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九十七話 帽子を焼く

 

 エルガは今、北部軍千六百と共に北東部の主要都市ソハエムスに居た。オルベラ氏族の領域である北東部が、完全に敵の手から奪還されたのである。

 オルベラ氏族の将兵は感涙の凱旋を果たし、赤帽子(レッドキャップ)との戦で成された王家との和解と合わせてオルベラ氏族は、呪詛状による俗世間からの追放以来、凡そ百年振りに自分達の旗を町中に掲げた。

 旗の中心で、凛々しい鷹が翼を小さく広げて誇らしげに胸を張っている。


「我らの鷹が戻って来た!」


 そう喜びの叫び声が上がるソハエムスであったが、エルガは澄ました顔で今さっき閉じた小さな巻物(スクロール)を懐に仕舞う。


「プロシアン氏族は完全に此方(こちら)へ付いたか。後は奴等だけだな」


 ザリャン氏族により、北東部の押さえとして動員されていたプロシアン氏族は、北部軍の接近だけであっさり投降。ソハエムスも内側から門が開けられ、無血で終わっている。

 一千程度のザリャン氏族軍も居たらしいが、八百もの赤帽子(レッドキャップ)が壊滅した事に仰天したのか、全て北東部から逃げ去っていた。


 先程北部軍の首脳陣に届いた書状もプロシアン氏族の本拠地からのもので、氏族全体がザリャン氏族から総督府側へ寝返る事に決めたという内容だった。

 北東部に駐屯していたプロシアン氏族は全て合わせても五百と小勢故に、オルベラ氏族に対して治安維持程度の事しかしておらず、大して怨恨は生まれていない。この為、順当に北部軍に組み込まれる事となった。

 エルガはソハエムスの町並みを見渡し、考えを整理する目的で独りごちる。


赤帽子(レッドキャップ)に一時荒らされたが、今ではほぼ元通りか。何処でも民というものは(たくま)しい。商人も、赤帽子(レッドキャップ)に代わってプロシアン氏族が進駐した頃には商売を再開させて、経済はとっくに平常状態。このまま南下しても問題無いな」


 そこへアミネが薄紫の髪を揺らしてやって来た。イルムから伝書烏が届いたという。


「思い切り暴れろとの事ですねー」


 彼女はそう言って一枚の書簡を手渡した。さっと目を通したエルガは、淡々と言の葉を吐く。


「オルベラ氏族に兵の補充を急がせるか。五日以内に出陣する」


 この僅か三日後、戦力が整ったと見たエルガは合計二千四百の北部軍をソハエムスから南へ向かわせ、オルベラの北東部とザリャンの南東部の間にあるプロシアン氏族の本拠に到達。

 総督府への従属を念入りに確認すると、忠誠の証として更に百の兵を捻出させ、南西へ足を伸ばす。

 エルガが定めた目標は、北東部から逃げ出したザリャン氏族軍ではなかった。


 視界の奥から小高い山々が連なる小山脈が迫って来るに連れ、北部軍の将兵の顔には不安や恐れの色に染まっていく。

 何を隠そう、ここは赤帽子(レッドキャップ)住処(すみか)なのだ。

 草と石を除いただけの道を進むと、いよいよそれが視認出来た。小山の合間にある盆地に中々の集落が築かれており、赤い点がその中で(うごめ)いているのが見える。


「陣を敷いておけ、兵器も全てあの町を狙える位置に設置させろ。私は降伏勧告をしてくる」


 ティラズムを自身の部下であるかの様に指示を出すと、エルガは何本もの杭を掲げるゴブリン達を引き連れて赤帽子(レッドキャップ)の巣窟に向かった。町と言って差し支えない大規模な集落の入り口を前にした彼女は、仁王立ちで右手を前方へ振るう。

 それに合わせて杭を両手で掲げ持つゴブリンらが進み出た。それぞれの杭の先には焼け焦げた首が突き刺さっている。赤帽子(レッドキャップ)頭目“巨人殺し”のナゴルノを始めとする、名だたるレッドキャップ達の首だ。


赤帽子(レッドキャップ)に告げる。貴様らの頭領共は死んだ。貴様らもその後を追うか、或いはナリカラ総督府に降るか、選べ。期限は二日後の朝。降る者はその証として、血染めの帽子を捨てる事。以上だ」


 一方的に冷たく宣告すれば、もう用は無いとばかりに身を(ひるがえ)して北部軍の元へ戻っていく。


 北部軍は陣を敷くと、投石機の組み立てを進めつつ夜営の準備に入った。

 一度赤帽子(レッドキャップ)の集団が武器を手に向かって来たが、この地に着いた時からその(あぎと)を集落に向けていた弩砲(バリスタ)のひと()えで、彼らはずたずたとなる。

