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八話 捕虜

 

 イルムらがトロールを討ち倒した後、領主館へ乗り込むべくオルベラ氏族兵とソハエムスの住民が館を包囲した。

 すると館に籠もっていた八十程度のザリャン氏族が武器を投げ捨てて降伏を申し出る。最大戦力であったトロールを失ってはどうにもならないと思ったのだろう。

 だが、住民達は激しい怨嗟の声を上げた。


「好き勝手振る舞っておいて虫が良過ぎる!」

「我らから何もかも巻き上げようとした連中だ、殺せ!」

「そうだ! 串刺しにしてしまえ!」


 住民達が怒りを露わにする中、イルムは武器を捨てたザリャン氏族の前に出る。

 途端、周囲は怒号から騒めきに変わった。イルムについてはソハエムスの住民にも、クムバトからの書状や伝え聞いた噂で知る者は多い。

 だが、直に見ると、魔族にしては線が細いことや雰囲気が柔らかいことに、戸惑いを覚える者も少なくなかった。

 やがて群衆の中から一つ声が飛ぶ。


「総督! 奴らに情けなど不要にございます! 今すぐに――」

「黙れ」


 イルムの一言で全てが静まり返った。誰もがただならぬ気迫に押され、身動(みじろ)ぎも出来ずに固まる。


「前魔王の第四子にして、ナリカラ総督であるこのイルムに口出しする気か?」


 感情を感じ取れない声に、先程声を遮られたゴブリンは震え上がった。イルムは、周りの反応に一切興味を示さずに、怯えて縮こまるザリャン氏族に向けて口を開く。


「では捕虜として生命の保証をする代償に、洗いざらい喋って貰おうか」


 そこにはもう剣呑とした気は無く、普段の態度のイルムが、世間話を始めるかのように、尋問を開始した。



 未だ怒りが(くすぶ)る群衆に囲まれる中で、ザリャン氏族はイルムの質問に全て正直に返答していく。

 そうしなければどうなるかは、火を見るより明らかであったからだが、イルムにとって大変都合が良く、有意義なものだった。


「なるほど、ザリャン氏族の兵力が多いのは、最下層民である鉱民すら根こそぎ徴集しているからで、征服したゴブリンを奴隷として生産活動を全て押し付けている……と」


 ナリカラにおいてゴブリンは基本三つの階級に分けられる。


 まず特権支配者である戦士。彼らは人間諸国での貴族や騎士に相当し、領民保護と従軍の義務の代わりに数々の特権を持つ。


 次に平民。主に食糧生産を担う者達で狩猟や採集、農畜を営む。また職人や商人として活動する者も多く、戦時には領主たる戦士の命で民兵として戦場に出る事もある。


 そして下層民の鉱民。戦士と平民は地上で生活するのに対し、彼らは地上に出ることが制限されており、地下や鉱山の内部で採掘を生業にして暮らす。

 また、彼らはゴブリンとは違う肌の色や、採掘作業で飛び散る石片で傷付いた厳つい顔から、人間達はゴブリンとは別種であると思い込み、鉱民ゴブリンのことをコボルトと呼んでいる。


 ザリャン氏族は、そんな鉱民を捨て駒同然の兵として動員し急速に戦力を拡大、不足する労働力を武力で隷属させた他氏族のゴブリンで(まかな)っているという。


「意外にやるね、それなら鉱民兵を先頭に立たせて戦士や民兵を温存できる。悪くないやり方だ」

「それに鉱民兵にも恩賞を保証して士気を保っているのです」

「ああー、だから街道封鎖のゴブリン達が僕相手に必死だったのか」


 捕虜の証言にイルムは素直に感心する。だが、クムバトは不安気な顔で口を挟んだ。


「総督閣下、捕虜の話が事実なら悠長にしていられないのでは」

「まぁ、確かに。公称一万五千、実際は五千以上の本隊に加えて別行動の千を超える軍がいくつか。今のところ相手にするのは、その一部とはいえオルベラ氏族とその支族だけじゃ防衛すら厳しいね」


 イルムは少しげんなりとした表情を作る。捕虜の情報ではナリカラ南西部を中心に広がるザリャン氏族は現在、北東部のオルベラ氏族を攻撃しつつ西部に進出中だという。

 また主攻はあくまで西部で、本隊と別働隊合わせて一万近い大軍であり、対オルベラ氏族へは都合三千の戦力が送られているとのことだ。

 対するオルベラ氏族は、支族も総動員して精々千強程度しか揃えられず、その上所詮は寄り合い所帯のため統率も怪しい。


「オルベラ攻めの敵軍三千の内、半分はソハエムス攻撃に来ていた軍で、ソハエムスを奪還した今は支族とやり合ってる七百程度しか残ってない。もう半分の千五百はどこにいるのかな?」


 イルムの問いに、捕虜のザリャン氏族ゴブリン達は顔を見合わせる。やがて一人の戦士ゴブリンが代表して、遠慮がちに答えた。


「その、スブムンド公領との国境に。魔族の介入に備えてだそうで……」

「あー……僕がナリカラに入れた時点で半分意味無いね、それに遮断すべきは北じゃなくて東のカシィブ公領だよ。スブムンド公はナリカラを属領としているけれど、使い捨ての兵であるゴブリンの供給源としか思っていない。それよりゴブリンの貿易に関わる機会が多いカシィブ公の方が介入する可能性は大きいよ」


