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七十五話 大包丁

 

 ナリカラ軍が、クロムの包囲を開始してから十二日目。昨日ナリカラ本土より到着した増援三百と入れ替わる様に、七日間に渡った復活祭がとうとう二日前に終わりを告げ、奉神礼の乳香も振る舞われ続けた酒肉の香りも先日の内に消える。

 代わりに復活祭前に漂っていた戦の匂いが戻って来た。


 クロムを包囲するナリカラ軍は、完成した大型平衡錘投石機(トレビュシェット)を含む投石機の射撃準備を進める。一陣の風が通り抜けて、ゴブリンらが掲げるナリカラ軍旗と共に、オルソド教の預言者“全能者”の顔やゴブリンが崇める聖女ニヌアの姿を写した凱旋旗が翻った。


 諸将を引き連れたイルムが、視界に広がるナリカラ軍とその先に見えるクロムの城壁をじっと眺めていたが、やがて一人のゴブリンが側に駆け寄り、投石機の射撃準備完了を報告する。イルムは浅く頷くと、腰に下げていた剣を鞘から引き抜いた。


「攻撃、開始!」


 天に向けられていた(きっさき)がクロムへと振り下ろされる。それを合図に投石機が一斉に動き出し、石弾がクロムの城壁目掛けて投げ飛ばされた。十二基ある通常の平衡錘投石機(トレビュシェット)から放たれた、人間の頭部程度の石は、木造櫓を砕き、石積みの壁に齧り付く。

 そして、それら石弾の三倍はある岩が、塔の一つに命中した。当たった箇所からは、派手に瓦礫と砂埃が吹き出す。


 通常の平衡錘投石機(トレビュシェット)では、それまで城壁そのものに対しては、石片と砂埃を散らせるだけで大きな被害を与えられなかった。だが、今回はそれらとは違い、明白に城壁の一部を抉っている。

 初めて発揮された大型平衡錘投石機(トレビュシェット)の威力に、ナリカラ軍は大歓声を上げた。


「見たか、“(ムシュティ)”の実力を! 挑発合戦の時の仕返しだ!」


 イルムも興奮気味に抜きっぱなしの剣を振り上げる。


 “(ムシュティ)”と名付けられた大型平衡錘投石機(トレビュシェット)は岩を投射した後、すぐ様再装填の為に基部の両側にある回し車が回された。二つの回し車には計十人程のゴブリンがおり、彼らの歩行によって巨大な車が回転し、投石機の腕に繋がれた縄を巻き取る。

 縄が巻き取られる度に、投石紐(スリング)の付いた投石機の長い腕が、地上へとゆっくり降りていく。(うずくま)ったゴブリンぐらいの大きさの岩を、大型の投石紐(スリング)に取り付け、第二射の用意が済む。


「放てぇ!」


 指揮官の号令を合図に、投石機の腕を地面に抑えていた縄が断ち切られた。投石紐(スリング)がある方とは逆側である腕の付け根に吊られた錘を、重力が引き寄せ、錘に引っ張られた腕が跳ね上がる。

 投石機の腕が垂直を過ぎて前のめりに入った瞬間、投石紐(スリング)の片側が外れて、中にあった岩が勢い良く飛んだ。数秒の間を置いてクロムの城壁が悲鳴と砂埃を上げる。


 またも城壁から瓦礫がぼろぼろと崩れ落ちていく様を見て、イルムは頬を緩めた。


「まさしくクロムを殴り付ける“拳”。このまま城壁を崩せたら、それだけで降伏に追い込めそうだ」


 彼は機嫌良くそう言うが、実は現在活躍中の投石機に付けられた“拳”という名には、ちょっとした騒動があった。


 最初、ナリカラが魔族の支配下にある事を強調したい総督府側の案で“魔王の拳”と名付ける予定だったが、エグリシ氏族を中心に反対を受ける。彼らは投石機の名を“大王(バグラティオニ)の拳”とするべきだと強く主張したのだ。

 そして数日に渡るすったもんだの末、結局単純な“(ムシュティ)”に落ち着いた。尚、余談ではあるが、兵の間では“総督顧問(エルガ)の拳”が一番しっくり来ると囁かれている。


 平衡錘投石機(トレビュシェット)と“(ムシュティ)によって城壁に石弾が降り注ぎ、復活祭の期間に修復された木造櫓がばきべきと断末魔を喚いて無惨な姿を晒す。

 投石が続く中、角笛が吹き鳴らされ、喧しい太鼓の音も響き始めた。大盾や遮蔽小屋、攻城塔に破城槌の数々がクロムへ向けて前進し、ゴブリンの射手部隊が城壁を囲う塹壕陣地へ潜り込んで射撃を開始する。

