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八十六話 三者三様

 

 イルムが黒地斜め赤十字の軍旗と共に、ナリカラへ向けてクロムを出発したのと同じ頃、黒の斜め十字が走る白地の旗も城壁の外にあった。

 北方騎士団総長ロイエ以下百騎の騎馬列は、ナリカラ軍が使用した南の城門とは逆の北門からクロムを出る。騎馬隊を先導するロイエは、大兜(グレート・ヘルム)越しに吐露した。


「イルムという魔族、あれは中々であったな。軍事通行要請で挑発してみたが、思っていたより反発せんかった。あの気質なら信を置ける」


 隣で馬を進める副官の騎士は、一度きゅっと唇を引き結んでから、溜息の様に言葉を吐く。


「……どこまであの魔族やゴブリンと手を取るつもりで?」

「利害がぶつかるまでは不戦、交易で良かろう。信仰を同じくする者と好んで争う事も無かろうて……魔族との戦がひと段落したら分からんが」


 ロイエは一度言葉を区切ると、兜で見えない筈の表情が滲み出る、底意地の悪そうな雰囲気を出してみせた。


「それに、ナリカラとの交易を通じて、間諜を魔族領域に送り込める様になった。かつては隠密魔法によって魔族に情報が筒抜けだったのだ。これからは我らの番としても良かろう?」

「はぁ、左様で……ゴブリンが信徒であった事も驚きましたが、魔族が改宗するとは思いも寄りませんでした」


 副官はそう言うと首を振る。しかし、ロイエは首を正面に向けたままの悠然とした態度で、彼へ声のみを向けた。


「私はそこまで不思議とは思わなんだがな。人間がオルソド教を捨てて、魔族に味方する事もあるのだ。逆も十分有り得よう」


 ロイエの言う通り、人間の中には魔族と手を組んだ者も居る。その彼らは主に黒魔術師、魔人などと呼ばれていた。

 魔族に与する理由は様々だ。魔術の研究をしている内に外法へ堕ちた者、迫害から逃れ続けた結果魔族の元へ走った者、更には安全保障上の理由で魔族と同盟を結んだ勢力等々。

 全く一概には言えないが、共通しているのは魔族と同じくオルソド教徒ではないという点である。この為、北方騎士団を始めとする、対魔族連合軍たる聖討軍は、彼らを魔族諸共討伐せんとしていた。

 一方で、オルソド教への改宗を受け入れる事を条件に、投降を認める事も少なくない。


「聖討軍が魔族五公の一角でも討ち果たす事が出来れば、ナリカラは魔族を見限り、我らの味方となるやもしれん。無理に戦をする必要はあるまいて」

「……もし、そうならなければ?」


 副官の問い掛けに、ロイエは冷たく言い放つ。


「その時は――」


 ――叩き潰すまで。




 北へ向かう北方騎士団とは、ほとんど逆の南東を行くナリカラ軍。その行軍列には数百人もの人間達の姿もある。

 クロムの失業者や貧困層を中心とした、よれよれの服が目立つこの集団の中に、鎖帷子(メイル)を纏う者が二人混じっていた。しかも馬を連れている。

 集団には、他にも荷物を積載した駄獣や荷馬車を持つ者も居るには居るが、馬ではなくロバや小型馬(ポニー)ばかりだ。この為、荷を載せた馬と鎖帷子(メイル)姿の二人は酷く目立っている。

 二人の片割れが、もう一人にこっそりと口を寄せた。


「ゲラルト様、本当にナリカラまで付いて行くつもりですか」

「これっ、その名で呼ぶな。私の名はゲルツだ、元冒険者のゲルツ。冒険者を廃業し、ナリカラで用心棒でもしようかと考えているという(てい)の」

「自分で(てい)って言っちゃうんですか……」


 彼らは、タトラ伯ゲラルトとその従騎士であった。ナリカラ軍の捕虜となっていたが、クロムの降伏時に解放されている……筈なのだが、何故かナリカラ軍に付いて来ている。


「御領地はどうなされるので」

「息子と家中がよろしくやっておろう。他の騎士達も帰らせたし、問題あるまい」


 従騎士は頭を掻くしかなかった。ゲラルトは捕虜となってから、ゴブリンに対して尽きない興味を抱いている。新しい事を知る楽しさに呑まれて、半ば暴走している様なものだ。


「ナリカラは一体どんなところであろうなぁ」


 ゲラルトはまだ見ぬゴブリンの国に想いを巡らす。従騎士は物見遊山気分の主人に溜息を吐いた。




 北に北方騎士団、南東にゲラルトが紛れた人間の群れを連れたナリカラ軍、この両者とも違う方向、西を目指す別の集団がクロムから数日離れた地点にいた。


 人が数人入れば一杯の小さな小屋に車輪を付けた様な馬車が、騎兵や歩兵に護衛されて森の中を進む。細く荒い道をがたがた揺れながら行く、その馬車の狭い車内には、身なりの良い男が詰まっていた。