 ザリャン氏族ゴブリンらの顔色が変わる。自分達の戦略が既に(ほころ)ぶどころか崩壊しかかっていることに気付いたからだ。


「北方への別働隊でオルベラ氏族を攻めつつ、オルベラとスブムンド公の連絡を絶って、その間に西部を大軍で制圧してナリカラを掌握ってつもりだったのかな? カシィブ公が軍を送って来たら、背後を突かれて終わりだねこれ」


 顔面蒼白で言葉を失う彼らにイルムは、聞きたいことは聞いたと背を向けて、オルベラ氏族兵に捕虜を適当な場所へ連行するよう命じる。

 それにザリャン氏族ゴブリンは、慌ててイルムへ(すが)り付く。


「お、お待ち下さい! 我らは以前から此度の侵攻に思うところがありまして」

「然り! 最早、ザリャンを正しき道に戻しナリカラに平穏を(もたら)すべく、我らイルム総督閣下に忠誠を誓う所存で――」


 見苦しく自己保身を図るザリャン氏族捕虜を、オルベラ氏族兵が引き摺る様に連行していった。

 それを見守るソハエムス住民も、余りのことに呆れ果てて怒りも霧散してしまったようだ。

 一方でクムバトがやや興奮した様子でイルムに顔を寄せる。


「先程の話、カシィブ公がザリャン氏族の背後を突くというのは真で?」


 イルムは小声での問いに、困ったような表情と小声で答えた。


「……実は微妙なんだよね、あの人自分の財を増やす時と守る時ぐらいしか動かないし……それに東方砂漠の人間諸国と戦が絶えないから軍を回してくれるかどうか」

「左様ですか……」


 肩を落とすクムバトだが、イルムは口角を吊り上げる。


「まぁ、ひとまずはこれでザリャン氏族を取り込むことができるのは分かった。この調子で捕虜をこっちの補助戦力にしちゃおうか」

「……信用はできませんが? それに捕虜を使ってもまだ兵が足りません」


 クムバトはイルムの笑みに気圧されながらも、懸念を挙げた。しかし、イルムは問題無いと言い切る。


「向こうが鉱民ならこちらは捕虜。先陣を切らせれば逃げるに逃げられないし、敵も動揺する。兵力不足はしばらく質で補おう、カシィブ公も儲けが出るなら支援してくれるよ。さあ、まだ敵の残党があちこちに残ってる、降伏を促しつつ掃討しようか」


 クムバトはイルムの言葉に(こうべ)を足れた。


 彼は確信する。やはりイルムこそ仰ぐに相応しい、()()ではない、と。

 クムバトはそう秘めたる野心を静かに燃やした。




 イルムらがいるソハエムスから南南西に遠く離れた地。

 木の少ない草と岩だらけの丘陵地帯のそこでは、五千を数えるゴブリンの大軍が行軍していた。

 その中でも鎖帷子や青銅製の鱗鎧(スケイルアーマー)を身に付けた、重武装の戦士ゴブリンが集中する箇所がある。

 その中心には錫の含有量が多い故に、金に似た黄金色の光沢を放つ青銅鱗鎧と、毛皮のマントを纏った精悍なゴブリンが、一ツ目の小柄な馬に跨っていた。


「流石に西部のエグリシ氏族は、ナリカラ最大の勢力だけあって手強いな。関を突破するだけであの苦戦、かつての王都リオニまでどれだけ時と兵を費やすか分からねえぞ」


 少し荒っぽい口調だが、雰囲気はどこか気品さを失わないそのゴブリンに、戦士の一人が堂々と声を掛ける。


「カルス様、苦戦といえどもそれはあくまで鉱民兵の話であります。我らがいる限りエグリシ氏族も恐れるに足りんでしょう!」

「その通り!」

「カルス様! 次の戦いでは我々が前に出る機会を与えて下され、一息で蹴散らしましょうぞ!」


 声を上げた戦士の言葉に、周りの戦士ゴブリンも同意を示す。全ザリャン氏族を纏める氏族長カルスは、その士気軒昂な戦士達に満足気な笑顔を見せる。


「ははっ! これは心強いな。オルベラ氏族もカシィブのババァもこっちには横槍を入れられねえし、お前らもいる。安心して敵を潰せるぜ!」


 戦士達は笑い混じりにおうっと咆えた。しかし、一人の戦士が首を捻る。


「そういえばカルス様、何故カシィブは動かないんで?」

「そりゃ人間共に金を流して、カシィブのババァとやり合わせてるし、何よりカシィブ領はウチから隊商護衛の傭兵や銅を輸入している。オルベラの商人と付き合いがあるとはいえ、俺らザリャンを敵に回してまで、オルベラに肩入れはしないだろうさ。この俺が背中を安全にしないまま遠征なんかするかよ」


 カルスはそう言って、腰に下げていた革の水筒に口を付けた。エグリシ氏族の領域で手に入れたそれは、カルスの細い鼻へ芳醇(ほうじゅん)な香りを漂わせる。


「うーん、やっぱりエグリシ氏族の葡萄酒はすげぇなぁ。ウチのもなかなかだが、エグリシのは安物でもすげぇや。ま、勝てないのは酒だけにさせてもらうぜ?」


 カルスは獰猛に笑った。


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