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七十話 門前払い

 

 一ツ目馬に跨ったイルムは、クロムの城壁を改めて眺める。城壁は加工された石を積んで作られ、塔も先の尖った帽子を思わせる屋根が付いた立派な物だ。更に城壁の上や塔の上部には、丸太を組んだ支えによって外側へ迫り出す木造櫓が築かれていた。

 木造櫓とは言わば戦闘用回廊であり、内部は直線の通路となっていて、外側の壁には矢狭間(アロースリット)が設けられている。城壁から迫り出す事で、城壁の死角となる真下を攻撃範囲に加えられる上に、城壁を超える為の梯子を掛ける事も困難にしていた。


 横に長い小屋といった見た目の櫓は、どうやら常設されていたのは城門と塔だけだったらしく、城壁上の物は急遽臨時的に作られた様だ。それらは櫓というより、ぼろ屋根の付いた展望台を板や盾で鎧ったという雰囲気である。その為、中の様子がよく見えた。


「投石を前に慌てて退避してるね。ちょっと遠いからいまいち分からないけれど、弓や(クロスボウ)も少なくはないか」


 イルムは遠目で確認出来た敵兵の姿に小さく唸る。

 冒険者が集う都市であり、魔獣の住む森や魔族領との国境である大山脈に近いクロムでは、その立地から一般市民も、狩猟や自衛用に武器の一つや二つは当たり前に持っていた。故に、弓を扱える者も多い。


「射撃戦での優位を少しでも確保したいな、出来る限り投石機には敵へ打撃を加えて欲しいところだ」


 そうイルムが呟いたちょうどその時、ナリカラ軍の攻城兵器、平衡錘投石機(トレビュシェット)が人の頭程の石をクロムの城壁へ投げ付ける。頑強そうな石造りの城壁も、流石に投石機の攻撃には悲鳴代わりの瓦礫を吐き散らした。

 その光景にナリカラ軍が歓声を上げる。イルムは、興奮する兵とは温度差のある平静な態度で命令を下した。


「歩兵前進、といっても無理に門を破る必要は無い。小手調べを兼ねた陣地形成の為の攻撃だからね」


 ゴブリンの歩兵が、大きな板に取手を付けただけの大盾や、遮蔽小屋という壁が前面にしか無い移動式の小屋に身を隠しながら、城壁へと向かう。これらに、屋根の付いた破城槌が続いた。

 当然だがクロムからは彼らへ猛烈な射撃が飛ぶ。大盾や遮蔽小屋、破城槌が矢を次々と生やしていった。運の悪い者は流れ矢を足に受けて、盾や屋根の外へ転がり狙い撃ちにされる。

 ゴブリンの矢の射程まで城壁に近付くと、ゴブリンらは大盾と遮蔽小屋をその場に設置し、弓や(クロスボウ)を持つ射手が物陰から応射を開始した。


 矢が飛び交う中、遮蔽小屋では穴が掘られ始める。掘って出た土は小屋の両脇に出されて徐々に胸壁となり、穴は段々と横に伸びる塹壕へと変貌していった。

 やがて掘り出した土は塹壕の胸壁として掘った側から盛られていき、第二陣として新たに投入された射手が飛び来る矢の雨を潜り抜けて、出来上がったばかりの塹壕へ転がり込む。

 すると大盾と遮蔽小屋が、塹壕から放たれる援護射撃の元、再び前進を行う。より城壁に接近してはまた、停止した遮蔽小屋内部で塹壕が掘られ始めた。


 こうして、射手が突入を図る歩兵を援護する為の陣地が形作られていく。これは城門への攻撃を円滑にする他に、敵騎兵への対処が目的だった。

 先の戦いで、クムバト指揮下の軍に打撃を与えた騎士達が、城壁へ攻め寄せるところを攻撃して来る可能性を考え、イルムは打ち破られた輪形隊形(シルトロン)ではなく、陣地で騎馬突撃を防ぐ事にしたのである。


「陣地構築は順調、じゃあ破城槌で敵の出方を見極めようか」


 攻城陣地がある程度完成したのを見て、イルムは城門への攻撃を指示した。

 最前線から一歩引いていた破城槌が、一気に城門を目指して突き進む。塔や木造櫓からの射撃が集中するが、それに怯まず破城槌は城門へと突撃した。


 この破城槌は、振り子の様に吊り下げられた丸太を振って打ち付ける型ではなく、先を尖らせた丸太が台車に固定された形式の物である。ゴブリンらは、大きな音を立てて門扉に頭を突っ込んだ破城槌を後退させ、再び前へ突進させた。

 また門扉に悲鳴を上げさせるが、クロムも黙ってはいない。矢に加えて城門の上から迫り出す木造櫓の底部に空いた穴より、石が落とされる。矢を受け止めていた破城槌の屋根も、落石には耐え切れず嫌な音を叫んだ。


