表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/157

七十六話 白目

 

 五十騎近い騎士と彼らに続く二百五十の歩兵は、ナリカラ軍前面に築かれた幾重もの塹壕陣地を避ける様に、北東から大回りして近付いている。直ちにナリカラ軍右翼が迎撃態勢に入った。

 塹壕を左手に見る形で緩やかな弧を描く陣列を二重に敷く。槍と盾を持つ歩兵が側面を固め、長槍兵が正面に構えた。


「弓、放て!」


 接近を続ける敵勢へ、塹壕陣地の最右部から牽制の射撃が放たれたが、騎士も歩兵も歩みを鈍らせる事は無い。盾で受け止められてしまうだけでなく、青銅の鏃では鉄製の鎖帷子(メイル)を貫けず、手傷すら負わせられないのである。

 矢の数々を物ともせず、人間の軍勢は鹿の軍旗をはためかせて進み続ける。そして彼らは、一方的に射撃を受けたにも関わらず、大した損害も無いまま突撃を開始した。


「聖騎士ブルンツヴィークよ、汝の剣の力を我らに授け賜え!」


 鬨の声を上げる軍勢がナリカラ軍に突っ込む。馬上槍(ランス)を下向きに構えた五十弱の騎士は、一列横隊で長槍兵の槍衾(やりぶすま)に対峙した。長槍と馬上槍(ランス)が交差する。

 先に穂先が届いたのは馬上槍(ランス)だった。最前列の長槍兵が漏れなく身体を貫かれ、次列の兵達は吹っ飛んで来たその亡骸で頭を強打する。勢いを殺す事なく突き進む騎士は、不運な前列諸共、後列の長槍兵達を馬蹄で踏み砕いた。


 ゴブリンの長槍は、小柄な種族であるゴブリンにとっては自身の背丈の二倍近い長さだが、人間にとっては一般的な槍と変わりない。そして馬上槍(ランス)は、その人間における一般的な槍を超える長さを持つのである。

 この事実は、今回の戦場でナリカラ軍に悲惨な結果を齎した。


 第一陣列を悠々と突破した彼らは、そのまま第二陣列に突入。呆気なく第一陣列を蹴散らした姿に動揺していたゴブリンを踏み潰していく。

 防衛線を中央から突き破られたとはいえ、依然として戦闘可能である両翼は、騎士を包み込もうと動いた。


 しかし、そこへ騎士の後に続く歩兵がぶち当たる。彼らは騎士がこじ開けた穴に雪崩れ込み、その傷穴を広げていった。

 第一陣列は敵歩兵に止めを刺された形で士気崩壊を起こし、第二陣列も伝播した混乱で四分五裂一歩手前の有様となる。


 魔術や発展した集団戦術が普及した人間諸国において、今もなお戦列を組んだ歩兵や魔術師ではなく騎兵が主戦力足りうるのは、戦場を縦横無尽に駆ける機動力と、何よりその衝撃力によるものだ。

 人間同士の戦いでも、重騎兵である騎士の突撃を正面から止めるなど、基本的に罠に掛けるか陣地に頼る他ない。人間より小柄なゴブリンでは尚更であった。


 二重の防衛線を破った騎士達は、馬首をナリカラ軍本陣へと向けた。後は本陣や投石機を蹂躙するだけ、そう考えていたであろう彼らの前に、最後の障害が立ちはだかる。一ツ目馬に跨り漆黒の髪を揺らす青年が、剣を手に叫んだ。


「恐れるな! 掛かれ!」


 その声を合図にイルム直率の予備隊と、虎の子の精鋭部隊、オルベラ氏族最強のゲガルクニク勢が各々の武器を掲げて騎士達へ襲い掛かった。


 屈強な戦士ゴブリンが、飛び上がって騎士へ斬り付ける。だが、貴重な鉄製武器も鉄に劣らぬ上質な青銅武器も、盾や鎖帷子(メイル)の上に装着された籠手(ガントレット)脛当(グリーブ)に攻撃を受け止められてしまう。お返しとばかりに、騎士は馬上槍(ランス)で突きを繰り出すと、そのまま槍を捨てて腰の鞘から剣を引き抜いた。


 第二陣のゴブリンが敵歩兵と白兵戦を繰り広げている前で、五十弱の騎士とゴブリンが乱戦を始める。戦士ゴブリンは、歴戦の戦士らしく鎧に刃が通らないと見るや、標的を騎士から彼らを乗せる馬に変えた。

 騎士を率いる将と思しき人物の馬には馬衣が着せられているが、それ以外の馬はほぼ裸体で、馬甲の欠片すら見当たらない。馬の喉を狙って戦士ゴブリンの得物が振るわれる。


「おのれ……! 馬を狙うとは卑劣な!」


 幾人かの騎士は見事な剣捌きで愛馬への攻撃を弾いたが、彼らの周りでは悲痛な(いなな)きが響き渡った。騎士達は身を捻って暴れる馬から放り出されたり、崩れ落ちた馬に片足を下敷きにされてしまう。


