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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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38/539

36.サヴァランの正念場なので、

「次のダンスのお相手、お願いできるかしら?」


突然目の前にやって来てそんな事を言い出すミルフォイユに、ショコラを見守るため一人壁際にいたファリヌは、本気で驚いた顔をした。


「――ミルフォイユ様、わたくしはそんな立場にはございません。」

「何をおっしゃるの?貴方だって同伴者としていらっしゃった、このパーティーの参加者ですわ。それに、身分が低いという訳でもありませんでしょうに。男爵家の方なら、他にもここにいらっしゃっていますわよ。こんなところに一人でいてはつまらないでしょう?」

「ですが…」


なぜ、ミルフォイユは自分に声を掛けてきたのか――…。ファリヌはその真意を掴みかねていた。


「ダンスが出来ないわけではありませんわよね?ひどいわ。こうしてお願いしているのに…()()()()に恥をかかせるおつもり?」


身長の低いミルフォイユは、下からじろりとファリヌを見上げた。

ダンスの誘いを女性にさせ、その上それが公爵令嬢ときては…


「…失礼いたしました。そうおっしゃるのなら、喜んで。」


ファリヌは断るわけにはいかなかった。


『――ハァ、今日は想定外が多過ぎる…』


ミルフォイユの手を取ると、二人はざわつくホールの中央へと向かって進んだ。


「――…上手くおやりなさい。サヴァラン…。」


ぼそりと呟いたミルフォイユの声はざわめきにかき消され、誰にも聞こえなかった。




“次の曲が終わったら、すぐにショコラのところへ行く用意を”――…。サヴァランは、ミルフォイユからの指示を忠実に守った。

はやる気持ちを抑え、それまでのダンスの相手にきちんと礼をすると急いでショコラのもとへ近付いた。すぐ側に位置を取ったおかげで誰よりも先に辿り着くことが出来そうだ。


「…っショコラ様!」


サヴァランはついに声を掛けることに成功した。――しかし…


「サ…サヴァラン様…」


振り向いたショコラは、すがるような目でサヴァランを見てきた。

そんな風に見られたことが無いサヴァランはどきりとしたが、何かおかしいと気付いた。


「どうかなさいましたか、ショコラ様?」

「それが…」


よく見てみれば、どうやら顔色が悪いように見える。


「大変だ、少し休みましょう。歩けますか?バルコニーの方なら静かです。座るところもありますから。」

「すみません…」


サヴァランはショコラを支えながら、ゆっくりとバルコニーへ向かった。




――楽団が新しい曲を演奏し始めた。そろそろ、疲れてダンスから離脱する者も出始めている。いくらかホールの端や外へと出たりしたためか、中央部分は空き始め、初めに比べると随分ダンスをしやすくなっていた。

そんな中で、ファリヌとミルフォイユは踊り始めた。


「あら、お上手じゃない。壁際にいては勿体なくってよ。」

「恐縮でございます。こういったことは、実家にいた頃に一通りは叩き込まれましたので。」

「まあ、そうなのね。」


二人はたわいない空虚な会話をしつつ踊る。そうしながら、ファリヌは会場の中を見回していた。目線は自動的に遠くへと注がれる。


「…余所見だなんて、失礼ですわね。」

「申し訳ございません。主の姿が見えないようでして。」

「大丈夫よ。ショコラ様ならば、今サヴァランがお相手しているはずだわ。ほら、あの人の姿も見えないでしょう。」


たしかにそうだった。ファリヌの眼中にはサヴァランを入れる必要が無かったので、気が付かなかったが――…


「ミルフォイユ様?よろしいのですか⁇ご自分の許嫁が他の女性と二人きりでいても…。」

「構いませんわ。ショコラ様であるなら。」


ミルフォイユはファリヌの言葉に平然と答えた。

“ショコラなら構わない”とは、どういうつもりで言っているのか…。サヴァランは、傍目にはショコラに気があると見える。それでもショコラならば自分の許嫁を取ることはないと高を括っているのか…、いや、そうだとするとこれまでのミルフォイユの、わざと二人を会わせるような行為とは何だったのか…。今こうして自分をダンスに誘ってきた意味とは…。ファリヌは考えれば考えるほど、分からなくなった。


