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六十五話 戦士と兵士

 

「ゲガルクニク殿、冒険者との戦闘に入りました」


 その報告に一ツ目馬の背に乗るイルムが頷きで応える。


「両翼共に損害軽微で順調かな、包囲の形が完成したら一気に押し潰すよ」

「投降は呼び掛けないんですかー?」


 隣から同じ高さでアミネが問い掛けた。イルムは首を軽く左右に振って否定する。


「向こうは応じないだろうし、冒険者を大勢捕虜にするのも万一を考えると危険過ぎる、殲滅するしかない」


 そこまで言うと、彼は前方に見える弩砲(バリスタ)隊へ指示を飛ばした。


弩砲(バリスタ)は射撃を再開。馬車陣を崩すんだ」


 四台の弩砲(バリスタ)は、冒険者側の魔術師に最初の射撃を防がれてからは、前進する射手部隊をのろのろと追い掛けていたが、イルムの命で停止し射撃準備に入る。

 巨大な矢を装填する際、いつもと違って油を染み込ませた布が(やじり)に開けられた穴に詰め込まれていた。


「装填完了!」

「着火、放て!」


 弩砲(バリスタ)を操作するゴブリンによって、鏃に火が付けられると、四本の槍の様な矢が焔の(たてがみ)を引いて空へと駆け出す。それらは弧を描いて馬車陣を飛び越えていった。


「角度が高過ぎた、俯角下げ! ただし下げ過ぎるな、味方に当てん様に気を付けろ!」


 部隊長の怒鳴り声にゴブリン達がてきぱきと動く。再び鏃を燃え上がらせた矢が、四本の線を描いて飛んだ。

 一本は馬車の手前に落ちるも、残る三本が馬車や荷物を積み上げた障壁に突き刺さる。


 すぐに炎が広がる事はなかったが、じわじわと鏃が貫いた箇所を黒く染めて細い煙を立ち昇らせた。これを見た冒険者達が慌てた様子で、ちらちら揺れる小さな焔を布や武器で叩き始める。


「やっぱりまだ魔術師は動けないか、今の内に歩兵を突入させようか……」


 馬車陣を見据えるイルムは、正面の部隊だけで攻勢に出ようかと考えを巡らせて、やめた。


「射撃で敵主力を拘束しつつ、包囲を急がせた方が良いかな。スピタカヴォルとゲガルクニクへ伝令! 妨害を押し退けて包囲を進めろ、以上」

「はっ」


 赤目ロバが駆け去る音を聞きながら、アミネが口を開く。


「“押し退けて”……“踏み潰して”じゃないんですねー」

「まずは包囲が最優先だからね。それに潰そうにも相手は手練れの冒険者、まともにやり合うのは難しいよ」


 イルムはふぅと息を吐き、ナリカラ軍右翼を見遣った。

 ゲガルクニクを先頭に、民兵をオルベラ氏族ゴブリンが率いて冒険者と激しい戦闘を繰り広げている。

 民兵がまるで調練用の藁人形の如く、碌に戦えぬまま冒険者に討ち取られている一方で、ゲガルクニクと彼の戦士団は冒険者に引けを取らない戦い振りを見せていた。

 オルベラ氏族最強の武闘派なら、冒険者を十分に相手取れると分かったからか、イルムが大きく首を縦に振る。やがて彼は左翼へ目を移した。


 スピタカヴォル指揮下の左翼は、隊列を揃えてじっくりと進んでいる。

 隙の無い前進に、騎乗した冒険者六騎も手が出せず、かといってナリカラ軍正面の射撃部隊を狙いに定めて突入しようとすれば、スピタカヴォルは彼らの背後を塞ぎに掛かる動きを見せて牽制していた。

 結果、六騎の騎馬戦士は機動力と衝撃力を持て甘した遊兵と化している。順調に包囲機動を行なっている左翼に対しても、イルムは大きく頷いた。


「射手の一部を右翼の援護へ回そう、正面のスラミに伝令を。……後二刻も経たずに終わるかな」


 特別な感情が一切見られない無味な表情で、イルムはそう言い切る。

 彼の言葉を裏付けるかの様に、伝令を受け取ったらしい各隊の動きが活発になり、戦況が大きく動いた。


 右翼では中央から弓兵の援護を受け、一気に攻勢へ出る。冒険者にとって右手側から飛んで来る矢は防ぎ辛く、ゴブリンは左手にある盾により誤射の心配が薄い為、この援護射撃は少数でも十二分に有効だった。

