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五十話 集う者達

 

 ゴブリンの王子ティラズムがナリカラ軍総司令官となってから五日。リオニのナリカラ総督府ではナリカラ軍の再編が進められていた。

 イルムの思惑通りティラズムの元へ馳せ参じる、又は協力を惜しまないという書状が、ナリカラ各地から届き始めている。その中には北方のドモヴォーイを始めとするゴブリン以外の種族からの物もあった。


 イルムは手に取った一枚の薄い羊皮紙を眺める。


「まさか単眼巨人(キュクロプス)からも来てるなんて……ただ南部を平定するまで協力は難しいかな。向こうも武力を提供するつもりは無いってはっきり書いてるし」


 ナリカラ南部に住む鍛治集団、単眼巨人(キュクロプス)から伝書(カラス)でティラズムのナリカラ軍総司令官就任を祝う言葉と貿易への期待が届いたが、それ以上の事には消極的である事が書状から窺えた。


「巨人族には争いを嫌う人が多いから仕方ないか」


 人間諸国において巨人族は知性も理性も無く、暴虐の限りを尽くす荒ぶる種族とされるが、実態は大きく異なる。


 当然ながら巨人族は人間を優に超える巨体を持つが、その身体に支えられる頭部の中にはそれに見合う巨大な脳が存在し、人間以上の知能を有していた。

 故に彼らは自分達のあまりの強大さと争いの愚かさをよく理解しており、余計な争いを避けるべく他種族との交流を控えて山々の中でひっそりと暮らしている。


 だが、人間に賢者と愚者、善人と悪人がいる様に、巨人族の中にも愚者や悪人が存在する。

 そういった者達は好んで魔王軍の遠征に参加し、人間達へ思うがままに力を振り回し、欲望を解放した。結果、人間達の巨人族に対する印象は最悪な物となっている。


 イルムは薄い羊皮紙を巻いて紐で纏めると、他の読み終えた書状の数々の上に置いた。


「こちらに傾いた中立って事が分かっただけでも良しとしよう。他の書状はどれも良い内容だし」


 ナリカラ総督府側にもザリャン氏族にも付かず未だに沈黙という中立を保っていた者達も、ティラズムの存在によって続々と総督府側へ傾いている。中には戦力ではなく別の形で総督府の助けになりそうな勢力もいた。

 イルムが未読書類の山から質の良い羊皮紙を使った書状を取り出して広げる。


「コブラナイか、鉱民ゴブリンと同じく採掘を営むにも関わらず、身分は戦士や平民と対等である集団、興味深いね」


 ナリカラにおいて採掘業は最下層身分である鉱民の仕事であり、下賤な職とみられがちだが、コブラナイは例外的に扱われる者達だ。

 鉱脈を探る技術に長け、いくつかの鉱山を所有し精錬所まで保有する一大鉱業集団である。


 当然ながらナリカラ総督府は彼らにも税を課していたが、その徴収は強い反発と鉱山という巨大迷路を前に全く進まなかった。財産と身柄を鉱山の中へ隠されては正しくお手上げだったのだ。


 しかしティラズムの存在により、遂に総督府へ協力する旨を伝えて来たのである。

 ナリカラで最も盛んな産業である鉱業の達人集団が味方となった事は、財政に関わる者達から大いに歓迎された。

 税収だけでなく、安定した金属の供給により武器防具に掛かる費用の軽減を見込めるからだ。


「近々献上品まで持ってくる予定なんて、今までと比べて凄い掌返しだ。まぁ従う様になってくれるならそれでいいけれども」


 そうやや呆れた様子で言いながら、イルムは別の書状を手に取る。こちらもまた、コブラナイとは別の方向から興味深い者達からの物だ。


「お次はボガードね、間諜として雇って欲しいなんて願ったり叶ったりだけれど、実力の程はどうなのかな」


 ボガードは己の身体を別のものへと変えさせる変身魔法や姿、気配を消す隠密魔法を得意とするゴブリン達である。


 彼らはそれらの魔法を使いこなし、人間諸国に潜り込んでは人間の道具を盗んではナリカラに持ち込み富を築いた事もあったが、人間が変身魔法や隠密魔法を強制的に解除させる魔法を周辺に放つ魔道具を開発、普及させた事によってすっかり落ちぶれてしまい、今ではただのこそ泥同然の盗賊団と化していた。


