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六十四話 ゴブリンロード

 

 彼らは目に映る光景に呆然とするしかなかった。

 視界の先には黒地に斜交赤十字の旗を掲げたゴブリンの大群、いや軍勢がひしめいている。その数、千三百。


「嘘だろ……」


 調査隊の誰かが、この現実を受け止めきれないという言葉を漏らした。だが、他の者も同じ思いだったのか、それを正す声は上がらない。

 ゴブリンの大軍はその間にも、長きに長い行軍列から戦闘隊形へと移行しつつある。


 それでも動けないでいる冒険者達へ、力強い響きが放たれた。


「ぼけっとするな! 馬車を一箇所に集めて陣を作れ、商人共と射手、魔術師はその中へ! 馬に乗れる奴は騎乗しろ、他は馬車陣の隙間を固めるんだ!」


 槍を手にしたイーゴルの指示により、固まっていた者達は弾かれた様に動き出す。彼らは本来、クロム中の冒険者から選抜された手練れである。一度再起動すれば対応は早かった。


 六台の荷車を円形に並べると、荷車同士の間に重要性の低い荷物を積み上げて、障壁を作り上げる。

 冒険商人は貴重品と、がめつくも抱えられるだけの商品とこれまで得た戦利品を陣の中心へ運んで縮こまり、弓や(クロスボウ)を持つ射手が荷車へ飛び乗った。杖を手にする魔術師も続く。

 他の冒険者らは陣の外側で槍や斧等各々の得物を握り、ゴブリンを待ち構える。


 ナリカラ調査隊が出来る限り守りを固めた時には、既にゴブリンの軍は戦闘隊形を組み終えて前進していた。やがて、ゴブリンは大きく三隊に分かれる。調査隊の馬車陣を三方から包囲するつもりらしい。


「正面は五百弱、左右三百強ってところか。最後に百以上が予備に控える……と」


 アントンが轡を持つ馬の上で、イーゴルは冷静にゴブリン軍を観察する。じっと正面を見据えていたが、やがて口を引き結んだ。

 ゴブリン軍後方の予備部隊の中に、車輪を生やした巨大な弓が見える。


弩砲(バリスタ)だ! 魔術師は敵後方への射撃を始めろ!」


 その警報と命令に、調査隊は俄かに浮き足立った。ゴブリンが兵器を保有しているという事実に驚愕し、迫り来る大軍と合わせて恐怖に(おのの)く。

 しかし、伊達に度々命を懸ける冒険者家業をやってはいない。彼らはすぐに気を引き締め直し、魔術師達が詠唱を開始する。

 大半は長射程の攻撃魔術を用意しているが、中には射手の弓矢へ射程と威力を増させるべく付与魔術(エンチャント)を施す者もいた。


 そして、各々の魔術師自慢の魔術や風の加護を纏った矢が放たれ、空を駆ける。弓形(ゆみなり)の弾道を描くと、最後にゴブリンの軍勢へ降り注いだ。


 炎の塊と氷の槍が降ってかかり、旋風を纏う矢が空気を切り刻みながら突っ込んで来る。青銅製の装備を身に付けたゴブリンの兵士達は、空からの脅威を避けようとして隊形を乱していく。