 クロムからも休む事なく矢が飛び、ゴブリンが盾にする諸兵器に際限無く突き刺さっていった。


「怯むな、進めぇ!」


 指揮官の叫び声を受けてつつ、ナリカラ軍の第一陣は最も城壁に近い塹壕に辿り着く。塹壕に弓兵や(クロスボウ)兵が吸い込まれるが、大盾と遮蔽小屋は攻城兵器を後ろに連れて、尚も前進を続けた。

 ゴブリンの短弓でも直線で城壁上に矢が届く近距離まで接近すると、大盾が地に据え付けられ、遮蔽小屋が立ち止まる。


「攻城兵器の突入を援護せよ、放てっ!」


 射手達が遮蔽物に身を隠しながら矢を番え、櫓や城壁に立つ人間を狙って放つ。人間とゴブリンが互いに物陰から激しく射ち合うが、その隙に破城槌と攻城塔が城壁へ突撃した。

 だが、それらに向かってクロムより火の玉が飛び掛かる。飛来する火炎球は、攻城塔に衝突したそばから破裂し、木造の塔に炎を着せてしまう。


 しかし、その光景を前にしてもイルムの表情には余裕が残っていた。


「その攻城塔群は魔術を撃たせる囮、本命は第二陣さ。悪いけど一気に決めさせてもらう、第二陣前進せよ!」


 イルムの命令が伝令によって広められると、旗の林と共に待機していた軍勢が動き出した。(なめ)してもいない豚革でびっちりと覆われた攻城塔が、何十人ものゴブリンに押されてのろのろと前へ進む。

 攻城塔がクロムの射程範囲に入り込んだ途端、火矢が暴風雨の様に飛んで来るが、攻城塔に突き刺さる火は豚革を炙るだけだった。


(ほふ)りまくった豚がこんな形で役立つなんて、復活祭が始まった頃には思わなかったな。これがオルソド教徒の言う神の御加護ってやつかな?」

「絶対違うと思うんですが……」


 イルムの背後に控えるアミネが小さくつっこむ。


 何ら痛痒(つうよう)を感じていないという平気な顔のまま、足を止めない攻城塔に、これならどうだと魔術攻撃がクロムから放たれた。しかし、これも構造物の一部を吹き飛ばすだけで、攻城塔の進撃は止まらない。


 魔術攻撃が連発出来ない内にと突き進み、いよいよ四台もの攻城塔が梯子を従えて城壁に取り付いた。上部前面が渡し板として城壁上へ下され、中でひしめいていたゴブリンが流れ出す。

 斬り込み隊として最初に突入したのは、鎖帷子(メイル)や青銅製鎧姿の戦士ゴブリンだ。戦斧(せんぷ)や剣を手に城壁上の人間達へ飛び込み、得物を振るう。

 クロムの各組合(ギルド)が抽出した民兵や年若い冒険者が迎撃しようとするも、戦士ゴブリンは彼らの攻撃をいなして逆に血祭りに上げた。


「城壁を制圧せよ! どんどん行け!」


 矢の雨を掻い潜ったゴブリンの歩兵は、指揮官に急き立てられつつ攻城塔や梯子を登る。戦士によって確保された場所を中心に、続々とゴブリンがクロムへ乗り込んでいった。城壁の各所が徐々にゴブリンで埋まる。

 側防塔の狭い入り口でも、侵入を図るゴブリンが槍を突き出して、食い止めようとしていた人間の兵士の顔面に穴を空けた。崩れ落ちる兵士を突き飛ばして、ゴブリンが塔の内部に足を踏み入れる。


 その瞬間、ゴブリンの小さな身体が背中側へ吹っ飛んだ。胸部が大きく裂けたゴブリンの骸は、生きた仲間の中に突っ込んで一人か二人を黄泉路への道連れにする。一体何が起きたのかと、誰もが側防塔の入り口に目を向けた。

 多くの視線を浴びながらぬっと姿を現したのは、穴の空いた布袋を被った筋骨隆々の大男である。右手に持つ家畜解体用の厚い大包丁が、血と脂でぎらりと光った。


「肉屋組合(ギルド)だ! 職人組合(ギルド)の中で最強を誇る連中が来てくれたぞ!」


 クロムの人間達が喜色を露わに叫ぶ。その声に応えるかの様に、大男は丸太を思わせる腕を振り回してゴブリンを片端から薙ぎ倒した。

 その凄まじい気迫に腰が引けてしまった歩兵を押し退けて、戦士ゴブリンが前に出る。しかし、流石の彼らも額やこめかみに汗を垂らした。大男の背後から、同じ様に筋肉質で大型の刃物を握る男達が塔から吐き出されたのだ。

