33.ヴァンロゼ家でパーティーなので、
この日、ヴァンロゼ伯爵家では早くから屋敷中がバタバタと慌ただしかった。跡取りである嫡男、サヴァランが子爵位を受けるのだ。
ざっとした一日の流れはこうだ。まず王宮へ行って国王から爵位を授与され、その後屋敷へ戻って祝賀会を行う。その祝賀会の準備に、屋敷の使用人たちも余念がなかった。
「サヴァラン坊ちゃ…様、本日よりわたくし、ベトラーヴが貴方様の執事を務めさせて頂きます。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
「よ、よろしく。改まって言うと変な感じだ…。何だか慣れないなあ。」
王宮へと向かう前、これまで父・ヴァンロゼ伯爵の執事の下で勉強をしていたベトラーヴが、正式にサヴァランの執事に任命され、挨拶をしてきた。
「坊ちゃん!…ではなかった、サヴァラン様‼これからは跡目様として、もっとしっかりなさって頂きます!」
「…ベトラーヴもしばらく、呼び方に苦労しそうだね…。」
『それにしても…』とサヴァランは思った。ミルフォイユ以外、ベトラーヴを始め父も誰もそのほとんどが、自分がヴァンロゼ家を継がず婿に行く気になっていることを知らないのだ。これからそれを話さなければならない時が来ると思うと、少しぞっとした…。
「…だ、ダメだダメだ!頑張るって決めたばかりじゃないか‼」
その時すでに王宮へと向かうために馬車に乗り込んでいたサヴァランは、頭を振っていつもの思考に陥りそうになるのを払った。
『そうだ、楽しいことを考えよう!今日はこの後のパーティーにショコラ様が来てくださるんだ。久し振りにお会いできる…!楽しみだー‼』
そのためなら今日は一日何でも頑張れる、サヴァランはそう思った。
王宮での授与式は滞りなく終わった。年間に数え切れないほど何件も行われる爵位授与。本人にとっては一大事だったが、王宮も国王も慣れたものでいつも流れるように進んでいくのだ。
堅苦しい式を終えサヴァランが屋敷へと戻って来ると、パーティーの始まる時間にはまだ早いのに、もう支度を整えたミルフォイユがやって来ていて一人優雅にお茶をしていた。
「お帰りなさい。――あら、馬子にも衣裳とはよく言ったものだわ。」
「そんな、はっきり言わなくても…。」
「褒めてますのよ?あとは、はったりでもいいから自信のありそうな顔をすれば完璧ですわね。」
「わ…分かってる!」
きりっとしてみせたサヴァランを見て、ミルフォイユは満足そうにまたお茶に口を付けた。
「――そうだわ。たしか今日のパーティー、お招きした方の同伴者の参加も可でしたわね。まあ主に、ヴァンロゼ伯爵がお呼びしたお仕事の関係の方が奥様を連れていらっしゃるためでしょうけれど。」
「それが、どうかしたの?」
「ショコラ様はどうなさるのかしら、と思って。」
たしかに…。オードゥヴィ公爵家宛てに招待状を出したのは、ショコラだけだ。今回、親しい者だけを呼んでいるので、他にも友人である令息を呼んでいても、その家の“当主”を招待していないことはざらにあった。
まさか、いくら父親とはいえ、呼ばれていない場に同伴として「公爵」が来ることは考えられない。では一人きりで来るのだろうか――…
「貴方、グゼレス侯爵様は招待しませんでしたけれど、もしショコラ様があの方を同伴に連れていらしたらどうしますの⁇」
にやにやとしながらミルフォイユが尋ねた。
「…っそんな事、あるわけないじゃないか!嫌なこと言わないでよ…。」
「ふふっ冗談ですわ。まあ、いいところ、ヴェネディクティン伯爵辺りかしらね。お義兄様で仲がよろしいようですし。」
ミルフォイユの不意を衝く言葉に、無いとは思いつつもサヴァランはそわそわとした。
『そう、だよな…。サロンにも出来る限り出席なさっていたし、同伴なさるとすればヴェネディクティン伯爵だ。侯爵だなんてこと、あるわけがない‼』
…とはいえ、グゼレス侯爵ことグラスは押し掛けでやって来る癖もある。その時のために、受付の“警備”は万全にしておかなければ、と思うサヴァランだった。
――今回のパーティーは夕方のまだ明るいうちから始まる。まずは庭に用意された会場で乾杯と歓談をし、暗くなってから屋敷内に場所を移して二次会としての舞踏会をする運びだ。
そろそろ時間が来たようだ。ちらほらと客の姿が見え始めた。
招待客からの挨拶を受けながら、ショコラが「いつ来るか、いつ来るか」とドキドキながらサヴァランは待っている。そんな彼の様子に、隣にいたミルフォイユが肘でつつき小さく声を掛けた。
「…ほら、自信のあるような顔はどうしましたの?背中!伸ばしなさいな。」
「そ、そうだね!」
そんな時、入り口の方がざわつき出し、ついに待ちに待った名が告げられた。
「オードゥヴィ公爵家のショコラ様がいらっしゃいました!」
よかった、案内係は「グゼレス侯爵」の名は口にしていない。…しかし、「ヴェネディクティン伯爵」の名も出なかった。では、やはりショコラは一人でやって来たのだろうか――…。サヴァランは彼女が姿を見せるはずの方向を向いた。
サヴァランは目を見張った。
「…まあ、これはまたずいぶんと意気込みを感じる装いだこと…。」
さすがのミルフォイユも驚くような仕上がりのショコラが、ゆっくりとこちらへ向かってやって来た。その様はまるで、ショコラがこの日の主役のようだ…。
サヴァランは腰が砕けそうになるのを必死に堪え、なんとかその場に立っていた。
