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九十四話 汝、祈りかつ働け

 

 リオニの町はどこか殺気立っている。戦の匂いどころの話ではない。

 その原因は至る所で(たむ)ろする、武器を携えたゴブリン達にあった。町中の彼方此方(あちこち)に立っている旗も、ナリカラ軍旗の他に、エグリシ氏族のあらゆる有力者の紋が確認出来る。

 北部を除くエグリシ氏族諸侯とその配下の軍勢ほぼ全てが、リオニに集結しているのだ。


 ナリカラ軍は先のアミラミの戦いで、一千ものザリャン氏族軍を壊滅させ、ロムジア氏族との合流を果たした。だがその後、諸城への援軍に向かう筈だったエグリシ氏族諸侯軍を粉砕され、イルムも立て直しの為に全軍撤退を余儀なくされる。

 敵の追撃を逃れると、(かね)てから決めていた、ロムジア氏族の南西部を除くリオニ以南の拠点全ての放棄を指示。南部の領主達は軍民揃ってリオニへと集ったのであった。


 兵士と避難民でごった返す町を見下ろすリオニ城。その一室で、イルムは椅子にだらしなく身体を預けていた。


「いやぁ、追撃を受けた時はひやひやしたよ。槍を投げさせて、トロールを怯ませるのが上手くいって良かった」


 巨人トロールが撤退する南部軍に襲い掛かって来た時、イルムは通常の槍を二人掛かりで投擲(とうてき)させている。これは賭けに近かったが、狙い通りトロールに弩砲(バリスタ)と誤認させる事に成功し、撃退に繋げていた。


「投槍……これ使えそうな気がする。小柄なゴブリンじゃ、騎兵とかの突撃を受け止めるのは長槍でも難しい。なら、いっそ主力を張る歩兵も投射兵にしてしまおうかな」


 長槍の壁で敵の攻撃を受け止める従来の戦術から、投射武器による弾幕で勢いを削ぐ事への転換を考える。だが、やがてある事に気を取られていき、イルムの顔色が変わっていった。


「エルガは大丈夫なのかな……北部軍と合流したのは分かっているけれど……」


 凶悪な赤帽子(レッドキャップ)を討つべく、エルガはリオニで数十台もの攻城兵器を含む、六百の軍を率いて北部へ向かっている。

 策があると本人は言っていたが、相手が相手なだけに、イルムの胸中は穏やかではない。時折彼女の安否を思っては、無事を祈っていた。今もまた、斜め十字を宙に()いて祈る。

 そんな彼の元へ、北西部に建設されている人間の集落の状況を伝える報告書が届いた。




 ナリカラ北西部の要、城塞都市ディアウヒより北西に、新しい集落がある。人間の都市クロムとディアウヒを繋ぐ交易地として建設中であるこの集落は、「新しい」を意味する“アハル”と呼ばれていた。

 クロム攻略戦後、大量の失業者や貧民を連れて建設されているアハルは、その名の通りナリカラに新風を(もたら)している。


 ゴブリンの国であるナリカラで、唯一人間が溢れるアハルは、そこら中、槌を叩く音や甲高い金属音、木材に斧が振るわれたり(のこぎり)が引かれる音に加え、人々の活気で大変賑わしい。

 その活発な空気に、どれだけ居ても足りない労働力を補う人手として、各地から出稼ぎに来たゴブリン達も混ざっていた。建材を運ぶ年のいったゴブリンが、二階建ての建設現場を見上げて唸る。


「この“起重機(クレーン)”ちゅうのは凄いのぉ。建材を箱に入れて担ぐより、ずっと楽に高層に運べる」


 ぼろの服を着た人間達が放射状に伸びる棒を持つハンドルで巻上機(ウィンチ)を回すと、長い腕の先に縄で吊られた石材入りの網籠を、起重機(クレーン)が二階部分へと持ち上げた。

 布を頭に巻く壮年の男が引っ掛け棒で縄を引き寄せ、中身を取り出すよう人夫へ指示を出す。籠から持ち出された石は、すぐに建設資材として建造物に取り込まれた。

 その光景を、取っ手の付いた箱に石材を載せて担ぐゴブリンらが、感心した様子で眺める。


 人間がナリカラに持ち込んだ技術は、起重機(クレーン)にとどまらない。例えば、製粉所として建てられた風車。

 風車そのものはナリカラにも、大昔に東方から入って来ていたが、挽臼(ひきうす)を回転させる軸柱がそのまま垂直に伸び、最上部に風を水平に受ける羽根が横に付けられた横型風車だった。

 だがアハルに建てられたのは、風を受ける回転軸が水平である水平軸式の縦型風車なのだ。


 横型風車に対して、構造上風向きに合わせる方位制御機構が必要になる欠点があるが、風力を生む水平軸と臼を回す垂直軸を繋ぐ大小の歯車によって力が増幅され、強力な力で回される大型の臼により、効率良く製粉が出来る。