 だが、イルムが諜報組織を必要としている事とティラズムの帰還を聞き付けて、是非とも隠密として活動できる自分達を総督府で丸ごと召抱えて欲しいと願い出たのである。


「取り敢えず彼らに会ってみるかな、頼んでみたい事もあるし」



 翌日、早速イルムはボガードとの対談に望む。コブラナイは献上品と共に向かっている最中なので、先ずは彼らと面会する事となった。


 リオニ城を背にして城壁に囲まれている城館前の広場にて、ボガードらはぼろを身に纏った姿でイルムの前に現れる。噂で聞いていた通り、彼らは随分と落ちぶれてしまったらしい。

 やがて、頭一つ飛び出た背丈の頭目らしきボガードが一歩前へ進む。


「儂が長として皆を取り纏めております、アナオンとでも御呼び下さい」


 皺が刻まれ顎髭を伸ばしたボガードはそう自分を紹介した。


「ナリカラ総督のイルムだ。諜報を担いたいとの申し出だけれど、実力の所はどうなの? 重大事を任せられるか分からないと難しいよ」


 イルムの言葉にアナオンはにやりと口を歪める。


「確かに今はこの有様ですが、儂もかつては人間諸国に数え切れぬ程潜り込んだものです。ボガードのやり方を御存知ですかな?」


 イルムは正直に知らないと答えると、アナオンは自信たっぷりに己の武勇伝を交えて語り出した。


「もう二十年近くも昔ですが、ある人間の都市に闇に紛れて忍び込み鉄製品をごっそり盗み出した事がありましてなぁ。先ずは姿を消して目当ての家に入ると色々な物をあっちこっちに投げるわけです。人間達は独りでに物が動いた飛んだともう仰天、あの慌てようは忘れられません!」


 アナオンが思い出し笑いを吹き出すと彼と同じく皺のあるボガード達も笑い出す。


「あれは痛快!」

「そうそう! そしてこっちへ吼えたてる犬の足にしがみ付いてやれば、怯えた様子でびっこをひく様に足を引き摺り回る。それを見た人間がまたどうしたどうしたと驚く(さま)!」


 げらげらと笑い声を上げるボガード達だが、イルムは額を手で打った。やっていた事は隠密どころかただの悪戯である。

 これは駄目だと思ったその時、アナオンがまたにやりと口角を上げた。


「そうして騒ぎを起こして人間達の注意を逸らすと、どさくさに紛れて目標の物を頂くのです。人間達が儂らの事どころか盗みに気付く事すらほとんどありませんでした。物が勝手に動く事など現象に気を取られ過ぎて、何が無くなっているのかにも気付かんのですよ」


 ここまで聞いてイルムは感心した顔になる。下らない悪戯は相手の気を別の方へ逸らす陽動と犯行の痕跡を隠滅する為の意味があったのだ。

 一見ふざけている様できちんと計算されていると思ったが、ふとイルムに一つ疑問が生まれる。


「そこまでやって気付かれないのなら、わざわざ騒ぎを起こさなくても、こっそりと痕跡を残さずに盗みをやり遂げられたんじゃないかな?」


 イルムの最もな疑問に、ボガードの長アナオンは目を丸くした。


「何を仰るので? そんなやり方はつまらないじゃないですか」


 イルムは急上昇していたボガードの印象を投げ捨てる。悪戯は陽動云々よりやっぱりただの悪ふざけの様だ。

 どうやら潜入や盗みは彼らにとって生業であると同時に、大いに興奮する娯楽であるらしい。


 イルムは呆れ返って後頭部を掻いたが、現状最も諜報活動に向いている者達である事に違いはないと考え直す。


「潜入がお手の物なのは分かった。魔道具で対策している人間諸国には厳しくても、ザリャン氏族相手なら十分と判断して君達を雇おう」

「ありがとうございます! 皆、儂らボガードはこれより総督府御抱えの間諜じゃ、張り切るぞ!」


 アナオンの呼び掛けにボガード達は両手を挙げて喜び叫ぶ。

 「久々の仕事だ、楽しもうぞ!」「これからは人間の道具でのうて情報を盗むのか、面白そうだのう!」などとお互いに声を張り合う彼らの諜報組織らしからぬはしゃぎぶりに、人選を誤ったかと本気で悩むイルムであったが、後日には誤りでは無かった事が判明する。


 五日も経たぬ内に現在のザリャン氏族や赤帽子(レッドキャップ)の動向が事細かにイルムの元へ届けられたのだ。

 そしてそれらの情報は、赤帽子(レッドキャップ)の西進が間近に迫っている事を示していた。


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