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六十九話 殴打

 

 ナリカラ軍の野営陣地では昼餉の支度が進んでいる。後方から引っ張って来た麦や占領したデレヴニャ村の麦を使った、黒麦混じりのパンが荷車に積み上がる袋から吐き出されていた。

 それらは、デレヴニャ村の石臼と村外れにあった風車小屋を昨日から総動員して製粉し、休まず稼働させた石窯で焼いて運んで来た物である。攻城戦の前にせめてまともな食事をさせてやろうというイルムと諸将の計らいであった。


 そんな中、ナリカラ総督府の要人二人が野営陣地を訪れる。ナリカラ総督顧問エルガとナリカラ教会との連絡役であるザヘシ司祭だ。

 イルムは陣中央の天幕で二人を迎える。司令部となる大天幕では、簡素な机の上に食事が並べられ、イルムとアミネ、諸将が一堂に会していた。

 大天幕内に居並ぶゴブリンの将達の視線を浴びながらも、一切怖気付く様子が無いエルガが、堂々とイルムの正面に立つ。


「物資の輸送について報告する。現行の陸路での輸送は限界を迎え、これ以上輸送量を上げるのは無理だ」


 単刀直入かつ淡々とした彼女の言葉に、誰もが鼻から小さく息を吐いた。当初からナリカラからの物資輸送には問題がある事は理解されている。

 荷車で運ばれる物資の量には当然限度が有り、車を牽く駄獣の餌も用意しなければならず、挙句に道路事情の悪さも加味すれば、後方からの輸送のみで軍を維持し続ける事は不可能に近い。


 だからこそ、クロム周辺の集落やその近辺の製粉所である水車小屋や風車小屋を襲って、食料を現地で掻き集めているのだ。

 しかし、エルガはただ分かり切っている事実を述べに来たのではなかった。


「本題はこっちだ。ドモヴォーイが人間諸国への出入りに使用している北の抜け道の先に、例の川の上流があった」


 天幕内の空気が一変する。イルムも瞳を大きくさせて続きを促した。


「東の砦の側を流れるあの川が使えるなら、輸送量は今の二倍程にはなるだろう。荷車と舟では掛かる手間が違う」


 エルガの言う通り、陸路を行く荷車と川を進む舟では輸送量が段違いとなる。

 荷車には駄獣や人夫、そして彼らを養う物資が必要だが、舟には僅かな人員と手持ちの食糧のみで事足りる上、道路事情は関係無い。結果的に輸送量は、小さな舟でも大型の荷馬車に優るのである。


「流石に船を建造する時間は無いだろうから、丸木舟や(いかだ)を突貫で作らせている。十日以内に第一便が砦へ到達する予定だ」


 エルガの報告に諸将は視線と言葉を交わし始め、天幕の中が騒々しくなった。川を輸送路として使えるのであれば、一月以上は戦える。長期に渡って攻城戦を続けられるとなると、戦略の幅が一気に広がりクロム攻略の難易度は少なからず下がったであろう。

 イルムはぱんっと手を打って場を静め、面持ちを明るいものにして口を開けた。


「よし、補給に目処が立った事だし、早速降伏勧告の使者を送ろうか」


 これは確実に拒絶されるだろうが、やらない訳にもいかない。そうイルムは降伏勧告の内容を草案しようとした時、エルガが待ったを掛ける。


「今降伏勧告をしても罠と勘繰られて無駄に終わる上に、陥落させた際、勧告拒絶の報復をしなければならん。それは今後を考慮すれば論外だ」

「でも……降伏勧告拒絶に対する懲罰として三日間の略奪を行うのは人間諸国では常識でしょ? ならそれに倣うべきじゃ?」


 嫌味でも何でもなく純粋にイルムはそうするべきだと言う。エルガは僅かに瞳を尖らせた。イルムはそれに気付かず言葉を続ける。


「降伏勧告も無しに攻め滅ぼす魔王軍と違って、人間はちゃんとしてるよね。兵を満足させつつ相手を滅ぼさない様、三日間と期間を限定するなんて加減を知ってる。そうだ、先に圧力を掛ける意味で村を焼討ちしようか――」


 突如として鈍い音がした。人の頬を拳で打った音だ。

 尻餅をつき、左の頬を押さえて呆然としていたイルムの胸倉が持ち上げられる。凍える様な怒気を撒き散らすエルガは、右手を再び握った。


「私が何故怒っているか分かるか?」


 返事を待たずに裏拳でイルムの右頬が叩かれる。


「総督顧問官になる前の私の役職は何だ?」


 冷たい問いに震え声が返った。


「が、外交顧問です……」

「そうだ、クロムに対してナリカラ軍が焼討ちなり略奪なりしてみろ、人間諸国の警戒感と危機感を煽るだけの外交上の問題になる。つまり人間との交渉に大きな障害が出来る。それを」


