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六十三話 蛇竜

 

 武装した人間達が峡谷を塞ぐ形で建つ石組みの砦を、岩陰から緊張の面持ちで見つめている。


 彼らの名称はナリカラ調査隊。

 都市クロムにより選抜された冒険者四十組の百六十名と冒険商人やその人夫など他二十名で構成され、ナリカラというゴブリンが住まう地域の詳細な調査を目的としていた。


 彼らは昨年初秋からの調査で発見された謎の道を進んで、かの砦を見つけたのだ。砦を睨む冒険者達は口々に呟き合う。


「立派な造りだ、本当にゴブリンがあれを築いたのか?」

「木造楼まであるが……いやに静かだぞ」

「不気味だな、罠かもしれん」

「でもあれを超えないとナ、ナリカラ? に入れないわよね、どうするのよ」


 身動ぎ一つ感じられない砦に怪訝な視線が集まるが、やがて鱗鎧(スケイルアーマー)を纏う背の高い男が指示を出す。


「斥候を出す、身軽な奴は志願しろ」


 “鋭鋒”のイーゴルの言葉に射手を始め軽装な冒険者らが集まる。


「ユーリイ、こいつらの指揮を執れ。指揮つっても進むか退くか程度で構わねぇ、行け」


 鎖頭巾(メイル・コイフ)を被った若い射手は、無言でこくりと頷くと小さな足音を残して砦へと駆けた。他の者達も弓や杖、小剣を手に続く。

 岩の陰から陰へ素早く移動しつつ、時折耳を澄ませて様子を探るが、やはり砦には何の気配も無い。ユーリイは右手を掲げると勢いよく振り落とし、一気に前進しろと斥候の冒険者らに合図を送る。


 ざざっと石の壁まで駆け寄り、何人かが用意していた鉤縄を砦の胸壁へと投げた。各々、得物を背負うと縄を掴んで壁を登り乗り越える。

 続々と城壁を超えて砦の中に降り立っていくが、壁の内側の光景に彼らは呆然とするしかなかった。



 (かんぬき)が抜かれ、開け放たれた門扉を調査隊が潜る。しかし、砦内をくまなく調べた斥候らの報告に、調査隊は眉を顰めた。


「逃げた?」


 イーゴルは首を傾げて斥候隊に怪訝な視線を送る。指揮を任された筈のユーリイが黙っている為、代わりに斥候を務めた冒険者達が口々に言う。


「砦は完全に空っぽ、武器の一つも転がってない。ただ薪や寝台はそのまま残ってるし、何より――」

「如何にも慌ててたって感じで食器や食べ物の欠片が散らかっていて、運び出す際に落としたらしい割れた水壺まである。これって絶対逃げてるでしょ」


 本隊の冒険者達も砦内を見渡すが、確かに散らかり様から持てる物を持ち出して逃走したと捉えられそうだ。冒険者達は所詮はゴブリンかと口角を歪めたが、イーゴルは一同に疑問を呈する。


「何でゴブリンは逃げたと思う?」

「そりゃ、俺達にビビったからだろ」

「そいつはおかしい、こんなに立派な砦があるのに何故戦わずに明け渡す?」

「それは……」


 全員が言われてみればとばかりに、腕を組んだり顎に手をやった。


 いくらゴブリンが臆病者といえども、一度は砦で抵抗する筈。砦の規模から百や二百程度の数がいたと推測出来るが、それだけの数で砦という有利な場に居ながら、一度も攻撃を受けずに逃げるだろうか。


 何度頭を捻っても、ゴブリンが有利な籠城戦を避ける理由が見当たらない。だが、その思考を打ち破る声が響いた。


「訳なんか知るか、ゴブリンが逃げたのは事実だろ」


 一人の冒険者が上げた声に他の冒険者達も同意を示し、ある種の熱が空気に帯びていく。


「だな、やっぱゴブリンはゴブリンだわ」

「百を優に超える冒険者にゃ、ゴブリンロードも恐れをなしたか!」

「よし、この調子でゴブリンの棲家を潰していくぞ!」


 人間と魔族が密かに交易を行っていた人魔密貿易により、人間にとって魔族は不倶戴天の敵という一般的な見方に大きな変化が見られてはいたが、依然としてゴブリンに対する意識は低脳、野蛮、臆病の三点から変わっていない。