 焦りと恐怖に顔を歪めるゴブリンだったが、突然の突風でそれら負の感情を吹き飛ばされた。


 何処からともなく吹いた大風によって、炎がかき消され氷槍と矢は彼方へと追いやられる。


 ゴブリンも冒険者も何が起きたのか理解出来ず、唖然としていたが、やがて右手を掲げた一人の女性に気付いた。

 一ツ目馬に跨る、薄紫色の髪を持つその女性の姿を認めたゴブリンは納得した様に歓声を上げ、イーゴルは歯噛みする。


「あの時の女屍食鬼(グーラ)! となるとやはり大将はイルムか」


 轡を持つアントンが首だけをイーゴルに向けた。額には汗粒が見える。


「どうするんで? まともにやり合ったらまずいんじゃないですかい」

「……一度はぶつからんと彼我の実力差が分からん。それに、これでも八百のゴブリンと戦っても勝てると見込んで編成された調査隊だからな」

「でも、想定より五百も多い数に加えて魔族までいるんじゃ勝ち目は……」

「それでも一度戦う必要がある。奴らの実力を計り、冒険者とクロムにゴブリンは舐めて掛かれる相手じゃないと理解させる為にもな」


 イーゴルはそこまで言うと右手の槍を握り直し、左手で持つ逆雫型盾を確認するかの如く柄で軽く叩いた。


「全員聞け! 敵は数が多いが、一人で十以下のゴブリンを相手にすると考えればそう多くはないぞ! 魔族の事は一旦頭から離しとけ。まずは凌ぎ、隙を見て撤退する。気合い入れろ!」