 言葉が切られ、三度目の拳が飛んだ。


「へぶっ」

「座して見て」


 四度目。またも裏拳。


「あうっ」

「いられるか!」


 五度目。綺麗にイルムの右頬に入る。


「待った待った! エルガ様抑えて! 流石にそれ以上は死にます!」


 アミネが慌ててエルガを止めた。激しく殴打を繰り返していたのに息一つ乱さないエルガは、静かな動きで左手をイルムの胸倉から離す。どさりと人が倒れ伏す音が起きた。

 諸将はあまりな事に声も出ず、身動ぎすら出来ない。


「あー、皆さんは食事を済ませて置いて下さい。私はイルム様を運びます。軍議は昼を過ぎてから改めて」


 そう言ってアミネは、仰向けで伸びてしまったイルムの両脇に、手を回して引き摺っていく。エルガも彼女に続いて隣の天幕へ移動した。


 司令部の大天幕の隣に建つ天幕は、イルムの寝所である。厚い布を敷いただけの寝床の上に横たわるイルムは、両頬の痛みで目を覚ました。

 そして、呻きながら身を起こして周りを確認した際、左隣に居たエルガの姿に喉を詰まらせる。だが、彼女は一度頭を下げた。


「すまん、つい熱くなり過ぎた。ただクロムで乱暴狼藉を働くのは断固反対する。人間との貿易を諦めていないのなら、始めは成る丈人間以上に上品に振る舞わねば。それだけは言いたかった」


 目を伏せるエルガに、思わず身体を固くさせていたイルムも神妙な表情となる。自分が軽率な判断をしようとしていた所を、彼女は正そうとしただけ、非は自分にあるのだろうとイルムは反省した。


「……うん、分かった。必要と言うならその通りにするよ」


 イルムは自らに言い聞かせる様に納得の頷きをする。一方でエルガの背後に控えるアミネは、二人に見えない位置で顔を歪ませ、音無き舌打ちをした。


「所詮は人間ですか……」


 そんなアミネの様子に気付かぬまま、二人は中断していたクロムへの降伏勧告について意見を交わす。


「降伏勧告だが、ある程度攻撃して力を見せ付けてから使者を送る方が良い。今回の攻撃は、クロムの冒険者がナリカラを荒らした事に対する報復であると表明し、このまま落とすつもりだったが、温情で降伏を勧めるとな」


 エルガの提案に、イルムは一度反射的に身体を強張らせたが、深く息をしてから頷いた。


「すぅ、ふぅ……なるほど、最初に降伏勧告しちゃうと『ゴブリンなんぞに降伏出来るか』って相手を余計に硬化させちゃうか」

「ああ、最初に一発殴って鼻っ柱をへし折っておけば、今後色々やり易くなるだろう。そして慈悲を見せるというのが重要だ」


 エルガの変化の乏しい顔に真剣味が宿る。イルムも連れられて顔を引き締めた。


「ゴブリンは野蛮、低脳という印象を、クロムから吹き飛ばすのが交渉へ到る絶対条件だ。力だけでなく規律と徳を見せ付ける必要がある」


 イルムは大きく首を縦に振る。

 彼は先程まで、既に剣を交えた以上は、交渉など軍事力を背景に押し通し、関係改善も貿易による相互利益と時間に解決させればいいと考えていた。それはエルガの意見を聞いた今では、酷く愚かしく甘い見通しに思える。そう痛感した。

 続いて話はクロム攻略へ移る。


「そういえば、クロムの弱点ってどこになるのかな?」

「弱点となるのは北西だ。木造櫓が老朽化したままで碌に補修されていない。確実に防御は薄い筈だ」

「北西……は駄目だ。森があって大軍の展開が難しい。いくら閉所や森での戦闘が得意なゴブリンでも隊列を組む以上はね」

「ならばやはり正面の南門か。北側は北東からの攻めに強い造りだ、塔や櫓の数も多い。東西の門は普段、住民だけが使う小さな物だから大軍で攻めるのは無駄だ」

「じゃあこのまま正面を攻めよう。今日は射撃戦に終始して、城門は小手調べの攻めに限定する」

「本格的な城攻めは明日からか、まあクロムの防壁は石造りで柔ではないし妥当だな」



 二人の意見交換より半刻後、ナリカラでの冒険者の狼藉を非難する内容の矢文がクロムへと放たれた。

そして少し時間を置いてから、ナリカラ軍の投石機がクロムの城壁へ石を投げ始める。石弾は城壁を穿ち、城壁や塔から迫り出す形で築かれた木造の平家、木造櫓を打ち砕く。

 依然組み立て途中の大型平衡錘投石機(トレビュシェット)を除く投石機十二基の攻撃を以て、クロム攻略戦が始まった。


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