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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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37.宴もたけなわなので、

『言った、言えた‼』


“もっと親交を深めたい”

告白としては何とも遠回しな言い方ではあったが、今のサヴァランにとっては精一杯の勇気だった。


その「告白」を聞いたショコラは――…ぽかんとしていた。ただでさえ鈍すぎる彼女には、それを察しろと言う方が無理があった。

親交を深めること自体、ショコラに異存はない。しかし、この話の流れでなぜサヴァランはそんな事を言い出したのか…と、ショコラは思った。


『――…私の結婚相手を見付けるために、サヴァラン様と親交を深める、という事…??』


どういう理屈なのかが、よく分からなかった。ただ、サヴァランが何か決死の覚悟のような思いでそれを言ったことだけは、ショコラにも伝わった。

とりあえず、“親交を深める”→“仲良くなる”→“お友達”という図式だと理解した。


「…そんな風におっしゃって頂けて、嬉しいです。とても!…――あの、わたくし、もうすでにお友達だと勝手に思っていたのですが、もしかしてお友達になるにはそうしてきちんとお願いをしなければならないものなのでしょうか…⁇」

「えっ…⁇」

「わたくし、今までお友達というものがいなかったもので、よく分からなくて…。そうしたら今度、わたくしからミルフォイユ様にもそう言わなくてはなりませんね!」


サヴァランは、「告白」のあとどうなるか、までは考えが及んでいなかった。さすがに今日関係性が変わるとまでは思ってはいなかったものの、“友達”かどうかから始まるとは思っていなかった。


「ええ…と…大丈夫です!言う事もあれば、言わずにそうなっている事もあります!私も、多分ミルも、友達だと思っています‼」

「そうなのですか…よかったです。」


ショコラはほっとして胸をなでおろした。


「…そうではなくて、ですね…私が言いたいのは…」

『そうか…そう…だよな。』


考えてみればサヴァランは、自分が友達だと思われていた事すら奇跡的だと思った。何せ、それらしい付き合いなど今までほとんどない。こんな状態で一体何を期待出来るというのか――…。


「サヴァラン様?」

「――…これまではあまりきちんとお話しなどもできなかったので、もう少し、気の置けない間柄になりたいです、ということです。」


サヴァランは初めて、ショコラの前で落ち着いて話をすることが出来た。


「‼もちろんです!わぁ…本当に嬉しい。これからもよろしくお願いします!」


満面の笑みで、ショコラはサヴァランに手を差し出した。


「…はい…」


その手を握り、サヴァランは思い出していた。


――幼い頃の事を――…




サヴァラン五歳。その時両親に連れられ、オードゥヴィ公爵家で行われていたパーティーにやって来ていた。


そこには他にも子供が来てはいたものの、基本的には大人の集会だ。しかもその少ない子供の内、やたらめったら褒めそやされている子が一人いて、他の子供たちにとってその空間は「楽しい場所」とは決して言えないところだった。

言うまでもなく、彼・彼女らはすぐに飽き、それぞれがそれぞれに遊び始めた。サヴァランもご多分に漏れず会場を飛び出し、開放されていた公爵家の広い庭へと走って行った。


窮屈なパーティー会場に押し込まれていた反動か、とにかくただ走り回りたかった。走って疲れると、後ろを振り向いてみた。ひっくり返りそうなほど大きいと思っていた公爵家の屋敷が小さくなった。面白かったので、また限界まで走って振り向いた。また小さくなった。…そんなことを続けているうち、屋敷の庭に林を見付けた。サヴァランの興味は、今度はその林に移った。


林の中へ入り、また走り出す。走りながら上を見上げると、木々の枝や葉が重なったり離れたり、そこにまた別の枝や葉が重なってきたり、を繰り返している。それらをぼうっと眺めながら走っていると…当然、転んだ。地面にわずかに顔を出した木の根に足を取られたのだ。

半ズボンからむき出しになった膝に、血が滲んでいた。


「…いたい…」


サヴァランは痛みで、今の自分の状況を思い出した。一人きりで好き勝手に走って来たため、ここには他に誰もいない…。急に寂しくなった。痛みと寂しさで、涙が溢れる。いつも一緒に遊ばされているミルフォイユがここにいれば今頃、きっと泣きべそをかいている事に呆れていたことだろう。それでもいいから傍にいてほしかった…。ついには声を上げて泣き出した。


