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五十六話 黒狼

 

 棒の先に獣などの頭骨を取り付け、羽根や布で飾り立てた物が、林か森を思わせる程に乱立している。

 五百程度の軍勢が固めるザリャン氏族軍の本陣では、氏族長カルスが簡素な椅子に腰を下ろしてモシニクス城を見据えていた。


 巨大な岩山そのものを要塞化した大城塞目掛けて、五千もの大軍が攻め掛かる光景は圧巻とも言えたが、カルスの表情は固い。


「兵の数が多い分、信用し切れない連中も多い。どれだけ仕事を果たしてくれるものか……」


 カルスは誰にも聞こえない声量で呟くが、すぐに面持ちを余裕あるものに変えて、近くに立つ護衛兵に酒を所望した。


 将たる者、下の者達に不安を感じさせてはならない。


 そう亡き大将軍バガランの言葉を思い返すが、それでも顔面の筋肉が固くなる事実が頭を何度も()ぎる。彼は護衛兵が用意した酒杯を手に取りつつ、モシニクス城を攻撃する軍勢の右翼へ目を向けた。

 右翼を担う軍を纏めているのは、ザリャン氏族の諸侯の中でも有数の影響力を持ち、尚且つカルスが最も信頼を置けない者である。


 “黒狼(シャヴィマゲッリ)”のサディン。

 代々ザリャン氏族長一族に仕える重臣の一人で、ゴブリンの中では頭一つ抜けた中々の体格とそれに見合う実力を備えた武将であるが、弁舌に長けるなど武以外でも有能な人物だ。

 しかし、優れた家臣は時に主人にとって厄介な存在でもある。誰に対しても貼り付けた笑みを向け、主君にすら決して心胆を明かす事が無い者であれば尚更であった。


 ……あの“黒狼”はどうにも嫌な感じがする。ナリカラに居座ってた魔王軍が壊滅した後、俺が事を起こした時も、他の奴らが熱狂する中ずっと黙っていたし、敢えて意見を聞けば「氏族長に従うまで」とはぐらかす。何考えてるのか分からんから不気味でしかねぇ。


 カルスは不安を酒と共に飲み込み、眼前の合戦風景を見物する。口にする葡萄酒(グウィノ)は、エグリシ氏族謹製の上等な物である筈なのに、何故か不快な程渋かった。




「サディン様! 中央が狙い撃ちにされております! 彼らを支援するべく我らも強攻するべきでは」


 ザリャン氏族軍右翼にて、青銅製の鱗鎧(スケイルアーマー)で身を固めたゴブリンが馬上の主に進言する。小型馬(ポニー)に跨る大柄なゴブリンは、顎に手をやった。


「ふむ」


 青銅製甲冑の上から黒く染め抜かれた布を纏うゴブリンの顔は、人間や魔族が従来持つゴブリンへの心象を嘲笑うかの様に美麗で、蠱惑さすら感じる。

 “黒狼(シャヴィマゲッリ)”と称される美ゴブリンは、暫し細い顎に手を当てたまま黙考していたが、やがてゆっくりと首を振った。


「何、城攻めは始まってまだ半月も経っていないんだ。坑道も芳しくない以上は正面から行くしか無いとはいえ、焦らずとも良いだろう」


 かつてナリカラ軍とザリャン氏族軍がぶつかり合った会戦であるモシニクスの戦い以降、両者は睨み合いを続けていたが手をこまねいていたわけではない。

 ザリャン氏族軍は包囲拠点を築き、増援を待ちながら坑道戦を仕掛けていたし、対するナリカラ軍側も対坑道でザリャン氏族軍の坑道を潰し、度々出撃しては完全包囲されない様に妨害行動を行なっている。


 互いに決定打を打てないまま月日が流れたが、ザリャン氏族軍は戦力を集めて勝負に出た。それは十分な勝機を揃えたが故である。


「投石機の準備を待ってからで良いさ」


 そう言ってサディンは本陣の方を見た。いつの間にか本陣の前面では十の木製の構造物が姿を現している。

 それらは四角形の二つの脚が軸を支え、軸は一本の長い丸太を支えていた。丸太には尻側に大きな箱が固定され、頭側に投石紐(スリング)が付けられている。


「ナリカラ軍の連中が使っていた平衡錘投石機(トレビュシェット)という奴か。聞いていたものと若干形が違うが、まぁ焼き捨てられたものを元に真似したのならあんなものか」


 サディンの独り言が終わると、十台の投石機が動き始めた。ゴブリン達が縄を引っ張って天を見上げる丸太の先を地上へ降ろすと、投石紐(スリング)へ石を装填する。

 丸太を地上に留めていた縄が断ち切られ、石の詰まった箱が錘としての役目を張り切ってこなし、丸太の頭が勢いよく青空を目指した。


 投石紐(スリング)が抱えていた石を解放すると、石がモシニクス城へと突っ込んでいく。岩壁が殴り付けられ、石片と砂埃が舞い散った。

 着弾点では矢狭間(アロースリット)が抉られ、所々で僅かに赤い点々が散っている。


「破片で中の者が死傷したのか? 小さな矢狭間を狙って弓で射続けるよりはよっぽど効果があるな」


 サディンは感心しているのか興味が薄いのか分からない顔で、ふーんと呟いた。

 その間にも投石機の援護を受けたザリャン氏族軍中央は、攻め手を強めて果敢に城門へ突進していく。

 屋根と車輪が付いた破城槌が、降り掛かる石や矢を物ともせずに固く閉じられた城門へ取り付き、縄で吊られた丸太が後ろへ引っ張られた。


「よし、今だ!」


 合図と共に丸太が離され、先の尖った丸太が門扉へ頭を打ち付ける。再び後ろへ引かれては、また巨大な杭が突っ込んだ。

 少しずつ、だが確実に門に穿たれた穴とそこから上がる悲鳴が大きくなっていく。


 これに並行して投石による矢狭間の破壊が進み、一部では岩壁に進入路としての穴を開ける事に成功していた。


「行けぇ! 乗り込めぇ!」


 最前線に立つゴブリンの戦士が頭上で剣を振り回し、配下の兵を怒鳴り付ける。長い梯子が二つ、三つと掛けられ、指揮官の大声を浴びながらザリャン氏族ゴブリン達が破砕孔へと殺到した。

