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八十二話 ロイエ

 

 イルムの背中を冷や汗が伝う。眼前の人物の事を思えば、それも無理はない。

 彼の前には大兜(グレートヘルム)を被り、白地に黒の斜め十字を描いた陣羽織(サーコート)鎖帷子(メイル)の上から着込んだ騎士が立っていた。対魔族連合軍である聖討軍の主力を担う北方騎士団、そのトップが目の前に居る。

 北方騎士団総長ロイエ・フォン・プルツェンラントは、(おもむろ)に兜で遮られて見えない口を開いた。


「そう構えないで頂けるか、私個人としては魔族憎しという訳ではないのだ」


 落ち着いた声色に、イルムも連れられて緊張を緩める。


 ゲラルトの仲介によってナリカラ軍と北方騎士団との戦闘が回避され、現在はロイエの要望でイルムとの会談が両軍を挟んで行われていた。


「私はクロムからの援軍要請に応え、直轄の配下を率いて参ったのだが、戦が終わっているのであれば貴殿らと争うつもりは無い」

「……正直に申して、北方騎士団の言葉とは思えないのですが。目の前に居るのは魔族ですよ?」


 イルムの当然過ぎる疑問に、ロイエは首を僅かに右へ傾ける。表情は一切見えないが、何か問題でもあるのかという雰囲気が不思議と伝わってくる。


「私の興味はナリカラ、更に言えばナリカラを通った先だ。分かるであろうか?」

「……」


 口を閉ざしたイルムであったが、ロイエが言わんとする事は嫌というほど理解出来た。ナリカラの北にはスブムンド公領、魔族領域南西部が存在する。

 そしてスブムンド公は西部のラトンク公と共に、聖討軍を相手にした戦争の真最中だ。北方騎士団の狙いがスブムンド公の背面である事は明らかだった。

 ロイエはイルムの沈黙を事実上の肯定と受け止め、話を続ける。


「北方騎士団としては邪鬼の王スブムンドを背中から刺せるし、私個人としては不死王ラトンクを討てればそれで良い。はっきり言えばゴブリンなど眼中に無いのだ」


 彼の言い分にイルムは口端をひくつかせる。同席していたゴブリンの将達は何とも言えぬ表情を浮かべ、隣に居た副官らしき騎士も後頭部をがりがりと搔き毟って歯を噛み締めていた。そんな周囲に気付いているのかいないのか、ロイエは更に言葉を繰り出す。


「要はラトンクとスブムンドを討つ為、聖討軍をナリカラ北方へと通過させて欲しい」


 そんなの容認出来る訳ねぇだろ!


 ロイエ以外の全員がそう叫びたかった。

 本来であれば敵対関係にある相手に、軍事通行権を要求するなど普通は考えられない。が、ロイエは大真面目である様だ。


「安心してくれ、北方騎士団の規律は世界有数と自他共に認めるところだ。ナリカラに手を出す事は一切無い」


 イルムは顔面を引き()らせて黙るしかなかった。

 北方騎士団に限らず、騎士修道会は規則に(のっと)った修道生活を通して、規律ある軍事集団となっている。それは確かに事実ではあったが、それでも魔族撃滅を標榜している者達にナリカラの地を歩かせるなど、到底容認出来なかった。


「軍事通行は認められません。たとえ北方騎士団が節度を守ってナリカラに指一本触れないとしても、宗主である魔族への攻撃を看過出来る訳が無い」


 きっぱりと言うイルムに、ロイエの副官も当然だろうと瞑目して頷く。しかし、ロイエはそれに納得しない。周囲が予想したものとは別の意味で。


「見たところ、貴殿は魔族でありながら魔族と随分距離がある様に見受けられたが? 我らのスブムンド討伐は、ナリカラを魔族から独立させる手助けにもなる筈だ」


 まさかの爆弾に全員が固まる。内心はどうであれ、ナリカラは現状では独立を望んではいない。その為ロイエの発言は危険でしかない上に、イルムの心を抉るものだった。


 元々は、貧乏くじを引かされたとイルムは嫌々総督に就き、その後は職務を全うする事で自身の安寧を手に入れる事を最終目的に、ナリカラを纏めようとしてきた。

 そうであった筈だった。そうでなければならなかった。


 だがロイエの発言に、イルムは自分でも気付いていなかった核心を突かれた様な感覚に陥る。

 最初は厄介事に巻き込まれた事を面倒に思いつつも、降り掛かる火の粉はしっかり払う程度のつもりだった。ナリカラもただの赴任地だと思っていた。


 今はどうだ。


 ナリカラを自分の国だと一切思わなかったか? ゴブリンの軍勢を指揮し、敵を打ち破る事に快感を覚える事は無かったか? ナリカラに兵と税を要求する魔族からの書状を、煩わしく思う事は無かったか?

 そして、魔族の総督である事を忘れて、一国の王になった気分を味わう事が一度も無かったと言えるのか?