 矢と刃で少なからず傷を負い馬車陣へと退く三十程度の冒険者を、そのまま追撃する形でナリカラ軍右翼が突貫する。

 左翼は右翼に合わせて兵を進め、中央もいよいよ待機させていた槍歩兵及び長槍兵を前進させた。


 三方からそれぞれ冒険者の総数を大きく上回る数のゴブリンが、馬車陣目掛けて攻め寄せる。


 馬車とその荷で作られた陣地は弩砲(バリスタ)によって一部が焼け焦げ崩れており、身を乗り出して弓や(クロスボウ)を構える冒険者も、身体のあちこちが煤けていた。

 彼らが放つ矢に怯む事無く、ナリカラ軍は突撃を続行し、遂に先頭が馬車陣へと躍り掛かる。


「突っ込めぇ! 冒険者を一人でも討ち取れば戦士に取り立てられるは必定だぞ!」


 部隊長である戦士が飛び上がりながら、引き連れている民兵にそう奮起を促すと、民兵は分かりやすく目の色を変えて興奮の雄叫びを上げた。

 次々とにわか作りの障壁をゴブリンが飛び越えようとした時、障壁越しに弓を構える冒険者へ切り掛かった戦士が、背中から鉄の穂先を生やして鮮血の塊を吐き出す。


 それを合図に、壁と射手の向こう側から冒険者が刃を光らせて現れ、得物を振り回し始めた。


「ようやく出番か! 行くぞ野郎共!」

「おお!」


 冒険者は反撃に転じ、ナリカラ軍は血飛沫が噴き上がる度に後退(あとじさ)る。

 決死の形相で槍歩兵が槍を突き出しても、柄を叩き切られて防がれ逆に胸を刺されて絶命し、盾で殴り掛かればそれを砕くより強力な一撃が返って来た。

 他にも器用な立ち回りで翻弄してくる冒険者や馬車からの正確な狙いの援護射撃などの前に、ナリカラ軍はすっかり及び腰となっていく。

 そこへ中央の主力を指揮するスラミが怒号を響かせた。


「隊列を乱すな! 各部隊長は兵を統制し直し、槍の壁で寄せ付けずに押し込めっ!」


 馬上から打たれたスラミの一喝で、戦士ゴブリン達は一度兵を後退させ、穂先と盾を揃えさせる。最前列が槍と盾で壁を作り、次列が斜めに構えた槍と盾で隙間を補強し、後列らが盾を頭上に掲げた。

 亀を思わせる隊形を整えると、ナリカラ軍の前衛は見目通りの鈍い歩みで前進を再開する。


「ああ? そんな程度で止められっかよ」


 冒険者の一人が嘲りを口にすると、斧を振り被って突進した。


「前列、突け!」


 部隊長の号令に合わせて、一斉に槍が冒険者の男へと伸びる。


「っ!?」


 ゴブリンの綺麗に揃った動きに驚愕した男は、咄嗟に地面を蹴って飛び上がる事で攻撃を回避した。

 が、突き出された槍とは別に、ぎらりと光る穂先が真っ直ぐこちらを向いているのを見て、彼は己の浅はかさを悟り、血の気を失う。


「次列、突け!」


 斜めに伸びる槍は冒険者の男を命諸共捕らえた。血塗れの(かばね)が、大地にどさりと転がる。冒険者達はゴブリンが見せた一糸乱れぬ動きに愕然となった。


 今まで冒険者が出会ってきたゴブリンの戦い方は、基本的に集団で突っ込んで来るだけだった。先程までものナリカラ軍もそうだ。隊列を整えても結局攻撃はがむしゃらな突撃である。

 しかし、今の統制の取れた攻撃は隔絶したものだ。槍や盾を揃える程度はまだ納得出来たが、号令に合わせて一斉に攻撃を繰り出す光景は、まるで――。


「人間の軍隊みたいじゃないか……」




 ナリカラ軍は整った隊列のまま包囲を狭め、切り掛かって来る冒険者を返り討ちにしている。

 その様を、馬上から眺めるイルムは隣のアミネへ目と口を向けた。


「今回は随分と食べ応えがあるんじゃない? 選り取り見取りだよ」


 イルムの真っ黒い冗談に、アミネは顔を顰めた。


屍食鬼(グール)が人間の死体を食べてたのは大昔の話でしょうが。人間を他の動物より狩りやすい獲物と見ていたのと、墓地を掘り起こすのも楽に食料と金目の物が手に入るからっていうだけの事です。魔王軍の支配を享受してからは、定職に就けたお陰で普通に家畜の肉食べてますー」


 珍しく口を尖らせる彼女に、イルムは笑いながら謝罪すると再び前線へ視線を戻す。

 戦況はナリカラ軍に大きく傾いていた。冒険者の一部がゴブリンを蹴散らして奮戦しているものの、やはり多勢に無勢、元からの兵力差が物を言っている。

 馬車陣もとうとう突破され、冒険者全滅も時間の問題となった。


「捕虜は何人か欲しいかな、今回の侵攻の意図だけでも情報を得たい。ナリカラ外の賊化ゴブリン討伐中の意図しない事故だったのか、明確な侵攻なのかで今後の対応が随分違ってくる」


 イルムは目の前の戦闘から、今後の対人間方針をどうするかへ思考を向ける。しかし、その思考は馬車陣から四方へ強力な魔術が放たれた事で中断された。

 炎が軍勢を舐めて周り、鋭利な棘を伸ばす氷壁によってナリカラ軍の前衛が分断される。


「何だ!?」


 突然の一撃に上下問わずナリカラ軍が怯んだ。

 その隙に冒険者達は荷馬車に馬を繋ぎ、荷台に負傷者を乗せると、一台の荷車と二頭の馬の死体を残して北へと駆ける。冒険者は馬車と(かち)で、一目散に逃げ出し始めた。


「魔術師が目立たないと思ったら! 冒険者を逃すな、追撃! 追撃!」


 撤退する冒険者を睨んだイルムが、鼻を赤らめて怒鳴り散らす。


「騎兵隊出撃! 一人も討ち漏らすな!」


 イルムのいる予備隊百の中から、スラミが保有していた騎兵二十が颯爽と駆け出し、ゴブリンらを次々追い抜いていった。ほんの少し息が荒いイルムが見つめている中で、ゴブリンの騎兵が冒険者の背中を捉える。

 斬り伏せ、斬り結びつつ冒険者を幾ばくか討ち取るが、荷馬車に乗る射手から反撃を受けて離脱を強いられた。その隙に冒険者は、ゴブリンの速度では追い付けない程の距離を稼いでしまう。


 やがてイルムは大きく息を吐き、軍全体へ本戦闘最後の命令を発した。


「……追撃中止、軍を再編して北の国境砦へ向かう」


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