「今だっ、叩き込めぇ!」


 倒れた騎士にゴブリンが群がる。落馬の衝撃で身体を痛め、身動き出来ない騎士に斧が振り落とされた。いくら鉄製の防具で固めていても、がんがんと打撃を何度も受ければ無事では済まない。

 たとえ頭をすっぽり覆う大兜(グレートヘルム)を被っていても、脱がされてしまえば御終いである。露わになった鎖頭巾(メイル・コイフ)姿の頭に、刃が突き刺さった。


 袋叩きという言葉がぴたりと当てはまる様相の中、胴体を胸甲で包んだ騎士が大兜(グレートヘルム)からくぐもった怒声を張り上げる。


「何たる悪辣(あくらつ)、悪逆(なり)! 許せぬ!」

「ゲラルト様、危のう御座います!」


 鉄帽子(ケトルハット)を被る従騎士の言葉も無視して、ゲラルトと呼ばれた騎士は手向かうゴブリンを馬脚と剣で蹴散らし、馬上からゴブリン達に指示を飛ばしていたイルムへ切っ先を向けた。


「貴様がゴブリンを束ねているという魔族だな、我が剣の錆にしてくれる!」


 威勢の良い台詞を放つと、馬の腹に刺々しい金の拍車を押し付ける。馬衣を身に付けた馬が主人の意思を汲んで脚を速めた。イルムは真っ直ぐ向かって来る騎士が、敵勢の大将である事を一眼で悟る。


 馬衣を纏った馬に騎乗しているのは、先程従騎士からゲラルトと呼ばれた()の騎士だけだ。そして何より、胴体にはよく磨かれた胸甲が輝いている。馬と騎乗者の装備が、我こそが将也と声高に主張していた。

 そんな彼を追い掛ける鉄帽子(ケトル・ハット)の従騎士は、何度も諫言(かんげん)をぶつけていたが、やがて諦めを含んだ面持ちで叫ぶ。


「我が主君が敵将に挑む! (まなこ)のある者は見よや見よ!」


 衆目を集める声を合図に、騎士ゲラルトは更に馬の速度を上げ、イルムも一ツ目の愛馬をゲラルトへ向けて駆けさせた。互いに剣を振り上げ、敵将の頭に殴り掛かる。

 二振りの剣がぶつかり合い、甲高い濁音を響かせた。二頭の馬が一度相手の尻尾を追い掛ける様に走ると、同時にふいっと距離を取る。イルムが剣の柄を握り直した。


「……実戦経験はあるか、面倒な相手だ」


 打ち合った際の腕の動きや、すれ違った後の馬の御し方から、ある程度ゲラルトの実力を推し量ったイルムはそうぽつりと呟く。

 一方のゲラルトは一切言葉を発さず、再び馬を駆った。ぶんっと空気を切り裂く音を立てて、刃が大きく外から振るわれる。自分に向かって来る剣を、イルムは突きで受けた。刃先を相手の剣に当て、そのまま刃の上を滑らせて弾く。


 今度はすれ違わずにその場に留まり、斬り合いとなった。斬り付けては弾かれ、弾いては斬り付ける。見掛け倒しではないゲラルトの腕前に、押され気味なイルムの額に汗粒が浮かんだ。


 しかし、イルムは敢えて多少は使える魔法を使わずに剣戟を続ける。理由の一つは相手の性格だ。

 馬を殺してから騎士を討ち取るゴブリンに言い放った言葉から、ゲラルトは騎士らしく誇り高い性格だと見て、魔法抜きで堂々と破った方が捕虜にした際に都合が良いと考えたのである。


 そしてもう一つ、魔法を使わずとも勝てると判断したからだ。イルムの視界端にその自信となる存在が映る。


「“向こう傷”のゲガルクニク、助太刀参る!」


 長柄斧がゲラルトの胸甲を掠めた。仰け反った格好の彼が息を呑んだのが、落ち着きのない細かな動きと雰囲気で伝わる。イルムは彼に向けて口角を上げてみせた。

 戦場は勿論、決闘などにおいても助太刀は大いに認められている。それどころか、危機に陥っている決闘者に助太刀が現れないのは、決闘者に人望が無いからであり、また決闘者の仲間が薄情であるからとされていた。


 騎士道に重きを置く者にとって、ゲガルクニクの助力は誠実なものと映るだろう。ゲラルトもそう感じたのか、卑怯者などの悪態は無く、無言で剣を構え直すだけだった。イルムも剣を構え直す。