「あー、ちがでてるー。いたいねえー。」


突然、小さな女の子の声がして、びっくりしたサヴァランは顔を上げた。座り込んでいたサヴァランの膝を、小さな女の子がしゃがんでじっと見ていた。


「あのねー、しょこらもよくころぶんだよー。そおするとねー、おねーさまがまほお、してくれるんだよぉ。」

「…ま…ほう…?」

「そお。そおするとね、いたいのなおるの。だからね、しょこらがやったげます!“いたいの、いたいのぉ―…」


“ショコラ”が、まだしゃくり上げているサヴァランの膝に両手をかざし、何か力を込めながら険しい表情をした。


「とんでけぇー”!!」


次の瞬間、大きな声と共に両手を空へ高く上げた。


「ねえ、もーいたいのなおった⁉」


“ショコラ”は目をキラキラとさせながらサヴァランに尋ねた。


「…うん、なおった。」

「やったあー!」


()()が上手くいって、“ショコラ”は飛び上がって喜んでいた。

実の事を言えば、今も膝に血は滲んだままだし、まだ痛かった。だがその顔を見ていたら本当に、痛いのがわずかに、治まったように思えた。少なくとも、涙は止まった。

サヴァランが、まだ付いたままになっていた涙の跡を袖で拭って顔を上げると、次に“ショコラ”はこちらに手を差し伸べていた。


「おやしきにかえろー。」

「うん。」


サヴァランは“ショコラ”の手を取って立ち上がると、屋敷の方へ一緒に歩き出した。


年上の自分が転んで泣いているのに、馬鹿にする事はなく、呆れるでもなく、好意的な笑顔を向けて、痛みをなくそうとしてくれた…。

こうして幼いサヴァランの心は“ショコラ”に奪われたのだった。


――その後、サヴァランとショコラは出会うことはなかった。

サヴァランの連れて行かれるパーティーにそもそもオードゥヴィ公爵家が来ていなかったり、その逆だったり、両家が同時に招待されても夜会であるために子供は留守番だったり…。

サヴァランはしょっちゅう「今頃ショコラ様はどうしているのだろう…。」と思いながら、次に会えるのはいつか、と日々を過ごしていた。


…しかし、ショコラが社交界デビューをした後、彼女は人前に出る事が一切なくなった。その頃、すでに寄宿学校へと入っていたサヴァランは、ショコラが社交界デビューを果たした夜会へは行くことができなかった。

噂によれば、絶世の美女である姉君に比べ、見劣りのする妹君を恥じた父である公爵が、彼女を屋敷から出さなくなった…らしい。軟禁するほど醜いだなんて、そんなはずはない!と思ったサヴァランだったが、どうする手立ても思いつかず、ただ時間だけが過ぎていったのだった。


そして、やっと再会できたのが、フィナンシェの結婚式の日だった。

でもショコラに思い出しては貰えなかった。あれは彼女がまだまだ小さな子供だった頃の事なのだ。たった一度だけ出会ったあの日の事を、覚えている訳もなかった。



『――僕は、ここから、始めるんだ……』


サヴァランはショコラの手を、強く握り返した。





―――ホールでは、ショコラの()()()執事・ファリヌの足止めをしていたミルフォイユが、ダンスの相手を終えると彼に釘を刺し、その場を立ち去っていた。

ホールの中を歩いていると、途中何人かからダンスの誘いを受けたが、丁寧に断って先へと進んだ。


そんなミルフォイユの辿り着いた先は、ホールの端にある使用人通路だった。

入り口にはカーテンが掛けられており、中を見せないようになっている。そのカーテンをくぐると、ホールの中と比べ薄暗くなった廊下に、今この舞踏会で出されている食器やら杯やらの替えが用意されたワゴンが置かれ、ヴァンロゼ伯爵家の使用人たちは外と中を忙しく行き来していた。


「……メラス……」


それまで気丈に振る舞っていたミルフォイユだったが、薄暗い中へ入った途端、ふらりとして力のない声で自らの専属侍女の名を呼んだ。


「はいっここに‼」


ミルフォイユの専属侍女・メラスは、その小さな声を聞き逃さず、主人のもとへと飛んで行った。

駆け付けたメラスにもたれかかると、ミルフォイユはそのままずるずると崩れ落ちた。


「お嬢様‼」

「……大ごとには、しないでちょうだい……台無しに、なるわ……」


ミルフォイユは肩で荒く息をしていた。


「はい、仰せの通りに。――ベトラーヴさん、他のお客様方には決して気付かれぬよう、ミルフォイユお嬢様をお医者様のもとへ‼」


メラスは、他の使用人たちと同様にその通路に控えていたサヴァランの執事・ベトラーヴに声を掛けた。


「かしこまりました。ミルフォイユ様、失礼いたします。」


そう言うなり、ベトラーヴはミルフォイユをサッと抱え上げると、メラスと共に通路を通りホールから離れ、屋敷の中へと運んで行った。


メラスは名を呼ばれた時からずっと、涙を堪えていた。


「…あんなに続けてダンスをなさっていては、お倒れになるのではないかとメラスは危惧をしておりました…。なぜそこまでなさるのでしょうか…ああ、お(いたわ)しい…。」



――運ばれて行く途中、夢うつつのミルフォイユの脳裏には、ファリヌとダンスをしていた時の事が蘇ってきていた。


 「………一体何をお考えなのですか?」

 「“何”を?―――それは――…」



 「()()()()()()()、よ。」

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