「――…貴女の行動は、以前から解せません。ミルフォイユ様、一体何をお考えなのですか?」

「“何”を?―――それは――…」


ホールでは、皆が同じ方向へと回りながら踊り進んでいく。くるくると場所を変え、全体を巡っていく。

ファリヌとミルフォイユは、その時ちょうど、楽団の側を通っていた。


「*******、よ。」


ミルフォイユの唇がぱくぱくと動き、たしかに何かを言っていた。「声」も聞こえた。…しかし、肝心の内容は、ファリヌは聞き取ることが出来なかった。

“何”かを言った後ミルフォイユは、とても美しく微笑んでいた。


「ですから、邪魔をしないで頂戴ね。」




バルコニーへ出たサヴァランとショコラは、腰掛けに座って夜風に当たっていた。


「…だいぶ、落ち着いてきました。ありがとうございます。私の事はお気になさらず、サヴァラン様はどうぞ中へお戻りください。」

「いえっ、まだ心配ですし…」

「もう大丈夫ですわ。今日の主役をこれ以上引き留められませんもの。」


少し顔色の戻ってきたショコラが笑顔でそう言うと、サヴァランは慌てた。


「僕…私も、ちょうど少し休みたいと、思っていたところ、だったんです…!」

『――…ここで、“貴女とお話がしたい”と言えないのが駄目な所なんだろうなあ…』


たどたどしくも、何とか食らいつきこの場に留まれるようには言えたものの…心の中は自己嫌悪に陥っていた。そしてサヴァランは大きな溜息を吐いた。


「…お疲れだったのですね。」

「えっ?」

「朝からお忙しかったのですよね?それなのにお気を使わせてしまって…本当に申し訳ありません。」


サヴァランの溜息を見たショコラはすまなさそうにしていた。


「違います、これは…!それより、本当にもう大丈夫なのですか?遠慮はなさらないでくださいね。」

「ええと…実は…とてもお恥ずかしい話なのですが……」


今度は、ショコラが何か言いにくそうに顔を赤くしながら言葉を詰まらせている。


「舞踏会の始まる前に…その…少し、……食べ過ぎてしまいました。」

「ああ…」


サヴァランは、ショコラが庭で大勢の令息たちに囲まれ、食事の差し入れをされていた光景を思い出した。


「先程サヴァラン様がお声を掛けてくださって、本当に助かりました。正直限界でしたので…。それにしても、介抱なさるのがお上手なのですね。」

「ええ、まあ…。ミルが…ミルフォイユが、昔からよく体調を崩すことが多くて。それで慣れたのかもしれません。」

「そうなのですか…。お優しい許嫁がいらして、ミルフォイユ様はお幸せですね!」

「そんなことは…」


自分たちの事情を知らないショコラは、にこにことしながら悪気なく言っていた。


『ミルが幸せ?具合の悪い人間を気遣うなんて、当たり前のことでしかないのに…。』


サヴァランは、ミルフォイユに色々と頼り切っていることを自覚していた。逆に、何かをしてあげたという自覚はなかった。そんな自分が許嫁でミルフォイユが幸せなわけがない、と思った。


『…今日だってそうだ。こうしてショコラ様とお話しが出来ているのも、ミルがお膳立てをしてくれたからだ。そうじゃなきゃ、きっと緊張して声なんて掛けられなかった…。』


いつもならうじうじとして機会を逃していただろうに、焦燥感でそんな事はすっかり忘れていた。それがミルフォイユの作戦だったのかは分からないが、とにかくそのおかげで今ここにいられるのだ、とサヴァランは強く思った。


『今までだって、沢山協力してくれたんだ。ミルにばかり頼ってちゃ駄目だ!()()は、自分の力で何とかする…‼』

「…ショコラ様、」




ホールでは、また一曲が終わった。

ミルフォイユとファリヌは互いに礼をする。


「どうもありがとう。」

「とんでもございません。お声がけ頂き、光栄でした。」

「あまり目立ちたくないのでしたら、また壁際に()()()()()()()()()。」


ファリヌはミルフォイユに釘を刺されてしまった。要するに、ショコラを探しに行くなという意味だ。

ミルフォイユはそれを言い残すと、次の相手からのダンスの誘いを待たず、そのままどこかへ行ってしまった。後ろ姿を見送ったファリヌは仕方なく、壁際に戻ってとりあえずサヴァランの姿も気にする事にした。


『…あまりに長すぎる場合と、子爵が戻ってもショコラ様が戻らなかった場合は探しに行くとしよう。』




「…ショコラ様、結婚なさらない、という話ですが…。」


ショコラはその時やっと気付いた。


『…そうだったわ!他の方々には説明したけれど、あの時サヴァラン様たちはいらっしゃらなかったから、ご存知なくて心配なさったままなのだわ。』

「そのお話でしたら、他の皆様には先程説明したのですが、わたくしには今そういう相手がいませんので結婚しません、という意味なのです!」


ショコラは笑顔で答えた。すると、サヴァランは心底ほっとしたような顔をした。


「で、では、そういう相手が見付かれば、結婚なさるのですね⁉」

「え?ええ…そうですね…」


“そういう相手”なんて、見付かるわけがないのに…とショコラは思ったが、ここは肯定しておくのが無難だと感じた。現に、サヴァランはその答えに安心したようだった。


「それなら…それなら、これから私と、もっと親交を深めて頂けませんか……?」


薄暗くてよくは見えなかったが、真っ赤な顔をしたサヴァランが、思い切ったようにそう言った。

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