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七十一話 光輝

 

「先の戦いでは素晴らしい御活躍でしたな! いや流石はゲラルト卿」


 蝋燭がずらりと並んだ燭台の灯りに照らされて、細身の男が隣の騎士を褒めそやす。商人組合(ギルド)の長に称賛の声を掛けられたタトラ伯ゲラルトは、有頂天の様子であれぐらいは大した事ではないと(うそぶ)いた。


 夕陽が地平に身体を隠し始めた時、クロムを包囲するゴブリン軍の攻撃は止んだ。今はクロムとゴブリン両者共に明日までの休息の時となっている。


 戦闘が始まった頃、ゲラルトを始め騎士達は商人組合(ギルド)長の屋敷に招かれ、歓待を受け続けていた。攻撃が止んだ夕刻からは、夕食を兼ねてちょっとした宴が開かれている。

 何故か魚が主で肉が見当たらないその宴では、参加している商人組合(ギルド)長の息が掛かった者達もゲラルトや騎士達へ賛辞の言葉を送るが、その内容は主に現在のクロム攻防戦ではなく、先日行われたクロム郊外のデレヴニャ村付近での戦闘についてだ。

 ゲラルト率いる軍は先日、デレヴニャ村付近でゴブリン軍に打撃を与えているが、それ以降は一切軍事行動を執っていない。商人組合(ギルド)長が屋敷に留めさせているからである。


「ところで我が胸甲(キュイラス)の事だが、あれは見ての通り、従来の皮革(キュイア)ではなく最新型の板金製であり、無論特注の品で――」


 上機嫌のゲラルトが宴に参加している者達へ己の鎧を自慢し始めると、商人組合(ギルド)長は宴の会場から離れた。一度自室へ向かおうとする彼に、手持ちの燭台を持つ一人の気弱そうな男が呼び止める。


「旦那様、タトラ伯閣下を戦に参加させずに留め続けてよろしいので? 防衛の指揮は勿論の事、三百の軍勢さえも遊ばせるのは……」


 商人組合(ギルド)長は己の側近の言葉を、煩わしそうに手を振って遮った。


「城壁の防御はクロムの人間だけでやれば良い。まさかゴブリンが投石機を使って来るとは思わなかったが、まだ数日は余裕があるだろう。彼奴の出番はそれからだ。いざという時にゴブリン軍に恐れを成して、足抜けされては敵わんからな」

「ははぁ、途中で逃げ出す事が出来ぬ様にすると。ならばまだ情報を絶って、ゴブリン恐れるに足らずと思って頂いた方がよろしゅう御座いますな」


 側近の納得顔に鼻を鳴らして、商人組合(ギルド)長が歩みを再開させる。後ろをついて来る側近に、彼は振り返る事なくもう一つの理由を言った。


「それにクロムの守りを騎士連中に任せ切っては、後々クロム防衛の功を盾にして自治に介入するやもしれん。あくまで連中は壁の外で使い潰さねば」


 彼はそう言い切り、自室の扉を開ける。側近がそそくさと燭台の火を分けて、室内の灯りを増やしていった。商人組合(ギルド)長は机の上に置かれた羊皮紙を手に取る。


「北方騎士団はナリカラの存在に必ず食い付くとは思っていた。念願の裏口になるやもしれんのだからな」


 ゴブリン軍来襲以前に届いていた、北方騎士団からの書状に目を通して、商人組合(ギルド)長はにやりと口を歪めた。



 商人組合(ギルド)長の屋敷が物理的にも雰囲気的にも明るくなっている一方、そこから大きく離れた城壁では夜の帳が厚く降りている。

 城壁上では、二人組の兵士が松明を手に巡回を行なっていた。城壁各所でも見張りの兵士が立っているが、その歩哨らに異常が無いかも確認するのが巡回の仕事だ。

 特に今クロムに攻め寄せているのは、夜目が効くというゴブリンである。夜間の警戒に当たる者は誰も油断は出来なかった。が、巡回の二人や歩哨には、気を張り詰め過ぎている様子はない。


 ふと二人が前方に見えた明かりに顔を向ける。光り輝く石が埋め込まれた杖を思わせる像が、塔の陰に鎮座して周囲に光を放っていた。

 これは隠密魔法と呼ばれる、姿を隠したり変身したりする魔法を、強制的に解除させて正体を暴く魔術を広範囲に発する魔道具である。西方のとある魔術師組合(ギルド)が最初に開発したこの魔道具のお陰で、人間諸国は隠密魔法を使用して潜入を図る魔族を尽く撃退出来る様になった。


 魔道具を見詰めていた兵士の片割れが、ぽつりと呟く。


「あれが松明に代わってくれたら、楽なんだがなぁ」

「おいおい、あれでも昔よりはずっと小さくなってんだぜ。昔は城門や中央広場にどでかいのが居座ってるだけで、城壁は()む無くがら空きだったんだぞ」

「知ってらぁ。ただ、魔術師組合(ギルド)がもうちと小さくして安く作れる様にすりゃ、松明なんか要らんだろ」


 隠密魔法を解く魔道具は、副次的な効果で照明としても使える上に、松明や蝋燭などと違って火も燃料も必要とせず、魔力さえ込め直せば恒久的に使えた。

 だが、材料や製造工程で費用が掛かる為、照明具としては高額に過ぎる。その為依然として、灯りには昔ながらの火に頼らざるを得なかった。


 やがて二人の兵士は巡回を再開する。魔道具の前を通り過ぎたその時、城壁の外でぴかっと何かが光った。


「何だぁ!?」


 二人は城壁から迫り出す木造櫓の上に慎重によじ登ると、発光源を見つける。それは小さな人の形をしていて、自分の身体が光っている事に戸惑っているのか、身をくねらせ手をばたばたとさせていた。