「サヴァラン様、おめでとうございます。本日は祝賀会へのお招き、ありがとうございます。」
笑顔でそう言って、ショコラはドレスの裾を掴みふわりとお辞儀をした。サヴァランは思わず気を失いそうになったが、ここでも何とかギリギリのところで正気を保ったのだった。
「ミルフォイユ様もごきげんよう。ご無沙汰しておりましたが、お二人ともお元気でしたか?」
「ええ、おかげ様で。貴女はいかが?お勉強とやらは進んでいらっしゃいますの?」
「はい!とても充実していますわ。」
しばらくボーっとしてしまっていたサヴァランだったが、二人が会話を始め、ハッとして気が付いた。ショコラは一人ではなかった。
「あれ…?ショコラ様の同伴者の君…たしか…。」
「ヴァンロゼ子爵様、この度はおめでとうございます。本日はこの場にショコラ様のお供として、僭越ながら執事のわたくしが同伴させて頂きました。」
ショコラの斜め後ろに立っていた執事のファリヌが、サヴァランに向かって深々と頭を下げた。
…やはり、いくら知人のパーティーとはいえ、ショコラを一人で行かせるわけにはいかない、という事になったのだ。そこで白羽の矢が立ったのがファリヌだった。現在公爵家で執事をしているが、彼は今でも男爵家の息子であることに変わりはない。社交の場にお供として連れて行かせるには、打って付けの人物だった。
すると突然、サヴァランとミルフォイユの後ろから素っ頓狂な声が飛んできた。
「これは…!ファリヌ先輩ではありませんか‼」
ショコラたち、その場にいた数人が固まった。その声の主は、サヴァランの執事となったベトラーヴのものだった。
しかし、声を掛けられた当の本人、ファリヌは怪訝そうな顔をしている。
「…ベトラーヴ⁇知り合いか…?」
「いえ、直接お話をしたことはございません!養成学校時代のわたくしの先輩なのです。ファリヌ先輩はそれはそれは大変に優秀でいらして、男爵家のご出身とあって周りから揶揄されようとも、決して折れることなく毅然となさっている姿は同性のわたくしでも憧れたものでございました…。オードゥヴィ公爵家に就職なさったと伺って、どれだけ納得したことでしょう。まさか、ここでお会いできるとは…!」
うっとりと、しかし饒舌に話すベトラーヴを、ファリヌは完全に引いた顔で見ていた。
「…子爵様、申し訳ございませんが、その恥ずかしい方の口を閉じては頂けないでしょうか。」
「!これは失礼っ。こらベトラーヴ、僕より前へ出るな!発言を慎め…」
「しかし、こちらへショコラ様の同伴者としていらっしゃったという事は…」
ベトラーヴはサヴァランの静止も聞かず…いや聞こえず、言葉を続けた。
「もしや、いずれショコラ様のご夫君となられるという事でしょうか!?」
『え゛――ッ何を言い出すんだよ、ベトラーヴ⁉』
サヴァランは驚きのあまり声が出なかった。
そしてベトラーヴのテンションが上がり、思った以上に大きくなった声は広範囲に広がり、周囲はシンと静まり返ってしまった。
その途端、ファリヌの空気が殺気立ったのをショコラだけでなく、周りにいた者たちは皆感じた。わなわなとしながら、ファリヌは口を開いた。
「……………わたくしは…、“ 執 事 ”として、参りましたと、申し上げたはずですが!!!」
ファリヌは怒り心頭ながらも、さっきの言葉に上書きするように大きな声ではっきりと宣言した。これ以上、余計な噂や憶測を呼ぶような事はもうやめてくれ、という圧をその言葉にかけていた。
ただならぬ気配を感じ、血の気の引いたサヴァランはすぐさま間に入った。
「口を閉じろベトラーヴ‼申し訳ない、重ね重ね失礼を…!これは今日から執事として独り立ちしたばかりで…ほら、謝って‼」
『えぇ―――ッ何で主人が執事のフォローをしてるの⁉』
その場は軽く収拾がつかなくなり始めていた。会場もざわついている。
…すると、それまで黙って流れを見ていたショコラが口を開いた。
「サヴァラン様の執事さん、それはありませんわ。わたくし、結婚はいたしませんので。」
にっこりと笑ってショコラは言った。そしてそれは新たなざわつきを生んだのだが――…静かにショックを受けたのは、サヴァランだった。
「け…結婚、なさらないのですか…?」
消え入りそうな声で、サヴァランは尋ねた。
「はい。そうですわ。」
「では、貴女様の次の代はどうなさるのですか⁇」
強く静止されたにも拘らず、他人事ながら気になってしまったベトラーヴがまたもやその話に割って入って来た。
「それはわたくしが子を――…」
言い終わらないうちに、ファリヌが手でその口を塞いだ。ショコラがあの話をしそうになり、彼は執事として冷静さを取り戻したのだった。
「――失礼。ショコラ様、お家の事は外ではあまり詳しくお話しにならない方がよろしいかと。」
「そうね。それではサヴァラン様、ミルフォイユ様、来て早々にお騒がせして申し訳ありませんでした。また後ほど。」
そしてショコラは挨拶を終え、ファリヌを伴って向こうの方へと去って行った。
「…サヴァラン、ショックを受けている場合ではなくてよ。まだまだお客様がいらしているわ!」
放心状態のサヴァランを見かねたミルフォイユが、横から声を掛ける。
「…あ…ああ、そうだね…。とりあえず、ベトラーヴは再教育しておかないと…。」
パーティーはこれからだというのに、サヴァランの内心は早くも乱高下していたのだった。