「お、おおっ!」


 イーゴルの喝で、魔術を吹き飛ばれた事で動揺していた冒険者達は士気を持ち直す。魔術師が先程とは別の詠唱を開始し、イーゴルがそれでいいとばかりに頷いた。

 ゴブリン軍は依然として前進を続け、後方の弩砲(バリスタ)も既に射撃準備を始めている。しかし、冒険者達はたじろぐ事なく向かって来る軍勢を睨んだ。

 そして遂にゴブリン軍の弩砲(バリスタ)()え、四本の槍が馬車陣目掛けて宙を猛進する。


「今度はこっちが攻撃を弾く番だ。魔術師、やれ!」


 イーゴルの合図と共に魔術師達が杖を振るった。まるで指揮者に演奏者が導かれるかの様に、杖の動きに合わせて土の壁や氷壁が現れ、飛来する槍を受け止める。

 魔術によって出現した土塊と氷塊は、魔力で無理矢理固められた物故に十秒も経たずに崩れ去った。


 それでも弩砲(バリスタ)の射撃を無効化した事に、冒険者は気炎を上げゴブリンはどよめく。イーゴルが満足気に口角を歪め、目を細めた。


「よーし、長距離の撃ち合いは互角か。魔族が居なけりゃ勝ててただろうが、問題は……来るか」


 弩砲(バリスタ)の射撃を凌いだのも束の間、ゴブリンの軍勢は前進を速め、弓兵と(クロスボウ)兵を前面に出す。

 布鎧(キルディングアーマー)を身に付け半円状の青銅製兜を被る射手の群れが、三方からぞろぞろと馬車陣へ向かって来た。


「魔術師、いけるか?」


 イーゴルの問いに、女魔術師が代表として叫び返す。


「そう、ぽんぽん出せないわよ! 一息吐かせて!」


 長射程の攻撃魔術に続いて、攻城兵器に耐える造形魔術を行使したとなれば、平均的な魔術師では急速な魔力消費で衰弱しかねない。

 ナリカラ調査隊に参加している魔術師は、並より上とはいえ連発は流石に厳しかった。魔術師の何人かは、減退感からか杖本来の使い方で魔杖へ体重を預けている。


「なら普通に弓合戦だ、ユーリイ手本見せてやれ」


 革の籠手と脛当(グリーブ)鎖頭巾(メイル・コイフ)の青年が、無言で矢を番え弓を引き絞った。

 ユーリイは普段眠そうな目を鋭くさせ弓を大きくしならせていたが、やがてゴブリンの軍勢との距離が二百歩程になるとすっ……と静かに矢羽から手を離し、張力を解放させる。


 放たれた矢はゴブリンの波先へ飛び込み、弓兵の一人を天或いは地の底へと導いた。


「おらっ射手共、続け!」

「いちいち五月蝿いわ」

「言われずとも」


 イーゴルの掛け声を受けて、小さな文句と矢の雨が飛ぶ。(クロスボウ)太矢(ボルト)混じりの雨は、密度は低いが確実にゴブリン軍前衛の命を刈り取っていった。

 最前衛の射手が射倒されていくのを見てか、ゴブリン軍前衛から槍と盾を手にする槍歩兵が飛び出し盾を掲げて射手を庇う。

 被害は減ったが前進の速度は落ち、その分冒険者からの射撃をより多く受ける事になった。


 それでも何とか百歩までの距離まで近付くと、弓兵は背負っていた矢束を地面に突き刺しその中から一本を抜き取る。(クロスボウ)兵も弦を引き上げ矢を装填した。


 そして激しい射撃戦が始まる。


 ゴブリンの軍勢から射込まれる矢の密度は、冒険者の比ではない。冒険者が一射すれば十は優に返って来た。

 だが、荷馬車や即席の障壁のお陰で大半の矢を防げてはいる。歴然足る火力差に関わらず、調査隊の被害は少ない。



 お互い決め手に欠ける射撃戦が続く中、一部では既に白兵戦も始まっていた。

 ゴブリン軍の両翼から百以下の部隊が、調査隊の背後へ回り込もう動いたのを見て、冒険者の一部は左翼へ、イーゴルを始め騎乗の者は右翼へ向かい、ゴブリンと衝突したのである。


 本陣にアントンを置いて駆け出したイーゴルは、他五騎の騎馬戦士を連れて右翼へ突撃を敢行した。ゴブリンは隊列を整えようとするも、その前に槍を脇に抱えるイーゴルらが飛び込む。

 馬上から繰り出される突きは盾を砕き、肉を抉った。

 たった六騎で一度に十以上を屠るイーゴルらだったが、乱れた隊列の中を突き進む事だけは避ける。


 顔を上げれば、整然と穂先を揃えてじりじりと進む壁が迫って来ていた。


「ちっ、ばらけた前衛は誘いかよ、一丁前にやりやがる。おい、一度引き上げだ」


 騎兵達は反論無く馬首を返す。

 イーゴルは馬の向きを変えた際、一瞬ゴブリンの波間の中に、見覚えのある笑みを浮かべた白い顔を見た気がしたが、すぐにそれを頭の片隅に追いやり愛馬の腹を蹴った。



 騎馬が思うように暴れられなかった右翼側であるが、左翼側では射撃戦で出番が無かった近接武器持ちが大いに実力を振るっている。


 彼らの視界一杯に広がるゴブリンの槍歩兵が槍と盾を構えて飲み込みに掛かるが、冒険者は誰一人怯む事なく得物を振るって突っ込んだ。

 斧がゴブリンを吹き飛ばし、穂先が盾の隙間を縫って肉を貫き、小剣が血を纏って踊り狂う。三十に満たぬ冒険者の戦果は衝突時だけで五十近くに上っていた。


 敵味方入り乱れての混戦では、冒険者にかなりの分がある。元より少人数での個人戦を得意とする彼らにとっては、独擅場(どくせんじょう)と言っていい。


 槍の茂みを潜り抜けて、或いは力尽くで押し通りながら冒険者達は次第に唇を嗜虐的な形に変える。


「ははっ、こんなもんかよ。やっぱり所詮はゴブリンだったな――」


 その時、小剣でゴブリンの喉を裂いた冒険者の身体が勢いよく吹き飛んだ。背中を強かに打ち付けて転がった彼は、口元と左脇腹から鮮血を垂れ流し何が起きたのか理解出来ないという顔をしている。


 彼を吹き飛ばしたのは、ゴブリンの中から頭一つ抜けた褐色のゴブリンだった。長柄斧を持ち、額には大きな傷跡があり、右目がある筈の場所にも切創が走っている。

 明らかに通常のゴブリンとは違う見た目と、使い込まれた鎖帷子(メイル)などの装備を目にして、冒険者達から驚きの言葉が漏れた。


「ゴブリンロード!?」


 褐色肌のゴブリンロードは、血に濡れた長柄斧を担ぐと何事か叫ぶ。言語になっていない威圧的なそれに冒険者は気圧されまいと、歯と足に力を込めた。

 残っている左目を吊り上げたゴブリンロードは、何故か後ろに立つゴブリンへ振り返り、何かを呟く。


 顔を向けられたゴブリンは呆れた様な困った様な表情になると、ゴブリンロードへ長い耳打ちをした。

 頷きながら聞き入ったゴブリンロードは、やがてぶつぶつ言いながら冒険者達へ向き直る。

 そして、人間の言語の一つであるグラゴル語で叫んだ。


「我コソハ“向こう傷”ノ、ゲガルクニク!」


 ゲガルクニクと名乗ったゴブリンロードは、ふんすと自信たっぷりの鼻息を吐いた。


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