 イーゴルが冒険者組合(ギルド)に報告したナリカラについての情報も、冒険者の間では半信半疑以下の認識だった。

 現に今も次の様な会話がこっそり行われている。


「イーゴルってナリカラで八百のゴブリンに囲まれたって組合(ギルド)に報告してたけど、話盛り過ぎだよね。大した事無いじゃん」

「大方百か二百ぐらいの大群を大袈裟にしたんだろ。路地裏で寝て装備盗られるぐらいだ、かの“鋭鋒”も鈍ったってこったろ」


 ゴブリン組み易しという空気に染まる冒険者達に、イーゴルはもう一言も言わなかった。彼らは口々に叫ぶ。


「ゴブリン狩りに出発! 行くぞ!」

「おおっ!」

「ゴブリンは巣に強奪品を溜め込むって聞くし、たんまり稼げそうだぜ」

「金目の物は早い者勝ちだ!」



 調査隊が砦を無血占領してから五日後。


 小さな岩山の其処彼処から黒煙が立ち昇っている。岩肌に開けられた無数の穴から煙が吐き出されている光景を背後に、完全武装の人間達が腰を下ろして休息を取っていた。

 その中で斧の刃を磨く男が独り言を言う様に周りへ問い掛ける。


「これで潰したゴブリンの巣は幾つ目だ?」

「丁度十になるんじゃない?」


 ローブを纏い杖を手にした女性が答えると、途端に会話が賑やかになった。


「そういやお前、派手に焼き過ぎだぞ。巣の中にあった食糧や金目のもんまで焼けちまったじゃねえか」

「うるさい! アンタら前衛が焼き払えって言うからでしょうが!」


 そして男と女魔術師の掛け合いに、別の者達が参加して喧しくなっていく。


「そーだそーだ、魔術師に負担押し付けといて好き勝手言うな」

「後ろでのんびりしてる術師共が言えた義理か!」


 言い争いを始めた彼らから少し離れた荷馬車にチュニックとコート姿の男が寄り掛かり、呆れと侮蔑の視線を彼らへ送る。


「これだから冒険者は……ま、連中のお陰でそこそこ儲けさせて貰ってはいるがな」


 そう言うと冒険商人の男は荷馬車の上に飛び乗り、両手を広げて声を張り上げた。


「酒や食い物が要るか? 武具の手入れ油は? 焼き菓子もあるぞ、たったの大銀貨一枚!」

「それ砂糖どころか干し果物すらほんの少ししか入ってなかったぞ!」

「くたばれボッタクリ!」


 騒ぎ立てる調査隊に背を向けて、イーゴルが細い煙の柱群が伸びる岩山を眺めている。一方で、イーゴルの従士(ドルジーナ)三人は、周囲を警戒する一人を除いて暗い顔をしていた。

 仮面付兜を被る大男ドミトリーが、小岩に腰を乗せ仮面の陰影を深くさせて俯き、鎖帷子(メイル)姿のアントンは、地面に立てた槍へ身を預けて視線を落としている。そして射手ユーリイは片膝をついて辺りを見渡していた。


「案の定ではあるが、まるで統制が取れん。山賊の方がよっぽど纏まっておるぞ」


 ドミトリーのぼやきにアントンも顔を曇らせる。


「あぁ……もう村を七つ、城も二つ焼いちまった。完全に戦だ。今まで小勢しか相手にしてない所為で、他の連中はまだゴブリンを舐め腐ってるし、どうなるんだこの先……」


 二人は同時に溜息を吐いた。それを耳にしたのか、イーゴルが振り返る。


「冒険者に統制が無いのは当然だろ、御上がそうなる様にしてんだから」

「……冒険者は四人一組が原則である理由の一つは――」


 わざと切られたドミトリーの言葉をアントンが引き継ぐ。


「徒党を組んで盗賊行為や反乱を起こす事を防ぐ、或いは鎮圧を容易にする為。一組を四人までに限定する事で組織化や大人数での連携を難しくさせるのが狙い……でしたっけ?」

「そうだ、表向きの理由には報酬分配の問題だとか狩猟権の問題だとか色々あるが、組合(ギルド)や権力者の本音の一つがそれだ」


 冒険者は依頼の関係上、各地を行き交う事が多い職種だが、それは傭兵の様に根無し草でもある事の証左だ。

 つまり公権力の手が及びにくい。


 また、彼らは魔獣と呼ばれる怪物を相手にしたり、秘境や古代遺跡に立ち入る事も少なくない為に時折希少な素材を入手し、それを元に特殊な装備を保有する事もある。

 だがそれは、冒険者が時に公権力の武力に挑戦し得る力を持ちかねない可能性を秘めており、彼ら独自の技術や技量も含めて権力者側からは脅威と見られがちだ。


 だからこそ、冒険者組合(ギルド)は冒険者達が徒党を組んで軍閥化しない様に、四人一組の原則を創設し冒険者らに厳守させているのである。


「荒事に強い冒険者は兵士ではなく戦士、統制なんて(はな)から存在しねぇ」


 イーゴルはそう言って冒険者達を見遣った。相変わらず誰もが好き勝手に振る舞っている。

 しかし、周囲を睨む見張り役は隙の無い様子で哨戒していた。


 その内の一人、細身の弓手が右から左へゆっくり回していた首を途中で止め、一点を見つめる。起伏のある草原の果てを凝視していた彼は、冒険者らへと振り返り肺から声を撒き散らした。


「ゴブリンが来たぞ! 南南東! 数が多い!」


 警報を受けた冒険者の対応は早かった。言い合いをしていた者達もそれを笑って見ていた者達も、すぐさま得物を手に立ち上がって臨戦態勢を取る。

 やがて南南東の方角から土煙を上げて接近して来るゴブリンの大群が見えてきた。


 ナリカラに入ってから今までにも、調査隊はゴブリンと戦ってはいる。が、どれも小規模な群れで多くても二百を超えた事は無い。

 その程度では百六十の冒険者にとっては簡単な狩りに過ぎず、村は勿論木造の城も岩山内部に築かれた要塞集落も、大した障害にはならなかった。


 だが、今回はそれまでとはまるで違う。


 それはまるで蛇竜(ワーム)だった。青銅の鱗を持ち、背びれがひらひらとたなびく大蛇。

 蛇竜(ワーム)の鱗である青銅の兜の数は、百や二百どころの話ではない。鱗の間からは青銅の鋭い穂先がずらりと並んでいる。


 草原の果てから途切れる事無く伸びる蛇竜(ワーム)の背びれには、黒地に赤い斜交十字が描かれていた。


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