 しかし、モシニクス城も黙ってはいない。矢狭間(アロースリット)の向こう側で守兵が構える弓の狙いが、梯子を登るゴブリンらに向けられ、集中砲火の的と化す。何本もの矢を身体から生やしたゴブリンが、梯子から次々と地上へ降り積もっていった。


 その血に塗れた景色を冷めた目で眺めるサディンが、ぽつりと漏らす。


「兵が哀れだ。幾ら死のうと構わない鉱民兵や貧相な民兵であっても、上の者の都合で死んでいくのは哀れだ」


 とても憐憫の念を浮かべているとは思えない冷ややかな声だった。


「そして、最早意味を成さなくなった戦さを続ける連中の愚かしさにも憐れみを感じる」


 何の感情も込められていない無の瞳を、本陣へと向ける。そのまま本陣に居るであろう氏族長へ人形の様な目を向けていたが、やがて城門の方から歓声が響いてきた。

 そちらへ首を回すと、何やら破城槌の周囲が騒がしい。どうやら門扉に大きな穴が空き、中の(かんぬき)が見えたらしく、もう一息で破れそうだとはしゃいでいるらしかった。



 ゴブリンの軍勢が逸る気持ちを抑えて、武器を握り直しつつも右足に駆け出す為の力を込め始める。


「そらっ!」


 戦士ゴブリンの声と共に、破城槌がもう何度目か分からない一撃を門へ加えた。


 べきゃっ!


 門扉の中心が抉られて出来た穴に丸太の尖った先端が突っ込み、大きな音を立てる。引き抜く際にもべきべきという悲鳴が上がり、ゴブリン達の邪悪な笑みを深まらせた。

 破城槌を揺らすゴブリンらを指揮していた戦士ゴブリンが顔を喜色に染める。


「次でいけるぞ!」


 その声から間を空けて、堅牢な門が短い断末魔の叫びを上げるのをその場の全員が聞いた。

 途端、雄叫びが爆発する。用を為さなくなった門扉を押し開けて、ザリャン氏族軍が城門の中へと雪崩れ込んだ。


 だが、同時に激しい矢の雨を城門()()からも受ける事になった。


 城門を潜るとその先はトンネル状の通路が伸びているが、通路の壁には天井付近の高さに城壁と同じ矢狭間(アロースリット)が並んでいる。

 しかも城壁の物とは違い、より細くかつ分厚く作られている為、射撃手からすると射界が著しく狭いが、逆に言えば反撃をほぼ受けない構造になっていた。


 つまり、攻め手側にとって城内に突入するには、一方的に射撃を受けながらこの死の通路を駆け抜けなければならないのだ。


「ひ、怯むな! 突撃!」


 それでも勇敢な事に、ザリャン氏族軍は盾を掲げて通路の中を突貫する。

 通路の両側から鉄と木で出来た死の雨が降り注ぐ中を、ゴブリンの大群が駆けていくが、手足に矢を受けて激痛に襲われた次の瞬間に、小さな頭や首にも矢が突き刺さってその命を刈られていった。


 数に任せて突き進む彼らは、多大なる出血を代償に先頭が通路を抜ける。


 開けた視界に映るのは、掘り広げられた巨大なドーム状の空間とここから更に奥に進む為の横穴、そして荷馬車用と思われる太い通路が大岩で塞がれている光景だった。

 太い通路の方を塞ぐ大岩は魔法でもびくともしなさそうな雰囲気だが、徒歩通行用の横穴は板を打ち付けただけで簡単に打ち破れそうだ。ドーム内をゴブリンが埋め尽くしながら横穴の板へ向かって行く。


 真っ先に穴を塞ぐ板の前に着いたゴブリンが、板を破壊しようと得物を振り被ろうとする、その時だった。


 ドーム中がすっ……と静まる。興奮で頻りに上がっていた喊声がいきなり消えて、無風の水面(みなも)の如く全ての動きが止まった。

 やがて彼らは一つの気配に気付く。いや、気付いたからこそ鎮まったのだ。


 ドームの奥上段には、高きからゴブリン達を見下ろすバルコニーが突き出ている。城主への使者を迎えたり、出撃前の軍に演説を打つ際に使用されるそのバルコニーには、一人のゴブリンが立っていた。


 彼の姿を認めた時、攻め寄せていたザリャン氏族軍はほとんど反射的に一斉に跪く。

 少し日に焼けた肌に細い目鼻を持ち、白い長衣に身を包んで円柱形の帽子を被るそのゴブリンは、ザリャン氏族の誰もが初めて見る者だったが、彼が放つ気配は誰もが自身に流れる血を通じて知っていた。


 ゆっくりと、それでいて厳かに彼の口が開かれる。


「我が名はティラズム、バグラティオニの血を継ぐ者である」




 モシニクス城へ突入した兵達から波及した衝撃によって、ザリャン氏族軍に動揺が走る中、サディンはぐわりと目を見開いて口を歪める凄まじい笑顔を浮かべていた。


「聞いてはいたが本当だったか、なるほどなるほど。素晴らしい、嗚呼素晴らしい」


 “黒狼”は獰猛な笑みのまま、くつくつと笑い出す。限界まで開かれた瞳には、どろどろした何かが渦巻いていた。


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