 力と根気のいる作業を普段からこなしてきた精肉業者の男達は、今や強力な重戦士として雄叫びを上げながらゴブリンらに襲い掛かる。



 優勢と思われていたナリカラ軍が、一転して苦戦を強いられ始めた事は、早々にイルムの元へ伝えられた。


「肉屋か……冒険者や騎士は警戒してたけれど、まさか彼らがここまでの実力を秘めていたなんて」


 思いもよらぬ強敵の出現にイルムは腕を組む。肉を斬る感触や鮮血という一般人にとって忌避感のあるものに、仕事として手慣れている精肉業者は、都市民の中で最も兵に向いている人間と言える。

 おまけに解体作業に従事する者は、重労働の中で自然と肉体が鍛えられていた。故に現状では、冒険者に匹敵或いは凌駕する脅威となっている。


「クロムの肉屋組合(ギルド)は強いぞ」

「エルガ、詳しいの?」


 いつの間にか隣に立っていたエルガへ、イルムは首を向けた。彼女はクロムの城壁を見詰めたまま、微動だにせずに答える。


「生き物を殺す行為といつも血に濡れている事から、肉屋は都市に欠かせない職でありながら、人々に蔑まれる事も少なくない。それが彼らの強さに拍車を掛けた」

「どういう事?」

「世間から疎まれる者は、疎まれる者同士で集まりやすい。クロムの場合は貧民街と繋がって侠客(きょうかく)集団としての顔を持つ様になったんだ」


 精肉業者は大抵路上で家畜を解体しているが、これが悪臭や不快な景観を生むとして周囲の住民に嫌われる要因となっていた。また、その身を血に濡れさせて作業する容貌も、(おぞま)しいと蔑視されがちである。

 この為、肉屋を始め皮剥ぎ職人や廃肉骨処理人などの肉屋組合(ギルド)に所属する職人達の立場は、都市では重要な職種でありながら決して良いものではない。


 すると肉屋組合(ギルド)は自然に都市の中心部から離れていき、都市内外の貧民街と接する様になった。

 そして、精肉業に携わる者は力仕事で鍛えられた肉体と、施しや用心棒を通じた貧民街との繋がりによって侠客、つまり非合法的な自警団としてクロムの裏社会に幅を利かせる様になっている。


「よって、肉屋組合(ギルド)は冒険者と同じぐらい荒事に慣れている者達でもある。抗争などの際に袋で顔を隠している事で有名な“屠殺屋”ダレックや、常人には使えない大剣を持つ“解体人“のヤロスラフなど裏で名を馳せる連中も少なくない」


 エルガの語りにイルムは耳を傾けていたが、城壁上で肉屋組合(ギルド)から送り込まれたと思しき者達に、ゴブリンが蹴散らされているのが視界に映った。数の上では三十を超える程度に過ぎないが、冒険者以上の暴れ振りによって戦士ゴブリンですら手に負えない様子である。

 イルムが大きく溜息を吐いた。


「強過ぎ……最早人間というより実は魔族なんじゃないかと思えてくる」


 目を伏せて一度首を振る。彼は目蓋を開けると尖った視線を城壁へ飛ばした。


「でも、どれだけ強い抵抗を見せようがここで城壁を一度破ってやる。市内へ入れなくても城壁を突破する事は出来ると、クロムに印象付けなきゃ」


 表情を固くしたイルムがクロムの城壁を睨み続けていると、ナリカラ軍右翼が何やら騒がしくなる。何かあったのかと思う間も無く、赤目ロバに跨ったゴブリンが駆け込んできた。


「敵襲です! 北東から騎士を含む三百の軍勢が我が軍右翼へ向けて進軍中!」


 北東の方角を見遣れば、鈍色に輝く大集団が真っ直ぐナリカラ軍目指して突き進んでいる。イルムは顔を歪め、右手で後頭部を掻き毟った。


「クムバトがしてやられた騎士か! 今まで全く姿を見せなかったのに……ここで来るのか」


 苦々しく漏らす間にも、鎖帷子を始め、全身を金属で覆う敵勢は、鹿を描いた旗を堂々と掲げて接近してくる。その先頭には陽光で胴体を煌かせる騎士の姿があった。




大型トレビュシェット(一三〇四年、スターリング城包囲戦における巨大投石機「ウォーウルフ」)

https://www.youtube.com/watch?v=6wx8X0yDD38


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