 飛来する巨大な矢で瞬く間に数を減らし、それでも突撃する者は弓矢やドモヴォーイが放つ魔法の餌食となって全滅した。

 陽が落ちるとエルガは歩哨を多く立てて夜襲に備えさせ、自身は早々に天幕内で静かな寝息を立てる。


 北部軍において、既に大将はティラズムではなくエルガと化していた。


 翌日、赤帽子(レッドキャップ)は返答を協議しているのか集落に篭ってばかりで動きを見せず、そのまま何事もなく一夜を明かす。

 期日である、エルガの宣言から二日目の朝。ほぼ全ての平衡錘投石機(トレビュシェット)が組み立てられ、射撃の準備が完了していた。

 朝日を背にするエルガは、赤帽子(レッドキャップ)の町を冷たく睨みながら一言命じる。


「射ち始めろ」

「……返答をお待ちにならないので?」


 兵器部隊の指揮を執る工兵長のゴブリンが、そう問い掛けたが、彼女から首筋がひやりとする様な視線で口を挟むなと無言で言われてしまう。

 工兵長は即座に背筋を正して配下に怒号を飛ばした。


「全基放てぇ!」


 投石機群がぐぉんという音を立てて石弾を投げ放つ。石積の家々に人の頭程はある石が降り注ぎ、板葺(いたぶき)の屋根が砕け散った。


「着弾位置良し! 火炎弾用意!」


 素焼きの壺や布で包まれた石弾が投石機の投石紐(スリング)に装填され、壺の蓋となっている布や石弾に火が付けられる。

 燃える石弾と同じく、弧を描いた投石機の腕から放たれた火を吹く壺は、家屋や地面に激突して粉々になると、中に詰められた油や度数の高い酒に引火し、辺りに炎を撒いた。

 火炎弾に続き、兵士達と共に前進する弩砲(バリスタ)からも、(ほむら)を纏う巨矢が吐き出される。

 短い間に火の海と化した町では、赤錆色の帽子を被るゴブリンが逃げ惑い、投石で崩れる家屋の下敷きになるか火に巻かれて倒れるか、はたまた巨矢に貫かれるかの運命を辿っていた。


 やがて彼らは堪らず町を飛び出し、北部軍の前に平伏していく。

 だが、エルガは攻撃を続ける様命じ、弓兵や(クロスボウ)兵にも射撃準備を下令した。そして赤帽子(レッドキャップ)に向けて声を張り上げる。


「いくら頭を下げようが、条件を満たさぬ者の投降は認めん!」


 この一声で赤帽子(レッドキャップ)がはっとし、帽子に手を当てた。苦悶を浮かべる彼らであったが、北部軍の射手らが弓と(クロスボウ)を向けた途端、続々と帽子を投げ捨て始める。


「……攻撃止め」

「射撃止めー! 止め止めー!」


 エルガが発した攻撃中止命令を最後に、一方的な戦闘は終了した。

 降伏した者達は拘束され、集落には歩兵部隊が突入。生き残りがいないか徹底的に捜索が行われ、発見次第容赦なく殺害された。

 火災を免れた家屋は死体を詰め込んだ上で放火され、あらゆる建物は破壊される。


 全てエルガの指示であった。


 最後に捕虜となった赤帽子(レッドキャップ)の目の前で、彼らの誇りだった血染めの帽子が焼き捨てられる。燃え盛る帽子の山を、赤帽子(レッドキャップ)()()()ゴブリン達が、魂が抜け落ちてしまったかの様に、ただただ力無く眺めていた。


 この時をもって、ナリカラ最強にして最凶のならず者集団、赤帽子(レッドキャップ)は滅亡した。

 後の世において「帽子を焼く」という言葉には、赤帽子(レッドキャップ)滅亡の故事から、完膚なきまで相手を打ちのめすという意味を持つ事となる。




「何? ザリャン氏族の本隊が消えた?」


 赤帽子(レッドキャップ)を滅ぼし、ザリャン本領へと進発しようとしていたところへ、エルガの元にリオニからの報せが届く。

 氏族長カルス率いるザリャン氏族軍本隊が、一夜にして姿を消したとの情報に、エルガは眉を(ひそ)めた。


「随分諦めが早いな。リオニの防備が固いとはいえ、連中が逆転するには旧王都を手にして政権奪取を宣言する他ない筈だが……」


 現在の状況はナリカラ総督府に傾いている。南部はリオニまで押し込まれているが、北部は完全に総督府側一色であり、このまま南下してザリャン本領を突く事も可能だ。

 ザリャン氏族がこの北部の状況を把握していようがいまいが、リオニを攻撃しないというのはあまり考えられない。守りに入れば、いずれ戦力を揃えたナリカラ軍相手に、じり貧へと追い込まれるからだ。

 逆にリオニを何が何でも陥落させれば、他がどうなっていようとナリカラ中にザリャン優位を印象付けられる。

 交通の要所で旧王都であり、今も政軍の中心として総督府が置かれている重要都市。それを失った総督府と手にしたザリャン氏族。諸勢力が抱く両者への印象はがらりと変わるだろう。

 だからこそ、総撤退など本来は有り得ない。


「イルムをリオニから引き摺り出して野戦に持ち込むつもりか? いや、なら念入りに隠れて逃げるのはおかしい。罠に誘うならば隙だらけと思わせなければ意味が無い」


 エルガは首を捻るが、今は思考をそちらに()くべきではないと頭を切り替える。

 リオニから届いた書状には、ザリャン氏族軍撤退の情報以外に、ティラズムとエルガを始め、オルベラ氏族の有力者全員の召還が含まれていた。これに応えなければならない。


「プロシアン氏族領で防衛線を張る。オルベラ氏族も領地の治安維持以外で出せる兵は全て前線に出せ。また召還を命じられた各将は直ちに指揮を任せる代将を立てる様に。急ぎリオニへ帰還するぞ」


 彼女はてきぱきと指示を出して、三日も経たぬ内に北部軍を再編し、防衛線に再配置させる。そしてリオニへ向けて帰還組が出発しようとした時――


 突如として赤い斜め十字がある黒い旗と狼の頭骨を掲げる軍勢が姿を現した。


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