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六十二話 下令

 

 ナリカラ総督府は税収と戦力の向上に喜色を見せ、リオニもそれに連れられたかの様に春らしい陽気な活気で満たされている。


 ところが、春の半ばに大事件が起きた。

 北西部国境の砦が突如陥落したのである。



 完全武装のゴブリン達が土埃で鎧を汚しながら早歩きで道を行く。凡そ二百を超える軍勢は、戸惑いと不満を顔に浮かべていた。


「早う早う! 急いでディアウヒに入らなければ!」


 ロバが引く車に乗る簡素な黒服姿のゴブリンが、顔面から汗粒を噴き出させて叫ぶ。

 彼は北西部国境の砦の指揮を任されていた司祭だ。


 かつてイルムが人間とゴブリンの繋ぎを期待した冒険者、イーゴル一行がナリカラから逃亡した事件の後、イルムは外交関係構築を目指した対人間の方針を一時棚上げにし、人間達を刺激しない様にと砦に命令を出している。

 それにより、砦の指揮官は前任者から彼に交代していた。


 彼が砦を任されたのは、彼自身の気性が大人しく慎重で上からの指示に忠実である事が大きい。要は余計な事をしない小心者である。

 例え砦付近まで人間達が進出しても、独断で戦闘を行う気質ではなく、血気に逸る兵がいても神品として抑えられる上に、場合によっては人間との交渉も行えるだろうと考えられたのだが、今回は彼の性格が別方向に裏目に出た。


 槍を担いで行軍するゴブリンの兵士の中から誰かが小さくぼやく。


「人間を刺激するなっていう命令があるとはいえ、戦わずに砦を放棄するのはいくらなんでも……」


 そう、司祭は人間の武装集団接近の報を受け、軍を連れて砦から逃げ出したのだ。



 事の発端は、ナリカラ北西部から山脈を越えた先にある人間の都市クロムから、二百近い武装集団が砦に向かって山間を道なりに進んで来た事だった。

 当初は最近頻繁に行われるナリカラ外の賊ゴブリンを対象にした大規模討伐だと思われたが、道に沿って進んでいる事に、砦に駐屯しているゴブリンらを大いに驚かせる。


 巧妙に隠され、ゴブリンだけが知っている筈の山道を人間が辿っているという事態は、通常あってはならない。が、事実としてその事態が起きている事に、砦は激しく動揺した。

 おまけにナリカラ総督のイルムから軍事行動はなるべく控えろと厳命されている。

 砦の駐屯軍は先ず砦に篭って様子見を続け、最悪の場合は迎撃やむなしと意見を固めたが、指揮官である司祭はそれを許諾しなかった。


『人間を刺激するな、戦闘は極力避ける様に』というイルムからの命令を気にし過ぎた彼は、砦の放棄を決定。部隊長らの反対を押し切ってディアウヒへの撤退を開始し、今に至る。

 がたがたと揺れる一頭立ての屋根無し馬車の上で、御者にもっと速度を上げるよう怒鳴りながら、胸の内で泣き叫んだ。


 ――早く味方がいる場所で安心したい! 早く指揮を投げ出したい! 私は悪くないぞ、人間を刺激するなという命令の通りにしているだけだ。


 人間達が砦に向かって進軍しているという報告だけで小さな肝を潰した彼の脳内に、最早責任の二文字は存在しなかった。




 砦の指揮官に任じられた司祭が、人間接近を受けて軍と共にディアウヒへ撤退して来た事と、砦が人間達に占拠された事がナリカラ総督府に知らされたのは、事が起きてから二日経った時である。

 赤目ロバを使い潰す勢いでリオニ城へ駆け付けた急使が伝えて来た事に、執務机へ向かっていたイルムは右手で目を覆う。


「何でこう、こっちが動き出そうとした矢先に面倒事が舞い込むかな……」

「例の冒険者達との会談の時の赤帽子(レッドキャップ)襲来といい、肝心な時についてないですねー」


 アミネの呆れ声を無視してイルムは頭を振り、思考を切り変えようとする。

 しかし、突然執務室の扉が強い勢いで開いた事でそれを崩された。黒い格好をした入室者は、イルムの姿を認めるなり頭を床に擦り付けて平伏する。


「総督閣下! 誠に申し開きも出来ぬ次第で、何と御詫びすれば良いか……」

「ザヘシ司祭!?」


 執務室に飛び込んで来たのは、ナリカラ教会と総督府の連絡役であるザヘシ司祭だった。彼は頭を下げたまま謝罪の言葉を続ける。


「北西部国境要塞を任されたのはディアウヒの司祭、即ち教会の身内であります。司祭の失態は教会の失態、大変忸怩(じくじ)たる思いで……(くだん)の司祭には厳格なる処分が下されます故どうか御許しを!」

