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カラスの恩返し  作者: 緒仲庵次
8/25

長い5分

 アパートに住み始めると毎日の時間が矢のように過ぎていった。

 入社日の3日前にアパートに引っ越してきた義弘だったが、なんだかんだであっという間に入社日を迎えた。


 アパートから会社までは歩いてせいぜい5分強なので洗濯物を干すタイミングを考えても起きるのは7時でいいのだが、一応初日ということもあり義弘は6時に起きて洗濯機を回すことにした。

 4月に入り、ちょうど桜も散った感じだが、少し朝はうすら寒い。

 朝日が見えて、朝焼けがきれいだ。

 とくにやりたいとは思っていない仕事だが、それでも今日から新しい生活の始まりだと思うと何か新鮮な空気を感じる。


 結局、食事に関しては料理ができないので前日のうちに何か食べるものを買っておくことにした。

 一応……食パンがあれば軽く焼いてマーガリンをつけて食べるだけで済むし、インスタントのスープを買っておけばお湯を沸かすだけで食べられる。

 朝のコーヒーもインスタントにすれば、ほとんどお湯を沸かすだけで朝ごはんは食べることができるというわけだ。

 まあ……料理はおいおい覚えればいい。


 食事を済まして、洗濯物を干し、朝ドラを見て、テレビの時計は8時15分を指している。


『そろそろ行こうかな』


 義弘はテレビを消して、窓を閉めた。

 カーテンも閉めて日の光が部屋の中に入らないようにして、玄関から外に出た。


『おはようございます』


 戸締りをしていると不意に上から声をかけられたので見上げると、スーツ姿の葉山がいた。

 面接のときと同じ格好だ。

 これなら分かる。

『あ……おはようございます』


『お……。おはよう』

 義弘の隣から男の声がすると思ったら堀本だった。

 同じアパートに同期の3人がいると言うのは少々心強いような気がしないでもない。

『皆さん、今から出勤ですか?』

『ええ』


 出勤時間がかぶるのは少し面白いが……5分強の道のりではあるが何の話をしていいのか分からない。

 できれば出勤は一人でしたかった。


 ちょっとの時間ではあるものの、好きな音楽も聴きたかったのだが……こうなるとあきらめるしかない。


『面接の時のこと覚えてます?』

 堀本が言った。

 他人と話すのには抵抗がないようだ。

『覚えていますよ。堀本さんが最初で、あたしが次でしたね。で…最後は植竹さん。』

 葉山も他人と話すのは抵抗がないようだ。

 他人と話すのに抵抗のない人間というのが、義弘には不思議でならない。

 赤の他人と話すことなんかあるのだろうか。

 義弘は聞かれたことには答えるが自分から話をふることはない。そんなに他人に興味もないのだ。


『あんたは社交性がないから社会にでたら苦労するかもよ』

 姉の喜久子の言葉が鮮明に頭に浮かぶ。

 介護の仕事をしている喜久子は口から生まれてきたんじゃないかというぐらいによく話す。


『そういえば皆さんはお歳はいくつですか? 自分は専門学校出てからの就職なので21歳なんですよ』

 堀本は恥ずかしそうに言った。面接のときの話になったので、義弘が高校の制服であったことは見ているはずだ。そう考えると葉山も義弘より上ある可能性は否めない。


『やだ……あたし、一番上じゃない……。大学出てるので23歳です……』

 堀本よりももっと恥ずかしそうに葉山は言った。

 モデルのような体型の葉山は美人だし恥ずかしそうな顔をされるとなんだかこちらがこそばがゆい感じがする。


 『ボクは19歳です。』

 義弘はぼそりと言った。

 一応、言っておいた方が良いと思ったのだ。


 義弘は……たった5分の道のりが1時間に感じた。

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