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九十六話 変転

 

 イルムは軍の再編を進める合間、古い資料にも目を通していた。南部軍を指揮していた頃にリオニへ命じて集めさせた、統一王国時代に関する書物である。

 ナリカラを纏め上げ、魔王軍と熾烈に争ったバグラティオニ大王が、如何なる統治手法を用いたのか。それを探る為に、(ほこり)臭い資料を片っ端から当たっていた。


 イルムは各領主の領地を安堵し原則不介入――そもそも組織的な通信網が未整備では介入すら難しい――とする代わりに、納税と軍役を課している。この支配の根幹は軍事力だ。

 魔王軍の武を後ろ盾に総督府がナリカラの統治権を握り、それを根拠にナリカラ軍を編成して権力の土台としている。逆らえば滅ぼされる、だから大人しく従うという純粋な武力による支配が、今の統治の柱だった。

 現状は、ザリャン氏族鎮圧という共通目標がある為に大きな反発は無く、王子ティラズムの帰還を中心とした実績の積み重ねもあって、総督府支配下の中からイルムに反旗を(ひるがえ)す者は見当たらない。

 だが、今後はどうなるか分からなかった。


 それに今現在での大きな問題点もある。軍の指揮系統だ。


 軍役代納金で編成する傭兵軍は別として、現在のナリカラ軍の軍制では、各氏族の諸侯を将に任命し、彼らの私兵がそのまま彼らの指揮する部隊の中核となっている。

 主戦力が諸侯の私兵故に、軍費の多くは諸侯自身の自己負担であり、総督府の懐に大変優しい軍制だ。

 一方で、諸侯が私兵を指揮する以上、他人の指図を受ける義務どころか義理すら殆ど存在しない。

 この為に、軍の大将は軍全体の行動や配置を指示する事が出来ても、細かい命令を通す事が難しくなっていた。


 バグラティオニ大王もこういった様々な問題に()ち当たって来た筈。それらをどう乗り越えて、統一された王国を意のままに動かしていたのか。


 イルムはそれをある程度突き止めた。


「やっぱり爵位の存在が大きい。しかも独特だね。人間諸国の一般的な爵位制度とは違う。(むし)ろこれは……」


 古い書物を前にイルムが(うな)る。

 ナリカラの爵位で最も重要になるのは、人間諸国における公爵に当たる“エリスタヴィ”だ。

 “国頭”或いは“軍頭”という意味を持つこの爵位は、爵位というより軍の役職と言った方が良いだろう。


 エリスタヴィは“(サドロショ)”と呼ばれる軍管区を管理し、管区内の地域から兵を提供させる徴兵の任に就いていた。

 そして大抵の場合、編成された(サドロショ)軍の将は、そのまま当のエリスタヴィが任じられる事が多いが、宰相に次ぐ地位である軍長官(アミールシパフサール)の下で統制される。また、王家直轄領の(サドロショ)管区は王子達が担当した。


 更に(サドロショ)の軍とは別に、領地を持たない戦士や王家直轄領の平民などを集めた、宮廷軍(モナスパ)という常備軍も存在した。修道院を兵舎とし、王の命令に忠実な近衛軍として機能したという。


「物凄く集権的に組織化されてる……古帝国の軍組織か何かをどこからか継承でもしたのかな……」


 余りにも良く出来た軍制に、イルムは舌を巻く。ゴブリンが何故魔王軍と死闘を繰り広げられたかを、まざまざと理解させられた。


「これだけの制度が残ってないのは、魔王軍による支配で崩壊してしまったからだろうなぁ……勿体無い」


 そう心底残念そうに呟く。が、同時に彼の瞳には強い意思が宿った。


「何が何でもこれを復活させよう。ティラズムの力が増すだろうけれど、それに目を瞑ってでもやった方が誰の利益にもなる」


 イルムは一枚の命令書を作成し、総督府の文官の長へ送る。それは、バグラティオニ大王時代の資料を参考につつ、現在の戸籍を元に各地へ軍管区を設定せよ、というものだった。