「そんなに重く受け止めなくても。こっちもまさか人間が国境の砦まで来るとは思わなかったし、仕方ないって」


 呆気に取られていたイルムは、気を持ち直すとザヘシの顔を上げさせた。

 沈痛な面持ちを向けるザヘシは、目尻を極端に下げていく。


「そう言って頂けるだけでも感謝の念に絶えません。近くナリカラ軍への助力を成す為の根まわ……準備も済みつつあったにも関わらず、この失態でもう申し訳が立たず……」

「大丈夫、ナリカラ教会との関係は維持し続けるから安心して。砦の件は総督府が上手く対応するよ」



 恐縮するザヘシを退室させると、イルムは長く息を吐いた。ややあってアミネが呟く様にぽつりと言う。


「で、砦の方はどうするんです?」


 イルムは暫し口を閉ざして眉間を揉んだ。その後、ゆっくり口を開く。


「……ナリカラ軍を動かす、諸侯の軍は動員しないで僕らだけで対応しよう。ディアウヒのスラミも兵の召集はしているだろうし、兵力は十分でしょ」


 その言葉を受けて、沈黙したアミネが視線だけで問う。


 人間とやり合うか否か。


 イルムは溜息と共に答えた。


「砦を占拠された以上、取り戻さないといけない。誰だって自分の皿を他人に(つつ)かれるのは嫌だし、伸ばされた手を払い除けないと皿を荒らす者が余計に欲張るだけだ」


 気乗りしなさそうにしながらも、オルベラ氏族の諸将を集める様にと指示を出す彼を見て、アミネは唇の両端を僅かに持ち上げる。


 当初はナリカラの統治に全く意気が無かったイルムが、今やナリカラを皿上の料理に例えて自分の物だと暗に言った。

 総督という立場を思えば魔族の属領であるナリカラを、自身の所有物であるかの様に認識するのはよろしくない。が、彼の変化をアミネは、魔王の血を宿す者としては悪くないと捉えた。


「ふふん、今年は面白くなりそうですねー」


 文官のゴブリンを呼び寄せては命令を飛ばすイルムを眺めながら、灰色肌の女屍食鬼(グーラ)が主人に気付かれぬ様、極々小さく喉で笑う。



 四日後、ナリカラ軍一千は二百の兵と総司令ティラズムをリオニに残して、北のディアウヒに向け出発した。

 だが、その間にも事態は動き続ける。悪い方へと。


 冒険者と見られる人間約二百は、国境の砦を占領した翌日に南下。

 その進路上に領地を持つ各領主は恐慌状態に陥り、兵を集めて徹底抗戦の構えを取るか、召集した兵を片端から遅滞戦闘へと投入した。


 人間とゴブリンの衝突が発生したのは、砦陥落から二日後の事である。

 冒険者の軍勢は次々と現れるゴブリンの小勢を蹴散らしつつ、いくつかの集落を襲撃、果てには小領主の小城を一つ落とす。


 ディアウヒ領主のスラミは、以前から行われていた人間によるナリカラ外のゴブリン討伐を受けて、普段以上に兵力をディアウヒに常駐させ、有事に備えてはいた。

 しかし、イルムからの『人間を刺激するな』という命令により、砦の戦力強化やディアウヒから北西の地域への派兵は行っておらず、対応が遅れてしまう。


 ナリカラ軍がディアウヒに到着した頃には、冒険者らにより七つの村落が焼け、木造の城二つが廃墟となっていた。


 ディアウヒに到着し惨状を報告されたイルムは、感情が抜け落ちた表情で二つの命令を下す。


 ディアウヒ軍五百はナリカラ軍の指揮下入れ。

 ナリカラ軍一千三百は、ナリカラに侵入した人間全てを――



 殲滅すべし。


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