 身体が発光するのは、魔道具が隠密魔法を解除させた際に見せる反応だ。光は徐々に収まり淡いものとなって人影の正体を(さら)け出させる。それは人間の背丈を半分近くにした様な、ぼろを纏う小人だった。

 二人の兵士が警報を叫ぶ。


「敵襲!」

「南東の方角、ゴブリンだ!」


 歩哨に立っていた兵や、塔の中で仮眠を摂っていた交代要員が飛び起き駆け付ける中、小人は城壁に背を向けて逃げ出した。急行した兵士達が弓を構える前に、小人は闇に溶け込んで姿を消す。

 松明を掲げて目を凝らす兵士達だったが、発見も追跡も絶望的であった。誰かが気休めを言う。


「対隠密魔法の魔道具が揃っている所へ忍び込もうなんて、ゴブリンも阿保な事するな」


 逃げられたが大した事ではないと同僚達も笑って頷こうとした。が、東の方角からぴかっとした光が届いた事で、それを中断する。


「東から侵入を図る者有り!」


 東側を警戒していた見張りの声に、集まっていた兵士達が東へ足を向けたが、西南の方からも光が見えた。


「お前らは南西に行け、俺らは東に向かう!」


 兵士達が二手に分かれると、今度は南で光が起こる。二手に分かれた兵士達がまたも駆け付けるが、曲者はさっさと城壁に背を向けて夜陰の中へ消えた。苛立つ兵士らの視界の隅で、何度目か分からぬ光が映る。


 その夜、クロムは城壁を越えられるどころか接近も許す事は無かったが、城壁で警戒に当たっていた兵士達は一睡も出来ずに日の出を拝む羽目となった。




 翌朝、市直属の兵士や都市貴族の私兵達は、眼の下に隈を作ったやつれ顔で城壁から下がっていく。代わりに冒険者や各組合(ギルド)が動員した戦力が城壁の守備に就いた。武器も防具も雰囲気でさえも統一性がまるで無い彼らだが、それでもクロムを守るという意思を強弱あれど共通して持ち合わせている。

 しかし、やはりいざとなれば逃れられる冒険者の半数以上は、見るからに戦意が低い。一方でクロムに根差す組合(ギルド)は、暮らしと職を失うまいと、そして何より自治を堅守する都市民の誇りを胸に抱いて、意気軒昂である。


 彼らが木造櫓越しに城壁の外を見やると、朝の食事を終えたらしいゴブリン達が、武装した姿で動き回っているのが見えた。十二基ある平衡錘投石機(トレビュシェット)の周りにも、ゴブリンが群がって作業をしている。

 そして、それらから少し離れた場所で、木材を組み合わせた構造物が形を成しつつあるのも目に映った。その形は、近くにある人間より大きい程度の投石機の基部に似ていたが、大きさが桁外れである。


「おいおい……」


 城壁上の誰かが、唾を飲み込んだ。彼らは、組み立て途中の巨大な投石機から無理矢理目を離し、再びゴブリン軍を注視する。既に武器を手にしたゴブリンが、整列を終えていた。その後ろには、投石機以外の攻城兵器が揃って待機している。

 屋根を生皮で覆った振り子式の破城槌、そして木造の砦から塔を引っこ抜いて車輪を付けた様な攻城塔があった。


 攻城兵器群を前にしたクロムは最早、ゴブリンに対する侮りはほぼ完全に消失し、人間の軍隊同然の陣容に恐怖すら抱く。城壁上に居る全ての者が武器を握り直した時、ゴブリン軍が動きを見せた。

 だが、耳に聞こえるのは雄叫びではなく荘厳な歌声、目に映るは攻め寄せるゴブリンではなく、こちらに背を向けて膝をつくゴブリンの姿である。クロムが戸惑いの空気で満たされる中、戸惑いを絶句と動揺に変える物が現れた。


「え……何でゴブリンが……」

「有り得ない、有り得ないぞ……」


 それは幕の様に垂れ下がる鮮やかな旗だった。何本もの旗が列を成して、首を垂れるゴブリンの前を行進する。旗には男の顔か、女性の姿が描かれており、女性は白布を被って左手に一冊の本を、右手に斜め十字の首飾りを持っていた。

 しかし、旗の列を凝視する全ての人間は、黄金に輝く丸い後光を背負った男の顔に釘付けとなっている。何故ならば、その質素な印象を受ける髭を生やした男は、この世界の人間であればまず知っているであろう者だったから。


「“全能者”……!」


 その者は、神からの言葉を預かり、人間諸国が信仰するオルソド教の元となった教えを説いたとされる預言者にして、全能なる神の子、オルソド教徒が崇め奉る“全能者”そのものであった。


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