 それでも破城槌が三度目の突進を行おうとした時、石が落とされていた木造櫓の穴から、湯気を立ち昇らせるどろりとした黒い液体が降ってきた。破損した破城槌の屋根からの盛大な雨漏りとして、黒い液体がゴブリンの身体に掛かる。

 途端、絶叫が響き渡った。液体を被ったゴブリンは叫びながら転げ回り、飛び散った液粒が当たった者も、熱湯が飛んだかの様に熱と痛みを訴える。そして二、三本の火矢が黒液に続いて地面に降り立った。

 一拍時を置いて、火が黒の上を這い回り、ゴブリンと破城槌は炎に包まれる。


「やっぱり煮え油は使って来るよねぇ」


 前方に現れた火柱と黒煙に、イルムはふぅと息を吐いた。城門を攻撃していたゴブリンは誰もが大盾と遮蔽小屋の後ろへ逃げ込もうとするが、その煤けた背中や首に矢が生えて命を刈られていく。

 イルムの後背で諸将が不安気にざわざわと囁き合うが、彼は振り返らずにこう言い切った。


「油は高価だから、そう何度も使える物じゃない。落ち着いて攻め続ければ、門はいずれ破れるよ」


 城門から生き残ったゴブリンが完全に退避したところで、イルムは一旦後退命令を出す。そして、投石機を中心に射撃戦を続ける様にと命じると、一ツ目馬から降りて手近なゴブリンの兵士に愛馬を任せた。


「陽が沈んだら今日の戦は終わり、本格的な攻撃は明日以降だ」


 諸将へその言葉を掛ければ、後はもう用は無いとばかりに司令部の大天幕を目指す。天幕に入ると、簡素な椅子に座るアミネとエルガが居た。エルガはイルムの顔を見るなり一言問う。


「やはり駄目か?」

「案の定、初撃は跳ね返された。いきなり煮え油とは豪勢だよ、てっきり一度か二度はただの熱湯で済ませるかと思ってた」


 イルムも椅子へ腰を下ろし、アミネに首を向けた。


「攻城兵器の建造状況は?」

「大型平衡錘投石機(トレビュシェット)はまだまだですねー、大部分は運んで来た部品を組み立てるだけとはいえ、あの大きさじゃ最低三日は要ります。一から現地で作ってたら十日は必要でしたねー」


 アミネは面倒臭そうに額を天へ向ける。


「攻城塔の方は、簡易型なら急がせれば夕方までに五台出来ますが」

「ゆっくりでいいよ、どうせなら完全体を明日の攻撃に投入しよう。破城槌も屋根が革張りのやつで」


 はぁいと気の抜けた返事したアミネだったが、隣の女性が小さく咳払いをすると弾かれた様に背筋を正した。エルガはちらりとアミネへ視線を送ってから口を開く。


「攻城兵器建造の木材として森の木を採る際、ついでにナリカラとの道を広げている。輸送量に大きな変化は無いが、増援は一日早く来れる様になった筈だ」

「増援の内訳は?」

「各地で兵を集めている最中だ。ただコブラナイが先行して来るかもしれん、土木工兵として役立てるとやる気らしい。ドモヴォーイはティラズムの元から離れんが」


 鉱業集団のコブラナイは、ナリカラ総督府へ味方する表明が遅れた事を気掛かりにして、今まで活躍の場を探っていた。今回のクロム攻略はその絶好の機会と見た様だ。

 一方で火の魔法を扱えるドモヴォーイは、ティラズムの居るリオニに留まり続けている。彼らは攻城戦で大いに期待出来る戦力であったが、人間とは長年比較的友好な関係を築いてきた事もあって、クロム攻略には乗り気では無い。


「まあ、今の所戦力不足でもないし、問題では無いかな。それと、今夜あたりに一応連れてきたボガードを仕向けよう」

「待て、クロムは隠密魔法を解除する魔道具を完備している。ボガードの投入は無意味だぞ」


 エルガの否定に、イルムは大丈夫と返した。


「城壁を越えられるとは思ってないよ。ただの嫌がらせさ」


 エルガは片眉を上げる。彼女が口を開こうとした時、円柱帽(カミラフカ)を被った黒い格好のゴブリンが天幕に入ってきた。ザヘシ司祭だ。


「総督閣下、確認したき事が」


 軽く頭を下げて畏るザヘシに、イルムは用を聞く。ゴブリンの司祭は顔を上げて問うた。


「今日の戦は既に半ばを過ぎつつありますが、例の物は使いますか?」

「いや、まだいいよ。使うにしても大型平衡錘投石機(トレビュシェット)の組立てが進んでからかな」


 答えを聞いたザヘシは、左様でと言いながら天幕の外へ振り返る。彼の視線の先に、斜交十字を始めとする装飾が施された馬車が停まっていた。


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