 魔王の第四子である若き魔族の総督は、頭の中を自身への疑念に引っ掻き回される。


「イルム殿、如何(いかが)した」


 心配した様にイルムを覗き込んだゲラルトの顔が視界に入り、彼は正気を取り戻した。俯き掛けていた顔を上げ、ロイエを見据える。


「何と言われようが軍事通行は許可出来ません。ただ、軍事以外であれば協議の余地は十分あるかと」

「軍事以外?」


 ロイエの疑問符にイルムはすらすら答えた。そこにはもう、先程までの動揺は見られない。


「商業、宗教、人材交流などの形であれば、比較的自由にナリカラを出入り出来るかと」

「……なるほど、軍は無理だが間諜程度は見逃すという事か」


 それをはっきり言ってしまうかと、ロイエ以外は呆れの色を見せる。イルムも苦い表情を隠し切れていない。

 本来であれば間諜もお断りなところだが、あまりに拒絶の意思を見せると「ならば力尽くで押し通る」と攻めて来かねない為、ある程度は妥協しなければならなかった。

 イルムは慎重にロイエの出方を窺う。そのロイエは腕を組んだかと思えば、宣言する様に堂々と声を上げた。


「相分かった、ナリカラを北上しての魔族誅滅は考え直そう。ナリカラと戦端を開くのも愚策である故な」


 すんなり飲み込んでくれた事に、ナリカラ側は全員安堵の息を吐く。これで最悪の事態は避けられた。

 だがロイエはここで終わるつもりは無かったらしい。今度はクロムで改めてじっくり話し合いたいと持ち掛けたのである。




 都市クロムの住民は誰もが困惑していた。

 ついこの間、戦っていたゴブリンと和睦が成って不戦と貿易が定められたかと思えば、今度は対魔族急先鋒の北方騎士団とゴブリンがクロムで話し合うという。これにはクロムの上から下まで、呆然とするか宙に斜め十字を描くしかなかった。

 クロムの当惑を他所に、イルムとロイエは参事会から提供された屋敷で会談を始める。まずイルムは最も疑問に思っている事を尋ねた。


「そもそも目の前の魔族と交渉するなんて、北方騎士団はどうしたいのですか? まさか魔族との講和を考えているとか?」

「それは無い」


 室内でも何故か、鎖帷子(メイル)どころか大兜(グレートヘルム)すら脱がずに椅子へ腰掛けたロイエは、そうすぱっと答えた。重いぞと椅子が軋んだ音を立てて抗議していたが、彼は意に介さず北方騎士団について語り始める。


「北方騎士団は戦ばかりと思われがちだが、一番の自慢は外交、交渉力だ。外部の支援が騎士団の財政や人材を支えているが、失態を演じる度に我らを支援する王侯貴族や都市相手への釈明などに追われる故な。また、新たな支援者を得る為の外交にも余念がない」


 言葉を切ったロイエは、隣の副官へ首を向けた。良いな? とばかりに小さく首を前に出すと、顔を向けられた副官は溜息を吐いて「お好きな様に」と(こぼ)す。承諾を得たロイエはイルムに向き直った。


「そして、必要とあらば敵とも交渉する。何故なら敵も一枚岩とは限らんからだ。現に北方騎士団はラトンク及びスブムンドに集中する為、北のシュルフト公とは繋ぎがある」

「えっ!?」


 まさかの事実にイルムは素っ頓狂な声を上げてしまう。魔族領域北西部の竜王シュルフト公が人間と、しかも北方騎士団と通じていたなど全くの初耳だった。


「経緯は明かせんが、聖討軍は竜族に手を出さぬと協約を結び、連絡体制もかなり細いが確かに存在する。向こうもラトンクとスブムンドのみを攻撃してくれるならと許諾しておったぞ。人も魔族も内輪揉めするのは同じだな、全く」


 初めてロイエが深々と溜息を吐いた。イルムは暫し唖然としていたが、カシィブ公とマンデ帝国の関係を思い出し、あり得ない話ではないかと立ち直る。

 それにシュルフト公は次代の魔王として、魔王第二子であり自身の姪でもあるピュートーンを単独で推していた。当然、第一子ドゥルジを推すラトンク公とスブムンド公の力を削ぎたいと常々考えていた筈、聖討軍と裏で手を結ぶのも自然な流れとも言える。


 そして、改めて互いに軍事的対立は望まない事が確認されると、今度は交流について話が進んだ。


「ナリカラとしてはどんな形の交流でも歓迎出来ます。何しろ人間との交流は百年以上振り、多少の混乱はあるでしょうが、ゴブリンは決して拒みはしない筈です」

「ふむ……北方騎士団が出来る事は、本領が交易の中継地である事を活かした販路の提供、そして神品や薬師の派遣だな」


 北方騎士団は広大な領地を持ち、事実上の独立国家となっている。その領地は、拠点の建材や軍需物資を運ぶ為だった河川流通網を今は貿易にも使用する事で、かなりの利益を上げていた。

 その貿易路をナリカラにも開放するという。もし北方騎士団がゴブリンの立場を保証出来れば、直接ゴブリンの商人が大規模市場に乗り込む事も可能だ。

 更に北方騎士団の元は病院組織だった事から、北方騎士団には医療の知識や技術が蓄積されており、それに通じる人間を遣わすつもりらしい。

 ナリカラの経済と医学を大きく発展させるであろう事に、イルムは表情を明るくさせて、ナリカラが出せるものを挙げる。


「ナリカラからは鉱物や葡萄酒を。特に鉄鉱石はかなりの数を安価に提供出来ます」

「それは良いな、鉄はいくらあっても困らん」


 交易の話が進む中、雰囲気が砕けたものになってきた事を受けて、イルムは途中で思い付いた思案をロイエにぶつけてみた。


「ロイエ殿、実は折行って頼みがあるのですが……」


 その頼みは小さな驚きと共に快諾された。



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