 が、ふとゲラルトの胸甲にゲガルクニクが付けた傷とは別に、小さな傷が複数ある事に気付いた。


 ――あれは……。


 頭の一部でその傷について思考を巡らせ様とした時、怒鳴り声でそれを中断させられる。


「ゲラルト様! 加勢致しますぞ!」


 従騎士を始め、何騎かの騎士がゲラルトの元に駆け付け、それに呼応する如くゲガルクニクの配下も馳せ参じた。(たちま)ち擬似的な決闘が敵味方入り乱れた混戦へと変貌する。

 イルムもゲラルトへ剣を突き出すが、横薙ぎに峰を叩かれて逆に突きを返された。首を左に傾け、(すんで)の所で剣先を(かわ)す。右筋の皮が切れて赤い線が出来た。じんわりと滲む痛みにイルムの顔が強張る。


「貰った!」


 イルムの首横に伸びた剣が半回転して刃を獲物に向けた。ゲラルトは盾を捨て、空いた左手を柄に置く。


 瞬間、ゲラルトに凄まじい衝撃が加わった。

 長柄斧が胸甲を捉え、大きくひしゃげさせる。ゲラルトの身体が短く宙を舞い、彼の胴体から変形した胸甲が外れ飛んだ。

 これを機に状況はナリカラ軍主導のものとなる。ゲラルト落馬の報は騎士だけでなく、歩兵にも動揺を齎らした。


「大将の次はどいつだ、全員手柄にしてくれる!」


 ゲガルクニクが隻眼をぎらつかせて、ゲラルトに駆け寄ろうとする騎士へ飛び掛かる。彼の手勢も邪悪な笑みを浮かべて続いた。


 それでも従騎士が危険を顧みずに馬を降りて、戦場の間隙を縫い、仰向けに倒れるゲラルトを介抱する。


「ゲラルト様ぁ! 生きておられますか!?」


 大兜(グレートヘルム)を外すと、ゲラルトの両目は白目を剥いていた。


 一方のイルムは足元に落ちた胸甲に目を向ける。陽光できらりと輝く胸甲は大きく歪み、あちこちに矢で付いたと思われる小さな傷があった。

 青銅の鏃で鉄製の板金鎧が傷付いたり、一撃でここまで変形してしまうとは、通常考えられない。


「これ……やっぱり鉄じゃないのかな? 誰か、これの材質が分かる人居ない?」


 イルムの疑問に、一人のゴブリンが答える。民兵としてイルム直率の部隊に所属するゴブリンが、胸甲をぺたぺたと触り、重さを確かめながら持ち上げた。


「こりゃ白目(ピューター)ですわ」

「白目?」

「錫に鉛を加えた合金です。鉄より加工が簡単で、よく銀の代用として食器に使われますな」

「つまりこれは……見栄えだけの代物という事か」




 大乱戦の最中、従騎士がゲラルトの脇に腕を回して引き摺っていく。やがて息を荒くしていた従騎士の腕に極短い震えが感じられた。

 暫し意識を手放していたゲラルトが覚醒し、茫然と己の従者の顔を見上げる。従騎士は引き摺り続けながら苦言を呈した。


「全く、だからいつも配下の者に良い装備を与えるくらいなら、先ず御自身の鎧をちゃんとして下さいと……」

「我の……周囲を……固めた方が、より安全……だろうて……それに騎士は……気前が良くなくては……」

「ならわざわざ特注で作らせた偽胸甲ではなく、せめて安価かつ優秀な鎧である鎧胴衣(コートオブプレート)にすれば宜しかったでしょうに」

「……だってあれ……見た目ダサいし……」

「……」


 呆れてものが言えない従騎士だったが、自分達に向かって来るゴブリンを見て顔色を変える。引き摺っていた主君を寝かせ、剣を抜くと同時に振り払う。

 槍を腰の位置で構えて突っ込んで来たゴブリンの首に、紅い花が咲いた。倒れ伏して鮮血を地面に吸わせるゴブリンを見下ろし、従騎士が息を吐く。ゲラルトの腕を自身の肩に回し、彼を立ち上がらせた。


「ゲラルト様、ただでさえ御領地が借金で首が回らないというのに、こんなところで若様を置いて行かないで下され」

「……安心せい……我が死んでも……この戦にクロムが勝てば……借金は消える」


 従騎士に支えられたゲラルトが一歩を踏み出した時、進路に一ツ目の馬が立ち塞がる。ぶふぁと大息を吐いたそれから降りた黒髪の青年が、病人を思わせる肌の顔を緩めて、ゲラルトへ呼び掛けた。


「軍を率いる大将と御見受けします。生命と名誉は保証致しますので、投降願えますか?」


 目の前の魔族の言葉に、騎士とその従騎士は面持ちを固くする。


「……身代金は払えんぞ」

「嗚呼、借金が……若様、申し訳御座いませぬ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