 一朝一夕で整備出来る制度ではないし、今は北東部に居るであろうティラズムの協力も必要になる。だが、軍管区の振り分けなど、机上で出来る事は今の内に進めさせる事とした。


 軍制改革の下地作りを始めさせた一方で、イルムは人間との交易に目を向ける。


 クロムとの交易は、両者が公認した御用商人らによって行われており、既にお互い馴染みつつある。しかし、当初から問題が無かったわけでもなかった。


 産業や輸送技術、情報通信、交通網さえ未熟なこの世界では、供給も需要も依然として少ない。

 その少ない大口取引は、既に現地の大商人で占められ、小売も直接販売する職人達や仲卸の商人で埋まり、外からの新参者が立ち入れる隙間は、文字通り糸一本すらなかった。

 その為、クロムとナリカラ両当局が指定した商人の活動は、現地市場に大きく割り込む形となってしまう。ナリカラを訪れる商人は、新集落アハルという新たな市場の出現で大きな問題にはならなかったが、クロム側は深刻であった。


 クロム降伏に伴う冒険者の激減で、経済はぼろぼろ。元商人組合(ギルド)長マイヤーを始め幾人か大身の商人が消えているが、その後釜にナリカラ側の御用商人が就いておしまいとはいかない。

 ただでさえ現地の人間でぎちぎちだった需要が縮小してしまい、客の奪い合いが激化したのだ。

 ゴブリン商人が持ち込む鉱物も、冒険者が居なくては需要が激減しており、利益は多くない。その薄利も、御用商人の特権で既存の商人を押し退けた結果であり、クロムの人間との軋轢(あつれき)を生みつつあった。


 しかし、クロムはこれに上手く対応してみせる。これまで冒険者中心だった産業構造を、ナリカラという新たな取引先を活用して加工貿易に特化した形に変えたのだ。特に鍛治と繊維業が再活性している。

 冒険者を相手にしていた鍛治職人達は、客をゴブリンに変えた。製鉄技術が未熟なゴブリンにとって、人間の鉄製品は垂涎(すいぜん)の品である。

 ナリカラへの輸出により、農具や大工道具などから武器防具まで、幅広い鉄製品が飛ぶ様に売れた。そうなると原料の鉱石を持ち込むゴブリンの商人も、薄利から一転して潤う様になる。

 また、ナリカラからの輸出品には鉱物の他に亜麻や羊毛もあり、クロムで織り布へ加工されてからナリカラへ戻って来ていた。細々とした家内生産に頼るナリカラでは、織物の需要は高く、クロムの繊維業もまた好景気に沸いた。


 クロムは急速に衰退しつつあった状況を好転させ、ナリカラ総督府としても産業振興に加えて、軍に鉄製武具を供給出来る様になった事は大きな利益である。今は一部の兵に留まっているが、いずれは武器だけでも青銅から鉄に更新させるつもりだ。


「ザリャンとの決戦までに鉄製武具をどれだけ用意出来るかな……あまり猶予が無い様だし、多少財政に無理をさせてでも輸入させるか」


 イルムはやや厳しい顔付きで交易関連の書類を置く。代わりにザリャン氏族の動向が記された報告書を手に取った。


「あー……いよいよ動きそうだなー……リオニはまず落ちないけれど、周辺が荒らされる事を考えると籠城はし辛い。やっぱり野戦になるなぁ」


 ザリャン氏族は進出可能な範囲を片端から収奪して、物資を()き集めている。荷車も急ぎで新たに作られ、駄獣どころかゴブリンにすら車を()かせるつもりらしい。

 (まさ)しく、大移動の前兆であった。イルムはふぅと息を漏らす。


「モシニクスの時と同じく、町の目前で野戦陣地を構築しての防衛しかない。南部で諸侯軍が手酷くやられた結果、相対的に総督府の力が増す形になったけれど、指揮権はそれぞれが握ったままだ。まだ細かく口出し出来る程じゃない」


 表情と口振りは固いが、その声色は軽かった。


 既に集結した軍勢の野営地の周囲に、防御陣地構築として総出で堀を掘らせている。加えて掘り出た土で土塁を築かせ、柵も巡らした。今では野戦陣地どころか最早ちょっとした砦となっている。