 この水平軸で回転運動を生み、大きさの違う歯車で増幅させ、垂直軸に伝えるという機構は、水車においても同様だ。

 最近、ゴブリンの技術者達はアハルに通い詰めて、この機構の仕組みを熱心に観察している。


 こうして、集落建設に伴って技術交流が行なわれているアハルだったが、その様子を爛々(らんらん)とした目で見る男がいた。タトラ伯のゲラルトだ。

 毎日飽きもせずアハルをうろつく彼の背を、簡素な格好をした御付きの従騎士がどっと疲れた表情で追い掛けている。


「ゲラルト様……ごほん、元冒険者のゲルツ様」


 主に呼び掛けると、じろりと視線だけを向けられ、偽名で呼ばなかった事を無言でたしなめられた。咳払いして言い直した従騎士は、主の耳に口を寄せる。


「いい加減、御領地に戻られてはどうですか。最初はナリカラを一眼見るだけだと仰って――」

「左様な事を言ったか? 覚えがない。おっ、あそこにゴブリンが集まっておるが、何事か」


 従騎士の諫言(かんげん)を聞き流し、ゲラルトは視界に映ったゴブリン達の元へ走った。

 そこではむわっとする熱気が漂っているにも関わらず、ゴブリン達が真剣な面持ちで一点を見詰めている。彼らの視線の先には、石を積み粘土で塗り固めた人の背丈に並ぶ高さの炉があった。

 箱に張った革の袋を木製の持ち手で挟んだふいごを二つ交互に使って、盛大に空気を送り込まれているそれは、ゴブリンが使う物に比べ、何倍も背が高く大きい。


「製鉄炉か。なるほど、ゴブリンが真摯に見る訳だ」


 ゲラルトはクロムでの戦いで捕虜になった後に聞いた、ゴブリンの製鉄技術が未熟である話を思い出し、目の前の光景に納得した。

 やがて、ゴブリンらの前で職人によって、炉から散々木炭で熱した鉄が取り出されていく。炉の大きさに対して案外小さい印象を受ける、黒に赤が混じった鉄を職人達が槌で叩き、衝撃で追い出された不純物が真っ赤な火花となって飛び散った。


「出来た鉄が多いな……」

「やはり炉が大きい分、一度に投入出来る鉄鉱石と木炭の量が大きい。我らの製鉄より数倍効率的だ」

「それに背の高い炉は、空気が通って木炭がよく燃えて熱が一気に上がるしな」


 製鉄作業を見学するゴブリンは感嘆しつつ思い思いに語り合い、人間の製鉄技術を学び取ろうとする。それを見て、ゲラルトも感じ入った様子で頷いた。


「うむ、良きかな……ん?」


 ふと金属を石に押し付けて引き摺る様なぎゃりぎゃりという音が耳に入り、彼は顔を(しか)める。

 決して心地良くはない音に目を向けると、ゴブリンがクランクハンドルを両手で回し、クランクに繋がる軸と共に厚い円盤が回転していた。もう一人の年老いたゴブリンが、円盤に斧の刃を当て、円盤と刃の間で小さな火花がちりちり舞う。


「砥石車か! ゴブリンも負けずと技術を持っておるな」


 ゲラルトが見ている間にも、ゴブリンの研ぎ師の元には人間、ゴブリン問わず訪れ、刃物の研ぎを請うていた。クロムで戦った事を思わせない平穏な光景を目撃して、満足気に頷いたゲラルトは、別の場所へ足を運ぶ。

 後ろをずっと付いて来ていた従騎士の男は、ナリカラに入ってから何度目になるか分からない諦めの息を吐き出し、そっと主人の背に控えた。彼の主人はふと首を右へ捻って見上げる。


「聖堂も、あと少しで完成か。早いものだ」


 ゲラルトの瞳に、円柱の上に円錐をぴったり乗せた様な塔を中心にして、十字形に四方へ少し伸びた建物が映った。完成間近のアハル教会である。

 中を覗けば十字架や燭台、祭具などがゴブリンによって運ばれている最中だった。外観がほぼ完成した事で、内装に着手され、聖像(イコン)の設置も進んでいる。近々、北方騎士団の推薦を受けた司祭が着任する予定だ。


「人間の住む集落にゴブリンが教会を建てる……長きに渡る敵対関係を思えば何と尊い(さま)か。主よ、我が(まなこ)にこの光景を映して頂く事に感謝する」


 ついさっき壁に架けられた、丸い金の後光を背負う“全能者”の聖像(イコン)に向かって、麻のチュニックに身を包んだ騎士が斜め十字を()いた。


 一方で、彼の背後に控える従騎士は、何とも微妙な表情で押し黙る。これまでアハルを歩き回って、主人の耳には入っていない、物陰でゴブリンがぶつくさ漏らす言葉は、従騎士の耳にそっと転がり込んでいた。


「そろそろ役人共が来るってよ。身元確認だ、税の徴収だって(わめ)いて(うるさ)くなるぞ」

「前は皆で用意した金を握らせれば良かったが、今じゃどいつもこいつも真面目になりやがって……」

「エルガ様は随分と役人共を絞ったそうだが、あそこまでとはな。袖の下として渡した筈の金が、納税として扱われた時は参ったぜ」

「修道士みてぇに毎日きっかり仕事をしなきゃいけない様になっていくのか……魔王軍が居座っていた頃よりずっとマシとはいえ、いやな世になったもんだ」


 記憶に(よみがえ)る愚痴の数々に、思い切り溜息を吐きたくなるが、人間も同じ様にぐちぐち言うものだと思い直す。そんな彼の思いも露知らず、主人がいい笑顔でこちらに振り返った。


「そろそろクロムから戻るゴブリンの商人が到着する頃合いだ。それも見に行くぞ!」


 従騎士の男は今度こそ深い深い溜息を吐いた。


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