 彼らはクロムの商人組合(ギルド)長とその側近達……いや、元商人組合(ギルド)長と手下達と言った方が良いだろう。


 彼らはクロム降伏の際、他の対ゴブリン主戦派の者達同様、クロム市長を含む穏健派により、自分の屋敷に抑え込まれていた。

 しかし、降伏時に市内の警戒へ人手が取られ、屋敷を包囲する兵が減った時を見計らい、脱出に成功する。

 その後は隠れ家に潜伏し、集められる限りの味方を連れて、ゴブリンに(こうべ)を垂れるクロムを離れたのだった。


 元商人組合(ギルド)長は親指の爪を(かじ)る。彼にとって何もかもが滅茶苦茶になってしまった。

 地位はおろか、財産も多くは置き去りにせざるを得ず、人脈を始めクロムでの影響力も失い、将来設計は音を立てて崩れている。

 私兵として抱えていた傭兵の多くにも見限られ、残っているのは、金を払ってくれるなら何でも良いという貧乏傭兵ぐらいだ。


 顔面が歪みに歪んでいる彼の元へ、解放された窓の外側から、突然野太い声が無神経に乗り込んできた。顔を向ければ、彼の私兵である傭兵の長が痩せた馬を寄せている。


「旦那、森を抜けたら北へ回るんですかい?」


 不躾だが、この疑問は当然のものだった。クロムを出た以上、伝手を頼って何処かに身を寄せる他ない。

 主戦派が頼りに出来るとなると、クロムより北の諸侯や北方騎士団がまず思い至る。それ故に傭兵隊長は森を通る事で痕跡を消し、誰にも気付かれずに北へ向かうのではないかと考えたのだ。

 しかし、その予想はすぐさま覆される。


「いや、西へ向かえ」

「西? マイヤーの旦那、御得意様方の元へは向かわないんで?」

「いいから西だ!」


 元商人組合(ギルド)長のマイヤーは、有無を言わせぬ怒声でぴしゃりと話を終わらせた。傭兵隊長は納得し切れていない表情を浮かべつつも、馬車から距離を取って護衛の任に戻る。

 マイヤーは車内の背もたれに、どすっと前のめりだった身体を乱暴に預け、思考に(ふけ)った。


 北の諸侯を頼ろうにも、ゴブリンに肩入れしたと噂のゲラルトが戻って来る事を考えれば、ゴブリンとの戦を(けしか)けるのは難しいだろう。

 北方騎士団は自分が工作しなくとも、対魔族急先鋒であるかの騎士修道会が、ゴブリンとぶつかるのは間違いない。ならば自分が頼ると同時に働き掛けるべき勢力は、大公国(キーイ)だ。


 マイヤーはそう思案して、西のキーイ大公国を目指していた。

 彼の考えは、ゲラルトに関しては合っている。だがしかし、後者の北方騎士団については完全に狙いが外れていた。

 これにマイヤーは気付きようがなかったが、結果的に、ゴブリンとは対立姿勢を取らないとした北方騎士団の所へ飛び込み、無駄足を踏んだ挙句北方騎士団と揉め事になってしまう事態は避けられている。

 知らず知らずに、現状で取れる選択肢で最善を選んでいたマイヤーであったが、キーイ大公国を目指す理由は他にもあった。


 ――イーゴルがキーイへ帰郷するとの情報は掴んでいる。上手く道中で合流出来れば……いける筈だ。奴の故郷は魔族に荒らされている。奴を始め、キーイが抱く魔族への怨恨を(つつ)いてやれば、ゴブリン討伐に動くだろう。

 残る伝手を使えば軍資金の貸付や物資確保ぐらいは出来る。それを機に返り咲いてくれるわ。


 復讐心と野心が混ざり合った泥を臓腑に溜め込んで、マイヤーは歯を軋ませる。


 自分は、生まれに胡座(あぐら)をかいた貴族商人共とも、底辺で彷徨う連中とも違う。

 一介の見習い商人として下働きで汗を流し、そこから実力で組合(ギルド)長の地位まで登り詰めたのだ。己の実力で!

 才覚があるからだ、自分には。他の者とは別格な人間なのだ、自分は。特別な人間である自分こそ、人の上に立つべき存在なのだ。

 それを、それを、あの矮小で野蛮なゴブリン共に! 絶対に許さんぞ……今に見ておれ! ゴブリン共!


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