 更にたとえ負けても、いざとなればリオニに逃げ込めるし、赤帽子(レッドキャップ)が力を失った以上、北部軍は暴れ放題だ。敵もその内にリオニ攻めどころではなくなるだろう。


 そう考えたイルムは既に、眼前で撤退するザリャン氏族軍の背中を貫きザリャン本領まで突き進む、その手順すら練り始めている。

 目前の戦術的勝敗など、北部軍という戦略的勝利に比べれば塵芥(じんかい)同然。そう内心余裕を(たた)えていた。


「エルガのお陰で、北部の状況が想定以上に良くなっているから、リオニでの決戦が無価値になっちゃったや。(むし)ろ攻めてくれたら向こうが勝手に消耗してくれる。別に明日にでも攻めて来ても良いんだよ? 君達に時は味方してくれないんだから」


 焦燥に燃えているであろう南の方角を向いて、イルムがにんまりと笑みを浮かべる。


 その日の夜、ナリカラに来てから最も安らかな眠りにイルムは就けた。就寝中の間に起きていた事態にも気付かずに。



 一人のぼろを纏うゴブリン、ボガードが息急き切って深夜のリオニ城内を駆ける。が、すぐにばたばた騒がしい足音を聞き付けた衛兵が右手に手斧、左手にランプを持って前を塞ぐ。


「止まれ!」

「通してくれ、ザリャン氏族軍本隊を探っていたボガードだ。総督閣下へ緊急の報告がある! 証もほれ!」


 ボガードが袖口から割符を出して自身の所属を明らかにした。しかし曲者ではないと理解はした衛兵も譲らない。


「駄目だ駄目だ。いくらボガードでも御就寝中の閣下を(わずら)わせるのはいかんだろ。それにボガードによる報告でも、手続きを踏まえてからが決まりだった筈だ」

「そうも言ってられない急を要する報告なんだ! 早くせんと手遅れになる!」


 必死になるボガードであったが、衛兵の一言で言葉が詰まる。


「まさか敵の攻勢が始まったのか?」

「いや……そうではないが……」


 じゃあ駄目だ、朝まで待て。大事ではないと判断した衛兵はそれで片付けてしまい、ボガードは摘み出されてしまった。


 翌朝、イルムは昨日の終わりとは真逆な朝を迎える。

 激しく扉が叩かれ、自分を呼ぶ叫び声も相まって大変(やかま)しい。イルムが寝ぼけ眼を不機嫌そうな形にして身を起こす。


「せっかくこの上ない快眠だったのに……何事? その場で報告して」


 絹の寝巻き姿で扉の前に立つ彼の耳を、信じ難い報せが突き抜けた。驚愕(きょうがく)で眠気が吹き飛び、思考も一緒に付いて何処かへ行ってしまう。

 放心状態から回復し、何とか自分で寝巻きから着替えられた頃には、諸侯がリオニ城に集まり切っていた。


「ザリャン氏族軍が昨夜の内に総撤退だって? 一体何がどうなってるんだ?」


 イルムの動揺を抑えられる者は、この場には居なかった。




※↓は作者の独り言で、本編に関わりないので読まなくても良いです。


ナリカラのモデルであるグルジア王国の軍制を調べようとジョージア語wiki記事(Google翻訳)などを覗いていて思ったんですが…


ビザンツ帝国(東ローマ帝国)と古くから交流あるから、先進的な軍管区制度(ビザンツにはテマ制がある)はまだ理解できるとして、建設王ダヴィド4世有能過ぎない?

(フランス語wiki記事を参考にすると)軍制改革や教会への改革などによる中央集権、おまけにセルジューク朝をボコボコにしながら文化や教育(「人類の最大の宝は教育である」という言葉まで残している)に至るまで幅広く功績残しまくり、挙句に人格も評判良く異教徒や異民族にも寛容って何だこの完璧超人。


「事実は小説より奇なり」とは言いますが、歴史上にはファンタジー顔負けの人物や出来事がごろごろしてる事を再確認しました。

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