ったなあ、と思い出し、ソルベはうんうんと頷きながら聞いていた。


「兄上の仕事なら、しばらく僕が代わりにやっておきますよ。」

「ソルベ、お前はグラスの“お(もり)”に決まってるだろう。」


フランの援護をしたつもりのソルベだったが…さも当然のような言い方の言葉が返って来た。ソルベは、自分を指差して恐る恐る聞いてみた。


「え……まさか…僕も…?」

「行って来い。」

「…ハイ…。」


父の…いや、“団長”の言葉は絶対だった。それは、兄もよく分かっているはず。

だがあれだけ拒んでいるグラスをどう説得するか…と、ソルベは思案を始めた。いっそ部下たちを使い、縛り上げて現地まで運ぶか?……

そんなことまで考えながらソルベがグラスを見ると、思っていたよりも大人しくしている。…というより、拳を握り締めるあまりその手が震えていた。

またもや只ならぬ雰囲気を醸し出している兄に、ソルベは嫌な予感がした。


「……ソルベ、急いで支度をしろ!」

「えっ行く気になったんですか⁇」


まさかの発言に、ソルベは面食らった。


「仕方ないだろう!その代わり、しばらくと言わず()()()終わらせる‼」

「また無茶な…」


グラスはそのまま勢いよく執務室を出て行ってしまった。


「はぁぁぁ…胃が痛い…」


――こうして、ソルベはまたグラスに巻き込まれる羽目になったのだった…。

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